21話 吹き込んだ結果
結局のところ私達が書いているのはコアラだった。
最初こそどこにいるんだと目を皿のようにして探したが、一度見つけると元々あまり動かない生き物なので写生に適していた。
「…………」
コアラの造形を観察し、手足の細かい位置を確認するとその完成図を脳に刻み付ける。
その図をもとに鉛筆で下書きを始める……そういえば毛とかのタッチ?ってどうやればいいんだろうか。
さすがにベタ塗りじゃ駄目だろうし……。
花梨は真剣な眼をして────
「ねぇ花梨、どうやって……」
アートブックに絵の具をぶちまけていた。
パレットを使うなんざしゃらくせぇ!と言わんばかりに水で薄めることすらせずにそのまま紙に塗りたくっている。
「え、何?」
「…………何やってるの?」
本当に何やってるんだろうか花梨は。
いや私は芸術関連は疎いのでこういう描き方もあるのだと言われれば納得してしまうかもしれないが、大丈夫なのか。
って、絵の具めっちゃ垂れてる!
垂れて下のほうの一筋が灰色に染められてる!?
「綾、芸術は爆発だよ」
「意味わかんないし!?」
誰の言葉だっけ芸術は爆発って……漫画のキャラだっけ?
とにかく花梨はアテにならないことが分かった。
「未来ちゃん、聞きたいことが──」
未来ちゃんは未来ちゃんで……パレットに明らかに使わないであろうものも含まれる様々な色の絵の具ぶちまけていた。
「呼んだ?」
「何、やってるの?」
「楽しいで」
「そんなこと聞いてないよ!?」
真面目に絵を描く気のない未来ちゃんは何とパレットで色を混ぜて遊んでいた。
最終的には汚い色になるんだろうが……大人っぽい未来ちゃんだが意外と子供っぽい一面もあるのか。
それはともかくとして未来ちゃんも役には立ちそうにない。
「頼れるのは自分のみ、か」
一人は芸術の意味を勘違いし、一人は遊んでいる。
孤軍奮闘という言葉が脳裏に響く中、私は鉛筆を掴み下書きを始めた。
待ってろよコアラ……今お前(の絵)に魂を吹き込んでやる!
「あれ? 綾寝てる……」
「ホンマやな。 でも少し前から描き終わってたみたいやし、寝かしておいてあげような」
「それは別にいいんだけどね。 そういえば綾ってどんな絵を描くんだろ」
「…………見ちゃう?」
「…………ちょっと移動する時に綾の絵が見えても仕方ないよね」
「そやな」
「さてさて、どんな絵が……。 …………。 ………………」
「…………? どうしたん?」
「いあいあ……」
「は?」
「やばいこれはやばい。 何がやばいかというと言葉に出来ないやばさがある」
「何を言っ…………なんやこれ」
「コア……ラ?」
「その三文字の前に『名状し難き』とかつきそうなんやけど!?」
「というかこの翼と牙はいったい……?」
「いやいやその前に眼が赤いこともおかしいで。 爪も妙に化け物じみとるし」
誰かが話す声が聞こえる。
いつのまにか閉じていた瞼を開けると太陽は随分高く位置しており、時計の針は昼過ぎのランチタイムを指していた。
絵が完成したものの二人がまだ真面目な顔をしてアートブックと向かい合っていたのでボーっとしていたらいつのまにか寝ていたようだ。
「あ、起きた。 おはよう綾ちゃん」
「んー、おはよう。 待たせちゃった?」
「アタシ達もちょうど終わったところだよ」
タイミング良く起きたようで安心した。
『おはようアヤ』
『おはよう。 ルー、何か変わったことなかった?』
『僕はずっと鞄の中に入ってたから変化があっても気付かないよ。 バスケの子と関西弁の子も静かだったし』
役に立たない小動物だ。
せめて○ュウベェを見習ってステルスぐらいやってほしいものだ。
見習って詐欺みたいな方法で魔法少女量産されても困るけど。
「あれ、私の絵は?」
絵の具が乾いたかと確認しようとしたが、描いた絵はアートブックから既に切り取られなくなっていた。
「見回りの先生が持って言ったで」
「え? いや完成だから良いけどさ…………」
普通こういうのって一見完成してそうでも本人に確認とるべきじゃないのか?
確認なしに持っていくなんて非常識だとおもうのだが、どうなんだろうか。
「アタシ達が渡したんだ。 だって綾、完成だって寝る前に言ってたじゃん」
ああ、そうなんだ。
それならば納得──
「あれ、そんなこと言ったっけ?」
「「言った」」
花梨と未来ちゃんが口を揃えたことからもたぶん言った……んだっけ?
「ほら、やっぱり不思議そうにしてるで!?」
「いやでもこれ以上あれと同じ場所にいたら気になって集中できなかったし。 まるでSAN値1D6-3のダメージぐらい……」
「ただの絵が半分の確率でダメージってどんだけやねん」
なぜかヒソヒソ話でハブにされてる私。
怒りよりも先に寂しいと感じるのでどこかションボリしながらアートブックを鞄に片付け、パレットを持った。
「あ、待ってや。 その前にお昼にしようや」
そういえば未来ちゃんがお弁当作ってきてくれてたんだった。
今日は運動もしてないので腹へリ具合はそこそこだが、美味しいものを食べられるとなったら話は別だ。
以前未来ちゃんの家にお泊りした時のご飯はやばかった……いや私も手伝って未来ちゃんとそのママさんとでワイワイ料理したのだが、格が違った。
もう私の料理と手間からして違う手際の良さなんて思わずトレーススキル使って憶えようとしてしまったくらいだ。
まぁ手際云々は動きより台所全体の料理の完成状況をタイマーのように計るのが大事なので私には無理そうだったが。
「うまうまー」
「ねぇ未来。 アタシの妹にならない?」
「ありがとな綾ちゃん。 それで花梨ちゃんは何言ってるん?」
「あー、花梨は何か後輩に『お姉様』になってくださいってよく頼まれるの…………茜ちゃん思い出した」
本当にあの子は私に対する『綾お姉様』という呼び方をやめてもらえないだろうか。
いや基本的に引き篭もりなので人前で茜ちゃんが私をそう呼ぶのはない────あ
「ああああああああ!?」
「うわっ! 綾、どうした?」
「急に立ち上がって……?」
まずい、何か普通にスルーしてたがまずい。
「茜ちゃん、少年のいる前でめっちゃ私のこと『綾お姉様』って呼んでた!?」
今更?と思うかもしれないが、あの時の私は茜ちゃんにどう質問するかとばかりで他の事を考える余裕がなかったのだ。
『炎滅姫』をどうやって配布禁止、そして自主回収させるかを。
だがよく考えればあの時少年の前でハッキリと『綾お姉様』と呼んでいたはずだ。
「その茜ちゃんって誰なの? 未来のクラスの子?」
「ウチは知らんけど」
「…………一年生の生徒会長、らしい」
意味不明だがそう言うしかない。
いや言っててなんだけど本当に一年生の生徒会長って何なのだ、しかも入学して一ヶ月くらいしか経ってない時点で。
「ふーん、桜木高校って生徒会あったんだ」
「いや、たぶん形だけだと思う」
もし生徒会が本当に機能しているなら生徒会室が茜ちゃんの私室みたいな状況にはまずなってなかったと思う。
あそこやたら生活観溢れてたし……いかにも毎日寝泊りしてます的な。
「一年生なん? じゃあ今日は来てるんか」
「…………」
会えたらええなぁ、と微笑む未来ちゃんからそっと視線を逸らす。
本人からは聞いていないが……間違いなく茜ちゃんは写生会に参加してない。
人間不信の彼女がこのような重要性の低い行事に参加するとは考え辛いのだ。
事実ただの授業でさえ彼女は一度も出ておらず学校で引き篭もり生活を満喫している。
学校で引き篭もりって言ってて意味が分からない。
「とにかく少年に出来るだけ早く口止めをしなくては……!」
そういえば少年ってどこのクラスだったのかしら。
そもそも名前知らない……炎滅姫に著者として書いてあったような気がするが、私は持ってない。
脳筋君に聞いてみればいいか。二人は闇の雫を狩るという共通点で顔見知りだと思うし。
名前が分からなくてもクラスくらいなら分かるだろう。
「それで綾は何で同い年から『綾お姉様』って呼ばれてるの?」
「え、なんで知ってるの!?」
「いやさっき自分で言ってたじゃん」
そんなこと言ったっけ私……花梨が言うには尋問される前に教えてしまったみたいだが。
動揺しすぎて口に出てたのかな?
それにしてもどう説明すればいいのだろうか。
『実は私の勇者だった前世時代に魔王だった茜ちゃんと──』
また幼少時代の妄想癖が再燃したのだと思われるだけだろう。
そこは完全に省いてもいい情報だろうに、何で選んだ私。
『ボッチだった茜ちゃんに話しかけたら魔法をぶっぱされ──』
待て待て待て、魔法のところは別の何かに変えなくてはいけない。
そう、原文はこうだ。
屋上で一人寂しそうにしていた茜ちゃんに話しかけたら怯えた彼女に魔法を放たれ死ぬ気で避け、話し合いの結果慕ってくれた。
つまりこれを一般人に話しても大丈夫なように変えて
「屋上で一人寂しそうにしてた茜ちゃんに話しかけたら怯えた彼女に襲われて……えっと、色々あった後に慕ってくれた」
「「…………」」
あれ、何だろうこの沈黙。
「襲われて、色々あった後に慕う……?」
「そこだけ聞くと性的な意味としか思えないんやけど。 いやでも怯えた子が性的に襲うってどういう意味なん?」
「こう、犯られる前に犯るみたいな」
「え、綾ちゃんってそういう子やったん!?」
「子供の頃は女の子にしか興味がないって公言してたから、根っこの部分はそうかも」
「どうしたの二人とも?」
「「いえ、なんでもないです」
…………敬語?
いあいあ:くとぅるー
アタシの妹にならない?:地獄姉妹にはならない
襲う:性的に
『何言ってるんだいアヤ。 魔法少女とそのお供は切っても切れない絆で結ばれてるのさ!』
「アタシはもう成長しなくてもいいよ……」
「うん。 貧乳代表の未来ちゃんやで」
次回、『ステータス』