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第7話:英雄

 朝霧が晴れ渡る頃、満身創痍のカグラは村へと戻った。

 広場に集まった村人たちを前に、彼女は昨晩の出来事を報告する。

 だが、その口から語られたのは、残酷な真実ではなかった。


「……村長殿は、自らを囮にされたのだ」


 カグラは伏し目がちに、しかしはっきりとした口調で告げた。


「昨晩、あの怪物は飢えを満たすためにこの村へ迫っていた。村長殿は元冒険者の勘でそれをいち早く察知し……皆が寝静まる中、たった一人で怪物を森の奥へと誘い出した。そのおかげで、私はあの怪物を討つことができた」


 それは、カグラがついた精一杯の嘘だった。

 過去の栄光に縋り、化け物に成り果てた哀れな老人の真実など、遺された人々には必要ない。

 村人たちは悲しみに暮れながらも、どこか誇らしげに涙を流し、かつての英雄の死を悼んだ。


 そんな喧騒の中、カグラは一人離れた場所に立つコルトの姿を見つける。

 彼女はゆっくりと彼のもとへ歩み寄ると、その場で膝をつき、同じ高さに目線を合わせた。


「君の父上は、確かに強い人だった」

「え……?」

「森の奥に、彼の戦った痕跡があった。痕跡だけでも分かる、非常に勇敢な戦いぶりだった」


 カグラは少年の目を真っ直ぐに見据え、更に続けていく。


「彼がその背中を見せてくれたおかげで、私は勝つことができた。礼を言う」

「うん……うん……!」


 コルトの瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼は初めて年相応の子供のような笑顔を見せた。


「さて、そうなると依頼料に対して私の仕事が釣り合わなくなった。だから、これを君に渡す」


 そう言って、カグラは懐から一本の小太刀を取り出した。


「私の故郷の作法だ。武人を目指す者はまず、これから修行を始める。持ってみろ」


 カグラの言葉に、少年はおずおずと手を出し、柄をギュッと握りしめる。


「重いか?」


 コルトは両手に小太刀を持ち、小さく頷いた。


「そうだろう。力とは、重いものだ。使い道を誤れば、己の身を滅ぼす毒にもなる。だが……」


 カグラは彼の頭に手を置き、優しく撫でた。


「君なら大丈夫だ。父上のような、立派な男になれる」

「うん……! 僕、頑張る! 父ちゃんや、お姉ちゃんみたいな強い男になる!」


 コルトは小太刀を胸に抱き、力強く頷いた。

 こうして、村を襲った魔物の騒動は幕を下ろした。


 だが、カグラはふと周囲を見渡し、眉を顰める。


 シオンの姿が、どこにも見当たらないと。


 ***


 ――朝の光が差し込む森の奥。


 鼻歌交じりに洗濯物を干している女の姿があった。

 そんな傍から見れば長閑な日常風景の中に、場違いな足音が一つ響く。


「あら、またお客さん? って、昨日のお嬢ちゃんじゃないの」


 振り返った女の視線の先には、先日会った銀髪の少女が佇んでいた。


「今日はどうしたの? またカエルにして欲しいって? それとも今度は鶏かしら?」

「あれは、貴様の所業か?」


 単刀直入な問いかけに、女はきょとんと小首を傾げる。


「あれってどれ? アレかな? それともあっちかしら?」

「惚けるな。村長の身中に渦巻いていた漆黒の気……貴様のそれと酷似していた」


 シオンの鋭い眼光に射抜かれ、女は『あーあ……』と肩を竦めた。

 これ以上、ごまかしは通じないと悟ったように。


「だって、村長さんってば……それはそれは悲痛な表情で頼んできたんだもの。『魔女なら私の身体も治せるだろう? 頼む。お願いだ。何でもする』って」


 魔女は洗濯物をパンパンと叩きながら、まるで世間話でもするように語る。


「それがもうあまりにも哀れだったから叶えてあげたのよ。それが、本人の望んだ形になったかどうかは知らないけど」

「……趣味の悪い」

「酷い言い草。私はただ言われた通りにしてあげただけじゃない。それも、この世界を創生した母なる神と同じやり方で」


 魔女は悪びれる様子もなく、むしろ開き直ったように言った。


「『第三の布告』によって生み出された『神獣』の残滓たる魔力が、この地には残っていた。だから、それをちょちょいと弄って、彼に分けてあげたの」


 彼女は干し終わったシーツの陰から顔を覗かせ、ため息をつく。


「神獣は無限の生命力を持っていたけど、その生命には明確なビジョンがなかった。故に、本来の役割を果たすことなく、簡単に滅ぼされてしまった。だから、人間……それも強い渇望を持つ個体をベースにすれば上手くいくかと思ったんだけど……その様子だと失敗したみたいね。やっぱり、残滓でオリジナルを超えるのは難しいかぁ……」

「そのような戯言はどうでもいい」


 シオンは興味なさげに鼻を鳴らすと、ゆらりと構えを取った。


「創造主が創造物に劣るということはないだろう。あれは奴の獲物だったが、貴様は違う。己と戦――」

「お断り」


 女はニコッと朗らかな笑みを浮かべて、即答した。


「長く生きてるとね。貴方みたいなのとも何回も出会ってるのよ。口を開けば、やれどっちが強いかって……本当にうんざり」


 彼女は冷ややかな目でシオンを見下ろす。


「でも、貴方のような人は善悪を持たない。私が害意を見せない限りは、そっちからは手出しできないんでしょ?」


 女の言葉は正鵠を射ていた。

 シオンは、『正義の味方』として魔女を処罰しにきたわけではない。

 ただ、得体の知れぬ強者の一人として、彼女に興味を持っただけだ。

 相手に戦う意思がなく、かつ自身に戦う大義名分もなければ、流儀として自ら手出しはしない。


「……確かに、己の武はそうだ」


 シオンは構えを解き、つまらなそうに腕を下ろした。

 魔女はそれを見て、嘲るように口角を上げる。


「物分かりが良くて助かるわ。さて……と、実験も失敗しちゃったみたいだし……私もそろそろ引き上げようかな」


 彼女の姿が、霧のように揺らぎ始める。


「最後に、自己紹介くらいはしておこうかしら。私は、プラタ。『傲慢』のプラタ。じゃあね、お嬢ちゃん。いつかまた会う時まで、この名前を覚えてお――」

「だが」


 消えようとする彼女の言葉に、シオンが声を重ねた。


「己の弟子はどうだろうな」

「……え?」


 ――ヒュンッ。


 銀閃が、横一線に奔る。

 プラタと名乗った女の首が宙を舞い、断ち切られた長い髪が地面に落ちた。


 ドサッと音を立てて倒れた胴体の後ろから、大太刀を振り抜いた姿勢のまま、カグラが姿を現した。


「ふぅ……」


 カグラは息を吐き出し、鮮やかな所作で残心を取る。

 そして、顔を真っ赤にしてシオンへと食ってかかった。


「し、シオン! 今、私のことを弟子と仰りましたか!? 仰りましたよね!?」

「……聞き間違いだ」

「いえ、絶対言いました! 私の耳は誤魔化せませんよ!」


 興奮気味に詰め寄るカグラと、口を滑らせたとばつが悪そうなシオン。

 そんな二人の足元で、『あらあら……』と間の抜けた声が響いた。


「完璧に不意を突かれちゃったわね……。やるじゃない、『英雄』さん」

「なッ!?」


 カグラが驚愕して飛び退く。

 地面に転がったプラタの生首が、パチパチと瞬きをして彼女たちを見ていた。


「長く生きてるとね、首を斬られたくらいじゃ死なないのよ」


 クスクスと笑う生首。

 カグラが戦慄する一方で、シオンは「面妖な」と呟きながら、無造作にその髪の毛を掴んで持ち上げた。


「ちょっとぉ……もう少し丁寧に扱ってくれない……?」

「黙れ」


 シオンはプラタの生首を目線の高さに合わせ、冷徹な瞳で射抜いた。


「魔女よ。貴様は、この世界について随分と詳しいようだな。ならば、(やつ)について知っていることを、洗いざらい話してもらおうか」

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