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第25話:旅立ち

 ――ラングモア家の朝。

 その日の朝食は、いつになく重苦しい沈黙に包まれていた。

 カチャリ、と食器の触れ合う音だけが響く中、シオンは意を決したように口を開いた。


「母よ、父よ。話がある」


 シオンの凛とした声が、食卓の空気を震わせた。

 真正面に座る父ジョナサンと、隣に座る母シエラが視線を向ける。


(おれ)は、旅に出ようと思う」


 単刀直入な告白。

 一瞬の空白の後、シエラが悲鳴のような声を上げて立ち上がった。


「旅って……シオン、いきなり何を言い出すの? 貴方は女の子だし、まだ十五歳よ?」

「もうじき十六だ。この国ではそれが成人の年齢とされている。何より、年齢や性別などは些末な問題だ」

「だからって……そんな急に……」

「急に決めたわけではない。前々から考えていたことだ。それに、当てのない放浪をするわけでもない」


 シオンは視線を、部屋の墨に控えていたカグラへと向ける。

 彼女は心得たように一歩前へ出ると、ラングモア夫妻に向かって恭しく頭を下げた。


「僭越ながらご説明いたします。既にご存知かと思われますが、この度、某は第三王子殿下の招聘に応じて王都へ赴くこととなりました。つきましては、シオン殿に某の従者としての同行をお願いしたく存じます」


 それは、昨晩のうちにシオンとカグラが示し合わせた建前だった。

 『武者修行のため』などと言えば、母が卒倒しかねない。

 あくまで王都へ向かうカグラの『付き添い』という体裁を取ることで、安心させようという算段だ。


「某は東方の出ゆえ、この国の習わしには疎い。身の回りの世話を任せるならば、気心の知れた彼女にお願いしたいのです。国を巡る旅は、彼女にとっても得難い経験となるはずです。どうか、お許しいただけないだろうか」


 カグラの真摯な演技に、シオンも小さく頷く。


「そういうことだ。己としても、広い世界を見て回る好機となる」


 しかし、シエラは断固として首を横に振った。


「ダメよ! 王都まで、どれだけ離れていると思ってるの? それに危険もあるでしょう。カグラさんは強いから大丈夫かもしれませんが、シオンはそうではないのですよ」

「母よ……」

「ダメと言ったらダメです! 絶対に許しません!」


 母の愛ゆえの激昂。

 そんな様子に、シオンも少し戸惑う。

 無論、彼女が本気で旅に出ようと思えば、肉親であろうが止めようもない。

 しかし、自らの血肉を分けて、二度目の人生を与えてくれた母にだけは仁義を通したかった。


「……シエラ、もういい」


 それまで腕を組み、静かに目を閉じていたジョナサンが低く重みのある声を響かせた。


「あなた……」

「シオンの目をよく見ろ。誰に何を言われようと、もう止められない目だ。僕は、それをよく知っている」


 ジョナサンはゆっくりと目を開き、真っ直ぐに娘を見据えた。

 そこに映っているのはかつて、冒険者を志して家を出た時の己自身の姿だった。


「……いつか、こういう時が来ると思っていたよ。僕の娘だ。昔から、ずっと村の外の世界を見ていたんだろう」


 元冒険者である父の言葉には、娘の特異性を肌で感じ取っていた者としての説得力があった。


 シオンの規格外の成長、常人離れした精神性。

 彼女はこの小さな村に収まる器でないことを、彼は誰よりも理解していた。


「自分の子だ。信じてあげよう。それに、『竜殺し』の英雄殿の側なんて、この世のどこよりも安全だろう」


 ジョナサンは全てを見透かしているようにカグラへと視線を送り、カグラもまた深く頷いて応えた。


「ジョナサン……! あなたまで……!」

「シエラ、子供の成長を喜んであげるのも親の務めだよ」


 ジョナサンは立ち上がり、シエラの方に優しく手を置いた。

 シエラは悔しそうに唇を噛み締めたが、夫の言葉に力が抜けたようにへたり込んだ。

 ジョナサンはシオンに向き直り、人差し指を一本立てた。


「ただし、条件がある」

「条件?」

「ああ。たまには顔を見せに帰って来ること。それが守れるなら、行きなさい」


 その言葉を聞いたシオンは父へと向かって、初めて深く頭を下げた。


「承知した」


 ***


 必要最低限の荷物をまとめ、シオンは家の前に出る。

 そこには、弟のアレンが見送りに立っていた。


「弟よ。家族は任せたぞ」


 姉の最後の言葉に、弟はいつものように無言で深く頷いた。

 まだ十二歳ではあるが、その精悍な顔立ちには、家族を任せるに十分な逞しさが宿っている。


 アレンの返答に、シオンは満足げに頷くと、生まれ育った家を背にして歩き出した。


 空は、これ以上にないほどの快晴。

 旅立ちに相応しい、抜けるような青空だ。


 村を出てしばらく歩くと、街道は最初の分かれ道に差し掛かった。


 シオンは立ち止まり、二つの道を交互に見比べる。

 そして、なんの迷いもない動作で右側の道を指差した。


「よし、こっちだ」


 自信満々に歩き出そうとするシオン。

 その背中に、カグラの冷静極まりない声が突き刺さる。


「シオン、王都への道は此方ですが……」


 カグラが指差したのは、シオンが選んだ道とは正反対の左側の道だった。

 太陽の位置、地図の記憶、どれを照らし合わせても左が正解である。


 だが、シオンは足を止めず、不敵に笑って振り返った。


「気にするな」

「気にするな……と言われましても、方向が真逆ですが」

「王都に赴くとは言ったが、いつ着くかまでは約束していないのだろう?」

「まあ……それはそうですが……」

「ならば、行き先などは道々に考えればいい。心配せずとも、道はいずれ交わる」


 呆れたように溜息を吐くカグラを他所に、シオンは右側の道へと堂々と歩を進めていく。

 その瞳は、ここではないどこか、そして今ではない未来をはっきりと見据えていた。

これで一章は終わりです

続けて二章を読む前に、作者のモチベーションのためにもブックマークがまだの方は是非よろしくお願いします

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