15話 ぷりんせす おぶ ふれいむですとらくしょん
前半部分はガチ戦闘もどきの無双です。
ちなみに二つ名はフレイムデストロイヤープリンセスアヤとの二択で迷いました
『君には才能がある』
そう告げられた僕は誘われるがままに桜木グループの傭兵部隊の一つである『ガルム』小隊へと入隊した。
報酬である桜木グループ所有の傭兵に入れば闇の雫と戦うという私兵になる代わりに高所得を得ることができる。
幸いにも僕には身体能力だけではなく幼い頃から『能力』があったのでやっていけると思ったのだ。
だが……
「ひぃ!」
「おい新人! くそっ、こいつ錯乱してやがる」
現実は無情だ。
初の実戦で僕はまず視界を埋め尽くす黒に恐怖した。
闇の雫は話に聞いていた通り恐ろしく、いとも簡単にコンクリートで作られている校舎の一部を破壊する。
もしも僕の能力が遠距離攻撃だったら勇気を出して戦えたかもしれない。
だが僕の能力は──近距離でしか使えない直接戦闘タイプだった。
「そっちに行くな新人!」
「く、来るなぁ!」
渡された警棒を振り回して闇の雫を威嚇しながら走り回る。
もはやどこにいるのか、どこへ走っているのか分かっておらず当初抱いていた闇の雫を沢山倒して英雄になる夢すら今は思い出せない。
気がつくと僕は黒の中にいた。
「ひ」
後退しようと後ろを見てもそこには闇の雫が壁をつくっており、身体のどこかについている口がニヤリと笑った気がした。
囲まれた──そう判断した僕は呆然と立ち尽くした。
命の危機だからって火事場の力を出したり生きる為に最適な選択をしたり……出来るわけないだろう?
僕はそこで初めて気付いたんだ。
そういうことが出来るやつこそが英雄ってやつで、僕は所詮特別な力を持っていきがってた一般人だってことに。
何とかしなければならないと頭では分かっているがどうすればいいか分からない。
入学式の日に紹介された桜木グループから派遣された彼らの私兵……隊長の声が遠く聞こえる。
僕を助けようとしているようだが、既に距離は離れており間には億劫になるほどの闇の雫がいた。
このまま──死ぬしかないのか?
「……いやだ」
死にたくない。
「誰か!」
みっともなくてもいい。
「誰か助けて!」
だって今僕が守りたいのは命しかないのだから──
その叫びに応える人間なぞいない。
当たり前だ、誰しもが戦い生きることに精一杯なのだ。
僕程度に構っていられる時間はない……なかったはずだった。
「助けを求めるのもいいけど少年──しゃがんだほうが身の為だよ」
「っ」
聞こえた命令に僕は条件反射で従った。
それはまるで命乞いするかのようにただそれをすれば生き残れると愚直に思った僕。
みっともない人間だ僕は……だが後になってそれでよかったんだと思う。
だって僕は──
「燃え尽きろ」
紅い姫に助けられたのだから。
視界を覆いつくしていた黒を焼き尽くす赤。
異様に長い髪、手には幅の広い大剣を手に彼女は静かに佇んでいた。
「まったく燃やしても燃やしてもキリがない……」
「あ、あの」
「茜……じゃなかった、リーダーあとはどこなの?」
『危ないのはその辺で最後です。 頑張ってください』
僕達の姿を見せないリーダーの指示で彼女はここに来たらしい。
炎を背に剣をゆっくり構えた彼女はどこか幻想的で、美しかった。
「すいません!」
「何だ少年。 君と問答している間にも味方は傷つくの。 戦場で不必要な会話は無用だと思いなさい」
「っ! では、名前だけでも!」
「…………山田太郎だ」
『綾お姉さ……綾さん出来るだけ早く殲滅をお願いします。 そろそろもちません』
リーダー、ありがとう!
「…………いい? 私の名前は山──」
「わかりました綾さん! このご恩は一生忘れません!」
「…………」
綾さんはもう話すことはないと僕に背を向け、闇の雫の群れへと飛び込んだ。
「面倒だね……塵も残さないよ!」
心底面倒そうに言うと、彼女は剣を振るいながら謳った。
『紅き月より出でる破壊の神よ』
「これは……」
綾さんの言葉はどこか世界に反響するかのように不思議な音を奏でる。
そう──まるで呪文のように。
『天すら焦がす焔となりてかの敵を討ち滅ぼせ!』
彼女の剣が闇の雫を真っ二つにし、その言葉がゆっくりと紡がれた。
「『フレイムデストラクション』」
彼女を中心に大きな火柱が舞い上がった。
綾さんを中心として出来たその柱に本来なら彼女を心配するのが普通なのだろうが僕には分かっていた。
きっと彼女は無事だ。
あれは彼女だけの炎……あの炎が彼女を傷つけることはありえないのだと。
まるで不死鳥のように炎の中から火の粉を払うようにして首を振り、揺れた髪と共に赤が飛び散る。
「炎滅姫……」
ふとそんな言葉が漏れ出た。
彼女はその炎を持って闇の雫を振り払ったのだ。
まるで英雄が敵を打ち倒したワンシーンのように僕は興奮しながら誓った。
(僕は……綾さんのファンクラブを作る!)
そして皆に知らしめるのだ。
|炎滅姫《プリンセス オブ フレイムデストラクション》綾の名を!
「二巻へと続く……」
「へぇ、綾をヒロインにした架空戦記物か」
興味深そうに薄い本を眺める花梨に私は呆然と読み終わったそれを閉じた。
タイトルには『炎滅姫』とかかれており、最後の一文通り二巻も書き出す気満々だ。
著者に書かれている名前は知らないが、おそらくあの夜に会った少年なのだろう。
…………
「って待って。 まさかこれ一日で本にしたの?」
「うむ、徹夜で製本したと誇らしげに笑っていたぞ。 あまりにも晴れ晴れとした良い表情に思わず聖典とかわけの分からなかったものを受け取ってしまったほどにな」
聖典って何だ。
でも確かにこんな少年いたようないなかったような……どうでもよかったからあまり憶えてない。
本の内容を現実として受け止めるならこの少年の能力は『増加』で、エネルギーを一瞬だけ増大させる力らしい。
汎用性がありそうでいかにも主人公気質な能力だが力の及ぶ範囲は至近距離だけという誓約故に遠距離攻撃は常人並。
もし彼と戦うことがあるなら遠距離から魔法で弱らせてから斬りつけるのが安全だろう。
「って何で私はこんな解説をしてるんだ」
もう闇の雫狩りには出来る限り参加しない。
そもそも一昨日のだって校舎に現れるっていうから参加したのだ。
闇の雫が現れる場所は予知能力で前もって把握することはできるが場所は完全にランダム。
傾向として桜木高等校、桜木中学校、桜木大学の集まるこの地域の周辺に出現するが、校舎そのものに現れるというのは意外と珍しい。
「そういえば脳筋君、これまさか一般人に配ってないよね?」
「ぬ? 一般人用のはところどころ名前を変えて配ってたが」
「本当にそれ一日で終わる作業なの!?」
この少年は作中で自分を凡人とか一般人だとか卑下していたが本当にそうなのか。
まぁいい、一番重要なのは……
「…………誰に配られてるのこれ? 具体的に言うと私が本名で書かれてるやつ」
聖典とか聞こえのいいというか宗教的なことを言っているが、人の断りなく実名載せやがって!
もしこれが篠原 明人の手に渡ったらどうなるか……想像もしたくない。
「我輩は別の場所で戦っていたが故に知らなかったが、死傷者0というのは誇るべきことだ」
「むしろあんな雑魚相手に死んでる貴方達が驚きだよ」
仮にあの少年が異世界召喚されてたら旅に出て一週間も生きられないのではないだろうか。
花梨は既に席に着き聖典とやらを「へぇ」とか「ふぅん」とか感嘆しながら読んでいる。
間違っても裏社会……はなんか響きが嫌なので、能力者の戦いについては花梨の前で話したくない。
「それにしても『ガルム』小隊って何?」
「闇の雫狩りの隊の一つだが」
「『ラインクロス』じゃなくて?」
「ラインクロスは一部のみが入れるエリート集団なのだ。 いわば指揮官がラインクロスでその他の小隊が雑兵といったところか」
…………茜ちゃん、いきなりそんな集団に入れられたら私、嫉妬で凄いことになりそうなんだけど。
「それにしても凄いのぅ委員長!」
「え、何が?」
「さすがラインクロスだの! 初陣で『|炎滅姫《プリンセス オブ フレイムデストラクション》綾』という二つ名がもらえるとは!」
「え、何で喜んで……あ、そっか」
お前等皆厨二病煩ってんだなと納得した。
「良かったじゃん綾。 『炎滅姫』って何か格好良いし」
「よくない」
「うぬ、委員長に相応しい名前だ」
「相応しくない」
二人揃って羨ましいくらいだといってくるが、全然嬉しくない。
だいたい前二文字の炎滅までは理解できるとして姫って何だよ。
どこから湧き出てきたんだその文字は。
「じゃあウチのはチッパイどころかナイパイって言いたいん!?」
「少年のせいで私の身体はもうボロボロよ!」
「いや誤植だからって必ずそれが入ってるわけじゃないからね!?」
次回、『ついに現れる白いあれ』