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第13話:修行

13話抜けて先に14話を更新してました……

ごめんなさい……

 シオンとカノンの邂逅より、幾ばくかの月日が流れたある日のこと。

 西の森の奥地――木々が開けた天然の修練場には、今日も少女の悲鳴が木霊していた。


「……ッ! くぅ、ぅぅぅッ……!」


 カノンが脂汗を流しながら、震える指先を前方へと突き出す。

 それは以前のように、衝動任せに暴発させるのではない。


 体内で荒れ狂う奔流が如き魔力を、精神という檻で押さえつけ、針の穴を通すような極限の集中力で練り上げる作業。

 血管の中を流れる血の一滴一滴までをも制御するような、神経をすり減らす苦行だ。

 彼女の視線の先にあるのは、十メートルほど離れた場所に鎮座する岩石だ。


「う、穿て……!」


 憧れの少女の口調を真似た、短い詠唱。

 直後、指先から指向性を持った不可視の衝撃波が放たれる。

 それは狙い違わず、標的である岩の一部を砕け散らせた。


「ほう。ようやく『加減』というものを覚え始めたか」


 腕を組み、冷徹な観察者の眼差しで見守っていたシオンが微かに口元を緩める。

 破壊することは容易い。

 赤子であっても、槌を振り回せば者は壊せる。

 真に困難なのは、その強大すぎる力を最小限に絞り、意のままに操ることだ。


「あ、ありがとう……でも、やっぱりまだ一回で……もうヘトヘトかも……」


 カノンは『シオンちゃんに褒められた』とニヤつきながら、へなへなとその場に座り込む。

 たった一度の発動で、全身の魔力回路が焼ききれそうな疲労感が彼女を襲っていた。


 本来ならば、意識は即座に闇へと沈んでいただろう。

 実際、これまでの修行の中で彼女は何度も身体的負荷により意識を失った。


 だが、今のカノンは昏倒することなく、辛うじてではあるが覚醒を維持している。

 それは(ひとえ)に、シオンより骨髄まで叩き込まれた精神的支柱――『敗北とは、己の意識を断絶させた瞬間である』という、極めて武人的な思考様式によるものであった。

 

 シオンは加護を持たず、魔力を扱うことはできない。

 故に、魔力制御の理論や術式の構築といった専門的な技術を教示しない。

 彼女がカノンに与えたのは、理不尽なまでの基礎体力の向上と絶望的な状況下でも折れぬ鋼の精神のみ。


 しかし、その原始的かつ暴力的な指導こそが、カノンという歪な大器には必要不可欠であった。

 強靭な肉体は魔力の奔流に耐えうる土台となり、研ぎ澄まされた精神は暴走する力を御する手綱となる。

 歩みは遅々としているが、彼女は確実に己の力を掌握しつつあった。


「……ん?」


 荒い呼吸を整えていたカノンは、ふと視界の端に佇む影に気付いた。


 カグラ・アマギリである。

 彼女は少し離れた大木の影から、まるで獲物を狙う猛禽の如き鋭い眼光で二人を見ていた。


 その視線には羨望、嫉妬、そして渇望が入り混じった複雑な色が宿っている。

 瞬き一つすら惜しいと言わんばかりの、飢えた獣の目だ。


「あの……シオンちゃん」

「なんだ?」

「カグラさんには何も教えてあげなくていいの? ずっとあそこで見てるけど……」


 カノンが心配そうに尋ねる。

 自分ばかりがシオンから手厚い指導を受け、カグラが放置されている現状に申し訳なさを感じていた。

 だが、シオンは興味無さそうに鼻を鳴らし、切り捨てるように言った。


「教える? 何故だ」

「えっ、だって……カグラさんも強くなりたいって……」

「あの女は勝手に弟子入りを志願し、勝手について来ているだけだ。己は了承した覚えはないし、するつもりもない。故に、手ほどきをする義理など欠片もない」


 氷のように冷たい拒絶。

 シオンはあえて声を潜めることもせず、その言葉は当然カグラの耳にも届いた。


 カグラは『くっ……!』と唇を噛み締め、膝上の拳を握りしめる。


 爪が掌に食い込み、血が滲む。

 才能の差か、あるいは素質の有無か。

 あの少女が直接の指導を得て、武の道を志して海を渡ってきた自分は歯牙にもかけられない。

 その事実に、どす黒い嫉妬が腹の底で渦巻く。


 だが、彼女はそこで腐り落ちるような柔な精神を持ち合わせてはいなかった。


 否……これこそが、師より科された己の試練だ。


 カグラは自らに言い聞かせるように、強く頷いた。

 あの孤高の修羅が、無意味な行動などするはずがない。

 言葉で教えぬということは、即ち『言葉など不要』ということ。


 師は背中で語っているのだ。


『教わるのではなく、盗め』


 その一挙手一投足、呼吸の律動、気の練り方……あらゆる生命活動から全てを吸収してみせろ。

 そして、いつか己を斬るのは貴様だと。


 それはあまりに都合の良い、狂気じみた解釈であった。

 だが、絶望の淵にいた彼女にとって、唯一掴める蜘蛛の糸であり、光明であった。


 ならばやってやろうではないか。

 寝食を忘れ、四六時中張り付き、その理合いを骨の髄にまで焼き付けてやろう。


 その日からカグラの執念に満ちた『観察』が始まった。

 来る日も来る日も、雨の日も風の日も、彼女はその瞳にシオンの全てを焼き付け続けた。


 修行とは名ばかりの、一方的な蹂躙。

 シオンの指導に慈悲はない。


「遅い。其れでは死ぬぞ」


 冷徹な先刻と共に放たれる蹴りは、手加減を感じさせる鋭さでカノンの首を刈りにいく。


 風圧だけで肌が裂けそうな一撃。

 カノンは泥土を這いずり回り、胃液を吐き戻し、それでも必死に力を放って食らいつく。


「その力だけに頼るな。魔力が尽きれば只の肉塊になる気か。走れ。心臓が破れるまで走れ」


 理不尽なまでの叱咤。

 だが、その極限状態こそがカノンの潜在能力をこじ開けていく。


 その凄惨な光景を、木陰のカグラは瞬きもせずに凝視していた。

 見るべきは現実の世界に映し出された写像ではない。

 その一つ上の層にある、シオンという存在を構成する『理』だ。


 カグラは網膜に焼き付く程に師を見つめ、その動きを脳内で反復し、自らの肉体に刻み込んでいく。

 拒絶されて尚、彼女は学び、強くなっていった。

 三人での奇妙で過酷な修練の日々は続き……そして――。


 光陰矢の如し。

 季節は幾度も巡り、瞬く間に五年の歳月が流れた。

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