誰も居ない浜辺へ
まだまだ荒削りな作品ですが、ご一読いただければ幸いです。
夏の残り火が微かに燻る季節は夕日が殊更に映える。
空はいつしか澄み渡る青さを侵食する橙色に染められていた。堤防から見える景色の三分の一を支配している葦の草原は黄金色のうねりを描いている。その光の波は聳え立つ山の麓へと吸い込まれていた。その堤防の反対側に果てなく広がる水平線には日の光が波状線へと刻み、静かに揺れていた。
そんな海際の景色に小さな影がいつしか忍び込んできた。
角度を低く取った太陽が一際長い影を路面に残す。焼けたアスファルトに、新品のビーチサンダルが立てる空気の抜ける音が残った。浜辺の遊歩道は縦横無尽に走る砂の紋様に覆われていた。小さな足音は丈の高い多年草が力なく囁く毎に途切れそうになった。水色のギンガムチェックで彩られたワンピースの裾は絶え間無く潮風にはためいた。小麦色に焼けた細い両足は風にはためくその裾に時折戸惑いを見せた。だが、小学生と思われるその少女は遊歩道を真っ直ぐに歩いていた。
強い風は緩急をつけながら少女の周りを通り過ぎていく。ピンクのリボンが飾り付けられた麦わら帽子が煽られた。少女は慌てて帽子に手を伸ばし、小脇に抱えたフライカイトを胸元へ強く押さえつけた。
夕日の艶やかさと潮風は次第に勢いを増し、少女の足は止まりがちになった。それでも少女は自ら進む方角を変えようとはしなかった。視界の先には掘建て小屋どころかベンチさえも見当たらない。遠くに赤みがかった緑の衣が半分引き裂かれた山の姿がぼんやりと見えるだけだった。
折り畳んだフライカイトが腕から落ちそうになった。
少女は手にしていた遊び道具を抱え直した。その隙を狙うように疾風が帽子のつばを殴った。小さな両手は帽子に気を取られ、その間に彼女の華奢な腕の中から凧が滑り落ちた。アルミ製の骨組みがアスファルトに伸びの無い衝撃音を残した。
少女はその場にしゃがみ、風に揺れる凧の帆を見下ろした。物言わず地面に佇むフライカイト…今に至ってその寂しげな姿を少女は今日二度、目にしていた。