28話 バトルドレス
待たせたな!
チーン
線香をあげ、私は手を合わせてモノクロの写真に向かい合った。
写真には彼の亡くなった姿そのままである生前が写っており、もう会えないんだと思うととても寂しくなる。
でも泣くより笑って送ってあげるほうがきっとリョウ君も喜んでくれるだろう。
「私、高校生になったんだ。 リョウ君が死んだって聞いて驚いて昨日は寝る時にちょっと泣いちゃったんだ……」
チーン、と鈴を鳴らすとさらに寂寥を感じるが私は前を向いて生きなくてはいけない。
たぶんそれが生きてる人が出来る死んだ人への唯一できることだと思うから。
「もうリョウ君はいないんだね、って思うと会いたくなる気持ちも出てくると思う。 でもね、リョウ君? きっと君は『お姉ちゃんは死んじゃいけないよ!』って言うんだろうね」
あんなに優しい子だったんだ。
私の想像でしかないが、天国でそう思ってくれているならとても嬉しい。
「お姉ちゃんはしっかり生きていくから、リョウ君は私のこと静かに見守っててね……?」
約束だよ?
切ない気持ちを抑えながら静かに微笑み、正座していた足を崩して立ち上がる。
そして即席で作った仏壇を置いた客室の出口に目を向ける。
「ね、姉ちゃん? オレ死んでないよ? ほら足もあるし……」
「…………」
「うっわ、まるで道端に落ちている糞…………にくっついてる子蝿を見るかのような目で泣けてくる!?」
誰だろうコイツは。
というか何我が物顔で我が家をパジャマ姿で歩いてるんだ。
「ちっ」
「舌打ち!?」
「ねぇママー。 不審者がいるよー」
「いや姉ちゃんそれちょっとひど「我慢なさいアヤー」ってうおぃ!?」
台所で朝ごはんを作っているであろうママの返答に全私が泣いた。
どうして……どうして死んでしまったのリョウ君!
「オレの小さい頃の写真をモノクロにして仏壇に飾るのやめてくれない!? ちょっと、というかかなり複雑なんだけど!」
写真立てを抱きしめて物思いに耽る私に抗議する不審者。
さっきから何なんだコイツ、不審者のくせに偉そうにして。
「え、なんでオレが睨まれるの? オレ何も間違ったこと言ってないよね?」
「ちっ」
「ヨリコ母さん! 姉ちゃんがオレと会話してくれないよ!?」
「我慢なさいアヤー」
「ヨリコ母さん励ます人間違ってない!?」
今日はルーでモフモフしよう。
授業を全てさぼって生徒会室で茜ちゃんとゆっくりしよう。
ついには鼻歌を歌い始めた私に不審者は(本気でやばい)とでも思ったのか、部屋に入らずに廊下で──土下座した。
「ごめん姉ちゃん」
「…………」
「ちょっと久しぶりに会ったからって浮かれてた。 いつもはあんなことしないんだけど、姉ちゃんに会えるってだけでテンション上がりすぎてて……」
「…………うん」
真摯に謝る──認めたくはないが──リョウ君の姿に顔を逸らしながらも聞く姿勢をとる。
確かに一度の失敗程度でここまで拒絶するのは──
『はぁーはぁー、クンカクンカ! グッドスメル! グッドスメル! グッドスメエエェェェェルゥゥゥゥッ!』
『はぁー……はぁー……まじ姉ちゃんの匂いは次元一ぃ…………あ』
…………もう絶縁宣言しても良い気がしてきた。
いや、私は姉だ!
一度くらい弟の性衝動による暴走を許してやらなくてどうする!
別に直接的に私が襲われたわけでもないのだし、言い分くらい聞いてやらなくて何が姉だ!
よし、自分を説得できた。
「オレもやりすぎた気がするし、姉ちゃんにひかれることをやったってのも分かってる」
「…………そうだね」
「だから今日からはちゃんとする。 姉ちゃんの弟として真面目にするし、もう勝手に姉ちゃんの部屋に入ったりしない」
「うん」
「だから……だから…………」
ああもう……泣いちゃって。
昔から泣き虫なんだから……
「いいよ、おいで」
「ね、姉ちゃん!」
それは昨夜の焼き増しだった。
手を広げて私に走りよる異母弟、リョウ君は嬉しそうにしていた。
昨日とは違うその姿に私もニッコリを笑みを浮かべ、両手を広げリョウ君を待つ。
「ねえちゃーん!」
「リョウ君……!」
やがて二人の影が合わさり感動の抱擁が……!!
「ふんぬ!」
「アベシッ!?」
起こる前に私の右ストレートが変質者の頬に突き刺さった。
昨夜とは違い、追撃はしてないので意識がある変質者は殴られて赤くなった頬をさすりながら廊下に倒れた状態で私を見上げた。
「な、なんで?」
「質問する前にアンタの右手を見なさい」
「え、右手?」
変質者が頭に?マークを乱舞させながら頬をさすっていた右手を見た。
そこには私がよく見る……というか私が昨日、またしても寝ぼけて穿いてしまったキャラ物のパンツが握られていた。
女の子になってから前世より朝が弱いんだから仕方ないと自分に言い訳しながらたまに穿いてるのだ。
誤解されないように言っておくが、一週間に二回くらいはちゃんとした普通の下着を着けている。
とにかくそんな私の下着事情はどうでもいい……問題は
「どうしてアンタの右手に私の脱いだ下着が握られてるの?」
「…………」
変質者が脂汗を大量に流しながら視線で助けを求めようとするも、この場には私と変質者しかいない。
やがて誰もいないことを分かっていながらも確認し終えると
「……ふぅ」
汗を静かに拭い、気持ちを切り替える意味でも深く深呼吸しやがった。
私の下着で。
これ、キレてもいいんだよね?
ちょっと昨夜寝る時(やりすぎたかなぁ?)って思ったけど、まだまだ足りなったみたいだし昨夜より激しくしてもいいんだよね?
むしろ殺す勢いでやってもいいんだよね?
「え、なんでさらに怒気が──あ」
今更ながら自分が何で汗を拭っていたのか気付いたのか、青かった顔色をさらに青くして両手を廊下にたたきつけた。
土下座──ではなく逃亡する為に立ち上がる予備動作として。
プチッ
なんだかんだで篠原 明人に直接的な攻撃をしたりしないくらいに寛容な私だが、さすがにこれは無理だ。
仏の顔も三度まで、って言うけど仏でもたぶんブチギレると思うんだコレ……まだ二度目だけど。
気がつくと私は昨夜どこからともなく送られてきた説明書の内容を思い出しながら右手を天井へと挙げた。
「召喚」
その言葉に応えるように右手に現れたのは一枚の赤い羽根だった。
フワリと右手に落ちた羽根は漏れ出るように炎を噴出させ、やがて私の右腕を包み込む。
熱さは感じない──ただ決められた手順に従うように私はその羽根を炎で包まれた右腕ごと静かに胸に預けるようにして目を軽く閉じる。
次の瞬間羽根から噴出されていた炎は羽根と私の衣服そのものへと燃え移り、真っ赤に染めていく。
炎は赤い光へと変化していき、ドレスの形へと変化する。
やがて真っ赤なドレスで私が包まれると胸で最後まで燃えていた羽根がとうとう燃え尽き、最後の光が放たれた。
その光は形を変え私の頭部に集まると金色の輝きを放つ赤い宝石が嵌ったティアラになった。
赤いドレスは胸元が……スクエアカットとでも言えばいいのだろうか。
ショートスリーブにフリル、スカートにはギャザーのレースがそれぞれ黒色で飾り付けられている。
頭にはティアラが乗ってるし、お姫様系ドレスと分類されると思うがドレスに詳しくないので正式名称は分からない。
『アヤ! そこで名乗りを!』
え、しなきゃいけないの?
というかいつからこの部屋を覗いてたんだろうかルーは。
「ミケルケル王国の魔法少女……炎滅姫」
『さぁ、闇の雫! ボクとアヤがいれば向かうところ敵な──って闇の雫いないよ!?』
あ、私が変身したから慌てて来ただけなのか。
しかも変身した理由が闇の雫が攻めてきたからだとか思っているみたいで、かなり本気で私の部屋から降りてきたらしい。
んー……でも
「とっても良い気分ね!」
何かから開放されたかのように晴れ晴れとした気分だ。
今なら苦手な女の子服をいくらでも着れそうな気がする。
「さぁ行くわよルー!」
『ああ、アヤ! …………で、誰を倒──待ってアヤ。 それ君の弟なんだけどというかその魔法明らかに殺す気満々というか消し炭すら残す気ないというか変身して最初に倒すのが身内って何なんだ──ツッコミが追いつかないよ!?』
私達のお仕置きはこれからだ…………!!!!
「お母さんご飯ー」
「あらあら。 リョウ君はどうしたのかしら?」
「え、そんな人ウチにいたっけ?」
「まぁ綾がそう言うならいいんだけど……あの子昨夜もご飯抜きだったけど大丈夫かしら。 あ、手はちゃんと洗った?」
「当たり前だよ。 汚い物を触った後はちゃんと手を洗わないとバッチィもん。 さすがバトルドレスだね、魔力使わないで熱湯消毒出来たし」
「うーん…………やっぱり事情があるとはいえ、リョウ君を預かったのは失敗だったかしら?」
召喚:魔法少女の変身キーワード。厨二とか言ってはいけない