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63. シャフラン

セイラとエダンは息を潜め、イヒョンの顔をじっと見つめていた。空気中に漂う重い沈黙が、彼らの胸を圧しつぶすようだった。


「まずは赤ちゃんは無事に生まれたけど、産婦は……」


イヒョンが深いため息をつきながら言葉を続けた。彼の声には疲労と緊張感が染み込んでいた。


「状態が深刻です。出血がなかなか止まらないんです。まだ解決しなければならない問題が山積みですよ。安心できる隙がないんです。」


エダンは妻の手を強く握りしめ、無言で頭を垂れた。彼の指先から伝わる切迫感が、愛する人を守ろうとする切実な意志を露わにしていた。


イヒョンは床に置かれた古い木の椅子を拾い上げ、血痕がにじんだシーツのそばにどっかりと腰を下ろした。


「セイラ、点滴を準備して。血圧が急激に下がってる。」


「わかりました!」


セイラは素早くバッグを開け、点滴のボトルを取り出した。


イヒョンの手つきは熟練した動きで、産婦の腕に針を優しく刺し入れた。


そして再び彼女の下腹部を慎重に触診した。


「子宮が収縮してない。」


彼の手の下で、布を濡らす鮮紅色の血が再び染み出た。


血は依然として布を濡らし続け、流れ出ていた。このままでは彼女の命綱がすぐに切れてしまうだろう。


「くそっ……」


エダンが喉が詰まったように呟いた。


彼は生まれたばかりの赤ちゃんを慎重に抱き上げ、血にまみれた妻の体にぴったりと寄り添った。涙で汚れた彼の顔が彼女の耳元に触れるほど近づいた。そして囁いた、まるで永遠の誓いを刻むように。


「アン……覚えてる? 私たちが一緒に星を見に行ったあの夜……でも僕には星なんて見えなかったよ。僕の視界には君だけだった。君はあのすべての星たちよりずっと眩しく輝いていた。僕の人生で最高の瞬間だったよ……」


彼の声は沈んだ波のように柔らかく続き、その囁きは神聖な祈りのように果てしなく流れ出た。


「愛してる、アン。私たちの赤ちゃんのために、僕のために……耐えてくれ。お願い……」


ちょうどその瞬間、産婦のまぶたが微かに震えた。


「反応が……!」


セイラが息を荒げて叫んだ。


しかしイヒョンはゆっくりと首を振った。彼の眼差しは依然として冷静さを失っていなかった。


「意識が戻ろうとする兆しが見えるけど、この出血が続くとすぐにショック状態に陥るよ。時間が迫ってる。」


彼はセイラをまっすぐ見つめ、指示した。


「赤ちゃんをお母さんの胸の上に置いて。急いで。」


「え?」


「今、乳を吸わせるんだ。オキシトシンの分泌を刺激すれば子宮が収縮するかもしれない。私たちが今すぐ試せる唯一の手段だよ。」


セイラはエダンから赤ちゃんを受け取り、彼女の胸にそっと置いた。赤ちゃんは少し躊躇した後、本能の導きに従って口をすぼめ、母親の乳を探し出し、少し後その小さくか弱い唇が母親の乳首をくわえた。


エダンの頰を涙がぽろぽろと流れ落ちた。


その瞬間、イヒョンの指先に子宮の感触が微妙に変わった。そして少しずつ、ゆっくりと血の流れが収まり始めていた。


「よし、少し変化が感じられる。」


流れ出ていた血が少しずつ減り始めていた。イヒョンの胸のうちに希望の炎が燃え上がり始めた。しかし、子宮の収縮が弱まれば、いつでも出血が再開する可能性があった。


より確実な対策が必要だった。


『考えろ。考え……』


イヒョンは女性の下腹部を強く押さえ、頭の中を必死に探り始めた。まるで嵐の中で灯りを探す旅人のように、切羽詰まった心で記憶の倉庫を隅々まで探った。


ふと、遠い昔の本で目にした一節が稲妻のように閃いた。


「サフラン!」


『おそらく……カノン……偉大なアラブの賢者、イブン・シーナー。』


『そうだ、サフランだった。』


彼は目をぎゅっと閉じ、本棚に刻まれた言葉を思い浮かべた。


『子宮収縮に優れた効能がある。ただし過剰な量は肝臓に負担をかけるかもしれない。ここで手に入るだろうか? 用量が鍵だが……仕方ない。これに全てを賭けてみるしかない。』


淡い光のように希望が染み入ると、イヒョンの瞳に鋭い光が浮かび上がった。まるで闇の中で星を発見した探検家のそれのように。


『レンがこの辺りの全ての薬草を細かく記していたはずだ。きっとあるはずだ。』


彼は体をくるりと回し、セイラを呼んだ。


「セイラ、宿所に走って行って、俺の机の上に置いてある手帳を全部持ってきて。急げ。」


「ルーメンティア様がいつも広げて見ていたあれですか? わかりました。」


セイラはドアを勢いよく開け放ち、風のように消えた。


イヒョンは再び女性の状態を細かく観察しながら、独り言のように呟いた。


「直接使ったことはないけど、レンさんの記録を信じてみるしかない。」


アンのまぶたが微かに震えた。


「エ……ダン……?」


エダンの瞳孔が一瞬広がった。


「アン! アン! 私たちの赤ちゃんは無事だよ。お前の胸に抱かれてる……ああ、神よ。」


赤ちゃんは母親の胸に心地よく抱かれていたが、彼女はその事実を認識していないようだった。


それほど意識が朦朧としており、命の炎が危うい証拠だった。


少し後、息を切らしながらセイラがバッグを抱えて戻ってきた。


「ル……ルーメンティア、ここです。」


イヒョンは急いでバッグを開け、手帳をめくり始めた。


ページをめくる彼の視線が、サフランの花の細やかな絵に止まった。


その下に記された説明が、彼が思い浮かべたサフランの効能とぴったり一致した。


イヒョンは手帳を広げ、エダンの鼻先に突きつけた。


「この薬草を見たことあるか?」


エダンは手帳をじっくりと見つめた。


「これは……サフランですね。」


「これを手に入れられるか? 子宮を締めつける力を持つ薬草だ。この出血が止まらなければ……今夜を越すのは難しいよ。」


手帳を受け取ったエダンの顔色が青ざめた。彼は首を横に振った。


「こ···これは···サフランは貴族たちの贅沢な香辛料ですよ。10グレインで50デントもするんです。市場が悪い時は100デントを超えることもざらです。それは···私が夢にも思えない金額です。」


「わかっています。高価なものですね。」


「ですが今、私たちに残された選択肢はこれだけです。」


エダンは喉をぐっと飲み込んだ。


彼の視線がアンの血の気のない顔と、乳を吸っている赤ちゃんに移った。


エダンは濡れた髪でぐしゃぐしゃになった妻の額を優しく撫でながら、絶望に染まった声で口を開いた。


「ご覧の通り、家に金になるものはもうほとんどありません。ほとんど売り払ってしまったんです。」


彼の目尻が再び赤く染まった。


イヒョンは落ち着いた口調で言った。


「運が良ければ、今ゆっくりと止まりかけている血が完全に止まるかもしれません。でもそうでなければ、これ以上の機会を期待できません。躊躇する余裕はもうほとんど底をつきました。」


エダンの瞳が焦点を失い、彷徨った。


部屋の中には、赤ちゃんが乳を吸う小さな平和な音だけが響いていた。


エダンは唇を強く噛み、妻と赤ちゃんを交互に見つめた。


少し後、彼はゆっくりと体を起こした。まるで運命の閾を越える決意をした戦士のように、ドアを激しく開けて飛び出していった。


ドン! ドアが閉まる轟音が男の背後に響いた。


その光景を見守っていたイヒョンは、緊張で固くなったセイラを見て口を開いた。


「何か方法を思いついたみたいだな···私たちは私たちの役目を果たそう。市場に行ってワイン、生姜、シナモン、そして蜂蜜を買ってきてくれ。薬を調合するのに必要な材料だよ。」


「その手帳も見せてください。私が手伝います。」


体が少し硬直していたセイラは、薬を作るという言葉に我に返り、素早く市場に向かった。


________________________________________


昼食がとっくに過ぎた午後頃。


-ガタン!-


ドアが乱暴に開く音に、イヒョンとセイラの視線が一斉にドアの方に向かった。まるで嵐が閾を越えるような勢いだった。


ドア口に立った男は、汗まみれに土埃が絡まったエダンだった。


彼の手には小さなガラス瓶が一つ握られており、その中に薄く赤い光を帯びたサフランが入っていた。


「これです。」


彼は息を荒げながらガラス瓶をイヒョンに差し出した。イヒョンは近づいて瓶を受け取り、色と香りを細かく確認した後、頷いた。


「いいですね。すぐに始めましょう。」


イヒョンはガラスの器に良く熟成された赤ワインを注ぎ入れ、細かく刻んだ生姜とシナモンの皮を加えた後、サフランを入れた。


強烈な香りが一瞬で部屋を満たした。まるで秋風に運ばれてきた異国的な花の香りのように、甘美で刺激的だった。


ある程度煮詰まって濃くなった赤い液体に蜂蜜が染み込むと、甘くほろ苦い気配が立ち上った。それは古代の錬金術師が作り出した秘密めいたエリクサーのように見えた。


イヒョンは薬草を煎じた液を冷たい水で冷やした後、慎重に布で濾して精製し、再びガラス瓶に移し替えた。


イヒョンは、その瓶をエダンに手渡した。


「これを一日三回、二スプーンずつ飲ませてください。ゆっくり、慎重に。」


アンは幸いにも意識を少し回復した状態だった。薬を飲み込めるくらいの気力が戻ってきたようだった。


「効果がちゃんと出るか見守らなければなりません。まだ安心できませんよ。」


イヒョンは点滴をもう一度確認し、アンの血圧と脈拍を細かく観察した。彼の手つきは熟練した外科医らしく、柔らかく正確だった。


ちょうどその時、赤ちゃんの泣き声が細く漏れ出た。まるで夜明けの霧の中で咲く最初の鳥のさえずりのように。


アンの傍らに抱かれていた赤ちゃんの小さな手が、柔らかく蠢きながら姿を現した。


「アン……私たちの子だよ。」


エダンは慎重に赤ちゃんを抱き上げた。彼の眼差しには無限の愛情と畏敬が宿っていた。


小さく握りしめた拳、オムオムと動く唇。


アンは赤ちゃんを見つめ、かすかな微笑みを浮かべた。その微笑みは、黄昏の光の中で咲くバラのように美しかった。


「男の子ね。」


「そうだ……健康そうに見えるよ。瞳は君にそっくりだ。あの深い湖のような眼差し。」


エダンは赤ちゃんを抱いたまま、しばらく視線を離せずにいたが、再びアンの胸に下ろした。


アンは赤ちゃんを温かく包み込んだ。彼女の腕は、母の本能が刻まれた揺りかごのように安定していた。


しばらく沈黙が流れた後、彼女が微笑みを湛えながら囁くように言った。


「この子の名前は『サルエル』はどう? 神の救済という意味よ。私たちに下された奇跡のように。」


「サルエル……?」


エダンがその名前を繰り返し呟いた。彼の声には感激が染み込んでいた。


「そうだ……この子は本当に神の救済だ。私たちを守ってくれた光の筋だよ。」


しばらく言葉を失っていたエダンは、穏やかな赤ちゃんの顔をもう一度眺め、イヒョンに視線を向けた。


「ルーメンティア、これすべてがあなたのおかげです。永遠に忘れませんよ。」


いつの間にか窓の外に夕焼けが染まっていた。空が炎のように燃えるその光景は、新たな生命の誕生を祝福するようだった。


アンに一晩必要な点滴と薬を用意したイヒョンと、彼についてきたイアンは宿所に戻ることにした。セイラはエダンとアンの家に残り、一晩彼女を見守る決心をした。


心の中ではイヒョンが直接残りたいと思っていたが、エダンの家が狭すぎて点滴と薬をきちんと扱いにくかったからだ。


「セイラ、頼むよ。君がいるから安心だ。」


「心配しないでください、ルーメンティア。今の私も結構できるようになりましたよ。ルーメンティアに教えていただいた通りにやってみます。」


最初は患者の状態を記録しながらどうしたらいいかわからず戸惑っていたセイラは、今ではイヒョンの頼もしい助手であり弟子となっていた。彼女の眼差しには自信が輝いていた。


「ありがとう。必要な物を持って明日また来るよ。」


イヒョンの姿が遠ざかるまで何度も頭を下げて感謝の言葉を述べるエダンを背に、イヒョンはイアンと共に宿所に向かった。


窓の外で消えゆく陽光が部屋を赤く染めていた。その光は、希望の余韻のように温かく染み込んでいた。


宿所に戻ったイヒョンは、疲れた体を抱え込むようにベッドの上にどっかりと座り込んだ。まるで古代の英雄が戦いを終えた後、くたくたになって休息を取るような姿だった。


イヒョンは深い息を吸い込み、目を閉じた。


これまでの生と死の境を彷徨っていた張り詰めた緊張感が、ゆっくりと解けていく感覚だった。彼の体はベッドの中に溶け込むように、重い霧のように沈んでいった。


イアンは小さな足音を立ててイヒョンを追うように部屋に入ってくると、ベッドのそばにしゃがみ込み、静かに彼を見上げた。


イヒョンはベッドに横になったまま、床にうずくまったイアンを見つけ、席を譲ろうと体を少し起こした。


黙って座り、イヒョンを凝視するイアンの顔は、いつものように無表情を装っていた。しかし、イヒョンの鋭い視線に、普段とは微妙に違う気配が捉えられた。まるで静かな湖に石が落ちたように、少年の瞳に細かな波紋が揺らめいた。


指先が虚空をまさぐるようにためらい、唇が軽く震えた。


イアンが時折奇妙な行動を見せることはあったが、今回は何か違う。イヒョンがその異様さを直感した瞬間、イアンの目が一瞬広がった。


「う···う···うわぁぁっ!!」


苦痛に歪んだ悲鳴が部屋を切り裂くように響き渡った。まるで地下牢から迸る絶叫のように、鋭く惨めだった。


「イアン?!」


イヒョンはびっくりしてベッドから跳ね起きるように立ち上がった。


その悲鳴にリセラがドアを勢いよく開け放ち、駆け込んできた。


「イヒョン、一体どうしたの?」


イアンは部屋の真ん中で頭を抱え、床を転げ回りながらもがき苦しんでいたし、イヒョンはベッドの横に立ち、青ざめた顔でその光景を見下ろしていた。


「これ···一体どうしたんだ?」


「私もわからないわ。さっき入ってきた途端、突然こんな···」


リセラは急いでイアンに近づいた。


彼女の視線に映ったイアンは、内面のダムが崩壊したように感情が滝のように溢れ出る姿だった。まるで小説の一節のように、魂の亀裂が粉々になる瞬間だった。


エダンの家で目撃したあの場面たち、赤ん坊の顔を愛情深い眼差しで見つめるエダン、死の淵で子を守ろうと必死だった母アン。


それらすべてがイアンの胸に閉じ込められていた見えない鉄鎖を揺さぶり、目覚めさせていた。


イアンの目は焦点を失って彷徨い、息遣いは荒く喘ぎ、全身が痙攣のように震えていた。


唇が青白く褪せ、手は髪を掴んで引きちぎろうとしていた。


「頭···頭が···記憶が···」


イアンは歯を食いしばり、聞き取りにくい言葉を呟いた。


「イアンの感情が激しい波のように押し寄せ、渦巻きながら逆流してるわ。まるで嵐の海のように。」


「コルディウムの暴走よ!」


リセラが鋭く叫んだ。


封印された感情が、まるで巨大な洪水に飲み込まれた堤防が崩れるように迸り出た。鎖に繋がれた野獣が解き放たれたように、抑え込まれていたすべてが一気に溢れ出た。


目を開けなくても、鮮明な幻影のように掠めていく感情と記憶たち。


濃い霧の中で拉致されて連れ去られたあの日、冷たい石床に伏せて果てしなく響いてくる名も知れぬ悲鳴たち、体全体を締め付ける拷問のような呪術たち。


そして何より···


忘れたと思っていた両親の最後の表情。あの温かかった微笑みと絶望に満ちた眼差しが、今になって鮮やかによみがえった。


「やめて! お願いだからやめて···!」


イアンが絶叫するように叫んだ。彼の声は幼い子の純粋さと大人の苦痛が混じり合った、心を抉る響きだった。


「イアン! しっかりして、お願い!」


リセラが近づこうとしたが、イアンは体を丸め、床を転げ回った後、旅館のドアに向かって狂ったように駆け出していった。


「イアン!」


ドアが蹴破られる音が旅館全体に響き渡った。イヒョンは素早く外套を掴み、その足音を追って階段を駆け下りた。


街の西側で太陽が地平線の下に溶け込むように沈んでいた。外に出たイヒョンの頰に、冷たい夕風が刃のように掠めた。


イアンは路地を抜け、都心を横切りながら走り去った。イヒョンは必死に後を追ったが、不思議なことに少年の足取りを追いつくのが難しかった。まるで風がイアンを運んでいるように、イアンは遠ざかっていった。


青みがかった空が残りの赤い光と混じり合い、徐々に闇の幕を下ろしていた。その光景は運命の前兆を暗示するようだった。


イアンは都心を抜け、神殿がそびえる丘に向かって疾走した。


少し後、イアンの後を追ってきたイヒョンの視界に、無数の墓石が広がった。


『共同墓地?』



読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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