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61. 出血

空は澄み渡って輝いていた。夜明けから降っていた軽い雨は跡形もなく止み、道端の草葉には露のように澄んだ水滴がきらきらと輝いていた。


森を撫でる風は爽やかで、空高く鳥の群れが柔らかな曲線を描いて飛び交っていた。


レンの小屋の前。灰色の毛が柔らかな馬が長く息を吐きながら軽く頭を振っており、その上にはイヒョンと、彼の背に軽く寄りかかったリセラが乗っていた。


「本当に大丈夫?」


馬の手綱を握ったイヒョンが、彼の腰を軽く抱いたリセラに尋ねた。


「私が誰だか忘れちゃったの?」


リセラは肩を軽くすくめて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ラティベルナ牧場の主じゃないの? これくらいはなんともないわよ。むしろこうして乗って行くのが楽しいのに。」


こんな軽い冗談を言えるくらいなら、もう本当に回復したんだろう。イヒョンは内心で安堵の溜息をついた。


「本当にありがとうございました。レン、あなたがいなかったら……想像したくもないわ。」


「幸運なことだ。アモリス様がまだ時ではないと判断してくださったのだろう。」


レンは片手に持った革の袋をイヒョンに差し出した。


「これを持って行きなさい。」


イヒョンは袋を受け取り、中を覗き込んだ。


レンが渡した袋の中には、彼の大切な手帳たちが丁寧に入っていた。


「これは!」


「君が持って行ってくれるなら、俺としてはこれ以上嬉しいことはないよ。だから何も言わずに受け取ってくれ。」


イヒョンは困惑した様子を隠せずに言葉を続けた。


「これはあなたの宝物のような手帳たちですよ。こんな貴重なものをどうして私が……」


レンは温かな笑みを浮かべてイヒョンを正面から見つめた。


「こんな知識がここでただ埃を被っている方が惜しいよ。君なら俺よりずっと意味のある使い方をしてくれるはずだ。それが俺の願いさ。」


イヒョンはこれ以上反論する言葉を見つけられなかった。


「ありがとうございます。大切に保管して、しっかり活用します。」


レンはにこやかに笑って答えた。


「それにほとんど頭に刻み込んであるから……新しく作れば済むことさ。ははは。君のおかげでさらに頑張る動機ができたよ。」


レンとフローラに深い挨拶を交わしたイヒョンは、手綱を引いてプルベラの方へゆっくりと馬を進めた。


馬が軽やかな足取りで歩き始めると、リセラはイヒョンの腰を優しく抱きながら囁いた。


「こうして一緒にいくのが、夢みたい。」


湿った森の道の上を、馬の蹄の音がリズミカルに響き渡った。


森の合間に時折姿を現す青い草原、そして遠くにぼんやり見えていたプルベラの輪郭が徐々に鮮明になってきた。


遠くない場所、森の向こうにプルベラの船着き場が姿を現した。


陽光の下で輝く川の水と、活気あふれる人々の風景が徐々に目に飛び込んできた。


イヒョンはふと顔を上げて空を見上げた。


雲一つない澄んだ青空の下、周囲は静かな平穏さに満ちていた。


宿の扉がスルスルと開く音がした。


開いた扉の隙間からリセラとイヒョンの姿が現れると、セイラはほとんど飛びつくようにリセラにしがみついた。


「姉さん… 姉さん…!」


それ以上言葉を続けられず、セイラはリセラの肩に顔を埋めた。これまで溜め込んでいたすべての感情が一気に溢れ出すように、彼女は嗚咽を上げて泣き始めた。


リセラはセイラの背中を優しく抱き締めた。その温かな胸に染み込むと、セイラは子供のように切なく涙を爆発させた。


「ご苦労様…」


「いいえ。姉さん… 本当に良かったわ。姉さんが無事に帰ってきてくれるなら、こんなことなんて何でもないわよ。」


エレンも素早く駆け寄ってきて、リセラの胸にどっと抱きつき、泣き声を上げた。リセラは膝を折って座り、エレンを強く抱き締め、喉が詰まった声で囁いた。


「ごめんね、エレン… すごく怖かったよね… もう大丈夫よ、ママがここにいるから。」


窓から差し込む穏やかな陽光の下、部屋の中は懐かしさと安堵、そして深い愛情で染まっていた。


そして、この温かな場面を部屋の隅から静かに見守る子供がいた。


イアン。いつも世界を空っぽの殻のように見つめていたその眼差しに、初めて見知らぬ感情が染み込んできていた。胸の奥深くから変化が密やかに、しかしはっきりと芽生え始めていた。


冷たい心の壁がゆっくりと亀裂を起こし始めていた。


『…何だ、この感じは…』


イアンのそんな変化に気づいたのは、彼自身だけではなかった。


リセラはエレンを抱いた腕を上げ、イアンに向かって伸ばした。


不思議そうな目で彼女を見つめていたイアンの視線がリセラの目とぶつかった。その瞬間、イアンの胸の中で感情を閉じ込めていた最後の紐がスルスルと解けていった。


イアンは自分でも気づかないうちにリセラの方へ足を踏み出した。彼女が差し出した手を軽く握ると、すぐにリセラの胸に潜り込んだ。


なぜそうなるのか理由はわからなかったが、イアンの目から熱い涙がポロポロと流れ落ちた。


再会の胸いっぱいの感情が落ち着いた後、セイラは涙を拭きながらイヒョンを振り返った。


「ルメンティア… 本当にご苦労様でした。本当に… ありがとうございます。」


「本当に運が良かったよ。流れに流されて意識を失ったリセラを助けてくれた人たちがいたんだ。本当に素晴らしい人たちだった。」


「それでもルメンティア様が諦めずに探さなかったら、姉さんは帰ってこれなかったわ。」


セイラはイヒョンに近づきながら言葉を続けた。


「でもルメンティア様、昨日エレンに変なことがあったのよ。」


セイラは前日の夜、イアンの妙な気配とエレンの体から湧き上がった光について詳しく説明した。


「エレンは私たちがまだ知らない力を持っているみたい。」


「前に私がリセラ、エレンと一緒に人間狩りの牢獄から脱出した時も似たような力を見せたことがあったよ。でもエレン自身がその力を操っているわけじゃないってリセラが言ってた。」


イヒョンはエレンとイアンを抱いたリセラを見つめた。


リセラもその話を聞いて、よくわからないというように肩を軽くすくめた。


「そうね。それにイアンの胸に模様が刻まれていたんだけど、前に見た記憶があるわ。でも正確に何だったか思い出せないの。」


「模様を見たことがあるって?」


イヒョンはびっくりして思わずセイラの肩を掴んだ。


「あ…ル…ルメンティア…痛いよ。」


「あ…ごめん。本当にごめん。びっくりしすぎてつい。」


イヒョンは慌てて手を離し、セイラから一歩後ずさった。


「すみません。見たのは確かだけど、はっきり思い出せないんです。昔、コランで働いていた時に文書で見たんです。詳しいことはわからないんです。」


イヒョンは少し考え込んでから言葉を続けた。


「その情報自体が大きな助けになるよ。小さな手がかりだけど、君が書記をしていた時に見たなら、どこかに記録が残っているはずだ。」


セイラは好奇心に満ちた目でイヒョンに尋ねた。


「その模様はルメンティア様にとっても大事なんですか?」


「きっととても貴重な手がかりになると思うよ。」


イヒョンは荷物を下ろして伸びをしながら付け加えた。


「まずはみんながゆっくり過ごせる宿を探そう。ここじゃ狭くてだめだ。」


旅人ギルドの管理人が教えてくれた通り、プルベラの中央広場を通り、西側の市街に入れば、大通りに[風の丘]といういい宿があるそうだ。


イヒョンはリセラの回復のために、少し良い環境の宿を探して移ることにした。


プルベラの西側、川を見下ろす小さな丘。あそこは船着き場周辺とは違い、結構立派な家々が並んでいた。


広場から丘へ続く広い道の脇に位置する旅館の2階の二部屋を借りた。


一つの部屋はリセラ、セイラ、エレンが使い、もう一つの部屋はイヒョンとイアンが一緒に泊まることにした。


最初は単に性別で便利さを考えた割り当てだったが、ある時からイアンが少しずつ変わり始めた。本来リセラとエレンのそばにくっついて回っていたイアンが、いつの間にかイヒョンの後をちょこちょこ追いかけるようになったのだ。


イヒョンがセイラと一緒に市場で薬草や食材を買ってくる時、窓辺に座ってレンの手帳を開いて薬草を勉強する時、リセラが薬を煎じる時…


ほとんど一日中、イヒョンの影のようにくっついて回った。


エレンが光でイアンを包み込んだあの日の後、イアンにたくさんの変化が起きた。


まだ完璧ではないが、同年代の子供たちのように会話を交わすようになり、それ以降は変な行動も見られなくなった。


そうして一日一日が過ぎていった。


幸いリセラは徐々に元気を取り戻し、今ではほとんど元の姿に戻っていた。


その間、イヒョンはレンから受け取った手帳を基に様々な実験を繰り返し、結局地球で使っていた薬をかなり似たように再現することに成功した。


セイラの腕前も日増しに上達し、今ではほとんどの薬を一人で上手く作れるようになった。


イヒョンは今、リセラが再び旅立つほど回復したと考えていた。


プルベラの朝の空気がやけに穏やかなある日だった。


船着き場近くの市場の路地ごとに陽光が差し込み、明るく染まり、商人たちの元気な客引きの声が四方に響き渡っていた。


セイラは籠を持ってリセラと肩を並べて市場の通りを歩いていた。


旅の再開を控えているので、食料と必要な消耗品を予め揃えておくのが必須だった。


「これくらいで十分かな?」


セイラは籠を覗き込みながらリセラを振り返った。


「うん。宿に戻ってイヒョンさんに聞いてみよう。」


リセラは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「姉さん、ところで最近ルメンティアさんと雰囲気がちょっと変わったみたいね。何か…特別なことあったの?」


セイラは悪戯っぽい笑みを浮かべて、リセラの顔をじっと見つめた。


リセラの頰が一瞬で赤く染まり始めた。


「あ…いや…ただ…イヒョンさんが私を助けてくれたから…感謝の気持ちがあるだけよ。」


リセラは慌てた様子で言葉を詰まらせ、すぐに視線を逸らした。


「ふーん、本当にそれだけ? 何かもっとあるんじゃないかって気がするけど。」


セイラは相変わらず悪戯っぽい目でリセラをからかった。


「姉さんの顔、どうしてそんなに赤いの? 正直に話してみてよ。」


活発な取引の声で賑わう市場の一角、狭い路地から誰かがよろよろと飛び出してきた。


「ど、助けてください…!」


20代半ばくらいの若い男だった。


彼の両手に血がべっとり付いており、顔色は青白かった。


彼の声があまりにも切実だったので、市場全体が一瞬静寂に包まれ、数えきれない視線が彼に注がれた。


彼は目が充血したまま、周りを慌てて見回しながら叫んだ。


「お願いです…お願いです! 妻が…妻が血を流して倒れたんです。このままじゃ死ぬかも知れないんです!」


彼は通りすがりの通行人や商人たちに向かって必死に叫んだ。


しかし、誰もすぐには手を差し伸べなかった。


何人かは足を止めて遠くから見守るだけだったし、残りは視線を逸らして急いでその場を離れた。


「癒しの神殿に行ってみなさい。」


「そうだよ、そこなら神官たちが助けてくれるよ。」


男は激しく首を振った。


「今、そんな余裕がないんです。それに…このままじゃ本当に…!」


彼の声がどんどん切迫していった。


セイラはその瞬間、少しの迷いもなくリセラに籠を渡しながら言った。


「姉さん、ルメンティアさんに伝えて。私は先に行って状況を見てくるよ。」


「わかった、急いで!」


二人はすぐに動いた。


「どこですか?」


セイラはショックで体をまともに支えられない男に駆け寄って尋ねた。


絶望に陥って途方に暮れていた彼の目に、セイラが救いの光のように映った。


「こ…こちらです。ついてきてください!」


セイラは男について市場の奥の狭い路地に入っていった。


一方、リセラは旅館の方へ走っていった。


「イヒョン!」


リセラがイヒョンの部屋の扉を荒々しく開け放った。


イヒョンは新しい薬の調合をちょうど終えようとしていたところで、傍らにはエレンとイアンが椅子に座って好奇心いっぱいの目でその過程を見守っていた。


イヒョンはびっくりしてリセラを見上げた。


「どうしたの? どうしてそんなに息が切れてるの?」


「今…はあ…はあ…ちょっと待って、息を整えるから…」


イヒョンは素早く水のグラスを差し出した。


水を一気に飲み干したリセラは息を整えて再び口を開いた。


「市場で、ある男が…妻が血を流して倒れたって…死ぬかも知れないって。セイラがその男について行ったの。」


「詳しく話してみて。どういうこと?」


リセラは息を整えながら説明を続けた。


「あの男の手が血だらけだったの。人々は誰も助けず、癒しの神殿に行けって言うだけだった…でも神殿に行く状況じゃないって言ってて。セイラが先に行ったんだけど…」


イヒョンは席から勢いよく立ち上がり、バッグを掴んだ。


「場所は?」


「市場の奥、花屋の隣の路地よ。その先は私も知らない。一緒に行こう。」


「いや、君はエレンとイアンを見てて。私が行ってくる。」


イヒョンはバッグに緊急道具を急いで詰め込んだ。


「気をつけて、早く行って。」


イヒョンが急いでドアの外へ出ると、イアンが椅子から飛び起きるように立ち上がり、その後を追った。


「イアン!」


リセラが急いで呼んだが、少年は聞こえなかったふりをしてイヒョンを追って走り去った。



読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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