10話 絆の力 sideエネミー
今回は半分くらい回想です。
それにしても明人は一体何があったんでしょうねー(棒)。
眼下には満身創痍の五人の人間がお互いを庇うかのようにして立っている。
剣、弓、斧、槍、杖……それぞれの武器を得手とする彼らはただ一人の魔族を倒す為に立っていた。
ここは戦場、人族と魔族がお互いに潰しあう戦場だ。
「諦めろ人間。 貴様に私は倒せん」
その中で最も派手な戦闘を繰り広げた場所に六人はいた。
最初は十人いた人族と魔族の比率は圧倒的な速度で人族へと傾き、既に地には四人の魔族が倒れ伏している。
しかし──人族の快進撃はそこまでだった。
「貴様らが勇者だからといって魔を統べる王である私の前では塵も同然」
魔王の言葉に両手に持った二振りの剣を支えにしてようやく立っていた勇者──アキトは力を振り絞り構えをとる。
それに魔王は眉を顰め、問いかけた。
「なぜ戦う。 この戦は既に人族の勝利だ……一度引けばまた機会も巡ってくるだろうに」
「…………エルフ族」
「なに?」
「ドワーフ族、獣人族、精霊族、竜族……様々な国家からの援軍」
「此度の戦争に参加した人族の援軍か。 それがどうかしたか?」
アキトはしっかりと剣を握り、立つのもやっとな仲間達を見る。
「俺達は様々な期待と犠牲によって背中を押された。 …………おそらくこれが最後だ。 人族が最大限の力を発揮できる最後の機会なんだ」
「なるほどな。 ならば貴様らは是が非でも私をこの場で倒さなければいけないということか」
思い返せば魔王にとってここまで大規模の戦場は王になってから初めてだ。
そのせいで自らの下まで人族を五人も通し、さらに四天王すら滅ぼされるなどと失態を犯している。
「…………コウタ、ミィ、ガルド、ヒース」
勇者アキトがそれぞれに今までの思いを告げる。
この世界に来て感じた感動。
旅を通して得た経験。
世界を見て実感した不条理。
その全ては宝だったとアキトは語った。
「だからごめん」
魔王を倒す為の最終兵器──そう告げられて渡されていた四つのペンダントが光り輝くと、アキトの仲間だった四人はその場から消えていた。
「転移の魔法を封じ込めた魔導具か。 だがこれで戦力は貴様唯一人」
「唯一人でもお前を倒せればそれでいい」
「五人でも勝てなかった私にたった一人で挑むとは愚かな。 消えるがいい!」
「俺は一人じゃない! この二本の剣には皆の願いが詰まっている! だから俺達は勝つ……勝ってみせる!」
魔王の魔法は苛烈で、無詠唱にも関わらず辺りは焦土と化した。
二振りの聖剣を振るいながら魔法を弾き、避け、近づこうとするも魔王は悠々と距離を保った。
「ふはははは! そんなものか勇者ぁ!」
「っ!?」
そしてとうとうアキトの聖剣の片割れ──元々アキトが召喚された時に譲渡されたファークルスが弾かれ、遠くへと突き刺さる。
跳んでいった聖剣に気を取られたのが災いし、魔王の魔法『ダークサンダー』がアキトへと直撃した。
咄嗟に結界を張ったが時間が圧倒的に足りなかったので強度が足りなく呆気なくそれは砕ける。
「ぐあああああ!」
「ふん」
勇者と持て囃されていようが所詮人族、こんなものだろう。
魔王はいまだに残された片方の聖剣を握り締める勇者に感心するがそこまでだ。
奴が魔族……いやせめてエルフ族であったならばもっとも楽しめただろうに。
止めを刺そうと今度は魔法を詠唱し始める。
無詠唱で放てるレベルではない──人一人を消し去って余りあるほどの威力の魔法を放とうとしていた。
だが
「ぬ?」
空気が変わった。
それが何なのか魔王には分からないが、変化はそれだけではない。
勇者が満身創痍ながらも完全に立っていたのだ。
だが剣は既に構える体力もないのかブランと垂れ下がっている。
「何をしようがもう遅い。 なぜなら……!」
魔法は完成している。
後はこの魔法を奴に向かって放つだけ。
勇者を倒せば人族に対し絶望を植え付けることができ、魔族の勝利へとまた一歩近づくことが出来る。
「貴様はここで死ぬからだ! 『アポカリプス』!」
極大の闇が人族を包み込み、その周囲ごと消滅させた。
勝った……思わずニヤリと笑みを浮かべ、この戦場を完全に掌握する為にどこへ救援に行こうかと考えていると
「ありがとう皆……」
「な、なんだと?」
聞こえた声は勇者アキトのもの。
だがそれはありえない、アポカリプスは消滅魔法だ……直撃さえすればどんな人物物体でも耐えることはできない。
例えそれが完全な状態の勇者といえど同じものだ。
「っ……死に損ないがっ! 消えろ!」
今度は違う魔法を勇者に向かって解き放つ。
やはりその魔法も人一人を殺すには余りあるほどの威力を有している。
「ああ……分かってるよ。 分かってる」
嬉しそうな顔をしながら独り言のように呟き、「怪我とは一体なんだったのか」と哲学的な考えに陥りそうになるほどに元気にこちらへ走りよってくる勇者アキト。
「貴様ぁ、どうなっている!?」
何度も致死性のある魔法を撃つがその度に「ありがとう」とか「その想い、無駄にはしない」とか独り言を呟いて元気になる勇者。
ひょっとして勇者って不死属性とか持っているのだろうか?
「お前には分からないだろう。 仲間を踏みにじってきたお前には」
「いやだからって魔法が直撃してても生きてたりいきなり回復したりっておかしいだろ!?」
「これが……絆の力だ!」
「そんな曖昧なものに負けてたまるかぁっ!」
魔王の心からの叫びに応じたのか、今度は勇者から謎の光が放たれる。
「ぬううぅぅぅぅっ!?」
「文句は帰ってからで頼むコウタ……」
「ぐおおぉぉぉっ!?」
「お前の店、絶対に行くからなミィ……」
何やら謎の光が魔王に当たり、ダメージを与える度に仲間に向かって感謝する勇者。
やがてあと二度仲間への感謝とセットのようにして光が魔王に二度放たれる。
もはや左手が使い物にならなくなり、持っていた杖はへし折れている。
意味不明なパワーアップをして自らへと牙をむいた勇者に恐怖を覚えながらも魔王としての吟味は捨てられなかった。
「勇者あああぁぁぁぁ!!!!」
「ああ、共に勝とう……ルイン!!」
苦し紛れに放った魔法は謎の結界に防がれ、無防備となった魔王の胴を二分するように光り輝いた聖剣は振るわれた。
落ちていく視界の中で魔王が最後に思ったのは(人間怖い)だった。
「ということがありまして……」
命を奪いかねない魔法を自分に撃ったことを前面に押し出し問い詰めたところ、涙目で茜ちゃんはすぐにゲロった。
「実は茜、前世の記憶があるんです。 ですからその箒でツンツン突くのはやめっ、いたいいたいっ! 痛いです!」というやり取りから始まったのはとんでもない話だった。
なんでも茜ちゃんは前世で魔王だった記憶を持っているらしい。
「なるほど。 それで対人恐怖症に?」
「は、はいぃ」
既に背中が壁であるが涙目で座りながらも後退しようとしている程に彼女は人間が苦手らしい。
というのも前世で勇者が意味不明なパワーアップを果たし、挙句の果てに嬲り殺されたかららしいのだが。
「…………」
勇者アキト……そして茜ちゃんが前世で死ぬ状況。
それらを組み合わせた結果、間違いなく茜ちゃんは私の前世である篠原 明人が戦った魔王の転生体であることが分かった。
「桜木 茜……隣のクラス」
茜ちゃんは私こと如月 綾が所属している4組の隣、3組の人間だ。
私の目は4組と2組にしか向けられていなかったので、知らないのは当たり前なのだがどうしたものだろう。
気付けば冷や汗が大量に出ており、たぶん表情も引き攣っている。
(え、私って魔王にそんなトラウマ植えつけてたの?)
不遜だった魔王だった姿は見る影もなく、いまやただの怯える小動物と化した茜ちゃんに綾は罪悪感すら覚えた。
それだけではない。もし仮に綾が勇者アキトの転生体であることがバレたら……茜ちゃんは本気で私に復讐しようとするかもしれない。
というか一体どういうことだ。
私が言うのもなんだけど、魔王って男じゃなかったのか!?
「ねぇ茜ちゃん。 前世は男だったの?」
「え……違いますけど」
驚愕の事実。
ローブを着ていたので身体の起伏がいまいち把握し辛かったのだが、魔王は女だったらしい
いやだからといってどうなんだって話だけど。
「魔族には雌雄はないんですよ。 状況に応じて男にも女にもなれますから」
「…………哺乳類なのそれ?」
「さ、さぁ? 深く考えたことはないのでわからないです」
道理で前線でぶっ殺した魔族達の殆どが男だったわけだ……おそらく男のほうが戦闘力が上がるとかその辺が理由だろう。
「あ、あの」
「何?」
「信じて、くれるんですか?」
信じるも何も、アナタの前世知ってますし。
そう言えたらどんなに楽だろうか。
「えっと、うん」
「妄想だって言いません?」
「うん」
「精神病だって疑いません?」
「う、うん」
「…………もう近づくなとか言いません?」
「えーと、当たり前だよ」
いったい何が言いたいのだろうか。
頭上にクエッションマークを浮かべていると、茜ちゃんは……ってなぜ泣くなぜ抱きつく!?
ああ、鼻水つけないでっ!
「あ、ありがどうございまず……」
「どういたしまして? …………どうなってるのこれ?」
声を押し殺して泣いてる少女が胸の中に一人。
いったいどういう状況なのだろうか。
これ私が泣かしたわけじゃないよね?
「お姉様って呼んでいいですか!?」
「殺人鬼の骨です」
「闇の雫狩りです!」
次回『魂の姉妹』