29話 林間学校
「ふー」
リビングでテレビを見ながらゆっくりとお茶を飲む。
膝にはルーが丸まって寝ており、そこから伝わるほんのりとした熱にほっこりする。
今日は珍しく早く起きれたのでゆっくりシャワーを浴びながら目を覚まし、登校までの余った時間をこうしてマッタリ過ごしているのだ。
『な、なんで姉ちゃんの部屋に狼男が──いってえええぇぇぇぇぇぇ!?!』
「ふぅ」
変態対策に部屋に番犬もといワーウルフを配置しておいたのが良かったのか。
今日も今日とて私の部屋に無断侵入を試みた変質者は噛み付かれたらしい。
最近少しずつお仕置きのレベルを上げているが一向に懲りる気配がないし怪我も翌日にはなぜか回復してるので、もはやワーウルフには「殺してもいいよ」と言ってある。
認めたくないがあの変態はたぶん魔法使い関係だ。
おそらくワーウルフ程度で死なないだろう……まぁ死んだら死んだで別にいいけど。
「綾、林間学校の準備出来てるわよね?」
「うん。 昨日のうちに終わらせてあるよ」
既に自室から持ち出しておいたリュックサックを指差し、ルーを撫でてその毛並みを楽しむ。
ああ……ウチはペット飼ってないからこういうのってやっぱりいいよねぇ。
「…………」
「ん? どうしたのママ」
「なんでもないわ。 一泊二日だって言ってたけど、ルーは連れて行くの?」
「んー、何かついてくるらしいよ? こういう学校行事についていって旅先で事件が起こるのはお約束だとか言って」
そんなお約束、現実じゃありえないよと言い返したがとりあえずついてくるらしい。
モフモフ要因がいるのは(主にストレス軽減的な意味で)悪いことじゃないので別に構わないだろう。
あ、どうでもいいけどリョウ君らしき変質者も「オレも姉ちゃんについていく!」とか言ってたけど歯を全部引っこ抜いて部屋に放り込んでおいた。
やりすぎたかなとミジンコくらい反省したけど翌日には綺麗に生え変わってたのでさらにお仕置きがエスカレートしたのは言うまでもない。
ちなみに別についてくる発言が問題なのではなく
『いやどうやって来るのよ。 そもそもアンタ無関係なんだけど』
『それはえっと……姉ちゃんの婚約者って言えば皆も』
『死んでも嫌。 でも死ぬのも嫌だからアンタ殺す。 だいたい婚約者ってどうやって証明する気なのよ』
『簡単だ! オレと姉ちゃんで愛の結晶、妊娠報告すればいいんだ! さぁさぁ姉ちゃんベッドへレッツゴ──』
エロい話には耐性のない私だが、なぜかこの時だけは真顔で淡々と制裁した。
この口が悪いのかと詰りながら喋れないようにしたのだが……というか本当にどうやって歯を生やしたのだろうか。
先祖に鮫でもいるのかあの変質者は?
「そうそう綾。 言い忘れてたんだけど」
「何ー?」
「今日、綾の行く山なんだけど妙な魔力が漂ってるから気をつけなさい」
「…………え?」
フラグ、たった?
林間学校は五人で一組の班を作り集団行動を学ぶのが目的だ。
それぞれに役割があり私はご飯係りを任されている。
食材は現地で調達してもスーパーで買ってきても構わない……まぁ現地調達は難易度高すぎる上に事前に教師と話して知識があることを証明しないと出来ないのだが。
山の幸って基本的にかなり豊富なのだが食べられるものと同じくらい食べられないものも多い。
特にキノコなんかは素人判断は厳禁で、仮に図鑑を持って調べたとしても専門の知識がなければ誤鑑定することもありえる。
だが逆に確実に鑑定できる腕前さえあればキノコは最高の食材となるのだ。
ちなみに山自体桜木グループの所有する土地なので誰も文句は言わないが観光地ではないので道がちゃんと整理されていないのが難点だ。
「ふぅん。 それでカレー?」
「キノコカレーって美味しいんだよ」
「大丈夫なん? 心配なんやけど」
女子は私、花梨、未来ちゃんの三人で男子は脳筋君と例の少年の二人だ。
二人だけ別のクラスの人間だがそもそも集団行動を学ぶ行事なので別に構わないらしい。
ただ別クラスの人間同士で班を組む場合は「お前等仲いいんだろ?」ということでつけられる成績の判定が厳しくなるらしいが、私達は意外と成績が良いメンバーなので林間学校のの成績が悪いくらいで総合的な評価はあまり下がらない。
「いやまって。 アタシはやばいんだけど」
「がっはっはっ! 諦めるのも人生って奴だ斉藤!」
脳筋君が花梨を慰めているようで慰めていな──あ、殴られてる。
どうせ脳筋君だし大丈夫だろうとスルーして私は未来ちゃんと地図を見た。
「んー、方向は合ってると思うんやけど」
「たぶん今はこの辺かな? はぁ……先は長い」
「まだ登り始めてから30分ですよ綾さん。 一緒に頑張りましょう!」
少年がはりきってるけど、正直あんまり関わりたくない。
というかなんでこのメンバーで班を組んでしまったのだろうか。
林間学校で使用する山は全部で五つ……そのうちの一つを別々の入り口から班ごとに登るので必然的にこの場にいるのは私の班だけだ。
そして班のメンバーの半分が闇の雫の関係者だ。
『もう何があっても不思議じゃないね』
『黙ってて』
いや分かってるけど。分かってるけど!
『とにかく何かあったら花梨と未来ちゃんの保護を優先。 近くに篠原 明人がいる場合はイビルアイかスリープを使う』
『魔法少女に変身しないと使えないよソレ』
『するよ。 必要だったら』
魔法少女が使う魔法は意外なことだがスキル制だ。
いくつもある魔法の中から魔法少女自身がスキルポイントを消費して取得するもので、魔法名を唱えるだけで使うことができる。
マジカルクリスタルが自動的に魔法を使ってくれるんだとか──バカにしてたけど、滅茶苦茶高性能だった。
詠唱抜きで魔法が使えるってかなりのアドバンテージをもっているから、魔法少女全体の戦闘力もバカに出来ないかもしれない。
『普通は僕達が勝手にスキルを選ぶんだけどね。 ほら、大抵は小学生だから判断力がね……』
君の選んだスキルもたいがいだけど
そうぼやくルーに私は自分がとったスキルについて考えてみる。
イビルアイ、視線を合わした魔力耐性の低い闇の雫を除く生き物を気絶させる。
スリープ、光状の魔力を放出し浴びた者を眠らせる。なお、闇の雫と魔力耐性の高い生物には効かない。
あ、ちなみに闇の雫が除かれてるのは生物であって生物ではないかららしい。
『見事に対人間魔法少女じゃないか!』
『だって攻撃魔法とか自前のあるもん』
魔法少女式魔法より発動は遅いが汎用性ははるかに上だ。
そんなことよりイビルアイの上位スキルが欲しい。
イビルアイ3という上級スキルが暗示系なので日常生活を送る上で欠かせなくなりそうだ。
「ところで脳筋君」
「うむ?」
でかい青いビニールシートの塊を背負っている脳筋君が振り返り、ニカッと笑う。
私が料理係なら脳筋君は荷物係で、キャンプする上で必要だが重いものを持ってもらっている。
補足すれば調理器具も彼の持ち物の中だ。
「『あれ』、茜ちゃんから何か聞いてる?」
「ぬぅ……」
以前茜ちゃんが闇の雫の動きがなさすぎて不気味だと言っていたが、脳筋君も何も聞いていないようだ。
篠原 明人がどの山を登っているのか知らないが、もし同じ山に登っていてしかも闇の雫に襲われたなら私が頑張らなくては。
まぁそんな可能性、凄い低いんだけどね!
『なるほど。 これがフラグっていうんだ』
最近妙に変な知識を身に着け始めたルーがしみじみと呟く。
私の膝に乗っけて一緒にテレビ見てる影響だと思うんだけど……染まってきたなぁ。
気を取り直してルーが入っている鞄を両手で持ち直し、リュックサックを背負いなおす。
このリュックサックの背負い方一つにしてもママから指導が入ったのだが……本当に女の子って不思議だ。
ママ曰く女の子は皆そういう身体の動かし方をしてるとか言ってたけど、タメになる。
ママの指導を思い出しつつ動作に気をつけていたら脳筋君が耳に顔を寄せて囁いた。
巨漢が顔を寄せてこられると迫力満点で思わず身を引いてしまう。
「そういえば生徒会長が言っていたのだが──」
「茜ちゃんが?」
茜ちゃんはラインクロスのリーダーだ──が、闇の雫を狩る者達にそれは知られていない。
彼らの認識では茜ちゃんは桜木グループ会長の娘で、ラインクロスの上司的な存在だと思われている。
つまりは戦闘力はないが中間管理職としてラインクロスのリーダーに指示を出す者なのだ。
「どうもここら一帯の魔力がおかしいらしいのだ」
「…………」
ママもそういってたなぁ、確か。
遠い目をする私に気付かず脳筋君はそのまま言葉を続ける。
「念のためこの山に配置されている班は7割が能力者だから大丈夫だとは思うのだが……もしもの時は連携を頼むのだ」
『たった! フラグがたった!』
『だ ま れ』
汚染率が高すぎる……今度からテレビの時間減らそうかなぁ?
綾の山知識:殆どありません。(ぇ ただ毒があるかなどは魔法で判別できるので食えるか食えないかくらいは判断できます。
作者の山知識:殆どありません。一応軽く調べてますがつっこまないでください。
イービルアイ3:暗示系スキル。
スキルポイント:魔法少女が強くなるともらえる。判定は謎