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第2話:旅路

 シオンとカグラの二人がサットン村を出発してから、数日が経過した頃。

 長く鬱蒼とした山道をようやく抜けた二人の前に姿を現したのは、サットン村と同じ規模の小さな村だった。


「村、か」


 藪を抜け、木造の民家が立ち並ぶ集落を見たシオンが零す。


「そのようですね。大きさはサットン村と同じくらいでしょうか」


 その後ろから続けて出てきたカグラも同じように所感を述べる。

 衣服が全く汚れてもいないシオンに対して、カグラの身体は草と泥に塗れ、呼吸は浅く早い。

 村を出てからほとんど休むこともなく、ひたすら山道を歩き続けてきたのだから当然ではあるが、体力の限界は近かった。


 彼女は横目に、シオンの顔を一瞥する。


 日も暮れますし、今日はここの宿で休みませんか?


 喉まで出かかっている言葉を、彼女は必死に押し留める。

 自分は勝手に弟子を名乗り、その旅路の末席に加えさせて貰っている身だ。

 そんな者が師よりも先に、『疲れたから休みたい』などと言えば、きっと失望されてしまう。

 彼女にとって、それだけは何よりも避けたいことだった。

 

「……カグラ」

「は、はいっ!」


 名を呼ばれ、カグラは反射的に背筋を伸ばす。

 まだ進む、と言うのなら歯を食いしばってでもついていく。

 そう覚悟を決めた彼女に対し、シオンは腹をさする仕草を見せながら淡々と言った。


「腹が減った。今日は此処で逗留するぞ」

「……へ?」


 予想外の言葉に、カグラは間の抜けた声を漏らす。


「聞こえなかったのか? 飯だと言っている。それとも、不服か?」

「ま、まさか! 是非、そうしましょう! 英気を養うことも旅では肝要かと!」


 カグラは内心で安堵の溜息を吐き出しながら、精一杯の同意を示した。


 ***


 村の宿屋は、古びてはいたが、清掃が行き届いた清潔感のある宿だった。

 一階の食堂では、囲炉裏で焼かれた川魚の香ばしい匂いが漂っている。


「へぇ、王都に向かってるの。随分と遠回りね」


 夕食を運んできた恰幅の良い女将が、物珍しそうに二人を見やる。

 テーブルには、この地域の清流で獲れた岩魚の塩焼きと、山菜をふんだんに使った煮付け、そして猪肉の味噌汁が並んでいた。


「うむ。悪くない香りだ」


 シオンは早速、岩魚にかぶりつく。

 皮はパリッと香ばしく、中の白身はふっくらとしていて甘みがある。

 その表情が僅かに緩んでいるのを見て、カグラも静かに箸を伸ばした。


「……~~~ッ!」


 箸先で摘んだ程の新鮮な魚の白味――数日ぶりのまともな食事が、彼女の全身に染み渡る。

 普段は行儀作法にも気を使っている彼女であったが、この時ばかりはそうも言っていられなかった。

 加護の力を用いた連撃もかくやという速さで、机上の食事をあっという間に平らげてしまった。


「ご馳走様でした」


 せめて最後くらいは、と両手を合わせて感謝の言葉を述べる。


「すごい食べっぷりだったね。そんなに美味しかったかい?」

「ええ、大変美味でした。某の故郷も良い川魚の穫れる地でしたが、それを思い出す程に」

「そりゃ良かった。ここらの水は特別だからね。魚も野菜も、泥臭さがなくて美味いんだよ」


 女将が空いた皿を下げながら、ふと二人をまじまじと見比べるように言った。


「それにしても……旅人さん自体はそう珍しくもないけど、こんな若くて綺麗な娘さん二人が、お供も連れずに旅してるなんてのは初めてみたよ」


 女将の言葉に、カグラは箸を止めて少し困ったように頬を掻く。


「はは……某など、綺麗と言われるような柄ではありませぬが……」

「あら、謙遜しちゃって。こちらの銀髪のお嬢ちゃんなんて、お人形さんみたいじゃないか。お姉さんだって、キリッとしてて良い女っぷりだよ」


 黙々と魚を突いていたシオンの手が一瞬止まるが、興味がないのかすぐに食事を再開する。

 一方のカグラは、居心地が悪そうに身じろぎした。

 武人としての称賛ならば素直に受け入れられるが、自身にとっての呪いである『女』の部分を褒められるのは慣れない。


「そういやお姉さん、言葉遣いがなんだか古風だねぇ。どこかの武家の人かい?」

「い、いえ。某は東方の出でして、少しばかり剣の道を嗜んでいるだけのただの修行者です。この度は、連れの彼女の護衛も兼ねて王都へと向かっている最中でして」

「へぇ、東方! そりゃまた随分と遠いところから来たもんだねぇ……。でもま、世の中物騒だけど、あんたみたいに強そうな人がついてるなら安心だね」


 女将は快活に笑うと、『何もないとこだけど、まあゆっくりしていきな』と言い残して厨房へと戻っていった。


 その背中を見送り、カグラはふぅと息を吐く横で、ことりと箸を置く音がした。

 見れば、シオンの前の更には頭と中骨だけになった四匹目の岩魚が残されていた。

 身の一片、皮の一枚すら残さぬ、芸術的なまでの完食ぶりである。


「うむ。満足だ」


 シオンは言葉通り満足気に言うと、茶を一杯啜った。


 ***


 食事を終えた二人は、女将にあてがわれた部屋へと向かって歩いていた。

 古い床板が、歩く度にギシギシと音を立てる。


「お姉さんたち」


 その時、背後からまだ幼さの残る少年の声がかかった。

 振り返ると、継ぎ接ぎだらけの服を着た、十歳ほどの少年が立っていた。

 その瞳は大きく見開かれ、どこか切羽詰まったような色を宿している。


「如何した? 某らに何か用か?」


 カグラが目線を合わせるように膝を折ると、少年は縋るように一歩近づいてきた。

 その視線は、彼女の腰にある刀剣に注がれている。


「お姉さんたち、腰に剣を下げてるし、冒険者だよね?」

「いや、某たちは――」


 冒険者ではなく、単なる旅の武芸者だと否定しようとした時だった。

 少年がカグラの手を取り、何かを握らせてきた。


「ん……?」


 カグラが手を開くと、そこには錆の浮いた数枚の銅貨があった。

 子供の小遣い程度の、本当に僅かな額だ。


「これは……?」

「冒険者は、お金を払えば依頼を聞いてくれるんだよね?」


 少年の言葉にカグラは顔を上げる。

 瞳が潤み、大粒の涙が溢れ出しそうになっている。

 その表情と必死さから、ただ事ではないと感じ取った。

 彼女は居住まいを正し、真剣な眼差しで少年に向き直った。


「何やら事情があるようだ。話してみよ」


 少年は鼻をすすり、震える声で、しかしはっきりと告げた。


「森の『魔女』をやっつけて……!」

「魔女……?」

「父ちゃんの仇を取って……!」


 少年の瞳から、堪えきれなくなった涙がこぼれ落ちる。

 握りしめられた銅貨の温もりが、カグラの掌をじわりと焼いた。

 その様子を、シオンは壁に寄りかかり、ただ無言で見下ろしていた。

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