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二話

私のお茶知識は所詮にわかです。

 俺は、既に出来上がっているサンドウィッチをそれぞれ小分けして配ぜんする。それと同時に、一度クリスからカップを返してもらい、五つのカップに沸いたばかりのお湯を注ぐ。

 そうしている間に、ちらりと時計に目をやる。五人が来店してから6分ほどが経っている。そろそろ頃合いだろう。


 二つの透明のポットのうち、手前にあるほうを手に取る。オレンジ色をしたそれはダージリンティー。ストレートで飲むのに適しており、明良と茜はこれをよく好んで飲む。

 カップを手に取り、静かに注いでいく。マスカットフレーバーの香るそれを、二人の前に差し出す。


 続いて手に取るのは、澄んだ濃いめの紅色をしたアッサムティー。ミルクティーに適し癖の少ないこちらは、美耶子とクリスのお気に入りだ。こちらも同じように二人に差し出した。勿論、好みの量を入れられる様に、ミルクをつけるのも忘れない。


 本当なら、紅茶は自分の好みの茶葉の量と抽出時間でこそ、美味く感じる。簡単にいえば、自分の好み時間、茶葉の量で淹れ、好みの飲み方のほうがその人にとって最も上手い紅茶になる。だからこの五人には自分で淹れてほしいと思っているんだが、面倒なのかそれとも多少の本音があるのかは分らんが、俺の淹れたもののほうがいいと言ってくれる。こう言われてしまえば、こちらとしてもそれ以上強く言い出すことはできないしな。


 ちなみに琢磨はその日の気分で飲むものを変える。今日は珈琲の気分らしく、俺自身も飲むつもりだったので、紅茶と並行してマキネッタで準備をしていたブルーマウンテンを用意した。琢磨のものには小さじ一杯分の砂糖を。俺はブラックのままで飲むのも、互いに理解しているところだ。


 こうして、僅かな時間ながらも朝の時間を楽しむのが、俺たちの日常だ。











 そもそもこんな朝早くに彼等が訪れるのには、明確な理由があってのことだ。

青春を謳歌する高校生の例に漏れず、彼等は部活に精を出している。とどのつまり、朝練に向かうのだ。そして、運動に差し支えない程度に腹を満たすために、四人が通う星群第一高校に比較的近い位置に立地している我が喫茶へと、足を運ぶ。つまりはそういうことだ。そして当然の事ながら、先ほどまで作っていたサンドウィッチは、彼等のために用意したものと言うわけである。

 

 因みに現在の時間は6時55分。ここから学校まではだいたい10分くらいかかるので、そろそろ頃合だ。もともとそれほど量を作っていなかったことと成長期であることから、ぺロリと平らげてしまった五人は、席を立つ。


「ごっそさん!今日も美味かったぜ、ジンさん」


 明良がパンッ、と手を合わせて礼を言う。他の四人も同じように口々に礼を言う中、茜が何かを思い出した様に声をあげ、明良達に先に行くように声をかけた。


「あ、そうそう。ねぇあきら、今週の日曜日って時間取れる?」


「……突然如何したんだ?」


 訝しげに訪ねる燦に、茜はニカッと笑う。


「ほら。クリスってば親御さんの転勤で日本に来た訳で、まだまだこのあたりに慣れていないじゃない?だ・か・ら~。案内も兼ねて皆で遊びに行こうかなって!……ダメ?」


 上目遣いに訪ねる茜に、燦は少しだけ思案する。


「正直、突然のことだから即答は出来ないが……。一応お袋に相談してみる。どうせ日曜日のこの辺りは、殆ど客なんてこないし、な。とりあえず、後で連絡いれる」


「え~。何よ、随分曖昧な返事ねー……ぅわっ」


「これでも真剣に考えてるんだ。一応姉貴にも話してみるから、勘弁してくれ。それと、もう行かないと朝練間に合わなくなるぞ?」


 ブツブツ文句を言う茜を宥めるように、燦は彼女の頭をワシャワシャと撫でる。一頻り撫でた後、時間を告げる事で茜が更に文句を言う暇を失くす。これも、良くある光景だ。


「やっば!あーもー、髪もグシャグシャだし!これで遅れたら燦のせいだからね!」


「はいはい」


「何よその態度!って、ああ!?と、兎に角、おばさんにちゃんと聞いておいてよね!それと、帰りに寄るからそん時になんか奢る事!」


 プリプリ怒る茜の態度がひどく子供っぽく見え、思わず燦は笑みを零す。その表情は、仲の良い五人の前でも滅多に見せる事の無い、柔らかな笑み。


「分かった分かった。――――気をつけてな。それと勉強頑張れよ」


「――――うん!行ってきます!燦も頑張ってね!」


 それが何だか堪らなく嬉しくて。茜は最高の笑みを返すことで答えた。









 茜が店を出て、シンと静まり返った店内に鈴の音が響く。先ほどまでの賑やかさが嘘のような、まるで世界に自分独りしかいないようなその空間で、燦はそれまであった時の余韻に浸る。



「――――片付け、するか……」



 少しして、時間を取り戻したかのように燦が動き始める。燦はカウンターの奥へ向かうと、備え付けられている古びたレコードを回し始める。これは、燦の祖父が開店当初に用意したものだ。

 音楽などトンと詳しく無い燦ではあるが、幼い頃から祖父に良くクラシックを聞かせてもらっていたために、今でもこの店ではレコードで音楽を流している。


 流れるのは、彼のお気に入りの一つである、パッヘルベルの【カノン】。


 店内を優しいヴァイオリンの音が満たす中、先ほどまで明良達が使っていた皿やカップを、丁寧に下げていく。決して傷つけないよう、丁寧にカップを洗い、水で泡を流していく。


 テーブルを拭き、茶葉や豆、食材の確認を再び済ませる。

この店の本来の開店時間は10時から。母がこちらに来るのは、9時半頃。それまでの時間、誰も邪魔されないまま静かな時間を過ごす。


 こうして今日も又、新しい一日が始まっていく。



パッヘルベルの【カノン】は、個人的に好きだからです。すみませんwww

感想・指摘等お待ちしております。




◆豆知識的なもの◆


・マキネッタ 直火用のエスプレッソマシーン


 イタリアなどの国では一般家庭で使われるような小道具。加熱された水が発生させる蒸気を利用して、豆から珈琲を抽出する、という仕組みになっています。

 結構小さいです。


・ブルーマウンテン

ブルーマウンテン山脈の標高800~1200mの間の限定された場所から取れたものをさします。

その香りは高く繊細な味わい。その香りの強さから、香りの弱い他の豆とブブレンドされることが多いです。


実は日本に輸入されるものの多くが、標高800m【以下】で取れたものだったりします。本来、ブルマンと名づけられるべきではない豆なのに。本来のブルマンを国内で出す場合、1kg当たりで5~10万もする高級品だったりー。


実は燦が琢磨に出しているのは、800m以下のほう。高校生が飲むのに、正真正銘のブルマンは高すぎるのでwww勿論、琢磨はそのことを知っています。でも他のお客は知らないよ。


・ダージリン (Darjeeling)

北インド産。お茶の色:オレンジ色 ストレート向き。マスカットフレーバーと呼ばれる独特の香りが特徴、専門店では茶園ごとに売られています。


・アッサム (Assam)

北インド産。澄んだ濃いめの紅色。ミルクティーに最適。くせが少ないので、飲みやすいと思います。


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