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第11話:仕事

『路銀が尽きた』


 その言葉に、シオンはきょとんとして店主とカグラの顔を何度も見比べた。


「おい、嬢ちゃん。こっちもお代がまだだぞ」

「うちもだ。あれだけ食べたんだから払うもんは払って貰わねぇと」


 騒ぎを聞きつけたのか、他の屋台の店主たちも次々と集まってくる。

 彼らは一様に腕を組み、無言の圧力を放ちながらカグラたちを取り囲んだ。


「……どうする?」


 シオンが他人事のようにカグラへ尋ねた。


「ど、どうする……と言われましても……」


 カグラが引きつった笑みを浮かべながら、店主たちの顔を見る。


 彼らの要求は一つ。

 食った分は払え。ただ、それだけだった。


 店主らはカグラに詰め寄り、短く告げた。


「お代」


 逃げ場は、どこにもなかった。


 ――――――

 ――――

 ――


「毎度あり」


 ほくほく顔でそう言って、店主たちは各々の店へと戻っていく。

 嵐が去った後の大通りに、再び街の喧騒が帰ってきた。


「うむ、なんとかなって良かったな。では、行くとするか」


 シオンが何事もなかったかのように歩き出そうとする。

 その背中に、カグラの悲痛な叫びが突き刺さった。


「よくありませんよ! どうするんですか! 私の『鏡花』! 質に入れてしまったではありませんか!」


 カグラの背中には、いつも背負っている大太刀がない。

 膨れ上がった飲食代を支払うために、彼女の近くにあった質屋に、自らの魂である大太刀『鏡花』を預け入れたのである。


「この世に二本とない大業物なんですよ!? 名匠が魂を削って打った至高の一振り……それだけじゃありません……国も家族も捨てた私の、唯一の(ともがら)……それを、あんな二束三文で……っ! どうしてくれるんですか!」


 カグラが珍しく本気で怒っている。

 その気迫に、流石のシオンもたじろぎつつ、しかし悪びれもせずに言った。


「なに、買い戻せばいいだけだろう」

「買い戻せばいいだけって……簡単に言わないでください! 流れの者をすぐに雇ってくれるような仕事など、そうそうあるわけないでしょう!」


 素性も知れぬ流れの者……それも言いたくはないが、女だ。

 雇ってくれるのなんて、歓楽街にある怪しげな接待を行う店くらいだろう。


 どうにもならない、とカグラが頭を抱えた時だった。


「ここならあるでしょ」


 腰の麻袋から、くぐもった声が響いた。


「街中では喋るなと言っただろう、魔女」


 カグラは怒りをそのままに、プラタの頭部へとぶつける。


「せっかく教えて上げてるんだから少しくらいいいじゃない。それも腕自慢のご両人にはピッタリの場所よ」


 ***


 そうして二人は、街の中央付近にある大きな石造りの建物へとやってきた。

 扉の上には、剣と盾が交差させた紋章が掲げられている。


「なんだ? ここは」

「いわゆる、冒険者ギルドというものだそうです。荷馬車の護衛から魔物退治まで、腕に自信のある者に仕事を仲介する場所だとか……」


 カグラも詳しくはないので、断定的なことは避けた曖昧な言葉で説明する。

 以前に流浪の旅をしている際に何度か利用しようとしたことはあったが、身内感の強い男社会が一匹狼気質の彼女には合わなかった。


「ほう、強い奴はいるのか?」

「……今回は何のために来たと思ってるんですか」


 カグラは呆れながら、シオンを促して入口の扉を開いた。


 中に入ると、ムッとするような熱気と酒の匂いが押し寄せてきた。

 ギルドの一階は、半分が昼間から酒を飲める酒場兼待合所になっており、もう半分が仕事の斡旋所になっていた。


「ほう、美味そうな匂いがするな」


 シオンが鼻をひくつかせ、ふらふらと酒場の方へ向かおうとする。

 カグラは無言でその首根っこを掴み、ズルズルと引きずって掲示板の前へと連行した。


「働かざる者食うべからず、まずは仕事です」


 掲示板には、羊皮紙に書かれた多様な依頼が張り出されている。

 カグラは目を皿のようにして、それらを吟味し始めた。


 飼い猫探し……却下。

 浮気調査……論外。

 近隣都市への商隊の護衛……そんなことをしている間に、鏡花が誰かに買われてしまう。


 しかし、大した経歴があるわけでもなく、ギルドへのツテがない彼女にできる依頼は限られていた。

 それでも、なんとか即金が得られるような依頼はないかと探し続けていると……。


「これは……」


 掲示板の端――誰にも見向きもされず、古びて黄ばんだ依頼書に視線が止まった。

 

 依頼内容は『小飛竜の巣の駆除』で、場所はここから徒歩圏内の岩山。

 内容は単純で、山に巣食った小飛竜が家畜を襲って困っているらしい。


 だが、その報酬額は危険度の割には安かった。

 おそらく、誰も受諾しないままに数日放置されえ、誰もが見られるこの銅等級の掲示板にまで降りてきたのであろう。


 額は安いとはいえ、鏡花を取り戻すには十分だ。

 カグラは依頼書を剥がして、シオンにも確認させた。


「これにしましょう」

「小飛竜とは何だ?」


 シオンが不思議そうに尋ねる。


「その名の通り、小型の竜で……この国ではワイバーンなどと呼ばれています。竜と言っても大きいものでも成人男性くらいの大きさで、以前サットン村を襲ったものとは比較にもなりませんが」

「ふむ」


 それを聞いたシオンは、あからさまに興味を失った顔をした。

 その反応を見たカグラの額に青筋が浮かぶ。


「……まさか、自分は既に『本物』の竜を倒しているから空飛ぶトカゲ程度の雑魚を相手にするのは煩わしい……とか、思ってないですよね? 元はと言えば、貴方の食費が原因なんですから――」

「カグラよ」


 カグラの抗議に被せるように、シオンが重々しく言った。


「何ですか?」

「これも修行だ」

「は?」


 ***


 結局、カグラは一人で岩山を登っていた。


「全く……都合の良い時だけは師匠ぶって……!」


 岩肌を踏みしめる度、カグラの口から愚痴がこぼれる。

 シオンは『己がいては貴様の修行にならん』などと尤もらしいことを言って、街に残った。


「本当に……まず、人としての最低限のことを……覚える、べきだ……」


 恨み言を言いながらもカグラの顔には、どこか弟子扱いされていることへの喜びがなくもなかった。


 岩山を進むカグラの手には、質に入れた『鏡花』と代わりに、ギルドで借りたロングソードが握られている。


 手になじまぬ重心と、石を叩くように鈍い刃。

 使い慣れた東洋の刀剣とはまるで違う持ち味。

 カグラにとっては武器というよりも、ただの扱いづらい鉄塊のように感じられた。


 それでも小飛竜を倒す程度なら十分だろうと、彼女は一心不乱に岩山を行く。


 しばらく山を歩き続けたカグラは、上空に旋回する影を見つけた。


 獲物を探している小飛竜だ。

 近くに巣のようなものは見当たらないということは、単独行動しているはぐれ個体だろう。


 まずは、一匹……。


 カグラは岩陰に身を潜め、それが降下してくるのを待った。

 そして、標的が岩場に降り立ち、羽を休めた瞬間……一気に、飛び出した。


「はあっ!!」


 不意打ち気味に剣を振るう。


 狙うは首。

 魔女の首を刎ねた時のように、一撃で断ち切るつもりだったが――


「くっ!?」


 刃が硬い鱗に弾かれ、浅く肉を裂くだけに留まった。

 慣れない西洋剣の扱いと、刃の質の悪さが致命傷を逃してしまった。


 ――ギャオオオッ!!


 手負いとなった小飛竜が咆哮を上げ、逃げずにカグラへと襲いかかってくる。

 鉤爪のついた翼が、カグラの顔面を薙ぎ払おうと迫る。


「勝てると判断したか……私も舐められたものだ!!」


 カグラはそれを紙一重で躱すと、体勢を低くして懐へと潜り込んだ。


 刃が鈍く、斬れないのであれば突けばいい。


 彼女は渾身の力で、剣を小飛竜の喉元へと突き刺した。

 ズプッ……と鈍い感触と共に、小飛竜が絶命して崩れ落ちる。


「ふぅ……これならば、どうにか凌げそうか」


 カグラは剣を引き抜き、額の汗を拭った。

 いつもの『鏡花』なら、造作もない相手だったはずが、道具一つでここまで苦戦するとは。

 自分もまだまだ未熟だな……と内省する彼女は、一瞬だけ気づくのが遅れてしまった。


 ――ギャオオオッ!!


 背後から雄叫びを上げながら風を斬る、もう一匹の存在に。


(しまった、ツガイか……!)


 体勢が悪い。

 剣も構え直せていない。


 小飛竜の顎が、カグラの頭上へと迫る。

 油断した代償だと、彼女が被撃を覚悟した瞬間だった。


 ――ヒュンッ……。


 一筋の剣閃が奔った。

 直後、空中で静止したように見えた小飛竜の身体が、真っ二つに分かれて地面に落ちた。


 カグラが呆然とする中、落ちた飛竜の向こう側から男の声が響いた。


「大丈夫でしたか?」


 両断された小飛竜の後ろから姿を現したのは、一人の青年だった。

 背中には、用途の異なる様々な種類の剣を背負っている。

 薄い茶髪が風に揺れ、その下にある瞳はどこか深い悲しみを湛えていた。

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