災厄と希望と
どうも、石馬と申します。
久しぶりに書いた短編で、至らぬところがあるかと思いますが、皆様の暇潰しになれれば幸いです。
――パンドラの匣は決して開けてはいけない匣なんだ。どうしてだか分かるかい?
父親は我が子である少女に尋ねました。
少女はブンブンと首を振って答えました。
――わかんない。
父親は少女の小さな頭をなでながらやさしく教えてくれました。
――パンドラの匣の中にはね、たくさんの災厄、つまり悪いことが入っているんだ。匣を開けてしまうとその悪いことが世界に飛び出して、世界を悪くさせてしまうんだよ。だから私たちは、パンドラの匣を決して開けてはいけないんだよ。分かったかい?
少女はうなずきました。そして、パンドラの匣は決して開けてはいけないものだと父親から学びました。
――パンドラの匣は決して開けてはいけない匣なの、どうしてそう言われているか分かる?
少女の母親が少女に尋ねました。少女は大きくうなずいて答えました。
――わかるよ! たくさんの“さいやく”がとびだして、せかいをわるくさせてしまうから!
少女はさきほど父親から言われたことをそのまま母親に言いました。
母親は少女の答えに一度うなずくと、また話しだしました。
――ええ、みんなそう言っているわ。でも違うの、だってもうパンドラの匣の中には、災厄なんて入っていないんですもの。
母親の回答に、少女は首を傾げて言いました。
――え? なんで? どうしてさいやくがはいってないの? みんなさいやくがはいってるっていっていたよ?
少女の疑問に、母親は優しげな笑みをうかべて答えました。
――だって、匣は一度開いてしまったんですもの。それを開けてしまった人の名前が『パンドラ』と言うのよ。パンドラが匣を開けたとき、中に入っていた災厄はすべて飛び出してしまったわ。……じゃあ、なんでパンドラの匣を開けてはいけないのかしら?
母親は質問しますが、少女は首を傾げたままです。
――なんで? ぜんぜんわかんないよ。
頬をリスのように膨らませて、ついに少女は不機嫌な顔をしてしまいました。そんな少女を母親は笑顔でなだめながら、こう言いました。
――パンドラの匣にはね、災厄以外にももうひとつ別のものが入っていたのよ。それがあったから、私たち人間はどんな災厄が起こっても諦めないで今日まで生きていけたの。
――じゃあ、それはなに?
少女は母親にそう言いました。母親はその答えを、少女の耳元でソッとささやきました。
――匣の中にはね、希望も入っていたのよ。
――きぼう?
母親の答えを、少女はそのまま口にしましたが、それが開けてはいけない理由になるのかどうか、よく分かっていませんでした。
――きぼうがでてくるのなら、はこをあけたほうがいいんじゃないの?
女の子のその質問に、母親は首を振りながら答えました。
――そんなことないわ。
…………だって一度出ていって無くなってしまったものは、もう二度と戻っては来ないのだから、匣を開けて希望を出すっていうのはそういうことなのよ。
少女は分かったような分からないような顔をして、一度だけ大きくうなずきました。
パンドラの匣、それは人々を苦しめる『災厄の入った匣』ではなく、人々が現在まで生きるために必要だった『希望が入った匣』だったのかもしれません。
如何でしたでしょうか?ありきたり?この話にはもっと深い意味が……そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしこういう考えもアリだと、僕個人は思います。
人というのは、悪いことが起こるよりも、良いことが無くなってしまう方が後悔する動物、なのだと僕は思いますから。