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74. 下準備

エスベルロの問いに、イヒョンは柔らかな微笑みを浮かべて答えた。


「素晴らしい師匠に出会えたおかげですよ。それに、エフェリアを放浪しながら、命を落とす人々を見て得た悟りも少なくありません。」


エスベルロは机の上に置かれた薬瓶を一つ一つじっくりと観察しながら、低い声でささやくように呟いた。


「薬で人を救うというのは実に高貴な行為ですが、神殿の目にはあなたがそれほど歓迎されない存在に映るでしょうね。」


「そうでしょうか?」


「戦争が勃発する前の古い話ですが、あの頃なら異端の烙印を押されていた行動ですよ。」


イヒョンは変わらぬ穏やかさで応じた。


「しかし、命が危うい瞬間、彼らにとっては神殿の儀式より、この薬の方が切実な救いになることが多いのです。」


事務所の中はしばらく静寂に包まれた。


エスベルロは机の上の小さな薬瓶を指先で軽く撫でながら、深いため息をついた。


彼の眼差しには長い悩みが込められているように見えた。


「イヒョンさん。」


彼は落ち着いたトーンで口を開いた。


「あなたもこの街を隅々まで見て回ったのでしょうね。」


イヒョンは軽く頭を下げて肯定した。


「ええ。ギルドを訪ね、市場も歩いてみました。鍵をかけて閉まった店が特に目につきましたよ。」


エスベルロは口元に苦笑を浮かべて答えた。


「その通りです。市場はすでに活気を失いつつあります。二つの商会がお互いを縛りつけているのですから……こんな事態になると、短くて数週間、長ければ数ヶ月間、埠頭に船が停泊していても荷物を下ろせず、品物は腐っていき、人々は飢えに耐えながらかろうじて命を繋ぐだけですよ。」


彼は一瞬、視線を遠くの窓辺に向けた。


ガラス越しに広がる埠頭と貿易船の姿が、彼の瞳にそのまま映っていた。


「貧しい者たちは……いつも崖っぷちにぶら下がって生きているのです。」


エスベルロの語り口は落ち着いていたが、指で机を軽く叩く音がその内の不安を露わにしていた。


「貧困が人を追い詰めると、小さなパン一つに涙を流して歓喜し、その一つを得るために盗みに手を染め、果ては命を奪うことさえあります。子供たちは飢えに苦しみ、病にかかっても神殿の祝福は費用が足りず受けられないのですよ。」


イヒョンはエスベルロの言葉に視線を落とした。


彼自身も村を駆け巡りながら目撃した場面が、ふとよぎった。


豊かさの影に立つ者たち。道端に座り込んで手を差し出す子供たち、安いパン一つを巡って争う群れ、神殿の門前で長い待ち時間の果てに疲れ果てて倒れる病者たち……


「だから、団長は必需物資を安価で放出するべきだとお考えなのですね?」


エスベルロはゆっくりと頷いた。


「誰かが必ず立ち上がらなければならない使命です。貴族たちは貿易で財産を増やし、神殿は祝福の対価で利益を得る。でも、飢えと貧困に喘ぐ者たちはいつも無視されているのですよ。」


彼の鋭い眉はこの瞬間だけ、ひときわ穏やかに見えた。


「ルカエルは私を裏切り者だと追い詰めますが、私は師匠の遺志を一度も裏切ったことはありません。」


イヒョンは彼をしばらく見つめた後、静かに尋ねた。


「その遺志とは、どんなものなのですか?」


エスベルロは背筋を伸ばし、机に置いた手を軽く握りしめた。


「『商売とは金を集めることではなく、人々の命を守ることだ。』師匠が生涯口にしていた教えです。」


イヒョンの唇の端に、淡い笑みが浮かんだ。


「実に深い洞察ですね。」


「しかし……」


エスベルロは軽いため息を吐いた。


「その教えに従うなら、この街を根底から立て直さなければならないかもしれません。」


二人の間に染み込んだ空気が、再び重い沈黙に染まった。


窓の外から忍び込む風が、木製の窓を軽く囁くように揺らしていた。


イヒョンは柔らかな微笑みを浮かべて、エスベルロを見つめた。


「それでは、エスベルロ団長、私と一緒にやってみませんか?」


エスベルロの視線が一瞬、鋭く閃いた。


「それはどういう意味ですか?」


イヒョンはゆっくりと息を整え、言葉を続けた。


「人々を救い、この街に失われた活気を取り戻す方法を探しましょう、という意味です。」


イヒョンは静かにテーブルの上の茶碗を置き、視線をエスベルロに固定した。


窓越しに差し込む陽光が、事務所の壁に淡い灰色の陰影を刻んでいた。


エスベルロはその陰影の中に半ば埋もれた顔で、顎を支えて座っていた。


「この街の病弊は大きく二つです。」


イヒョンが低い声で口を開いた。


エスベルロは黙って彼の言葉に耳を傾けた。フルベラの住民なら誰でもその問題点を熟知していながら、口に出せないだけだった。


「一つ目は、ルカエル商会とエスベルロ商会がお互いを縛りつけ、街全体が息苦しくなっている事態。二つ目は、その混乱に乗じてニルバスが私利私欲を満たす行為。」


その言葉に、エスベルロの眉間がわずかに歪んだ。もちろん彼も詳細に知っている事実だったが、外来者の口から自分の商会と街の暗い面が漏れ出るのは、決して心地よいことではなかった。


彼は机の上で指を組み、顎を支えた。


「私もよく知っています。知らないはずがありませんよ。」


エスベルロは乾いた唇を軽く舐め、言葉を続けた。


「しかしルカエルは私を裏切り者だと烙印を押したんです。師匠が世を去ったあの日、何の証拠もなく私を……」


彼は視線をテーブルの上の焦点のない一点に固定し、しばらく呼吸を整えた後、乾いた笑いを漏らした。あの日の記憶がルカエルに劣らず、彼にも深い傷として刻まれているのは明らかだった。


「師匠にお出ししたお茶を私が持って行ったという理由で。そしてその誤解を解く機会さえ与えなかったのです。」


「……なぜ弁明しなかったのですか?」


イヒョンが即座に尋ねた。


「ふふふ。」


エスベルロは寂しく虚脱した笑みを浮かべた。


「ただの言葉幾つかで解ける相手だったら、そもそもそんな悲劇は起きなかったでしょう。」


イヒョンは体を前に傾け、エスベルロの目を直視した。


「団長、まだ機会はあります。」


エスベルロは鋭い視線で彼を見返した。


「機会とは?」


「団長が真実に向き合い、この難局を切り抜ける決意をお持ちなら、十分に可能です。」


イヒョンははっきりとした口調で言った。


「私がお手伝いします。団長は貧しい人々を救いたいとおっしゃいましたね。それなら、今こそその第一歩が何かを悟り、動き出さなければなりません。」


エスベルロの指がテーブルの上を叩いていたリズムを止めた。


「ふむ……今になってわかったよ。薬剤は私に会うための口実だったんですね。ははは……助ける? あなたに何ができるんですか?」


「オルディン様の死に隠された真相を明らかにし、その事実をルカエル、いやフルベラのすべての市民が知るようにします。」


イヒョンは落ち着いた眼差しで言葉を続けた。


「二つの商会が手を組まなければ、フルベラは互いの首を絞め合いながら、徐々に衰退するだけです。」


エスベルロの瞳に一瞬の光が閃いた。


「ルカエルは私の言葉など聞くはずがない。」


「聞いてくれます。」


イヒョンは断固として応じた。


「今、ルカエルはオルディン様が殺害されたという勘違いで、心が歪んでいる状態に見えます。」


事務所の中に、重い息遣いが染み込んだ。


「しかしルカエルは、師匠に対する純粋な敬慕の念をまだ保っています。もちろん私もオルディン様のお話を聞き、その偉大さを認めざるを得ませんでした。彼も師匠の死に関する否定できない事実を前にすれば、必ず変わるはずです。そしてオルディン様の娘のカエラも同じでしょう。」


しばらくして、エスベルロは椅子の背もたれに体を預け、長く息を吐き出した。


「……あなたは真実をすでに察しているような口ぶりですね。」


イヒョンは呼吸を整え、答えた。


「ある程度推測はつきます。しかし頭の中だけに留まっていたら、他者を説得できません。証拠がもっと必要です。」


エスベルロは顎を支え、深い思索に沈んだようだった。短いが圧倒的な沈黙が部屋を満たしていた。


その沈黙が続く間、エスベルロは依然として答えを先送りにしていた。


「それでも真実に向き合わなければなりません。このような混乱は、オルディン様がお望みだった姿では決してないはずですから。」


エスベルロの口元がわずかに歪んだ。


「……難しいことですね。師匠がお亡くなりになった後、私は濡れ衣を着せられ、死刑寸前まで追い込まれました。幸い一緒に働いていた仲間たちが立ち上がって弁護してくれ、そのおかげで新しい道を歩むことになったんです。だから私は自分なりの方法でフルベラの市民たちを助けようと決心したのです。今はルカエルと対立していますが、彼に立ち向かえるほどの基盤を築きましたよ。」


イヒョンは黙って彼の話を聞いていた。


「もちろん真実は重要です。過去を正し、和解を成し遂げるのは理想的です。でも失敗したら? 今まで血と汗を流して築いてきた……夢への土台がすべて崩れてしまうのではないか、それが怖いんです。」


イヒョンはゆっくりと微笑んだ。


「計画があります。」


エスベルロは不安げな様子でイヒョンの目を覗き込んだ。


「どんな計画なのか、聞かせていただけますか? 私一人では想像すら難しいことなので……」


------


ベルティモは椅子の背もたれに体を預け、低い声で尋ねた。


「いいよ。大まかには把握した。でも……具体的にどうするつもりだ? 詳細な計画は?」


イヒョンは呼吸を整え、ベルティモの視線を正面から受け止めた。


「まず一つ目に、先ほどお話しした通り、オルディン様の死に絡んだ誤解を解かなければなりません。それがルカエルとエスベルロがお互いを憎み合い、食いちぎり合うのを終わらせる唯一の鍵です。」


「はあ……」


ベルティモは口元に苦笑を掠めさせながら首を振った。


彼が笑うたびに顔に刻まれた傷跡が、灯火の炎の下で影のように踊った。まるで忘れられた戦場の残響のように、その傷は彼の過去を囁いているようだった。


「それが口だけで済むことか? あいつらは自分の信念に命を賭ける奴らだぜ。お互いを引き裂けないで苛立ってる状態だ。」


イヒョンは頷いて同意した。


「わかっています。だから情報が必要です。あなたが護衛隊長を務めていた頃に知った記録、証言、手がかり……些細なものでもいいので教えてください。レンから聞いたところによると、会議の最中にオルディン様が突然倒れられたそうですね。」


「私の記憶が正しければ、エスベルロが持ってきたお茶を師匠に差し上げ、オルディン様がそれを飲んだ直後に亡くなられたよ。その後、ルカエルはエスベルロを毒殺者だと追い詰めた。」


「毒殺ではないでしょう。師匠とそれほど親しい間柄だったなら、わざわざ会議中に危険を冒して毒を入れる理由がないんです。」


「俺もそう思うよ。でも真実を知る方法がないからな。」


「私の推測は少し違います。オルディン様はご高齢で、すでに健康が衰えていた可能性があると聞きました。ただ、普段は徹底した自己管理で周囲に悟らせなかっただけ……だからこそ、そのお二人に直接会ってみなければなりません。」


ベルティモは指を組んで顎を支え、しばらく考えに沈んだように目を伏せた。部屋の空気が彼の沈黙のように重くなった。


「もしルカエルに会うつもりなら、金の匂いがするものを携えていけよ。それなら門が開くかもな。あいつは特に金の匂いに敏感だからな。主に高価な商品や珍しい品物を取引してるんだ。」


「金の匂いがするものか……」


「それで……」


ベルティモが言葉を少し切って、眉を吊り上げた。


「俺がまだ気になってるのはもっとあるよ。よし、あいつらに会ったとするよ。その次は?」


「商人連合体を構成するんです。」


「……商人……なんだって?」


「私がいた世界には『ハンザ同盟』という巨大な貿易連盟がありました。最初は都市間の貿易を守るための緩やかな結びつきだったんです。でも時が経つにつれ規模が膨らみ、同盟内で強大な貿易ギルドが生まれ、商隊を守る軍隊と情報を集める組織まで備えるようになったんです。」


横で聞いていたベルティモの部下の一人が鼻で笑った。彼の顔には不信が満ちていた。


「そんな夢物語が現実で可能かよ?」


しかしイヒョンは気にせず、落ち着いて言葉を続けた。


「重要なのは、そこでは軍隊と警備を統括する立場が、最も強力な武装勢力や傭兵団出身者に与えられたという点です。商隊たちが彼に護衛と保安を任せたから、その位置は商隊たち以上に大きな信頼と影響力を発揮したんですよ。」


ベルティモは指でテーブルを軽く叩きながら、呆れたように笑いを漏らした。その音は部屋の緊張感をさらに煽るようだった。


「ふん。俺にその役割を任せろってことか?」


「その通りです。」


イヒョンは力強く答えた。


「今、ルカエルとエスベルロが力を合わせたら、この街はオルディン商会の全盛期よりさらに繁栄するでしょう。そしてその連合の武力と情報網は、あなたが率いるんですよ。」


一瞬、部屋の空気が微妙にひっくり返った。


イヒョンの突拍子もない提案に、部下たちもざわめきを止め、息を潜めた。まるで嵐の前の静けさのように、空気がぴんと張りつめた。


「聞こえは魅力的だな。でも甘い実ばかりじゃねえだろ?」


ベルティモは肩をすくめて皮肉った。


「あいつらが本気で和解すると思うか? しかも俺みたいな奴に武力と情報の鍵を渡すかよ? ニルバス那个奴が『ほら、軍隊があるから好きに使えよ』なんて譲ると思うか。」


イヒョンは微笑みながら、拳を軽く握りしめた。


「まさにそこに、あなただけが成し遂げられ、そして必ず果たさなければならない役割があるんです。」




読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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