42話 学園祭案
一ヶ月ぶりです
学園祭編の始まりで出来る限りさくっと終わらせたい……が、また何か思いついたイベント挟んで長くなるんだろうなぁ
私は非常に困っていた。
夕日に照らされた私とその少女しかいない二人きりの公園。
カラスの鳴き声によってどこか寂しいその公園にはムードがあった。
『や、やめて……』
唸るように私は言うが、その声はけっして届かない。
むしろ私の意志に反するようにして口が勝手に開いた。
「それで用って何かな?」
長ズボンにこの頃はまだ肩にまで届く程度のセミロングの髪をベレー帽で隠す。
その姿は少年のような活発さを内包しつつどこか子供にはありえない色香が漂っている。
これは──私だった。
「あの!」
そして目の前で顔を真っ赤にしている人物は──私の大切な幼馴染だった。
私の目を見ることができないのか視線を彷徨わせるが、それでも必死に何かを伝えようとしている。
『私にこれを見せないで……』
これは夢だ。
過去の1シーンを睡眠時に脳が思い出しているにすぎず、また変えることができない歴史でもある。
決して私が『もうこんなことはしない』と誓った後悔の一つなのだ。
「大好きですアキ君! アタシと付き合ってくださいっ!」
「っ!?」
跳ね起きる。
私のベッドの枕、その隣で丸まって寝ていたルーが反動でベッドから落ちて潰れた蛙のような声を出しているが、どうでもいい。
上半身だけ起こした状態で私は長い髪を前に垂らして猫背になり、俯く。
「私ってやつぁ……」
『いや何を懺悔してるのか知らないけど、まず僕に謝ろうよ』
「今日もフリフリのスカートつけるので許してください……」
『何の話なのさ』
前世は男であった私だが、案外ズボンといった男用の服はあまり持っていなかったりする。
その殆どが一目見て女物だと分かるのばかりで、気まぐれを除けば男物は誰も会わない日くらいしか着ない。
たいていがスカートで母と一緒に選んだ可愛いものばかりだ。
とにかくこの夢を見た後は私はいつも自分を罰しなければ気が済まない。
自分でもドMかよって言いたくなる程に内罰的ではあるものの、そうしなければ気が済まない辺り私はマゾなのだろう。
「だからごめんなさい。 まじでごめんなさい。 反省してます」
『…………』
ポカーン、と寝起き早々懺悔しはじめた私を呆然と見るルーに構うだけの余裕はなかった。
文化祭。
それは学内行事において最も大きなイベントのうちの一つだろう。
三年間を通じて年に一度行われるその行事はクラス内の結束を高め、また何かに集団で取り組むという経験を生徒達にさせる。
その第一段階として行われるのはまず学園祭で何をするか、だろう。
「何か案はありますか?」
クラス委員長──名前は知らない。眼鏡かけてる──が教壇に立ち意見を募った。
その言葉にクラスの反応は三通りに別れる。
やる気満々な者と積極的ではないにせよ興味がありそうに教室の様子を窺う者とやる気のない者だ。
ちなみに私と花梨は最後のに含まれる。
「屈辱的なのじゃなきゃなんでもいい」
「アタシは何でもいい」
花梨は祭りを楽しむのは好きだが主催者側にまわるのはあまり好きじゃない。
なんというか他人に奉仕する精神をどこかに置き忘れてしまったような女で、基本的に友達と明らかに自分より立場が下の者以外とのコミュニティだと自分のことしか考えていない。
それでも睨まれないくらいには立ち回りが上手なので彼女は今の所『生真面目』くらいの人間だと思われている。
後輩に関しては面倒見が良いので特に女の子によく慕われているが。
まぁ矛盾してるけど面倒見はいいから当たり前か。
『ん?』
『どうしたのルー』
突然ルーが疑問の声をあげる。
『いや……今この場に──』
「ぬぅ! 我輩はマッスル喫茶を希望するぞ!」
「は? マッスル…………喫茶ですか?」
マッスル喫茶って何だ。
そんな疑問がクラスに吹き荒れ、どう考えても嫌な方向に盛り上がる未来が想像でき皆が皆、表情を固まらせた。
「私はソーセージ焼きたい」
「綾お肉焼くの好きだよねー。 でも食べ物作るなら甘い物のほうがよくない?」
私が希望を出すと同時に様々な案が出され、黒板が文字で埋め尽くされていく。
誰だってマッスル喫茶という意味不明なものは嫌だった。
「うぬぅ。 海パン姿のウェイターが素晴らしいのだが……」
ホモォ喫茶じゃんそれ。
文化祭にする事を皆で話し合っている時、ふと教室外に気配を感じた。
それも視線は私に向いているようだったのですぐに気付いたが、誰──ああ、彼女か。
「すいません遅れました」
「えぇと……」
「生徒会長ですよ。 クラスメイトなんだから当然知ってますよね?」
「…………。 あ、生徒会長? まだ決める前ですから大丈夫ですよ」
教室の後ろから控えめに入ってきたのは茜ちゃんだった。
生徒会の仕事で長引いたのだろうか、今になって登校してきたがクラスの皆は暖かく彼女を迎えた。
元々可愛い子なので皆の反応も当然だろう。
『いやさ綾。 元とはいえ勇者だったくせに何認識阻害の魔法にアッサリかかっちゃってるのさ』
『は? 何言ってるのよ。 認識阻害なんて私にかかるわけないじゃない』
前世でもそういった状態異常とか精神干渉系統の魔法はほぼ全て防げたのだ。
だいたい私が何を認識できていないというのか。
「すいません。 茜の机がないようなので誰かとって──ああ、お姉様の隣のその席譲ってくれますよねそこの愚民」
「はい生徒会長様ぁ!」
私の隣の席に座っていた男の子が恍惚としながら変わりの座席を取りに教室から飛び出る。
『いや違和感持とうよ少しは!?』
『仕方がありませんよ小動物。 いくらお姉様に訳があって現役魔法少女であっても茜が本気を出せばワケないですから』
『何の話?』
『何でもないですよお姉様』
何気なく会話に入ってきてるけど、茜ちゃんは魔王の生まれ変わりなのだから当然だろう。
『今すぐ解くんだ』
『さすが女神が作り出した魔法生命体といったところですか。 精神構造が人間とまるで違うから対人間用の術式は全て通用しない。 ところで認識阻害ですが、別に構いませんよ? もう定着は終わりましたから』
何かが割れるような音がする。
それに反応して私は辺りの気配を探るものの特に何があるわけでもない。
「どうかしましたかお姉様?」
「いや……」
何か魔法が解除された気がするのだが……はて?
『ねぇルー、何か分かる?』
『…………』
『ルー?』
「プブフォッ!?」
小動物の癖して無視しやがるので鞄を蹴り上げると考え事でもしてたのか大きな声を出すルー。
というかルー、その口は飾りじゃなかったのね。
いつも念話だけでしか会話しなかったからてっきりそうなのかと。
「なんでしょう?」
殴打された者が腹から空気を搾り出すその音に何人かが反応し、私の方を見るがニッコリ笑って誤魔化す。
すると脳筋をのぞく者は気のせいかと委員長の進行に集中する。
脳筋はあの一瞬で把握したのか私の鞄を注視している。
バレてるよね……今も苦痛を逃がそうとしているのか独りでに鞄が蠢いてるし。
『それでお姉様。 少しお話があるのですが、昼休みに時間を頂いてもよろしいですか?』
『いいよ。 でも茜ちゃんからこういう誘いがもらえるなんて初めてだよね──あれ?』
いつもは私が生徒会室に行ってたからだけど、それでも一度も茜ちゃんからお誘いがないなんて何でだろう。
見ての通り隣の席だしそういう機会が何度かあっても不思議ではないはずだけど。
「んー?」
まぁそんなこともあるか。
『(あーあ……駄目だこりゃ。 認識阻害魔法って記憶に一度定着すると改変した部分は消せないからなぁ。 違和感に気付いても定着してたら自分を納得させてしまうし。 日記でもつけてたら魔法にかかってる事実に気付くんだけどアヤは書いてないし)』
昼休みに花梨に一言残し茜ちゃんと一緒に屋上へと向かう。
最初は生徒会室に行くのかと思ったが、茜ちゃんは今日は外の気分らしく日傘とお弁当を……というか重箱を持っている。
…………この引き篭もりに何があったのだろうか。
「屋上に行くなら先に購買行ってもいい?」
たまーに母による花嫁修業の一環としてお弁当を作ることもあるが最近はだいたい食堂かパン食だ。
朝に起きてお弁当作るの面倒……寝る前に仕込みしないといけないし。
「茜がお姉様の分も作ってきました」
「茜ちゃんの? そういえば食べるの初めてだね」
人の料理というのはあまり食べたことがない。
花梨は料理が出来るけど趣味でもないので私の為に作るということは滅多にない。
最近友達になった未来ちゃんのご飯のほうが余程食べているくらいだ。
あ、花梨のところのおばさんの料理はよく食べてるけど。
おばさん料理が上手くて和食マイスターの称号を個人的に贈っているくらいだ。
どうしてこんなに美味いのかと聞いてみたことがあるが、ノロけられただけなのでそれ以来二度と聞いていない。
…………お願いだから娘とその友人の前でイチャイチャしないでください。
「いつものところ?」
「はい」
貯水タンクの傍、いつもそこに茜ちゃんは(生徒会室以外にいる時は)日傘で木陰を作り休んでいる。
梯子を登りレジャーシートを敷き、お弁当を広げるとお箸を私に手渡す。
「どうぞ」
「ありがと」
「今日はお姉様の為に心を篭めて作りました!」
「…………うん」
こんなに嬉しそうな笑みを向けられると思わず頬が緩んでしまう。
でも、一つだけ問題が。
ところでこの重箱、何人分なんだろう。
残したらやばいよねさすがに。
茜ちゃん脱引き篭りの回。
元々今回の話はとある目的を持って綾に接触、前世のあれこれで一悶着という回でしたが、完全シリアス方面に数話いっちゃうので没。
引き篭もりやめたのはその名残で理由はありますが茜ちゃん我慢してます。
認識阻害(記憶改竄):やばい。一度術にかかれば自力で脱することは主人公補正をもってしても不可能。