26話 成長せず
今日も今日とて何かチリチリする感覚と共に起床し、そのまま登校。
どうもバトルドレスの構築期間は皮膚上で魔力が移動したりしてるので落ち着かない。
まるで目の前で魔法を練られているようで、つい反射的にその場で回避運動を取りたくなってしまう。
「うぅ……ねぇルー、まだなの?」
『まだまだだよ。 あと三日じゃないか』
バトルドレスを構成し始めてから一週間たったが、いい加減やめてほしいものだ。
いくら私の感知能力が子供並(赤ん坊以下だけど)に低いとしてもこれほど近ければ感知できる。
身体を無数の虫が這っているような感覚にゾクゾクして、授業中には変な声出るし……脇とかヘソとか背中とか足裏とかあれな部分とか。
魔法少女って大変なんだな……そんな悟りと共に遠い目をしていると授業中に他の事を考えていると注意される。
どうしろってんだいったい。
『あ』
『何? 今は人がいるから……』
『ほらあそこ。 アヤにとっては先輩の魔法少女だよ』
やりたくなかったが近頃はバッグに覗き穴を開けてルーが鞄の中に入っている間も外が見れるようにしている。
面倒ではあったものの穴を開けるだけだなんて手抜きはせずマジックミラーを使ったのだが……
『…………いい、ルー? 余計な事は報告しなくていいの』
『でもアヤ。 彼女は氷撃姫と言われていて、アヤの二つ名と結構似てるから縁が……』
『そんな厨二ネームもらってる子と知り合いたくない!』
『アヤが言ってどうするのさ』
『くっ』
私こと如月 綾の二つ名は炎滅姫アヤだ。
名付け親である名前を知らぬ少年は既に注意され情報の発信源である本は規制されたものの既に出回ったものに関してはノータッチ。
表向きは少年の執筆した文芸作品を無料配布したものなので返してくれとは言えず定着することとなった名だ。
『ほら、彼女もコッチに気付いたようだし話したら?』
ルーに言われ辺りを見回し、それっぽい人物を探してみる。
すると私と同じくらいの背丈でスタイルの良いおめめパッチリな美少女と目が合い……
「ねぇ貴方──」
「ふっ!」
『逃げた!?』
氷撃姫(笑)に話しかけられる前に全力疾走で彼女を置き去りにする。
その途中いらないことをした(かもしれない)ルーの鞄を何度か電信柱にぶつけ制裁しつつ花梨と合流できるところまで走るのだった。
魔法少女から逃げて花梨と合流し、挨拶をした。
だがどうも花梨の様子がおかしい……ブツブツと何か独り言を呟いている。
「おはよう花梨」
「でもアタシはちゃんと運動してるしありえるはずがだけど実際昨夜に乗った"あれ"では……」
「花梨? おーい」
反応がない。
何に夢中になっているのか地面を見たまま──あ、危ないよ花梨。
「ったぁ!?」
曲がり角であるにも関わらずそのまま壁に直進して頭からぶつかった花梨は涙目で額を擦りながらしゃがみこんだ。
いったいいつから花梨はスポーツ少女からドジっ娘にジョブチェンジしたのだろうか。
しばらく蹲ってうーうー呻いていたが、やがて立ち上がると誰かに見られなかったかチェックするかのように辺りを確認し……傍に立つ私に気付く。
「ぎゃああぁぁぁぁ!?」
「ひゃうっ! ……もうなんなのよ、急に大声出して」
『そうだよね。 そういうドジっ娘プレイはアヤの専売特許だもんね』
『プレイ言うな』
確かに女の子に転生してからは前世に比べてよく凡ミスすることは自覚しているが、プレイなんて言うと自分からやっているみたいで心外だ。
「いつから見てたの!?」
「え? いつからって、ブツブツ言いながら下向いて歩いてるところからだけど」
「っー!!!」
何をそんなに恥ずかし……ああ、壁にぶつかって悶えてるところを見られたからか。
別にそんなこと気にしなくてもいいのに。
『だよね。 アヤなんてお湯を沸かしたと思ったら水風呂で悲鳴をあげるし、マサノブ用のお酒を間違って飲んでベロンベロンになるし、今日も寝ぼけて「もう絶対着ない」って言ってたキャラ物のパンツ穿いて──』
ガスン!
「ひっ! え、何で壁に攻撃してるの?」
「いや、ハエがいたから」
主に鞄の中に。
「そんなことよりどうしたの? こんなに余裕がない花梨なんて珍しいよ」
花梨は言い方は悪いがあまり悩むほうではない。
悩むより先に思いついたことを成功するまで試していく脳筋タイプであり……クラスの脳筋君とかぶっちゃうな。
とにかく花梨は思いついたら一直線なので人前で悩んでいる姿を見せるのは滅多にないのだ。
「ねぇ綾……」
のだが……どうしてだろう、何か地雷を踏んだ気がした。
花梨のショートヘアーでは十分ではないはずなのだが、俯いた彼女の目元はなぜか髪の影で隠される。
背景には『ゴゴゴゴゴ』という文字が幻視できるが、たぶん錯覚だ。
「綾の身長っていくつなのかなぁ?」
「その語尾を少し延ばすのやめて……この前の身体測定だと153だったけど」
「じゃあ……体重はぁ?」
「!?」
ようやく事態の深刻さを悟った私は顔を真っ青にし、誰かに助けを求めるように通学路を見回す。
しかし現実は無情、運悪く登校時間早めの今は人っ子一人いない道となっていた。
「よん……」
言っていいのか?
はっきり言ってもいいのか?
というか誰もいないとはいえ通学路で自分の体重を言うのはいくら私でも恥ずかしい。
花梨の耳に口を寄せ、その数値を言うと──
「…………うん、薄々気付いてたんだ」
「…………」
「アタシが実は結構重いってことに」
いやだってそれは筋肉が重いからじゃ──と一瞬だけ思った。
だけど男の子の諸君、女の子にそんなマジレスする子はモテないぞ。
「大丈夫だって。 花梨はいっぱい運動してるでしょ? 間食を控えれば痩せられるよ!」
「そ、そうかな?」
筋肉ついてる人は一定以下の体重にはなりにくいらしい──と思ったけど。
そんな希望を砕くことを言うやつはモテるモテない以前に軽蔑されるぞ諸君。
「というか綾さ」
「ん?」
「中2の頃から成長してなくない?」
「…………まぁね」
実は私の身長や体重は同年代に比べて多少低いのだが、それらは中2からまったく成長していない。
あまりもの数値の変化しなささに不安になり平均身長をネットで調べてみたらそういうもんらしい。
女の子は中学二年生から身長の伸びがかなりゆるやかになり、一方で体重が増えていっている。
これは二次成長に伴い胸という脂肪分が増えたからだと思う……まぁ私の場合は中2の時点で結構大きいって言われてたし。
というかその時点では花梨すら超えてた。
中2から身長どころか胸も成長しなくなったので今では平均程度で安心している。
新しい下着も買わなくていいからね!
…………だからキャラ物の下着とかいまだにタンスにあるんだけどね。
しかしこのまま大人になっても成長しなかったらどうしよう……今は少し童顔程度なんだけど、このままいくとロリキャラに……
『それはそれで美味しいんじゃない?』
『黙ってて』
確かにそういう需要もあるんだろうけど、そんな需要に惹かれて口説いてくる男なんて嫌だ。
「大丈夫。 大学生になったら成長するから」
「アタシはもう成長しなくて……あ、背は欲しいかも」
「バスケでは重要だもんね」
目指せダンクシュート、と意気込む花梨はすっかり体重のことを忘れているようだが、わざわざ蒸し返す必要はない。
『でもスポーツで本気になれるって羨ましいなぁ』
『やればいいじゃないか』
『だって私がやればいかに無意識的に行っている身体強化を意識的に抑えられるかってわけの分からない戦いになるんだもん』
しかもめっちゃ疲れる。
だいたい本気なんて出したらサッカーでもバスケでも野球でも一人でチーム組んでも勝てる。
いや一人でチームは組めないなんて正論言われても気にしない。
『というか思ってたんだけど、超能力者って身体能力も上がってるでしょ?』
『うん。 魔法少女と比べて効率は悪いけど、アヤと同じように魔力で身体を強化してるんだと思うよ。 それがどうかしたの?』
『明らかにオリンピック選手を超える身体能力を持ってる人とかいたから、表向きはどうなってるのかなと思って』
思えば私が小学生で自重していなかった頃、明らかに人間の限界を超えていたので何かしら声がかかってもおかしくなかったと思うのだが。
『そりゃあ──』
『そりゃあ?』
『認識阻害魔法だよ。 ほら、ネ○まみたいな』
『…………』
面倒だからって一言で説明を片付けやがったなこの小動物。
『アヤの小学校の先生、一年生から六年生までずっと同じだったでしょ? 彼女、魔法少女のOBだよ』
『まじ?』
確かに小学校ではずっと担任は同じ女性だったが。
『彼女がアヤの学校の関係者全員に暗示をかけたんだ。 だからアヤのことを「すげー奴」とは思っても「異常な奴」とは思わなかったんだ』
『んー……つまり超能力者側でもそういうことができる人がいるって?』
『良くも悪くもね』
え、悪くもって何さ……ん?なになに。
…………
「急に顔赤くなってどしたの?」
「え、いや何でもないよ!? なんでも!」
「んー?」
暗示系の超能力者には出来るだけ近寄らないようにしよう、うん。
氷撃姫:プリンセスオブアイスシューター。属性はお察し。本格的に綾に絡むことは(たぶん)ない
キャラ物:子供向け。というか中学二年生にもなってキャラ物ってどうなんだろうか
認識阻害魔法:結界式じゃないので一人一人かけてまわらなくてはならない暗示方式