第11話:遺跡
石造りの扉をくぐった先には、カビと埃、そして濃密な死の気配が漂う長い廊下が続いていた。
「な、なんか気味悪いよぉ……」
薄暗闇に、カノンが情けない声を上げる。
遺跡の壁材が微かに発光しているおかげで完全なる暗闇ではないが、それが逆に不気味さを増幅させていた。
カノンはシオンの服の裾を掴み、及び腰で進んでいく。
一方のシオンは、恐怖など微塵も感じていない様子で、堂々と歩を進めていた。
彼女の研ぎ澄まされた気を読む感覚においては、昼も夜も見えるものに大差はなかった。
そうしてしばらく廊下を歩き続けたところで、シオンがピタッと足を止めた。
「ど、どうかしたの……?」
「何かいるな」
シオンがぼそっと漏らすと、回廊の奥から硬質な何かが触れ合うような音が響いてきた。
『ギギギ……ガガガ……』
油を刺し忘れた古い機械な音と共に、暗闇の中に赤い光点が浮かび上がる。
「ひいっ!? な、なにかいる!」
「ほう……生命特有の気配がほとんどない。奇妙な生物だ」
その不協和音に怯えるカノンと、興味深そうに見据えるシオン。
燐光に照らされて、二人の前に姿を現したのは苔むした岩石と金属で構成された機械人形。
二メートル程の大きな身体をぎこちなく動かし、侵入者を排除せんと迫りくる。
「いざッ!」
シオンは立ち止まりもせず、逆に自ら機械人形へと突貫する。
そして、すれ違いざまに正拳の一撃を見舞った。
炸裂音が鳴り、機械人形を構成していた物質が一帯に飛散する。
「他愛ない。見掛け倒しか……」
一撃で粉砕されてしまった敵に、シオンが落胆したように言う。
隣ではカノンが、『流石シオンちゃん……!』というような憧憬の表情を浮かべている。
とりあえず、彼女に付いていれば大丈夫そうだ……という安堵は、一瞬で崩れ去った。
砕け散った破片の中にある赤い球体が、不気味な光を放つ。
『ギギギ……ガガガガガッ!!』
直後、床に散らばった瓦礫が、まるで磁石に吸い寄せられるように不気味な音を立てて集まり始めた。
それだけではない。
周囲の壁や床の石材までもが剥がれ、球体のもとへと集まっていく。
「お、起き上がった!? それに、さっきよりもおっきくない!?」
カノンの叫び声が遺跡に木霊する。
瞬く間に再生した機械人形は、先程よりも一回り大きく、歪な姿となって再び二人の前に立ちはだかった。
「ほう……復活するのか。面白い。どういう仕掛けだ?」
シオンは丈夫な玩具を見つけた子供のように笑い、再び拳を握る。
再生した機械人形が、彼女へと目掛けて巨大な腕を振り下ろす。
彼女はその巨腕をカウンター気味に、再び拳で砕いた。
通常の生物ならばそれでも戦闘不能に陥るが、機械人形は一顧だにしない。
中心部の赤い球体が再び光り、また破片が集まって更に大きな右手が形成される。
「なるほど、壊れ、組み上げる度により強くなっていくというわけか……」
ますます関心を深めるシオンに、機械人形が巨腕を向ける。
気の流れが先端に集中し、そこから僅かな反動と共に光弾が発せられた。
不意打ち気味のそれを紙一重で躱し、シオンは懐へと潜り込む。
そして、胴体へと強烈な突きを放った。
ドォンッ!!
再び、胴体が吹き飛ぶ。
だが、その刹那、彼女の観察眼が敵のある一点を捉えた。
砕け散る瓦礫の中、胸部中央に埋め込まれていた赤い宝石のような球体。
それが発光した瞬間、周囲の破片がそれに向かって集まりだしていた。
「なるほど、そういう仕掛けか」
シオンは敵の再生よりも早く、貫手でその球体を両断した。
核を失った機械人形が、その場でガラガラと瓦解していく。
「仕掛けが分かれば、造作もないな」
シオンが半分になった核を片手で握り潰す。
砂状になった破片が、パラパラと石造りの地面に落ちる。
「こ、これ……もう動かないの……?」
「うむ。微かにあった気の流れも完全に消えている。もう動かぬだろう」
「へぇ~……あれ? なんだろう、これ……何か書いてあるけど、学校で習ってる文字と違うな……」
カノンが崩れ落ちた破片を指先で突きながら、それを観察する。
文字らしき文様が刻まれているが、彼女らが普段目にする文字とは全く違っている。
「読めるのか?」
「ううん……読めないけど……どこかで見たことがあるような気もするような……」
首を傾げて必死に思い出そうとするカノンを置いて、シオンはすぐ興味を失ったように歩き出した。
「あっ、シオンちゃん! 待ってよぉ!」
カノンが慌てて追いかけると、回廊の奥から再び、あの不快な駆動音が響いてきた。
暗闇の奥で、赤い光点が不気味に光る。
「また同じ奴か。仕掛けがわかっていれば、もう特段の面白みも……いや、良いことを閃いた」
シオンがそう言ったのと同時に、カノンは彼女の頭上に光が瞬いたのを幻視した。
機械人形が、シオンへと襲いかかる。
先程と同じように彼女はそれを易易と回避し、反撃を行う。
鋭い拳が機械人形の右腕を砕き、やはり同じように再生されていく。
「シオンちゃん! あの身体の赤い玉を壊さないと!」
「いや、これでいい」
「こ、これでいいって……でも、それだとまたくっついちゃうだけじゃ……」
困惑するカノンの前で、シオンは同じことを何度も繰り返していく。
敵の身体の一部を砕き、それを敢えて、更に強靭な身体へと再生させていく。
そうして繰り返している内に、周囲の遺跡だった構造物は徐々に姿を消し、地中の土が露出してきた。
ここでようやくカノンは、シオンの思惑に気がついた。
無限に再生し、その度に強靭になっていく機械生物。
彼女は敢えてその限界を追求し、自らを脅かす可能性のある敵を作り上げようとしていた。
その飽くなき『武』への求道心に、カノンは心から歓心するが――
「でも……流石にこれはちょっと……」
遺跡の全てを取り込んだ機械人形が、ゆっくりと立ち上がる。
その巨体は地下の天井を貫き、崩落させ、上体は地表面へと露出した。
森の木漏れ日が、地中深くにいる二人たちのところへと降り注ぐ。
「大きすぎない!?」
カノンの叫びが、地中深くから地表面の森へと響き渡る。
数百回にも及ぶ再生を繰り返した機械人形の全長は、優に三十メートルを超えていた。
「流石にこれが限度か! だが、この巨体は過去にも類を見ぬ! 唆る! 昂る!」
巨体を見上げながらシオンは、興奮したように声を張り上げる。
二度の人生においてもこれだけに巨大な相手と戦う機会はそうなかった。
唯一、『せんかん』なる更に巨大な敵と戦ったことはあるが、あれは意思を持った一つの生体ではなかった。
「いざっ! 尋常に!」
シオンが構えると、質量にして何千倍にも及ぶ巨腕が振り下ろされる。
彼女はそれを横移動で避けると、腕を階段のようにして巨体を駆け上がっていく。
地表を超える、大跳躍。
空中に浮かんだシオンを、巨大機械人形の不気味な赤い光が捉える。
巨体を構造する全身の魔力が、一点へと収斂していく。
「来いッ!」
その掛け声に合わせたように、極太の光線が天へと向かって発射された。
シオンは全身を槍と化したような飛び蹴りで、それを迎え撃つ。
両者が宙空で交錯し……
――ドガアァァァァン!!
……と、凄まじい音を立てて、核を撃ち抜かれた巨大機械人形が膝から崩れ落ちた。
巨体がバラバラの破片になり、地下空間へと降り注ぐ中でシオンは、空中を三回転して音もなく着地する。
「ふむ……巨体になったとはいえ、元の素材は変わらぬならば硬さは同等……少々、期待しすぎたか」
酷く落胆した表情で、肩を落とすシオン。
二度目の人生においても未だ、自分の『武』に比肩する者は現れない。
孤高故の、孤独。
その背中に憧れと同時に、今の自分では癒せない寂しさをカノンが感じた直後だった。
彼女は瓦礫の中で、赤い球体が不気味に煌めくのを見た。
危ない、と叫ぶよりも早く身体が動いた。
両手を前方に突き出し、意識を集中させる。
自分自身と、世界の根源を接続するような感覚。
直後、その両手から不可視の力の奔流が指向性を持って放たれた。
シオンの身体を僅かに掠め、瓦礫の山を更に粉々の破片へと変貌させる。
「で、できちゃった……」
肩で大きく息を呼吸しながら、突き出した両手を見つめるカノン。
その表情は徐々に、驚愕から喜びへと変わっていく。
しかし、それを呆然と眺めているシオンの所感は全く違っていた。
それは弟子の成長などという生ぬるいものではない。
今の一撃。
もし己の方へと撃たれていれば、万が一があったかもしれない。
生まれて初めて感じた『死の予感』に、シオンの身体がゾクっと震える。
誰も届かぬ最強を目指しているにも拘らず、自分を殺し得る力にこそ高揚を覚える矛盾。
この今は脆弱な少女が、いずれ自分の孤独を埋める存在になるのかもしれないと。
しかし、その直後……。
「や、やっ……たぁ……」
カノンの身体が、プツン……と糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
自身の内に秘めたる力を、初めて意識的に使用したことによる魔力切れ。
粉々になった機械人形と同様に、彼女は地面に倒れたまま、ピクリとも動かなくなった。
呼吸はしている。死んではいない。
だが、目覚めるには今しばらくの時間を要しそうだった。
シオンはそんな彼女を見下ろし、何度も何度も逡巡するような様子を見せて……
「……今回だけだ」
……と忌々しげに呟くと、その弛緩した身体を背負い、村へと帰った。




