32話 下山
ねむい……。
未来ちゃんが飯盒で朝ごはんにお粥作ってくれたけど、眠くて仕方がない。
昨晩とんでもない数で来襲してきた闇の雫と戦った私は聖剣を召喚したんだけど、二次災害が凄かった。
上級炎魔法『プロミネンス』で闇の雫を焼き尽くしたんだけど環境破壊も同時にしちゃって……魔法少女のスキルポイントを使
って『グロウプラント』を憶えなかったら大事件になるところだった。
徹夜で自然を治した私に襲いかかったのは寝不足と魔力の使いすぎによる疲労感。
事情を知っている少年が心配そうにしているがそれに応える余裕がない。
『アヤ、今日は下山するんだからしっかりしないと怪我をするよ』
「…………うん」
寝たい。
下山とかどうでもいいから昼過ぎまで一眠りしたい。
「ねぇルー……寝ながら歩く魔法ない?」
『ちょっ──アヤ、念話忘れてる!』
「んー」
とても重要なことをルーが言った気がするが疲労の限界に達しつつある私には余裕がない。
「ふぅはははは! 最高にHARUってやつさぁ!」
「アキト、皆寝起きなんやから静かにしような」
高笑いしている篠原 明人に未来ちゃんが説得しているが、今はどうでもいい。
「ふん、女。 我はとうとう『深き漆黒の究極絶対剣』の力を解放し『魔神ベルゼブブ』を打倒できた……長くつらい戦いだった」
…………どうでもよくないけど、どうでもいい。
欠伸が止まらない私を花梨が目をキラキラさせて見ているが、いったいなんだというのか。
「……なに」
「昨夜は誰と密会してたのさ綾」
「ぶっ!」
み、密会!?
「いやぁ…………男勝りだった綾にもとうとう春がきたのかぁ。 ちゃんと紹介してね?」
「アンタは私のママか!?」
何だその母性溢れる目は……や、やめろ!
それ以上私を微笑ましく見るなーっ!
「しかも夜通しって……綾が疲れるのも無理ないね」
「どういうこと?」
「だってさ……」
花梨は昨夜、私が就寝時間にコッソリテントから出て行ったことに気付いていたらしい。
そして今朝まで帰って来ず、帰って来たと思ったらまるで激しい運動でもしてきたかのように妙に疲れて眠そうにしていた。
つまり夜通しで何かやっていたわけだが、まさか真夜中にスポーツをしていたわけでもあるまい。
最終的な花梨の結論は私が秘密で恋人と会ってイチャイチャしてい──
「ないから!」
「じゃあ何で疲れてるの?」
「それは……」
何と言えばいいのだろうか。
闇の雫と戦ってました?
イタイ人扱いされるので論外だ。
山篭りしてました?
お前どこの戦闘民族だよ。
お花を摘みに?
どんだけ長いんだ。
あ、そうだ
「実は転んで気絶してたの」
「朝まで?」
「うん」
「気をつけなよ、夜中に外で気絶って危ないんだし。 …………そうか、そういえば綾ってドジっ子属性あったな」
納得してくれたみたいだけどそれはそれで腹が立つ。
とはいえ言い訳を撤回するわけにもいかず悶々としていると
『気絶はともかく身体は大丈夫かい? 昨夜は何か剣を召喚してたけど……ユン・ソルナじゃないよね?』
『ユン・ソルナ?』
『魔法少女が使う武器のことさ。 魔法少女のバトルスタイルに合わせて女神様が直々に作る武装で、とても高性能なんだ』
なにそれ。
私持ってないよ!?
『だっていらないでしょ? でもやっぱりユン・ソルナじゃないんだ』
『いやそうじゃなくて…………まぁいいや。 あれは聖剣ファークルス、勇者アキトの持っている聖剣だよ』
『あれ、それ君が使ってていいの? 勇者君が異世界に召喚されたらどうにかして戻さないと不味いんじゃない?』
…………深く考えずに召喚してしまったが、やっぱり不味いだろうか。
いやこれから召喚しなきゃたぶん大丈夫……きっと、おそらく。
『いや普段は異次元にあるから多分平気。 それより体調が変わらないのが気になる』
『ん?』
『異世界初日に召喚した時はすぐに昏倒して一ヶ月眠ってたらしいし……あとそこそこ重い記憶障害』
『えええええ!? それ本当に聖剣なの?!』
『最初は昏睡したり二本使ったら寿命が縮んだり正統な所有者以外が使おうとすると呪……まぁ凄いことになっちゃうけど聖剣だよ!』
『今、何か聞き捨てならないことを言わなかった?』
キノセイキノセイ。
普通に使う分に困るのは最初の一ヶ月の空白期間と記憶障害だけだし。
あ、記憶障害といっても本当にどうでもいい記憶だけが思い出せない程度なので日常生活に支障をきたすレベルではない。
せいぜい子供の頃にはまってた趣味や住んでた家の住所、電話番号、召喚される前後の記憶くらいだ。
今回は聖剣を召喚しても眠いけど気絶しないし忘れたような記憶も(たぶん)ないし……二回目だからだろうか?
『でもそのおかげで異世界を生きることが出来たからそれに比べれば記憶障害くらい別にねぇ』
『いやそれ絶対呪いのアイテムだよ!? もう使うの禁止!!』
『そりゃあ私だってリスクなしで強くなりたいけど、世の中そう甘くないから』
七大魔剣に比べればかなりマシなくらいだ。
なんていうかあの世界の魔剣は七つの大罪がモチーフになっているのかそれぞれの大罪に応じたリスクがある。
例えば暴食の魔剣なら美味しいものには例え千人殺したとしても食べたくなるくらい目がなくなるし。
色欲はやばかったなぁ…………ぶっちゃけただのレ○プ犯だった。
なまじ魔剣の力で実現する力があるだけ手に負えない。
『それに比べれば多少の記憶障害くらいなんとも』
『比べる対象おかしいから!』
そうだろうか。
「先生のチェックは終わりましたけど……綾さん大丈夫ですか?」
「何が?」
言い忘れていたがこの班の班長となっている少年がこの山を担当している先生──やはり桜木グループの人間らしい──に使った場所のチェックをして
もらったようだ。
来た時よりも美しくするのがアウトドアの基本だとか言っていたけど、いまいち私には理解できない。
異世界ではそもそも自然を破壊する類の品物は兵器くらいだったので自然を汚すという発想自体がないのだ。
消耗品もたいていが自然由来で科学製品は錬金術によって作られたものなので持ってるのは貴族が大半で彼らはアウトドアはしない。
さらにそういった高価な代物は入れ物だけでもかなりの値打ち物だったりするし、仮に自然の中で捨てられていっても誰かが拾い換金することだろう。
とにかく自然を汚すといっても私達の班はゴミをポイ捨てするような非常識な人間はいないのですぐに終わった。
「いえ、その……昨日の怪我のことです」
「あー」
私は手足にあるいくつかの切り傷に目をやり、溜息を吐いた。
噛まれた痕だけはバトルドレスで身体を活性化させたことによりすぐに治ったようだが、切り傷だけはそうもいかなかったらしい。
「これくらいなら傷跡もなく治るよ。 ただ未来ちゃんに凄い心配されたけど」
山で転んで切った、そう言ったら未来ちゃんは慌てて既にカサブタが出来て固まっている傷跡に消毒液を吹きかけていた。
花梨?「相変わらずドジだね」って笑ってた。
酷いけどいつものことなので気にしない。
「当然ですよ。 というか昨日はどうしてああ囲まれてたんですか?」
「知らないよ……というか私が知りたい」
闇の雫の知能は動物レベルっていったい誰が断言したんだ。
思いっきり私を狙ってたけど、理由がまるで思い当たらない。
動物といえば嗅覚が敏感だが…………私から良い匂いがするとか?
あ、でもよく考えたら闇の雫って魔力が目当てで人間を襲ってるから魔力値の高い私が狙われたのは当然か。
そう思いついたことを少年に話してみると、なるほどと頷いて言った。
「確かにそうですね……そうだ綾さん、気になってたんですけど」
「なに?」
「昨日のあの格好、なんですか?」
「…………え?」
あの格好って……あああああああああ!!
『ル、ルー!』
『なにさ』
『よく考えたらバトルドレス着て仮面まで着けてたのに少年と脳筋君に普通に挨拶されたんだけど!』
普通魔法少女が顔を隠して登場したら一見バレバレでも気付かれないのがお約束なんじゃないの?
『なにバカなこと言ってるのさ。 鎧着ただけで人相が変わるわけじゃないでしょ?』
『なにその現実基準!?』
『人避けの結界は張るから普通は一般人にはバレないし、問題ないよ。 ただ知り合いが能力者とかだったら見られただけでアウト』
じゃあ私は山中でドレスを着て化け物を殴り飛ばす魔法少女(笑)やってたのか……。
また増えた黒歴史を思い、私は静かに涙を流した。