第15話:成果
森の静寂は男たちの絶叫によって破られた。
「やっちまえ! たかが一人だ!」
リーダーの号令と共に、三人の前衛が一斉にカグラへと肉薄する。
大盾を構えた重騎士、二刀流の剣士、そして長槍使い。
普段は魔物を相手取る冒険者たちだが、対人の経験がないわけではない。
過去には戦場で戦った者たちや、中には獲物を争って同業者と戦ったこともある。
今回もそれと同様。
突如として現れ、自分たちの仕事の邪魔をしてきた謎の剣士。
そんな輩に冒険者という職自体が軽んじられぬように、痛い目を見せてやる必要がある。
その過程で傷つけ、時には死に至らしめるのも仕方のないことだと考えた。
銀等級の連携は洗練されており、退路を断つ絶妙の布陣であったが――
「遅い」
カグラは短く吐き捨てると、五尺を超える大太刀『鏡花』を軽々と振り上げた。
踏み込み一閃。
轟、と空気が叫喚する。
「ぐ、がぁぁッ!?」
先頭の重騎士が、大盾ごと吹き飛ばされた。
斬撃波ではない。
カグラは刃を返し、峰で盾の表面を叩いたのだ。
だが、その威力はまさに攻城槌の如し。
鋼鉄の盾はひしゃげ、衝撃は鎧の中身へと浸透し、巨漢の意識を瞬時に刈り取った。
「なッ!? 馬鹿な! ゴルドを一撃で!?」
「怯むな! 魔法で援護しろ!」
広報から加護持ちの詠唱が響く。
数条の炎の槍に、数多の風の刃がカグラへと波濤の如く押し寄せる。
回避できる隙間など、どこにもない不可避の弾幕。
しかし、彼女は避ける素振りすら見せない。
「無天一流……『凪』」
彼女が太刀を水平に薙ぐと、見えざる風の壁は出現した。
練り上げられた『気』の奔流が、物理的な衝撃波となって襲い来る魔法を真正面から霧散させた。
「魔法を……斬った……!?」
魔術師たちが戦慄した一瞬の隙に、カグラの姿が消える。
縮地法による一瞬の接近――魔術師たちの目に、彼女の死神が如き冷酷な瞳が映る。
「眠っていろ」
柄頭による重い一撃が鳩尾に突き刺さる。
魔術師たちは悲鳴を上げる間もなく、白目を剥いて泥に沈んだ。
「くそっ……化け物め! 死ねぇッ!」
気配を消していた斥候が、背後からカグラの首筋を狙って短剣を突き出す。
完璧な死角からの攻撃。
カグラは前方の的に太刀を振るっており、防ぐ手立てはない……はずだった。
ガキンッ……と金属音が響く。
斥候の短剣は、彼女の首筋の寸前で『何か』に阻まれていた。
それは陽炎のように揺らぐ、半透明の『もう一つの腕』。
「な、なんだ……!?」
「完璧な死角からの攻撃は見事。だが、私には通じん」
振り返ったカグラの身体に、半透明の腕が重なっていく。
双重の加護――可能性の自己を現実に重ね合わせ、実体化させる神の力の一片。
かつての彼女であれば、無意識下で攻撃を防ぐなどという芸当はできなかった。
しかし、数年の時間をかけて師から武の何たるかを学び取った彼女の力は、以前のそれとは隔絶していた。
「失せろ」
横薙ぎの峰打ちで、斥候の身体を大樹に叩きつけられる。
十名を超える冒険者と対峙しても、彼女はあまりにも強すぎた。
それはもはや戦いの体を為しておらず、躾と呼ぶに相応しい程の圧倒だった。
カグラは大太刀を風車のように回転させながら戦場を踊るように駆け抜けていく。
刃は使わない。
だが、その峰打ちの一撃一撃が対象の骨を砕き、意識を容赦なく刈り取っていく。
「ひ、ひぃッ……来るな、来るなぁッ!」
最後の一人となったリーダー格の男が腰を抜かして後退りする。
彼の周りには信頼していた仲間たちの身体が屍のように折り重なっていた。
全員が銀等級以上の強者のはずが、もはや誰一人として立ち上がれる者は残っていない。
「貴様が将か。ならば、こやつらを連れてさっさと立ち去るがいい。本当に命が惜しいと思うならな。彼女は私ほど、甘くはないぞ」
やや持って回ったような口調で、カグラが男に忠告する。
それはまるで、今までのは子供の遊びで、ここからが真の戦場になるとでも言うようだった。
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
男は剣を放り出し、泥に塗れながら脱兎の如く駆け出した。
カグラはそれを追おうとはしない。
その神経は既に、迫りくる『本命』へと向けられていた。
***
森を抜け、岩肌が露出した荒野へと飛び出した男は肺が焼き切れる程の呼吸を繰り返す。
「はぁ、はぁ……くそっ! なんだあいつは! あんなのがいるなんて話が違うぞ!」
男は膝に手をつき、乱れた息を整える。
依頼主であるボルツ家の者から聞いていたのは、蔓延る魔物を駆除して欲しいという話だけだった。
それがまさか、どんな凶暴な魔物よりも恐ろしい人間がいるなんて聞いていないと憤慨する。
「ん? こんな場所、地図にあったか……?」
深呼吸で少し落ち着きを取り戻した男が周囲を見渡す。
そこは地図上には、小高い岩山があるとされている場所だった。
しかし今、彼の目の前に広がっているのは無惨に砕け散り、原型を留めぬ瓦礫の山であった。
風化や土砂崩れではない。
まるで神の鉄槌によって山そのものが粉砕されたかのような、暴力的な破壊の痕跡。
断面はまだ新しく、熱を帯びているように赤らんでいる岩もあった。
「なんだ、ここは……」
奇妙に思った男が後ずさった、その時だった。
彼の上部で、何かが破砕するような音が鳴り響いた。
直後、その足元に巨大な影が落ちる。
見上げれば、砕け散った巨岩が幾重にも分かれて、自分へと降り注いでいる光景が映った。
「あ、あぁぁぁぁぁッ!!」
男は絶叫した。
逃げる場所などない。
圧死。絶対的な死の影が彼を覆い尽くす。
しかし、予見した衝撃は訪れなかった。
「……?」
男が恐る恐る目を開ける。
そして、彼は己の目を疑った。
砂塵が舞う中、一人の少女が立っていた。
華奢な身体に亜麻色の髪の毛の、一見すればどこにでもいるような少女。
彼女は無言で天に向かって、右手を掲げていた。
ただ、それだけだ。
それだけの動作で、少女を中心に展開された不可視の力場が降り注ぐ瓦礫の山を全て弾き返していた。
数トン以上に及ぶであろう岩塊が、まるでゴム毬のように跳ね除けられる。
少女の周囲だけが、まるで物理法則から切り離された聖域と化していた。
最後の岩が弾かれ、轟音が遠ざかると少女は掲げていた手をゆっくりと下ろす。
そして、男の視線に気づくと、申し訳なさそうに眉を下げて駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい……! 人がいるとは気づかなくて……大丈夫ですか?」
少女が尻餅をついている男に優しく手を差し伸べる。
しかし、彼の目には彼女が慈悲深い天使のようには見えてなかった。
山を粉砕し、いとも容易く天災をねじ伏せる存在。
それは森の中にいた女剣士に勝るとも劣らない、得体の知れぬ『怪物』そのものであった。
「あ、あ、あ……」
男の口から泡が漏れる。
恐怖のあまり、彼の防衛本能がプツリと意識を途絶えさせた。
白目を剥いて、倒れ込む男。
「あわわ……き、気絶しちゃった……どうしよう……」
カノンはオロオロと周囲を見渡すが、どうすることもできない。
ふと、彼女は心配そうに森の方角へと視線を向けた。
「カグラさん……大丈夫かなぁ……」




