焼かれなかった村
村に火が入った痕はあった。
だが、それだけだった。
レイは焼け落ちた門の前で立ち止まり、静かに周囲 を見渡した。
黒く焦げた木材。崩れた見張り台。乾ききっていない血痕。
襲撃があったのは間違いない。
それなのに。
「……少なすぎる」
村の中央まで歩きながら、小さく呟く。
死体がない。
正確には、“なさすぎた”。
これだけの規模の襲撃なら、逃げ遅れた者や抵抗した者がもっと残っていておかしくない。
だが見えるのは数人分だけ。
しかも、戦闘が集中した形跡も薄い。
レイはしゃがみ込み、地面に残る焦げ跡へ指先を触れた。
熱属性魔法。
魔力の流れは粗い。
下級魔族のものだ。
だが妙だった。
「燃やす位置を選んでる……?」
家屋は焼けている。
しかし倉庫はほぼ無傷だった。
井戸も壊されていない。
畑に至っては踏み荒らされた痕すら少ない。
普通ならあり得ない。
侵略ならまず食料を断つ。
恐怖を植え付けるなら、水源を潰す。
だが、この村は違う。
まるで。
「……避難する時間を作ったみたいだな」
その時だった。
物陰で、小さな音が鳴る。
レイはゆっくり立ち上がった。
「出てこい」
数秒の沈黙。
やがて崩れた壁の裏から、小柄な影が現れた。
灰色の髪。
痩せた身体。
額から短い角が二本伸びている。
魔族だった。
年齢は十代半ばほど。
粗末な黒布を纏っているが、装備は酷い。
軍属ですらないのが見て分かる。
下層魔族。
それも、おそらく雑兵以下。
少女は鋭くレイを睨んでいた。
「……人間」
「そうだな」
「殺さないのか」
「必要がない」
少女の眉がわずかに動く。
レイは周囲を見渡したまま続けた。
「村人はどこへ逃がした」
空気が止まる。
少女の指先が小さく震えた。
「……なんの話」
「魔王軍は襲撃している。だが殺していない」
「…………」
「倉庫も井戸も残してる。避難路も塞いでない」
レイは少女を見る。
「これは侵略として不自然だ」
少女の顔から警戒が少しだけ消えた。
代わりに浮かんだのは、困惑だった。
「……なんで分かるの」
「見れば分かる」
「そんなわけ——」
「ある」
レイは少女の言葉を静かに遮った。
「焼き方が雑すぎる。脅し目的の火だ。本気で滅ぼすなら中央から燃やす」
「……っ」
「それに、お前」
レイは少女の足元を見る。
「血がついてない」
少女が反射的に後ずさる。
「戦ったなら返り血がある。だが靴底だけ汚れてる」
「…………」
「運んだな。避難民を」
少女はしばらく何も言わなかった。
風だけが、焼け跡を抜けていく。
やがて彼女は、小さく口を開く。
「……なんで」
「何がだ」
「なんで、人間なのに……そんなこと気にするの」
レイは少しだけ視線を空へ向けた。
空の一部が、薄く黒ずんでいる。
最近、各地で確認されている亀裂だ。
軍は“魔王軍の大規模魔法”だと説明していた。
だが、違う。
あれはもっと別の——。
「……確認したいだけだ」
「何を」
レイは数秒黙ったあと、小さく答えた。
「魔王は、本当に世界を滅ぼそうとしてるのか」




