表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋咲く季節  作者: 銀 歌月
第一章 うつり変わる季節
18/19

17 現実

 今日は感情のコントロールができていない。

 さっきから頭の中がごちゃごちゃして酷く気持ちが悪い。


 なぜあそこで私はあんなこと言った。軽く受け流せばよかったではないか。いつも通り笑って、少し距離を置いて、それから……。それからどうしていたっけ。

 ダメだ。もう思いつかない。疲れた。自己嫌悪ばかりが募る。

 こんなこと考えるより次どうするかを考える方が大切なのに。


 思考は考えれば考えるほどマイナスになっていく。

 どうしたのだろう。いつもはこんなことないのに。今日、何があった?


 高校生になってゲームの舞台に私がいる。

 ただそれだけのことでしかない。それだけでしか無いのだ。


 私は15年間生きて来た。ゲームなんかではない。ちゃんと自分の意識で、自分が思う通りに。私が歩んできた道がある。ゲームの小春結愛ではなく、私だけの。

 だから、両親は離婚しなかった。今の家族仲が良好なのだ。


 私のしたことは間違いなんかでは無い。胸を張ってそう言える。

 なのに、今日の私はおかしい。どうしてこんなにも困惑している。


 一体、いつもと何が違うのだろうか。

 何かが引っかかる。何処かに大切なことを置き忘れているような気がする。



 いつの間にか足を止めていた。そこはちょうど音楽室の前。吹奏楽部も軽音部も今日はもう帰ってこないのだろう。

 何と無く気になりドアを開ける。やっぱり誰もいなかった。


 ふと、置いてあるグランドピアノに目に留まる。少し古いが丁寧に手入れされているのが分かる。確か理事長が音楽が好きで大切に扱うようしているんだっけ。


 今日くらい弾いてもいいかな。

 もう時間だから3階には誰もいない。ピアノを弾けることを隠しているわけではないが知っているのは家族と親友だけ。なんとなくばれてしまうのは嫌だ。

 でも、こんな不安定な状態で帰ったら心配させてしまう。

 今だけは何も考えたくない。忘れたい、すべてを。ここがゲームの舞台だということも。私が不確定要素だということも。前世の記憶に縋り付いていることも。




 少しだけ、少しだけしたらいつもの私に戻るから今だけは何も考えずにピアノは弾かせてください。




 何かに乞うようにピアノに触れる。


 そこから先、私は夢中でピアノを弾き続けた。

 感情の赴くままに、時に優しく、時に激しく、切なく、明るく、力強く。いつもみたいに誰かのためでない。

 ただ、何も考えないために。

 今だけでも、忘れられるように。

 いつも通りの私に戻れるように。


 だからなのだろうか。誰かがいることに気づかなかった。


「上手いですね」


 掛けられた声に反応し後ろに振り向く。しかし、逆光で顔が見えない。

 声から男子生徒だということが分かった。いや、悲しいことにそれ以上のことも分かってしまった。


 できることなら会いたくなかった。見たくなかった。出会うことは許されない。そう、思っていた。今だって、思っている。


 だって、彼の運命を変えるきっかけは紛れもなく、私なのだから。

 たとえ私が間違っていようとも間違っていなくても、ゲームのように進んでいれば彼は幸せになれるのだ。ヒロインが誰を選ぶかによって変わるだろうが彼は幸せになる権利があった。その権利を奪ったのは私なんだ。たとえ彼の今が幸せだろうとそうでなかろうとその事実に変わりはない。


 本当に今日は厄日だなぁ。何か悪いことしたかな…


 さっきまで自分は悪くないって思っていた。でも、本人を目の前にしたらもう崩れてしまっている。

 ちょっとした考えでさえも貫き通せないなんて、情けないな。


 でも、たとえ心の中で何を思っていても私は演じなければならない。ゲームのことなど何も知らない生徒Aでいなければいけない。

 いつもどおりの小春結愛わたしでいればいい。そうすれば私は変わらない。

 それが私の平穏のために私が選んだ道なのだから。

 攻略対象の家族になりたくないと願って行動してきた結果なのだから。


 少しの辛抱だ。永い人生のうちたった1年間。しかもゲームのキャラクターだった人たちとの接触の間だけ。少し注意していれば1年なんてすぐに過ぎてしまう。

 だから、どんなに辛くても、何か気になってしまっても何も知らないふりしていればいいんだ。自分に何度も言い聞かせる。


 ―――さあ、始めよう。私は何も知らない。知っているはずがない。


 彼と私は初対面だ。ピアノを使ったことを謝ってすぐに帰ってしまえばいいだけだ。

 ピアノを弾いてすっきりしたのか切り替えが早くできた。


「そうですか? ありがとうございます」

 まずは話しかけられた言葉に対しての返事を、


「えっと、生徒会の人でしたよね。もしかしてピアノ勝手に使うのっていけなかったんですか。すいませんでした。片付けたらすぐ帰ります」

 そして、相手が話す前に用件を伝えて終わらせる。


「いえ、ピアノはちゃんと片付ければ使っても大丈夫です。もう下校時間だからそれを伝えに。まあ、綺麗なピアノの音が聞こえたか見に来ただけなんですけど」

 丁寧な言葉で、ものすごく爽やかに返してもらいました。


 小春悠斗(便宜上小春にしておく)というキャラは本当に爽やかで優しいキャラだ。義理の妹である結愛のことをとっても心配してヒロインに助けを求めるくらいだ。お人よしという言葉がよく似合っている。

 容姿は柔らかそうなふわりとした色素の薄い髪のイケメンだ。性格が顔に出ているのか優しそうなお兄さんという感じだ。茶色に近い髪だが決してチャラい感じはしない。


 今は矢城やしろ? 悠斗先輩かな。名字は自信がない。

 様子を見ていたけどそこまでゲームと変わらない気がする。しゃべり方は初対面の人だからだろうか。少し違和感がある。でも、実物も温和で優しそうな人だ。


「わざわざありがとうございます。先輩は優しいんですね」

 片付けをしながら会話を続ける。下校時間には気づかなかったからちゃんとお礼を言う。

「そんなことないです。当たり前でしょう」

 すぐに何事もないように返される。

「いいえ。そんなことありませんよ。先輩は声をかけずに帰れたのにわざわざ声をかけて時間を教えてくれました。十分優しいですよ」

 最後はちゃんと先輩の目を見ていう。

 やっぱりピアノを弾いたおかげかいつもどうり会話できる。


 先輩は少しだけ固まった。しかし、ありがとうございますとすぐに返してきた。

「それじゃあ、失礼しますね。ありがとございました」

 最後にもう一度頭を下げて音楽室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ