3話 VS.脳筋
今回黒歴史要素を期待してる人は物足りないかもしれません。
脳筋の紹介回だと思ってください。
黒歴史はやっぱり黒歴史だった。
逃げることは許されず、直視すれば目を焼かれる。
私は早くそれを片付けたい。
とはいえ篠原 明人が異世界召喚される前に処分すればそれは歴史の改変となってしまう。
如月 綾という存在は篠原 明人が地球で黒歴史生活を堪能し、異世界でもそれを発揮しながらもやがて現実を突きつけられていき、(元もやしの癖に)成長し、(卑怯な手で)魔王を倒した後、(忌々しいが)幸せな家庭を作り、(憎たらしいが)孫に見守られて死んでいったという長い流れを持っている。
その流れを断ち切れば如月 綾という存在はどうなるのか分からない…………それにしても自分が憎いって成り立つ感情なんだね。
ひょっとしたら前世で仲間だった『予言の巫女』はその辺詳しいんだろうけど、異世界にどうやっていけばいいか分からないし今の段階では篠原 明人とすら他人だ。
とにかく如月 綾は前世の私の知識によると有名人だ。
自画自賛になるがそれは私の容姿によるものだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
「ふん! ふん! ふん!」
目の前には軽い運動で頭を……失礼、身体を温めている巨漢が一人。
名前は自己紹介の時に聞いたが確か白石 豪。
思わず背中に『鬼』の字を探したが、あるわけがなかった。
闘技場の周りには既に新入生達が初の闘技場での戦いを野次馬根性で見に来たのかほぼ全一年生が座っていた。
馬鹿ばっかりだ!
「この決闘って確かお互いに何か賭けることが出来るんだよね?」
「うむ、我輩の望みはあえていうならこの戦いなのだが……規則は規則なのでな」
早くこんなことは終えて家に帰りたい。
というかその規則をなんで初日に把握してるんだこの筋肉達磨は。
「そもそも何で私?」
髪お化けの美少女である私に喧嘩を売るなんて、チワワにゴリラが喧嘩をうるようなものだ……見た目上はだが。
そもそも私には人に目をつけられるような欠点なんて……あ、この自意識過剰が駄目ですか?
いやいやいや容姿で目立つからせめて出来るだけ目立たないように行動してるんだよ。
だから私に人に初見で喧嘩を売られる理由なんて…………うん前世以外はないよね!
「まさかあなたも……?」
転生して自分に復讐しようと……ないな。
だいたい復讐するならもっと分かりやすい篠原 明人がいるし、自分が彼の来世だと知っているはずがない。
どうも前世の行いのせいでちょっと警戒しすぎたようだ。
憶えてるだけで恨みは両手と両足の指の本数を超えている。
まじでどうしてくれるんだ前世。
「ぬ?」
「まぁいいよ。 私が勝てば白石さんの秘密を教えてもらうよ」
白石 豪はピクリと動かしていた筋肉を止め、こちらを見た。
(この反応……やはり何かある!?)
「いいだろう。 ならば我輩が勝てば貴様には一日一回闘技場で戦ってもらう!」
ドーン!
誰だよドラを鳴らしたの。
そうツッコム前にまず目の前の馬鹿につっこまなくては。
「いや期間決めてよ。 まさか一生ってわけにもいかないでしょ?」
「む、それもそうだ。 ならば100年だ!」
「それを一生って言うのよ馬鹿!」
だいたいお爺ちゃんお婆ちゃんになっても一日一回決闘って早死にするんじゃないだろうか。
「ならば致し方ない……90年だ!」
「譲歩してるように見えて全然譲歩してないよね? 90年たったら私達たぶん死んでるよね? それって一生ってことだよね!?」
さすがに105歳までいくとどっちかが死んでてもおかしくはない。
「何を言う! 我らほどの使い手ぬぁらば、200歳までは生きられよう」
「つ、使い手?」
いったい何の話だろうか。
え、まさかこれから学園ものじゃなくてバトルものが展開されるの?
まさか前世で厨二病してた裏では本当の厨二病が跋扈してたの!?
「お、落ち着くのよ綾。 あの筋肉もきっと厨二病……」
「さぁ行くぞ如月ぃ! お主の力、とくと味わわせよ!」
カーンと乾いた音が鳴り響いた、試合開始のゴングだ。
意識を戦闘用に切り替えて筋肉の挙動を観察する。
筋肉はゆっくりと構え…………え、何あの何かえっと、何か何かしてる何か!
何なのあのオーラっぽいの!?こう、カミー○・ビダン的な何かが!
ま、まさか魔力……?
いやしかし前世の私には確かに魔力はあった、それも強大な魔力が。
魔力が平然と使われている世の中で前世の私がそれに目をつけられないはずがない。
ではあの力はいったい?
「ぬおおおおおお!」
「っ!?」
気合とともに筋肉がこちらに詰め寄る。
オーラがその時爆発し、まるで筋肉の迫り来る姿が二倍にも三倍にもなったかのような錯覚に陥る。
よく見ると筋肉が蹴り上げた地面は何か強いもので叩きつけられたかの如くへこんでおり、奴の異常さが際立っている。
それにしても──この速さは不味い!?
「くぅっ!」
一般人にはまずありえない突進力。
オリンピック選手の世界記録を間違いなく超えたその速度は私の筋肉予測速度をぶっちぎり私に肉薄した。
思わず筋肉の攻撃を身体強化を施しながら真正面から同じく物質強化を施した木刀で防ぐ。
この闘技場に出る前に借り受けた武器で、さすがに真剣などはないがないよりかはマシな武器である。
普通は真正面から相手の攻撃を防ぐというのは自殺行為だ。
なぜなら攻撃を逸らすのでも回避するのでもなく防ぐというのは相手に追撃を許すからだ。
もしも敵の連撃を完全に防げるのならばいいのだが、現実では100%はありえな…………
「あれ?」
「ぬぅっ!?」
筋肉の拳、それが木刀に当たる瞬間奴は壮絶な笑みを浮かべていた。
彼の攻撃は普通ならば間違いなく木刀を破壊し、その余りある力で私を殴っていただろう。
だが彼には一つ誤算があった。
「うわ…………軽っ」
「なぁっ!?」
つい強そうだったから上位の強化魔法かけちゃったけど、この感じだと下位の強化魔法でも十分だっただろうか。
いや地球なのにオーラ纏うとか異世界みたいなことされたので焦ったが、この程度なら余裕だ。
「死ね。狂月乱…………ってこれ厨二病だーっ!?」
狂月乱舞、前世で使っていた技で広範囲に斬撃を飛ばすので雑魚を蹴散らすのに使っていたが、よく考えたらネーミングセンスがあれだ。
だいたいこんなところで使ったら観客ごと殴り飛ばしてしまう。
「ええい、気絶してて!」
頭は危ないので胴を狙い切り払い。
白石 豪はかろうじてそれを防ぐものの謎のオーラの防御ごと弾き飛ばされ闘技場の壁にぶつかり気絶した。
観客達の歓声を聞きジト目で睨みつけてから意識のない白石をひきずり闘技場を後にした。
あのあとすぐに意識を取り戻した白石 豪に話を聞くとあのオーラは『気』なるものらしい。
気は攻撃にも防御にも使え、また気は極めるとアンチエイジングの効果もあるらしい。
だがアニメのように気を体内から出して相手を攻撃するなどは不可能で、主に自分に対しての強化にしか使えないようだ。
…………本当によかった、魔法とかじゃなくて。
いやだって聞くかぎり『気』ってあくまで喧嘩が凄く強くなるって程度のもので、魔法ほど万能じゃないみたいだからだ。
まぁ燃費はすこぶるいいようだが魔法みたいに攻撃魔法一つで一度に数百の命を奪ったりはないので安心していい。
だいたい私は平凡な女子高生だ。いや平凡のあとに(笑)がついてしまうのは分かっているがそれでも平凡なのだ。
そういうのは前世での私の役目であって私には何の関係もない。
「はぁ、やっと帰れる」
「お疲れ綾。 それにしても綾、強かったんだね」
「いやあれは白石君が女子の私に本気を出せないから勝てたんだよ。 白石君が最初から本気だったら私は負けてたよ」
最初から本気だったような気がするが……ってあいつ女の子相手に全力で顔をぶん殴りにきてたよね確か。
「またまたぁ。 勇者様なんでしょ?」
「ぐふぅっ!?」
突き刺さる言葉の刃に胸を抑える。
花梨はたまに勇者様ネタで私を弄る……もとい苛める。
涙目で花梨を睨みあげるがとうの本人は
「はぁはぁ……涙目で悔しそうにしてるけど上目遣い可愛いすぎる」
「ちくしょうっ!」
「もう駄目でしょ綾。 女の子がそんな汚い言葉使っちゃ」
思わず汚い言葉で罵るが、常識的な言葉で諭された。
女の子がはぁはぁ息を荒たげて同級生の女の子を言葉攻めするのはいいのだろうか。
花梨はスポーツ少女だ……だが彼女をよく知る人物は誰もが彼女を女の子扱いする。
その原因の一つ、極度の可愛いもの好きだ。
本人曰く、自分には可愛いものが似合わなかったのでその反動だろうと言っていたがだからといっても限度を超えている。
UFOキャッターの達人の彼女はかつてゲームセンターのぬいぐるみを総取りし、一つの店舗を潰したという過去を持つ。
それからはセーブしているものの花梨の部屋にはぬいぐるみが溢れファンシーな作りになっていた。
ちなみにいくつかの店舗は『斉藤花梨入店禁止』と貼られている。
「いいもんいいもん。 女の子だって汚い言葉使うしアニメだって見るもんね」
「慎みを持ちなさいって言ってるの。 アニメってあれだっけ? 非道戦士チート」
「うん。 面白いよ?」
「いや、アタシは一話だけ見たけどあれはないわ」
非道戦士チート……主人公は正義のヒーローで正義の為ならどんな卑怯なことでもするいわゆるダークヒーローだ。
たまに正義が暴走して人質にされた民間人ごと悪を討つことがあるが、とにかくヒーローなのだ。
「私も最初はそう思ってたけど、12話が神なんだよ!」
「ああうん。 何回も聞いた」
花梨のそっけない返事にしょんぼりしながら帰宅する。
家に帰ったあと高校一年生の教科書を一通り確認したあと夕食のお手伝いをする。
やがて父も帰ってき、今日の出来事を報告しながら夕ご飯をを食べていると予想通り母に怒られた。
「ママ、喧嘩は向こうが売ってきたんだって!」
「だからって入学初日に強い女の子アピールしてどうするのよ!」
「負けたら毎日試合とか言うんだもん! 一回勝ったほうが良かったの! 絶対に!」
「でも一撃で相手を倒すのは駄目よ綾! 女の子はか弱くないといけないの!」
「あー、なんだママに綾。 食事中なんだから喧嘩はよそう、な?」
「「パパは黙ってて!」」
「…………はい」