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第3話:善性

「魔女、だって? 君、それはどういう――」


 カグラが更に詳しく事情を尋ねようと、身を乗り出した時だった。


「こら、コルト! お客さんに迷惑かけたらだめでしょ!」


 ドタドタと廊下を歩いてきた女将が、少年の肩を掴んで引き剥がした。


「ごめんなさいね。この子ったら最近、旅の人を見たらすぐにこうで……」

「いや、某は別に……」

「ほら、あんたは向こうへ行ってなさい! 仕事の邪魔だよ!」


 女将に叱られ、少年はトボトボと廊下の奥へと消えていく。

 その小さな背中に、カグラは何か言おうとして、言葉を飲み込む。


「ふん……」


 一方、シオンは興味なさそうに鼻を鳴らすと、部屋へと入っていく。

 カグラは後ろ髪を引かれる想いを抱きながらも、師の後を追って部屋へと入っていった。


 ***


 その日の夜。

 窓から差し込む月明かりだけが、静まり返った部屋を照らしていた。


 カグラはベッドの上で、天井の木目をジッと見つめていた。

 旅の疲れはあるはずだが、妙に目が冴えて眠れない。

 脳裏に焼き付いているのは、あの少年の涙と掌に残る銅貨の感触。


『父ちゃんの仇を取って……!』


 その悲痛な声が、耳の奥で木霊している。

 カグラは身を起こすと、枕元に置いてあった銅貨を握り締め、静かにベッドから降りた。

 そして、音を立てぬように部屋の出口へと向かおうとした時――


「どこに行く?」


 暗闇の中から響いてきた声が、彼女の足を止めた。

 振り返ると、部屋の隅で座して瞑想していたシオンが、薄く目を開けて彼女を見ていた。


「……起こしてしまいましたか?」

「そもそも寝ておらぬ。それで、こんな夜更けにどこへ行く?」

「それは……」


 カグラは少し言い淀み、視線を泳がせる。

 まさか、少年の話が気になって眠れないなどとは言えない。

 武者修行の身でありながら情に流されるなどとは、シオンが目指す『武』とは真逆の道だ。


「……この銅貨を、先程の少年に返しに行こうかと。申し訳ないが、私に彼の頼み事を聞いている暇などないので」


 苦しい言い訳を紡ぐカグラ。

 しかし、シオンは『そうか』と短く言っただけで、それ以上は追求しなかった。

 カグラは安堵の息を漏らし、逃げるように部屋を出た。


 ***


 一階の食堂に降りると、女将が一人で後片付けをしていた。

 カグラの足音に気付いた女将は、布巾を持った手を止めて振り返る。


「あら、どうしたんだい? 何か入り用かい?」

「いえ……少し、目が覚めてしまいまして……」

「そうかい。あっ、さっきはごめんなさいね。うちの子が変なことを言って困らせただろう?」


 女将が申し訳無さそうに眉を下げる。


「いえ……」


 カグラは首を振り、さり気なく尋ねた。


「あの少年は女将の御子息で?」

「まさか。あの子、コルトは数か月前に父親を亡くしてね。身寄りがないから、うちで預かってあげてるのよ」


 女将は手元の椅子を引き、カグラにも座るように促した。


「あの子の父親は木こりでね。男手一人でコルトを育ててたんだけど……ある日、山に入って数日経っても帰って来なかったのよ。それで、村の男衆が山に入って探したら変わり果てた姿で見つかってねぇ……可哀想に……」

「彼が言っていた、『魔女』というのは?」

「……ああ、それかね」


 女将は声を潜め、窓の外の暗闇を指差した。


「村の木こりたちが使ってた森の奥に、数ヶ月前から妙な女が住み着いてるんだよ。何かの調査で来てるって言うんだけど、ずっと森から出てこないし、雰囲気が不気味でねぇ。村人は誰も関わろうとしないんだけど、いつ頃からか『魔女』なんて呼ばれてたりしてね」

「その女が、彼の父親を殺した犯人だと?」

「コルトはそう信じ込んでるみたいだね。『父ちゃんはあの魔女に殺されたんだ』って、ずっと言ってるよ」


 少年の涙の理由を知り、カグラの胸が痛む。

 だが、同時に疑問も湧いた。


「それは、確かなのですか?」

「いやぁ、どうだろうねぇ……」


 女将は首を傾げ、顔を曇らせた。


「狩人の見立てじゃ、あれは凶暴な魔物の仕業だって言ってるけどね。だって、見つかった遺体が……」


 女将は一度言葉を切り、嫌なものを思い出すように顔をしかめた。


「親父さんの身体、左半分がごっそりと無かったんだよ。獣に食い破られたみたいに、骨までズタズタに噛み砕かれてね。いくら不気味だって言っても、人間の女にそんなことはできないでしょう?」

「……なるほど」

「まっ、どっちにしろ不気味な話さ。村のみんなはもう、あの森に近づかなくなっちまったしね。せっかく、大きな街にも売れる良い木が伐れる場所だったんだけど。あんたらも、あんまり近づかない方がいいよ」


 女将はそう言って片付けを終えると、店内の灯りを一つ消した。


「さあ、もう遅い。あんたも部屋に戻って寝な。明日は早いんだろう?」

「はい……ご忠告、感謝いたします」


 カグラは頭を下げ、二階へと戻る階段を上った。

 部屋の前まで来て、彼女は自分の手の中にまだ銅貨が握られていることに気づいた。


 ***


 ――翌朝。

 まだ日が昇って間もない早朝に、二人は宿を出た。


 シオンは無言のままに、村の出口へと向かってスタスタと歩き出す。

 一方、その背中を見つめるカグラの足取りは重かった。

 懐に入れたままの銅貨がまるで鉛のように重く、彼女をこの地に縛り付けようとしていた。


 無論、本来は彼女はそこまでする義理はどこにもない。

 だが、この天霧神楽という者は、端的に言えば生来のお人好しであった。

 自分の年齢の半分程の少年に目の前で泣かれ、頼まれてしまったのを見過ごせる性質ではなかった。


 葛藤の末に、カグラは意を決して声を上げた。


「し、シオン……!」

「なんだ?」


 シオンが足を止めず、背中越しに応える。

 その素っ気ない態度に、カグラは一瞬言葉を詰まらせた。


 正直に『あの少年の頼みを聞いてやりたい』と言えば、置いて行かれるのは容易に想像できた。

 ならば、彼女の興味を惹かせるしかないと、カグラは必死で頭を回転させる。


「ま、魔女とやらに、会いに行きませぬか?」


 その言葉に、シオンの足がピタリと止まった。

 振り返った彼女は、片眉を上げて訝しげな表情を浮かべている。


「何故だ?」

「わ、私も話に聞いた程度なのですが……その、魔女というのは大層恐ろしい存在だそうで……」

「ほう、どのようにだ?」

「それは、ええっと……曰く、死んだ戦士を墓から蘇らせて使役するとか……!」

「死者を……? あまり強そうには思えんな」


 うっ……とカグラが言葉を詰まらせる。

 確かに、シオンの教理からすれば、死んだ戦士などは弱者。

 それを黄泉帰らせたところで、興味を惹く存在になりうるはずもなかった。


「も、もちろんそれだけではありません……! 例えば、何もないところから炎を生み出したり……!」

「それとはもうやりあったが、極めて退屈だった。そもそも炎など、木を擦れば己でも出せる」

「ぐっ……」


 既に体験済みとは……と、カグラが己の想像力の未熟さを痛感する。

 もっと、彼女の興味を惹くような言葉はないか……と、カグラは頭を必死で働かせる。


「ま、魔女は……人をカエルに変えて食べてしまうそうです……!」


 なんとか絞り出したのは、幼い頃に異国のお伽噺で聞いた話だった。

 夜遅くまで置きていると、魔女が家にやってきて子供をカエルに変えてしまう。

 そんな文脈で用いられる、まさに子供騙し。


 これで彼女をだまくらかすなどできるわけもない、とカグラは諦めようとしたが……。


「……カエル? カエルと言ったか?」


 再び出口へと向かおうとしたシオンがピタッと足を止めた。


「へっ……? は、はい……そ、そういう魔女もいるらしいです……」


 仮に森にいるのがそうでなくとも、嘘は言ってないと補足情報を付け足すカグラ。

 対してシオンはその場で完全に足を止め、顎に手を当てて深く何かを思案し始めた。


 そして、しばらくの沈黙の後に――


「カエルの身体はまだ試したことがなかったな」


 ……と、言うと件の森の方へと向かって歩き出した。


 ***


 魔女がいるという森は、奥に進むにつれて鬱蒼としていた。


 湿った苔の匂いと、肌にまとわりつくような不気味な気配。

 鳥の声すら途絶えた静寂は、確かにここが何者かの領域であるのを肌で感じさせた。


「……嫌な気配が漂っていますね」


 カグラが大太刀の柄に手をかけ、警戒を強める。

 だが、シオンは意にも介さず、散歩でもするような軽快な足取りで進んでいく。


 そのまま獣道を外れ、森の深部へと進むこと数十分。

 突如二人の前の視界が大きく開かれ、不自然に広がった空間が現れた。


 空間の中心にあるのは、未開拓の森には不釣り合いな生活感のある小さな小屋。

 煙突からは細く煙が昇り、庭先には手入れされたハーブ園まである。

 そして、小屋の表では揺り椅子に腰掛け、本を読んでいる一人の女性の姿があった。


 ゆったりとした黒いローブの隙間から、暖色系の柔らかな服が覗いている。

 肩に落ちたフードの下にあるのは、木漏れ日を受けた穏やかな顔立ち。

 威圧感も気難しさもなく、どこか安心感を覚える普通の女性である。

 ただ、こんな場所に『普通の女性』がいるという根本的不気味さも同時にあった。


 二人の足音に気がついたのか、彼女はパタンと本を閉じて、顔を上げる。


「あら? お客さん? こんなところにまで、珍しいわね」


 彼女はニコリと人が良さそうに微笑んだ。

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