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四話

今回は、琢磨視点が多くなります。


 星群第一高校は、ウチの喫茶店から自転車で約10分ほどで着ける、旧市街地の中でも小高い場所に位置している。途中、両脇に桜の木が並ぶ通称『桜通り』を走り抜ける。


 今はその花を散らせている為、桃色の景色を見る事は叶わない。が、瑞々しい緑の隙間から差し込む木漏れ日の景色は、それはそれで見ごたえがあった。そんな道を暫く走り続けると、やがて開けた道が現れる。

 微かに香る潮の香り。右手に視線を向ければ、この街の名物にして観光名所の星群海岸、新市街地と隣接する夕暮市の中間辺りに建てられている『星群水族館』が、小さく顔を覗かせる。


 流れる風と音と潮の香り。小鳥の囀り。基本的に学生くらいしか通らないこの道は今、静かな一時を作り出す。

 暫く此処で、海を眺めながら静かな時を過ごしたいという衝動に駆られる。が、そうもいかないので、俺は太陽の光を受けて、昼だというのにまるで散りばめられた星が輝いているようなその景色が見えなくなるまで、目に焼きつけながらペダルを漕ぎ続けた。


 やがて、すっかり海岸も見えなくなったころ。自然と前を向けば、俺があまり近づきたくないと思う場所――――星群第一高校が、その姿を現した。

 一度足を止めた俺は携帯を取り出し、そろそろ腹を空かせているだろう幼馴染に連絡をした。


『もしもし、あきら?』


 ワンコール後に出るとか……。余程暇なのか、それともただ単に腹が減っているだけなのか。そもそも、授業中じゃないよな?と、電話をかけてから少し心配してしまう。

 まぁ、普通に電話に出ている時点で大丈夫なんだろうが。


『今どこ?もう、ボクお腹減っちゃって死んじゃいそうだよ~』


 電話越しに聞こえてくる、何処か気の抜けた声。腹が減っている時のコイツは、通常時とのテンションに差があるので分かりやすい。……どうやら、その両方とみていいようだ。

 恐らくこの電話の向こう側では、明良達に囲まれながら机に突っ伏しているだろう。そんな光景が容易に想像できてしまい、苦笑が漏れる。


「少し前に海岸が見える道を過ぎたところだ。結構近くまで来ているから、あと3分もすれば着けると思う」


『ん、分かった!こっちはちょうど昼休み入ったところだから。じゃあ、正門前で待ってて。直ぐに行くから!』


「おう、……って、もう切りやがった」


 年頃の女子がそんなに食い意地張ってていいのかよ、思いつつ溜息。パチンと携帯を閉じてから、俺は再びペダルを漕ぎ始めた。



 さほど時間もかけずに辿り着いた正門前。そこにはどこかソワソワしたような様子の茜が立っている。


「おーい、燦!」


 自転車を漕ぐ音に気付いたのか、コチラを見た茜はその手をブンブンと元気良く振る。というか、元気が有り余りすぎだ。


「大声出すな、馬鹿。というか、恥ずかしいからやめんか」


「えへへ。ごめんごめん」


 自転車を停めて開口一番。そういって諫めると、茜は少しばかり頬を朱に染め、頭を掻く。恥ずかしがるくらいなら最初からやるなと言いたいんだが、言った所であまり意味はないだろう。それでなおる様なら、こんな事は端からしないだろうし。


「む、何さ。その何かを諦めたかのような溜め息は?」


 思わず吐いてしまった溜め息に、茜がムッとした表情をする。が、正直そんな顔をされても怖くも何とも無い。寧ろ小さい子供が精一杯「怒っていますよ?」と自己主張をしているようにしか思えん。それでいて、子供扱いすると癇癪を起こす始末。

 何年経っても、コイツのこういった子供っぽいところはなおりそうも無い。この先も変わる事は無いだろうというのが、俺の見解だ。


「……自覚があるのかないのか、良く分からんヤツめ。それよか、ホラ。弁当持ってきたぞ。ついでに水筒。今月ピンチって言ってたからな、ダージリンだけど淹れておいた。皆と飲んでくれ」


「わぁ!有難う、燦!皆も喜ぶよ」


 そういって弁当の入った包みと水筒の入った包みをヒョイと持ち上げると、先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、表情を綻ばせる。こうやってコロコロと表情が変わるところが子供っぽいと言われる理由だと言うのに。

 だけどまぁ、こうやって素直に喜んでくれると、用意した立場からすればやはり嬉しい訳で。流石にこういうときはからかう気にもなれず、僅かに表情が綻ぶ。


「正直、女子の食べる弁当なんぞ何を入れて良いのか分からなくてな。お前でも食べられる量で用意した。一段目がご飯、ついでにふりかけ。二段目にはおかずだ。照り焼き、パイナップル、アスパラの肉巻き、それとポテトサラダを入れておいた」


「え~。何かカロリー高そう……」


 弁当を受け取った茜はというと、そのラインナップに少々不満があるのか、口を尖らせる。が、その言葉には、こちらとしても少々言わせてもらいたいことがある。


「出来るだけ油を使わないようにしたし、肉から出る余分な油も抜いておいた。それに、どうせ運動部なんだから、動けばその分すぐに消費するだろう?だから、力が出るようにと思って入れたんだ。……文句を言うなら返してもらうぞ?」


「わー!いりますいります!ありがた~く頂きます」


 弁当を取り返そうと手を伸ばすと、茜は慌てて弁当を抱きかかえ取り繕い、はは~、とおどけた様に頭を下げる。そうして互いに顔を見合わせクスリと笑う。お互い本気で言ってない事が分かるからこそ、こういったやり取りも出来る。


「さて、と。俺はそろそろ戻る。茜も、さっさと戻って食べたほうがいいんじゃないか?時間、無くなるぞ?」


「あ、うん。燦、お弁当、ありがとうね」


「おう。勉強頑張れよ」


 礼を言ってきた茜の頭を一撫でし、教室へ戻るように促す。戻る途中、一度振り返って手を振る彼女に小さく手を振り返す。やがて姿が見えなくなった頃、俺は自転車に跨り、喫茶店へと戻るべく少し急ぎ足で坂を下っていった。



「おまたせー」


 明良やクリス、美耶子と言ったいつもの面々で談笑を続けていると、先ほど教室を出て行った茜が戻ってきた。

 その顔は先ほどまでと打って変わって、笑顔に溢れていた。


「お帰り、茜ちゃん」

「お帰り茜。随分荷物が増えたみたいだね」


 美耶子とクリスが言うように、彼女の手には弁当の包みの他に、細長い何かを入れた少し大きめの袋を手にしている。恐らく、ジンさんが気を効かせてくれたのだろう。


「うん。燦がね、紅茶淹れてくれたの。皆で飲めるようにって」

「お!マジか!流石ジンさん、気が効くぜ」


 どうやら予想は当たりだった様だ。茜の言葉に、明良はこれ幸いとばかりに嬉々として弁当を広げ始める。それを合図に、俺達も各々弁当の包みを開いていく。


 茜は自分の弁当の包みを開いた後、紅茶の入った袋を開く。水筒と一緒にプラスティックのコップも入っており、皆で飲めるように気配りがされている。こういうところは、流石ジンさんというところか。


「はい、アキとクリス」

「おう」

「ありがとう」

「それと、はい。美耶子に琢磨君のぶん」

「ありがとう、茜ちゃん」

「ありがとう、飯塚」


 水筒に入っていたと言うのに、香りは殆ど損なわれる事はないようだ。空きっ腹にその芳醇な香りが、より食欲を誘う。


「そんじゃあ、頂きます!」


 明良の音頭に、それぞれ日本特有の挨拶をする。それから俺達は、談笑しながら弁当を食べ続けた。



「あ、そういえば前から気になってた事があるんだけど」

「ん、どうしたよ?」


 食後のお茶を楽しんでいる時、そう言って話を切り出したのはクリスだった。聞き手側に回る事の多い彼女からの発言は珍しかったので、俺達は自然と話を聞く状態になる。


「ジンさんって、私達と同い年なんだよね」

「ああ」


 クリスの言葉に、明良が相槌を打つ。しかし急にどうしたのだろうか?


「ならどうして、ジンさんは学校に通わないのかなぁって。

皆とも仲がいいんだし、それに、お店の手伝いだって学校の帰りとかにでも出来るんじゃないかなぁって、思って……」


 最後にいくにつれ言葉が尻すぼみになったのはきっと、俺達の表情が僅かに強張ったのが原因だろう。


 クリスに他意は無い。ただ、純粋な疑問から生まれた言葉だったのだろうが、事内容が内容なだけに、俺達とて迂闊に言葉を発せないでいた。

 さて、どう答えたものか。と考えていたとき、思わぬ場所から返答が帰ってきた。


「ハッ!どうせ、サッカーを続けるのが不安になったんだろう?」


 何処か怒気を孕んだかのような言葉は、少し離れた場所で弁当を食べていた他のグループ。サッカー部の面々で出来たグループの一人である新田から発せられた。


 俺と同じ170後半ほどの身長に、若干肉付きのいい肉体。角ばった顔に太い眉、スポーツ刈りの似合うソイツは、ゴールキーパーのポジションについている。

 技術的な面では少々物足りなさがあるものの、それを体の大きさと体格に似合わない瞬発力でカバーしている。一年のGKの中では一番の実力者だ。


 そんな新田が、どうして俺達の話に割り込んできたのかと疑問にも思ったが、それは直ぐに分かった。


 が、俺の考えよりも先に動く人物がいた。明良だ。明良はそんなこと知った事では無いとばかりに食って掛かる。


「あ?何勝手な事言ってんだよ、新田」

「事実だろ?でなきゃ、アイツがサッカー部に入部しないどころか、進学しないわけがないだろ」


 普通ならそれ以外にも理由があると考えるのだが、こと新田に限ってはそのような理屈は通用しない。その理由は、明良も知っているはずなのだが……。


「何も知らねえくせに、好き勝手言ってんじゃねぇよ」


 相当頭に来ているらしく、明良は立ち上がり新田ににじり寄る。その表情は、普段皆を盛り上げるムードメーカーとしての陽気な笑顔ではなく、怒りに任せて周りが見えていないそれだった。

 そんな明良に負けじと、新田も立ちあがり二人は睨み合う。167cmというサッカープレイヤーとしては小柄な明良は、新田を見上げるかたちになるが発している威圧感はかなりのものだ。

 

 滅多に見せない明良の本気の怒りに、先ほどまで談笑が絶えなかった教室が、シンと静まりかえる。誰もが、状況を見守るしかなかった。

 流石にこれ以上事が進んでは大事だと思い、俺は二人の間に割り込む。


「明良、よせ」

「……どけよ琢磨。流石に今のは聞き逃せねぇ」

「分かってる。だけど、俺達が怒ってもどうこうなる問題じゃないだろう」

「何があったか知らねぇが、そう思ったって仕方がねぇだろ?」

「テメェ!」

「明良、抑えろ!新田、お前も勝手に決め付けるな」


 売り言葉に買い言葉とは正にこのことか。尚も怒りを抑える様子の無い明良と新田を何とか諫めようとする。

 これは俺達がどうこう言える問題じゃない。全てはジンさんが決めた事だ。幾ら親友と言えど、立ち入れる範囲を超えている。


「新田。お前の気持ちも分からなくはないが、勝手な事を言うものじゃない。お前だけが悔しい思いをしているわけじゃないんだ」

「………」

「ジンさんだって、悩んで考えた結果に今がある。詳しくは言えないけど、これだけは聞いてほしい。

 誰よりも悔しい思いをしているのは、きっとジンさんだ」

「………ちっ」


 俺の言葉に、流石に思うところがあるのか、新田はどうにか引いてくれた。明良もまた、不満が消えていないが、それでも一応の落ち着きを取り戻してくれた。


「悪い、琢磨。ちょっと熱くなりすぎた」

「気にするな。お前が怒るのも無理はない。――――すまない皆。騒がせてしまったな」


 不快な空気にしてしまったので、一応の詫びを入れる。が、それも大した意味を成さないだろう。


 席に戻った俺達を、不安そうな表情で向かえる女子三人。中でも事の切欠を作ってしまったクリスは、目に見えて狼狽していた。


「えっと、私、ゴメン。そんなつもりじゃ……」


 今にも泣き出しそうな彼女に、俺は出来るだけ優しく言葉をかける。


「クリスのせいじゃないさ。ただ、ちょっとタイミングが悪かっただけだ。それと、この話は幾ら俺達でも簡単に言えることじゃないんだ。だから……」

「うん。ゴメン……」


 力無く頷くクリスを、美耶子と茜が慰める。そんな中、予鈴がなり皆が思い出したように一斉に動き始める。


「おーし、お前等席に着けー。授業はじめるぞー……って、なんだ。まるで葬式のときみたいな雰囲気だして?」


 未だ悪い空気が漂うなか、空気の読めないことで定番の、若干頭が寂しい教師の言葉に、隣の席の明良と、少し離れた席の新田が目に見えて不機嫌な表情を浮かべる。


 俺は思わず頭を抱える。今ほど、この教師の空気の読めなさを呪った事はない。

 その禿頭が更に後退すればいいのにと、思わずにはいられなかった。


 結局、明良と新田の機嫌はその日中なおる事はなく、部活中に何度も怒られており、そのフォローに入る俺は必要以上の気苦労を感じるハメになった。




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