魔道図書館
第一話
『魔道図書館』
私が通う高校はごく一般的な普通高校。ずば抜けて面白いものは何もない。本に心を奪われた私なら尚更そう感じてしまう。
少しでも本に触れようと思った私は、進んで図書委員になった。でもこの学校じゃ図書委員になるのは女子しかいなくて、図書委員に入ろうとする男子は一人もいなかった。いつになったら話し合える素敵な人が現れるのだろうか・・・。そんなことを久々に考えながら私は丁寧に一冊一冊本を棚に戻していた。
「あ、また本を汚してる人がいる。また男子ね。枕にでも使ったのかしら・・・。ほんとだらしない・・・。」
ぶつぶつと文句を言いながら本を収納した。すると向こうから誰かに名前を呼ばれた。
「おーい荒崎。この本借りてくぞー。」
少女は少し不機嫌になった。
「・・・ねえ、そんなに私の苗字を大声で言わないでよ。嫌いなわけじゃないけど、なんだか名前と不釣合いなのよ。」
「ええー、いいじゃんお前の苗字。かっこよくてさー。俺なんて田中でごくありふれてるんだぞ?なんで気に入らないんだよ。」
その理由は簡単だ。
私の名前は『雪音』と言う。男子の間で苗字がかっこよくて名前が可愛い、といわれ、時々からかわれることがある。中学の時から良くそういわれるからほんの少しトラウマになっている。
こんな事だから好きな男子も現れないし、好きになろうともなれない。
「あ・・・。」
子供の頃を思い出してしまった。あの時は、ずっと私の前に王子様が現れる。ずっとそう思っていた。そう願っていた。
「はぁ・・・。現れてくれないかなぁ、素敵な王子様。」
でも実際はそんなことはありえない。こんな日常生活にそんな素敵な出来事はないだろう。この願いは今では儚いも同然だった。
お昼。友達と一緒にお昼ご飯を食べていると、いろいろな話で盛り上がった。こういうときは楽しいが、やはりもう少し楽しいことが起こらないかなと思ってしまうこともある。特に今日は子供の頃を思い出してしまったからつまらなく感じてしまう。ずっと王子様のことを考えながら放課後を迎えてしまった。
その日の放課後。その日はとても夕日が綺麗な日だった。
「はぁ・・・。なんで昔の夢なんか思い出してたんだろ。」
今日はなぜか昔の事をよく思い出す。王子様のこと。それは今となっては小さな夢でしかないが、それでもどこか期待をもっていたわけで、雪音はため息をついてしまった。
「子供の頃の夢なのに、なんで期待しちゃうんだろう。こんなありきたりで普通な世の中じゃ、ありえない事なのに」
夕日を見て少し呆けた後、雪音は借りた本を開き、中のページを確認した。
借りた本には自分で書いている小説や資料が挟まれている。自分の書いた物語を他人に見せることが恥ずかしい雪音はずっと夢である小説家をひた隠している。
「・・・人に見られるからこそ物語なのに」
とはいえ、さっきからぼやいているように、この学校には本に興味を持つ男子はいない。女子に見せてもいいのだが、自分としては同じ趣味や興味を持ってくれている男子に見て欲しい、と思っているのだ。
「はぁ・・・」
雪音は夕日に向かってつぶやいた。
「どこかにいないかな。私と、本を愛してくれる王子様」
そうつぶやいた瞬間、突風が吹いた。
「ッ!?」
かなりの突風のため、雪音はスカートと丁寧に結んでいたポニーテールを瞬間的に押さえた。
数秒後に突風が弱くなり、雪音はスカートとポニーテールから手を放す。
「す、すごい突風・・・」
雪音は髪を整えながら本をしまおうとした。
「ん・・・?」
さっきとは何か違うような違和感があった。変に思って本をあけると、すぐ原因がわかった。
自分の書いた小説が無くなっている。
「えええ!!!?」
さっきの風に飛ばされたのかと思って辺りを見回した。
そしてすぐに道端の電信柱に引っかかっているのを見つけた。
「ま、まって!」
慌てて駆け寄り、ひらひらと揺れる小説に手を伸ばした。
だが小説はまた突風に飛ばされてしまい、空高く舞い上がってしまった。
「うああああああ!!!!」
どんどん高く舞い上がる自分の小説を見て、半泣きで追いかけ始めた。
「待って、待ってよぉっ!!!!」
いつもの帰り道とは違う方向に飛んでいってしまう小説を追いかけ続ける雪音。
長い間空中を舞う小説を不思議に思いながら追いかけ続けていると、いつの間にか知らない道へ出てしまった。飛んでいた小説も見失ってしまう。
「こ・・・ここ・・・どこ・・・!」
息を整えながらあたりを見回していている雪音は今いる場所が分からず戸惑っていた。
「なんだろう、随分遠くまで来ちゃったのかな・・・?見たことないよこんなところ」
少し歩きながら周りの町並みを見ていると、一本の細い道に目が行った。
「・・・?」
影で道は暗くなっているが、奥は夕日のオレンジ色に照らされて良く見えている。
「・・・建物?」
白い壁の建物が見える。どうしても気になってしまった雪音はゆっくりと細い道に侵入し、奥へと進んでいった。
そして広い場所に出ると、夕日の光が目を差した。
「ッ・・・!」
雪音は少しだけ息を飲んだ。
大きな建物が目の前に佇んでいる。寂れた町並みに不釣合いな英国式の建物。それが目の前に建っていた。
「すごい、こんなところにこんな建物が・・・」
すると雪音は建物の玄関近くに自分の書いた小説を見つけた。
「あ、あった!」
雪音は駆け寄り、今度はしっかりと小説を掴んだ。
「よかったぁ、誰にも見られないで済んだ・・・」
小説も手に入れたことで安心し、雪音はそのまま家に帰ろうと思った。
「・・・・・・」
そしてなぜか足をとめる。そのまま流れるように雪音は玄関前の小さな看板に目を通した。
「英語だ・・・」
気になった雪音は英語を訳してみた。
「Spell、文字・・・。Book、本・・・。library、図書館!?」
雪音は吃驚して声を張り上げた。
「こんなところにこんな図書館が・・・。すごい、近くに図書館なんてないと思ってたのに!」
雪音は嬉しそうにはしゃぎ始めた。雪音のいつも通っている図書館は電車で隣町に行くしかない。近くには図書館はないと思っていたのに、こんなに近くに図書館があることにとてつもない喜びを感じていた。
「やったやった!!!これでお金もかけずに図書館にいけるよ!」
嬉しいのだが、近所迷惑になるといけないと思った雪音は息を整え、少しだけ玄関に近づいた。
「まだお父さんやお母さんが帰ってくるには時間があるし、ちょっと寄っても・・・いいよね?」
意を決した雪音は木製のドアに手を触れ、ゆっくりとドアを押した。
重々しく軋む音が鳴り響くと、図書館内の光景が目の前に波打つように広がってきた。
「ッ・・・・・・」
雪音は、今までにないくらい愕然とした。
大量の本が、建物の中に陳列されていた。本棚にきっちりと納められ、それが右に左に、前方に広大に広がり、更には天井や階段といたるところにまで本が配置されていた。
「ほ、本が・・・・沢山・・・・・・・」
声を出すことや呼吸することを忘れそうになった。
「・・・・・・すごい」
ありとあらゆる本が目の前を埋め尽くす。今まで生きてきて、こんなに沢山の本を見たことがない雪音は無意識のうちに中へと歩を進め、呆然としながら広いホールへと出た。
「・・・」
ここだけは辺りに本棚はなく、代わりにホールの周りに円形状に本棚が並べられていた。規則正しく並べられている本棚を見てさらに感動する雪音。
「こんな広い図書館があるなんて、すごい・・・。私スゴイ幸せかも・・・」
天井を見ると、真上に大きな振り子時計があった。
「・・・なんだろう、不思議な図書館だな」
よくよく考えれば、さっきから不思議な空間だと思っていた。
外から見てもこの建物は広いと思っていたが、中に入ると外とは広さが明らかに違えるように思えた。本棚もありすぎるように思える。
「・・・なんなんだろう、ここ」
すると何か軋む音が響いた。
「!?」
何かと思って真横を見ると、さっきまでなかったものがおかれていた。
そこには小刻みに揺れているアンカーチェアと小さな机がおかれていた。
椅子の上には緑色の何もかかれていない表紙の本。そして小さな机の上にはマグカップが置かれていた。
「・・・」
マグカップからは湯気が立ち込めている。近くによって見てみると、甘い香りが立ち込めてきた。
「・・・ココア?」
マグカップの中にはココアのようなチョコレート色の液体が入っている。
「さっきまでおかれてなかったのに、一体なんなの・・・?」
雪音は緑色の本に目を戻した。遠慮がちに本を手にとり、一ページ目を開いた。
「何か書かれてる。えーっと・・・魔道図書館員、此処に眠る。素質ある者朗読すれば、強制的に館員はざめる。魔物を倒し図書館員は力不足なり」
何かの物語だろうか。見たことのない文章にかなりの興味を持ったが、そこまでしか文字がかかれていなかった。
「なんだ・・・」
ほかに誰か入るのだろうかと思った雪音は本を椅子の上におき、本棚の置かれているほうに歩き出した。
「誰かいますかぁ?おーい・・・!」
声は聞こえない。人の気配すらしない。やはり中には自分ひとりだけだ。
「・・・それにしても、凄い本の数。それに見たことのないタイトルばっか」
タイトルを見ながら歩いていると、今度は微かに広いところに出た。
「・・・?」
目の前にぽつんと寂しそうに佇む小さな本棚があった。
「なんだろう、この本棚」
近寄ってまじまじと見つめると、そこには紫色の本が数十冊置かれていた。
「・・・変なの」
一冊の本を手にとって、中を確認した。
「えーっと・・・、少女を襲いし魔物、狂乱科学者を、魔女狩の短剣で退治。強き魔物のため、牢獄書に投獄。この文字、無断で読まれれば魔物は蘇り、再び生ける者達を襲い始める」
読み終えたときだった。
「痛っ!?」
突然手に痛みが走り、本を落としてしまった。
「な、なに?なんなの!?」
雪音はその時、その本が消えていくことに気が付かなかった。
「・・・」
掌を見てみると、人差指に透明な液体がついていた。
「・・・なにこれ」
よくわからないが怪しい液体だと判断し、スグにふき取った。
「・・・」
なんだか周りが不穏な空気になってきた気がした。妙な空気の重さを感じる。
「・・・なんか、怖い」
怖くなった雪音は慌ててさっきのホールに戻った。
ホールに飛び出て、息を整える。
「はぁ・・・はぁ・・・」
なんて広い通路なんだろうと思ったが、今はなんだかそう入っていられない気がした。
「帰ろう。また此処に来ればあるわけだから・・・」
そして目の前を見たときだった。
先ほどのアンカーチェアに、誰かが座っていた。本を手にとり、時折マグカップに入ったココアを飲んでいる。
「・・・・・」
雪音は目を見開いて驚いた。目の前の青年は雪音に気が付いていない。
「・・・あ」
雪音が短く声を発すると、本を捲っていた手がとまり、青年がゆっくりとこっちをむいた。
「・・・」
目と目があうと、青年は優しそうに微笑んだ。
「お客さんとは、めずらしいね」
青年は本を閉じ、立ち上がるとこっちに近づいてきた。
「君は誰?みたところ普通の人間のようだけど」
普通の人間といわれたのに違和感を感じたが、今はそんなことに疑問を持てる状況じゃなかった。
目の前の青年は、心を揺さぶられるほどの美形の青年だった。
「え・・・あ・・・あの・・・」
呂律が回らなくなり、気持ちが高ぶった。今までこんな気持ちにはならなかったのにと妙な気分になっていた。
「君、名前は?」
突然名前を聞かれた。
「ゆ、雪音です。あ・・・荒崎、雪音」
すると青年は微笑を浮かべた。
「雪音。いい名前だ」
いちいちドキッとする台詞を言ってくる。
「じゃあ自分も名前を言った方が良いね。レンムだ。レンム・フィラガルディオ・スペルブックライブラリー。レン、と呼んでくれればいいよ」
な、ながい。でもかっこいいと雪音は顔を真っ赤にした。まるで本に出てくるような不思議な名前。
「・・・ひょっとして、本に興味がある?」
「え・・・?」
「それ、本だろ?」
青年は雪音の持っている本を指差した。
「え、あ・・・はい」
「なんていうタイトル?」
「ぎ、銀河鉄道の夜です」