1 転生
短編の前半です。
その日の始まりは、普段と同じだったはずだ。
家を出るときいつもどうり挨拶する。
「行ってきま~す」
「いってらしゃい。今日は・・・の好きな春巻きにするから、寄り道しないで作るの手伝ってね~」
「は~い」
リビングから聞こえる母の言葉に苦笑して答えて学校に行った。
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目の前が真っ暗になる。
あれ、私どうしていたんだっけ。たしかバスに乗って、早く帰らないと料理の手伝いするはずだったのに。
たしか、学校を出てバスに乗って……
ああ、バスに乗って事故に合ったんだ。死んじゃったのかな、結構血が流れてたしな。
人間、驚きすぎると意外に冷静になるというが、まさか、自分の死で体験するなんて想像もしてなかった。
もうダメなのかな… 眠たい。でも、このまま目を閉じていいのだろうか。
どうしてこうなったんだろうか。
何がいけなかったのだろうか。
ごめんね。お母さん、お父さん親不孝な娘でごめんなさい。もし生まれ変わったら今度はちゃんと親孝行したいな…
後、読みかけの漫画とか続きが気になって仕方なかったのに。未練たらたらじゃん、私。やっぱり死にたくない。
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――〇〇県☓☓市で今日の午後5時37分ごろ居眠り運転をしていた軽自動車がバスに衝突。バスに乗っていた帰宅途中の近所の女子高校生・・・・・さんと巻き込まれた同じ高校の男子生徒・・・・・くんが意識不明の重体で病院に搬送されました。しかし、3時間後2人とも息を引き取りました。次のニュースは……
テレビに映るアナウンサーが感情のこもっていない声で淡々と今日のニュースを読み上げる。
なぜか名前の部分は聞き取るができなかったが間違いなく自分のことなんだろう。
そう、なぜか私は死んだはずなのに真っ白な気味が悪くなる空間でぷかぷか浮きながらテレビを見ている。しかも自分の死亡事故だなんて誰の仕業だ。趣味が悪い。
いろいろ突っ込みたいことはあるがここは所謂天国と呼ばれるとこなのだろうか。まさか自我が残ったままこんな無機質な空間に取り残されるなんて思いもしなかったな。死んだあともずっとボッチだなんて呪われているのだろうか。
あれ…また眠たくなってきた。ああ そうかここは順番待ちかなんかの部屋で眠ったらもうすべて忘れて次の命のとこに行くのかな。全部忘れてしまうのか。嫌だな、もったいない。まだしたいこといっぱいあったのに。仕方ないってあきらめるしかできまいなんて、最後まで情けないな。
おやすみなさい。できれば来世が幸せでありますように。
さよなら、なんだかんだで恵まれてたよね。私の人生。
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気がついたら赤ん坊だった。
そう私は、転生したのだ。なぜかはわからないが記憶を持ったまま。
よく熱を出していたらしい。きっと赤ん坊の脳に18年分の記憶とか知識が耐えられなかったのだろう。
転生したことに関しては感謝だ。
オタク気味であった私にとって転生はなんだかんだ言ってあこがれだったのだ。小さいころから、つまり頭が柔らかいうちからいろいろとしておくことは前世での後悔の1つでもあったし。
しかし、転生した世界が問題だった。
ここは、『恋咲く季節』を舞台にした世界なのだ。手遅れになる前に気付けてよかったと思う。
初めは、自分の名前がどこかで聞いたことのある名前で赤ん坊のころの私を見る父親の顔に覚えがあるという違和感から。そして、私を見ながら、今日もお父さん帰ってこれないのと寂しそうに笑う母の姿を見て小さな違和感から確信に変わってしまった。
ここはゲームの世界なんだと。
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「おかあさん! 結愛ね、ピアノなりゃいたいの。あと、お歌も」
私は今、母におねだり中である。
両手を組んで目をうるうるさせて上目使い。極めつけが首をちょこんと傾げる。自分でやっていても内心少し引いている。
だが今の私は3歳。こんな恥ずかしいことだってできてしまう。
そんなことよりも大切なのは私が最後に攻略したキャラ小春悠斗の義理の妹になる予定の小春結愛に転生してしまったことだ。父の顔に見覚えがあるのに母にはない訳がやっと分かった。
そして、最悪なことに悠斗ルートは私こと小春結愛がものすごく重要な立ち位置なのだ。
両親の離婚で人との係わりが嫌になった結愛と父の再婚相手の息子である悠斗。
結愛は学校には行くが引きこもり寸前で教師とも事務的な話しかせず、授業中は寝ていることが多い。しかしテストでは常に上位に入るため教師のほうも扱いに困っている問題生。悠斗は義理の妹である結愛のことを気にかけているがなかなかうまくいかない。
そこでヒロインの花宮花凜が結愛に話しかけてたのを見かけて協力してもらっているうちに好きになっていくというストーリーだったはずだ。
細かいとこまでは覚えたないが私の作戦にはまったくもって必要ない。
「結愛? 大丈夫? どうしたの急に」
いけない。少し考え込んでたみたいだ。心配そうにしゃがんで母が聞いてくる。
大好きなきれいで優しい自慢の母。弟の世話もあって疲れているはずだ。なのにすぐ私の心配をしてくれる。絶対に離れたくない。離婚などさせてたまるか。
ゲームでは、私が5歳の時に仕事人間の父に耐えられなくなって、離婚する。確かそうだったはずだ。しかし、私の平和のためにそれだけは避けないといけない。
もし離婚し、父が再婚したらはゲームの攻略キャラの義理の妹になってしまう可能性が高くなる。絶対に嫌だ。関わりたくない。
私の作戦はわかりやすく、最も攻略キャラとの係わりが少なくて済む父と母の離婚を阻止することだ。言葉にするのはのは簡単だが実際はきっと一番大変だろう。あと、キャラの名字が変わるが私には関係ない。
それに、これは私の自己満足だが母にも父にも幸せになってほしい。前世でできなかった親孝行。優しすぎて寂しがりやなところがあるお母さんが壊れてしまう前にも、ゲームの中で何度も後悔していたお父さんにそんな思いさせないためにも変えられるのは未来を知っている私だけだ。頑張ればそれができるならどんなに大変でもやり遂げてみせる。
いや、どれだけ考えたって、言い訳でしかない。
未来を変えることを正当化しているだけなのだ。やめよう。これから起こす行動はすべて私の偽善で、エゴでしかない。家族を言い訳にしていいはずがない。
すべて、私の意志で、私が自分のためにするのだ。
これから起きることはもしかしたら何もしなくてもゲームとは違うかもしれない。でも私が認識して動いている時点でどうあがいたって私が背負うものなのだ。
覚悟を決めよう。
タイムリミットはあと2年そろそろ行動を始めよう。
それと私の将来の夢のためにも頑張らなければいけない。
まずは母の質問をわざと別の意味でとらえて答える。
「えっとね。おかあさんとおとうさんにね、うまくなったら歌をあげたいの。それでね、みんなでね、歌うの。きっとたのちぃよ」
見上げながら母の顔をうかがう。
どうだろうか。許しは出るだろうか。これが計画の最初の一歩。初めからつまずきたくはない。
一瞬きょとんとした母は、嬉しそうにありがとうと笑う。
「それなら、お父さんに聞いてみよう。結愛も一緒にお願いしようか?」
「うん!!」
元気よくうなずいた。
母の目に光ったものには気づかないふりをして。