30話 虚言癖
「嫌! 絶対嫌!」
「お、落ち着いて綾!」
「そうやで。 確かに怖いやろうけど、無害やで!」
「委員長心を静めるのだ!」
「綾さんに変わってちょっとアイツしめてきます」
登山中にきっちり食材を集め終え、風景でも見ながらかなりのんびりしていた私達がキャンプ場についたのは3時ごろだった。
私と未来ちゃんを除くメンバーがテントを張り終え、休憩をかねた自由時間を挟んだ後のお料理タイム──私は学校行事であることすら忘れて下山しようとしていた。
「夜ご飯なしにしないなら私帰る!!」
「ええい、いい加減にせぇや! というかなんでそんなに明人といるのが嫌なん!? …………あ、よく考えたら当たり前やな」
つい自分で出した疑問を私が答える前に理解した未来ちゃんは「あー」と納得したかのようにして炊事場に視線を移した。
そこには──
「ククク……練る練る練る練る」
奴は林間学校であるにも関わらず動きやすい服装ではなく真っ黒の怪しいフードコートを着ていた。
さらにどこから見つけたのがいわゆる魔女釜のような釜にやたら長い棒を入れてかき混ぜ、時に怪しい笑みを浮かべている。
私もさっきのあいつの台詞につい「てーれってれー!」と反応しそうになったがそんな馬鹿なことはしたくない。
しかし篠原 明人のかき混ぜている釜の煙……なんか紫色なんだが平気なんだろうか。
そもそも何を入れたら紫色の料理が出来上がるんだ……?
「アレと同じ場所に30秒以上いるくらいならご飯抜きのほうが良いよ!」
「ぬぅ。 だが飯抜きは我輩の筋肉にも良くないのだが……」
陸に打ち上げられた魚の如くピチピチ抵抗しているが脳筋君の腕の中から抜け出せない少年が叫び声をあげているが拘束してる犯人は意に返さず困った顔をしていた。
こんなときまでお前の基準は筋肉なのか。
「というか本当に飯抜きは不味いのだ……今夜は危険かもしれんのだから」
ま た か!
昨日からやたら闇の雫出現フラグを皆がたててるけど、そんな都合よく出てくるわけないでしょ!
心のどこかで(もしかして)とか(ひょっとして)なんて不安はあるけど……
「だいたい予知はどうしたのよ!?」
そう、予知だ。
私が闇の雫と戦った日は事前に闇の雫が出てくることが超能力者によって予言されていたのだ。
規模や範囲等の詳しい場所は把握できないが日と超おおまかな位置だけはどういった理屈か簡単に特定できるらしい。
「それが能力者の予知は不完全なのだ」
「はぁ?」
曰く能力者の予知能力は本来精度が悪すぎて使いものにならないらしい。
だが取得する情報を限定していくことによりある程度まで精度を上げることができるんだとか。
「じゃあ闇の雫が今日出現するかくらいわかるでしょ?」
「綾さん、それはないです。 桜木グループの予知能力者の精度の高さは桜木高校周辺に限定されてるんです」
その予知能力者の実家近辺である桜木高校周辺は予知能力者にとって自分の庭だ。
だからこそ縁が強くより多くの情報を手に入れられ──
「詳しい説明は置いといて……え、本当に出てくるの?」
「それが分からんのだ。 生徒会長の話ではここら一帯の魔力が闇の雫の出現時の揺らぎとよく似ているらしいのだが」
それ本当にフラグじゃないですか、やだー!
『やれやれ……アヤ、このままだと皆に迷惑かけることになるよ』
「嫌なものは嫌なの!」
最近ただでさえ篠原 明人を見ると無意識で拳を握ってしまうのだ。
隣にたって一緒にお料理とか手を出さない自信がない。
『仕方がない。 ヨリコから聞いた秘密兵器だったんだけど……』
鞄の中にいて見えないはずなのにニヤリと怪しい笑みを浮かべたルーを幻視した私は猛烈に嫌な予感がした。
まるで前世で荒野を歩いていると狙撃魔法で超遠距離の隠れた位置から雨のように絨毯爆撃された時を思い出す。
『20XX年9月3日、娘の様子がどうもおかしい。 小学校で何かあったのだろうか』
「…………?」
『4日、娘が顔を真っ赤にして帰ってきた。 どうやったらスカートを掴み辛くなるのかとワケの分からないことを聞いてきたが、スカートめくりをされたらしい。 口うるさくある男の子を罵っていた』
「…………」
「急に黙ってどうしたん?」
未来ちゃんが急に黙り視線を泳がし始めた私を見て不思議そうにしているが、それどころではない。
20XX年……私が小学二年生の頃の話で確かその時期は
『飛んで9月18日、なんだかんだで例の男の子とよく遊ぶようだ。 どう考えても男の子は娘が好きみたいだが娘は気付いていない。 面白いので放っておこう』
つい自分の鞄を見るとルーはニヤニヤしながら顔をのぞかせてこちらを見ていた。
まさか……ママの日記!?というか面白いのでって酷く──いや子供の色恋沙汰に対する大人の対応なんてそんなものか。
『20XX年12月24日、今日は娘と小学校のクリスマス会に参加した。 やはりというべきかあの子がアタックしていたけど娘はまるで気付いていない。あの子の母親と話してみたが、家では悪態をつきながらもよく娘が話題にのぼるんだとか。しばらくして娘があの子に誘われて校庭に出た。少したつと顔を真っ赤にした娘と手を繋いで──』
『いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
私の黒歴史を暴くな……いや本当にやめて!?
やめて本当にちょっと心が揺れたりなんてしてな──いや本当に顔を真っ赤にしたなんてママの嘘だから!
だいたいその頃の記憶ってあんまり鮮明に憶えてないし、当時は前世の記憶も知識だけで男っていう自覚も薄かったから仕方ないんだよ!
決して私は男が好きなわけじゃなく……いやでもそれだとレズになっちゃうなぁ。
『それでアヤ、我慢するかい?』
「…………おりょうりしてくる」
急に意見を翻した私に班の皆が首を傾げるが、トボトボと哀愁と覚悟を漂わせて炊事場に向かう何もいえなかったようだ。
登山前にあらかじめ決めておいた通り私がカレーを未来ちゃんはご飯を飯盒で炊いている。
アウトドアグッズは少年が持ってきたものなのだが、数が足りるか心配だ。
いや今最も心配なのはご飯のことじゃない──私の心だ。
「ちっ、魔力を入れすぎた……魔力が多すぎるというのも考え物だな。 少し手加減せねば」
私の気配を感じ取ったのか急に気取った台詞を吐き始める篠原 明人に頭痛を感じながら脳筋君から受け取った野菜を手に下ごしらえを始める。
少年には万が一分からない時の調理道具の使い方のレクチャーを頼んでおり、慣れない道具に苦労する未来ちゃんに──おいそこ何で手を重ねて指導してる。
未来ちゃんも未来ちゃんで何で顔を赤くして──って少年顔近づけすぎ!
ああさらに未来ちゃんの顔が赤くなって少年が不思議そうに首を傾げてオデコとオデコを合わせて
「ラブコメかよ!」
「(ビクッ)」
思わずツッコミを入れると篠原 明人がビックリしてこちらを見てきた。
おっと危ない危ない、篠原 明人の印象に残るのは不味いんだった。
「何?」
「な、なんでもない女。 …………地球の女はワケが分からん」
私にはアンタの厨二病が分からないよ。
「ふむ……ところで女」
「?」
「貴様、ここ最近妙なことはなかったか?」
あなたのことですか?
と反射的に言いそうになった口を気力で塞ぎ、歯を噛み締める。
そういえば厨二病患者ってだいたい皆から距離を取られるのが普通だけど……指摘したらどうなるのだろうか。
「ぬ、なんだ女?」
「なんでもないよ」
無意識に篠原 明人のことをジッと見ていたようだが、本当にどうしたものか。
試してみたいが、理性では試すべきではないと考えている。
篠原 明人の来世である私が前世の自分に干渉することでどのような事態が起こるか分からないからだ。
結局ルーは役に立たなかったし、後は茜ちゃんくらいしか──ママがいたなそういえば。
でも魔法少女って結局マジカルクリスタルを使った似非魔法使いだから知識面では期待できないんだよねぇ。
考えてみて少しギリギリだろうが遠まわしに言ってみることにする。
かなり怖いしチキンレースになるだろうけど……いやあと一年の我慢なんだし……もういいや。
とにかく言ってみよう。
「うん。 実は最近、とても困った人がいるの」
「ほう」
「男の人なんだけど、どうもソレは虚言癖があるのよ」
「それは困った奴だな」
ウンウン、と頷く篠原 明人──いやお前のことだから。
「だがソイツには気をつけろ……我には分かる。 きっと異次元からの侵略者だ」
「はぁ」
「その男は貴様と会話が通じないのだろう? それは元々過ごしてきた世界が違うから常識からして異なるからだ」
世界はともかく常識は違いそうだねぇ。
特に異次元からの侵略者とか言い始める辺り。
「その男は貴様のことを狙っているのかもしれん。 貴様の魔力は上質だからな」
「ソウデスネー」
個人が生み出す魔力の質って多少の個人差はあるけどそんなに変わらないはずなんだが。
いやどうせこれもまた虚言癖だ。
私はまだ喋っている篠原 明人へ適当に相槌をうちながら料理を続けた。
はぁ──帰りたい。
紫カレー:ぱーぷる。臭いはよく分からないがキツイ
ママの日記:別名綾観察日記
とある日のクリスマスの男の子:主人公属性持ってます
少年と未来ちゃん:らぶこめ。明人がふがいないばかりに貴重な幼馴染が!