20話 憑依
シン・エターナル……私にとってそれは忌むべき名だ。
かつての私の前世である篠原 明人はシン・エターナルと自称し、自分のことを半分本気で世界を救うダークヒーローと思っていた。
イメージとしては悪態をつきながらなんだかんだで身内を守り、情け容赦のない虐殺で世界の敵を倒す救世主だ。
まぁ実際前世の私は異世界召喚、その旅の果てに魔王を打ち倒し世界を救ったわけだが現時点ではただの厨二病だ。
なぜ私が厨二病になったのかはまるで憶えていなく、未来ちゃんに聞いても知らないという。
私にとって篠原 明人は現在ではあるが同時に過去でどうでもいい話だ。
『アヤ? 何か遠い目をしてるけど大丈夫?』
『そう、かつての私が召喚され最初に出会ったのはミィだった』
『…………?』
『彼女は非現実的な現象に戸惑い脱厨二した現実的な思考に戻っていた私に極上の笑みを浮かべ言った。 私の全てを捧げ──』
『こ、混乱のあまりに過去を振り返って現実逃避してる!?』
そう、彼女は文字通り全てを私に捧げ最後まで着いてきてくれた。
何を捧げてくれたのか、もう思い出せないがとても大事なものだったような気がする。
「…………ってそこは憶えとこうよ私!?」
「あ、現実に帰ってきた」
「ふん、急に黙り込んだかと思うと突然叫びだす。 騒がしい女だ」
どうやら私は意識がとんだように反応がなかったようだ。
しかしどうも前世の記憶の劣化が激しい……いや、憶えている部分と憶えていない部分の差が激しすぎるといったところか。
過去の話なのでどうでもいいから今は目の前の事態に対処しよう。
「し、しん・えたぁなる!」
「何だといいたいところだが、何か発音が……? ところで女、なぜソイツは胸女の後ろに隠れてるのだ?」
篠原 明人が未来ちゃんに問い、花梨が「まずった。 話しかけたのは失敗だった」と額に青筋を浮かべながら呟いた。
巨乳というほどではないがそこそこ大きい胸だけしか価値がないかのような呼び名をつけられるのはさすがに不本意なのだろう。
「わ……」
何を言えばいいだろうか。
何を言えばこの場から篠原 明人をザオリクすることができるんだ!?
あれ、ザオリクって何の呪文だっけ……まぁいいや。
「どうしたん?」
心配そうにしている未来ちゃんだが、私はそのまま花梨を盾にするようにして篠原 明人の視界から逃れるようにして身を低くした。
どうしたん、というかなんというか私は篠原 明人に顔を憶えられたくないのだ。
私の前世の記憶によると如月 綾という人物はあくまで有名で二年生になった一週間だけクラスメイトなので顔だけ知っているという程度なのだ。
仮にここで接点を作ってしまえば私の記憶との矛盾が出てしまうかもしれない。
既に手遅れの可能性もあるが出来るだけ顔を見られないように花梨の後ろに隠れることにしたのだ。
「そうか!」
「急に声あげてどうしたん」
「ふっ、ならば仕方あるまい。 そこの女はこの我の美貌に惚れてしまったのだろう?」
違うわ阿呆!
厨二病だけでも厄介なのにナルシストまで発揮するな……あれ、厨二病ってナルシスト入ってるっけ?
「美貌て」
「わ、笑うなよ未来!」
ケラケラ笑う未来ちゃんに思わず素が出た篠原 明人が咎めるが、意に返さず指すら向けて笑い続ける。
「未ら…………ふっ、我としたことが現地人としての記憶に引っ張られてしまったようだ」
「何いってんだコイツ」
「皆が分かってることだからいわなくてもいいよ」
ツッコミをした花梨に背中へはべりついたまま言うと、くすぐったそうに身をよじられた。
「あんまり動かないで。 それか離れて」
「やだ」
「どっちが嫌なんだよ」
もういい、と言わんばかりに私に向けていた注意を未来ちゃんと篠原 明人へと向ける。
聞いた話では未来ちゃんは篠原 明人の厨二病に振り回されていたらしいが、今では逆に手玉に取る芸当を身につけている。
友達が出来たのが切欠かもしれない……心に余裕ができたからか。
「というかなんで髪染めてたん?」
や、やめるんだ未来ちゃん!
厨二病人種というのは自分で作った設定を語るのが大好きなんだよ!?
設定を聞こうものなら嬉々として妄想を垂れ流すんだよ!
「女! 聞けば何でも答えてもらえると思ったのか!? これは我の重要な秘密なのだ!」
…………あれ?
なんか予想外の展開だ。
まさかこういう機会を逃すとは──
「だ、だが貴様は我の宿主の幼馴染だからな。 特別に聞かせてやろう……ついでにそこの女達もな」
──やっぱり聞かせたいんじゃないか!
あ、いや私は聞きたくないけどここで遮って篠原 明人の印象に残っても困るのでひたすら花梨を盾にして隠れる。
今の私は石だ……動かないし喋らない石なのだ。
「本来我の髪は銀だったのだ」
「いや明人生まれた時から黒やん」
「それは宿主の話だ」
冷静なつっこみに篠原 明人はそう返すが、どうもシン・エターナルとは憑依設定らしい。
「我の肉体はかつて創造神との戦いでボロボロだった」
神かぁ……厨二病をやめた後の旅で挑んでみたけど、強すぎるよなぁあれ。
まるで歯が立たなかったし……私の最大の攻撃も薄皮一枚斬っただけだったし。
いやはや生き物の域を片足踏み外してた当時の私でも無理だったんだから生き物やめないと勝てないねあれ。
やめても圧倒的な攻撃力か結界破壊効果のある攻撃ないと絶対に勝てないけど。
「そして傷ついた我はその時の戦いの影響でボロボロだった次元の狭間に投げ出された」
ほうほう、次元の狭間ね。
あの時間軸が存在しないっていう不思議空間のことね。
行くは易し出るは鬼畜難易度なので対策なしに行けばまず死ぬけど。
「やがて一つの出口にたどり着いた我は藁にも縋る思いでそこから出た……するとなんと、ここ地球の民家に出たのだ!」
「へぇ……」
未来ちゃんが篠原 明人の戯言を聞き逃しながら自分のショルダーバッグからお菓子を取り出して食べ始めた。
その様子に気付かない篠原 明人は自分に酔っているのか怪しい笑みを浮かべ説明を続ける。
「傷ついていた我はとある地球人に出会った……そう、明人という人物だ。 奴は聡明でイケメンで完璧な身体能力と精神を持っていた!」
「ねぇ綾。 あの人、妄想から自分自慢に入ってない?」
「うん、そうだね」
「…………シン・エターナルなのに反応薄いけど、どうしたの?」
「うん、そうだね」
「…………」
今の私は石なのだ。
そのようなことで動く心ではない。
「我は奴と交渉した。 明人の精神で身体を休め回復を待つことを……この前は我の影響が強く出てしまい肉体に変化を及ぼしたのだ」
「なぁ明人」
「何だ女」
「精神で身体を休ませてもらってるくせに、シン・エターナルの時が多すぎやと思うんやけど。 それ乗っ取りちゃう?」
「なっ!?」
心外だと声をあげる篠原 明人だが、まっとうなツッコミである。
というか単に異世界人が身体に憑依しただけならその虎の制服はなんだと問い詰めたい。
ブレザーだから似合ってないぞとも。
「失敬な奴らだ! 我は他の場所に行く!」
「よし!」
「そこの女ぁ! 何がヨシだ!?」
しまった、思わずガッツポーズをしてしまうほどに嬉しかったのだがどうもタイミングが早すぎたようで篠原 明人に気付かれた。
だが幸いにも私に詰め寄る気はないのかそのまま歩いてどこかへいった。
「…………初めて未来の幼馴染と話したけど、濃いな」
「明人も中学校一年生まではマトモやったんやけどなぁ」
まるで今はマトモではないと言いたげな未来ちゃんだが、残念ながら否定できない。
一人称が我という時点で現代ではアウトだ。
「それって何か切欠とかあったってこと?」
「んー? ウチは知らんけど。 ある日突然言動がおかしなったし」
篠原 明人の厨二病始まりの日……?
何があったんだっけ。
「明人は『運命と出会った』とか言っとったけど」
「運命ねぇ」
格好良い厨二キャラが出てくる漫画とかだろうたぶん。
「…………動物、探そか」
つい目の前の檻にいる虎へと目を向ける。
虎、かぁ。
「美味しそう……」
「「!?」」
思わずジュルリと垂れた涎をハンカチで拭い、凝視する。
いや異世界で旅してると自分を襲ってくるこういう虎みたいな中型の魔物って多いから食べる機会が結構あるんだよね。
結果的に肉を美味しく調理する技能が身についてきて魔物が肉に見えてきたり……。
「ま、まぁ感想は人それぞれやと思うけど」
「人それぞれって言っても虎見て美味しそうって女の子として駄目でしょ」
呟いた一言にまさかのフルボッコだった。
「じゃあ他の動物がいいかな私は。 向こうに象がいるんだって」
ちなみに象も美味しそうだが、決して口に出さない。
どうもこの地球に戻ってきてから大半の動物が肉にしか見えない。
可愛い動物は別なんだけどなぁ……犬とか猫とか兎とか。
綾は石のようになって耐えるを憶えた!
待ってろよコアラ……今お前(の絵)に魂を吹き込んでやる!
「ねぇ未来。 アタシの妹にならない?」
「こう、犯られる前に犯るみたいな」
次回、『吹き込んだ結果』