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56. 行方不明

「検問です。訪問の目的と滞在期間、身分証をお見せください。」


衛兵が無表情で馬車の前に立ちはだかり、御者台に座るイヒョンを鋭い視線で素早く見回した。


イヒョンは無言で首にかけた旅人ギルドの識別札を取り出して差し出した。青い識別札が陽光に淡く輝いた。


衛兵は識別札を一瞥し、名前と目的地を素早く確認して顎を撫でつけた。


「コランとは全然違うな。かなり厳しいんだな。」


イヒョンが独り言のように呟くのを聞いた衛兵が応じた。


「ここは国境みたいなもんですよ。川を渡ればエッセンbier伯爵の管轄地ですからね。」


その時、もう一人の兵士が近づいてきて馬車の後ろの扉を開けた。


「中に人いますか?」


「ええ。」


「確認します。」


兵士が馬車の中を軽く覗き込んで、頷いた。


ようやく検問が終わった合図のように、周囲を囲んでいた衛兵たちが横に退いた。イヒョンは馬車を操り、ロープフェリーの順番を待ちながら周囲を見回した。


桟橋の周りには、かなりの規模の天幕村が広がっていた。主に商人や旅人たちだったが、彼らを相手に商売する露天商も見え、検問を通れずに検問所の前で足踏みする者たちもいた。


コランで旅人ギルドに入って身分証をもらっていなかったら、イヒョン一行もこの検問所の前で無駄に時間を潰すか、衛兵たちに別に賄賂を渡さなければならなかったかもしれない。


しばらくして、イヒョン一行の番になった。古びてはいるがかなり頑丈そうなロープフェリーが、桟橋にすっと滑り込むように近づいてきた。フェリーに荷物と馬車を積み込む専門の荷役たちが、イヒョンの馬車を引っ張って木製の平底船の上に引き上げた。


太いロープが川の上にぴんと張られ、フェリーはそのロープを頼りに川を横断し始めた。ロープフェリーは川の両岸に張られたロープを掴み、ゆっくりと、しかし着実に水しぶきを切り裂いて進んだ。


深い青い川の水をフェリーの上から間近に見下ろすと、遠くから見た時よりはるかに荒々しい勢いが感じられた。


「わあ……本当に水の上を浮かんで進んでる!」


エレンが歓声を上げた。


川の向こう側に広がる緑の丘と、遠くに舞い上がる水鳥の群れがエレンの視線を奪った。彼女は欄干に体を預け、半分身を乗り出すようにして目を輝かせ、夢中になって景色を眺めた。川風に服の裾が揺れ、髪は軽やかに舞った。


「ママ、ママ、見て!」


エレンは欄干にしがみつき、手を伸ばして水しぶきに指先を浸し、驚いたように叫んだ。


「そうね、本当に不思議ね。ママもこんな船は初めてよ。」


リセラがそばで優しく微笑みながら答えた。


エレンは手をさらに深く入れて川の水をかき回し、指先に付いた水滴が陽光にきらめき、四方に飛び散った。


イアンは少し離れたところで、エレンのそんな様子を静かに見守っていた。自分に向けられた視線を感じたエレンが顔を向け、イアンを呼んだ。


「イアンも来てみて。ぜんぜん怖くないよ! 水が本当に冷たくて気持ちいいの。ここ、こうやって触ってみて。」


だが、イアンはフェリーの床が揺れる感触が気まずくて不快なのか、顔をこわばらせて馬車の車輪をぎゅっと握りしめていた。


その時だった。


「うっ……うえっ!」


馬車の中から慌てて飛び出してきたのはセイラだった。


彼女は急いでフェリーのガードレールにしがみつき、そのまま頭を下げて胃の中を吐き出した。


「うえっ……!」


朝に食べたスープとパンが、そのまま川の水に消えていった。


「セイラ!」


リセラが驚いて駆け寄り、彼女の背中を優しくさすった。セイラは冷や汗をだらだら流しながら、ようやく顔を上げた。


「絶対……船なんて絶対もう乗らないわ。この苦しみは初めて……」


「もう少し我慢して。もうすぐ着くから。お水飲む? ほら、ゆっくり。」


リセラが水筒を差し出すと、セイラは苦しげに一口飲み込んで首を振った。


「これ……床がずっと揺れて頭が……あぁ……うえっ。」


セイラは再び頭を深く下げ、馬車の中から見守っていた皆は心配げな目で彼女を見つめた。


フェリーは依然としてのろのろと、しかし安定して川を渡っていた。


その時だった。


突然、川の流れが荒々しくなり、フェリーが激しく揺れ始めた。


-パチン!-


何かが切れる鈍い響きとともに、フェリーを両岸に固定していた二本のロープのうち一本が、ぷつりと切れてしまった。


「え……ええっ?!」


フェリーはバランスを崩し、反対側に大きく傾いた。足元が一瞬でぐらつき、激しく揺れ、驚いた馬が荒々しく嘶いて前足を地面に叩きつけた。


重心が崩れ、船全体ががくがくとひっくり返りそうなほど揺れた。


「きゃあっ!」


欄干に寄りかかっていたエレンとセイラの体が、空中にびゅんと弾き飛ばされた。その光景を見たイヒョンは、本能的に体を投げ出した。


「掴まって!」


空中に浮かび上がったエレンの手首を、かろうじて掴んだイヒョンは、彼女が川に落ちないよう、全力で引き寄せた。


「ママぁ!」


エレンが悲鳴を上げて泣き叫び、セイラは吐き気をこらえながら、必死に掴んだガードレールにしがみついた。


だが、セイラの背中をさすっていたリセラは、中心を失って滑り落ちた。傾いた船の上で、彼女の体はそのまま川の水に吸い込まれるように沈んだ。


「リセラ!!」


イヒョンが手を伸ばした時には、すでに彼女の姿は波の下に飲み込まれて消えていた。長い茶色の髪が水中で渦を巻くように絡まり、瞬く間に跡形もなく消え去った。


あまりにも突然の惨事に、イヒョンは声を失った。状況を把握するのにも時間がかかるほど、頭の中が真っ白になった。指先が冷たくなり、視界がぼやけ、胸の奥が重く沈んだ。


フェリーはなんとかフルベラの桟橋に着いた。


船頭が慌てて手綱を握り、馬車を引き上げ、欄干の近くにはリセラの髪留めが一つ、ぽつんと引っかかっていた。風に揺れるその紐が、まるで彼女の最後の痕跡のように、哀れに感じられた。


「ママ!! ママぁぁぁ!」


エレンがセイラの手を掴み、号泣した。


セイラの顔色も血の気が引いて蒼白だったが、歯を食いしばってエレンを抱きしめ、落ち着かせようと必死だった。


「エレン、大丈夫よ……お姉ちゃんがすぐ……」


だが、イヒョンからは何の言葉も漏れなかった。彼の体は石のように固まり、すべての感覚が凍りついたようだった。


遠くの川面に砕け散る陽光が、五年前のあの事故を呼び起こした。ガラスの破片が目を抉るような痛みが蘇った。


車が衝突して勝手に揺れ動くハンドル、副席で目を閉じていた妻の顔。窓ガラス越しに飛び散った赤い血痕、ぐしゃりと潰れた車体の下に力なく垂れ下がった子の小さな手……


息が詰まるようなその記憶が、波のように押し寄せ、イヒョンを包み込んだ。


「ルメンティア! ルメンティア!! しっかりして!」


セイラが彼の肩を掴み、激しく揺さぶった。


ようやく我に返ったのか、イヒョンは荒い息を吐きながら、深く息を吸い込んだ。


「探さないと。今すぐ。」


彼は下唇を強く噛み、セイラに旅人ギルドの識別札を握らせた。


「セイラ、旅人ギルドに行って。そこで会おう。」


「え? どうして……」


「エレンとイアンを頼む。俺はリセラを助けに行く。」


「一人で? それは……」


「ああ。今は仕方ない。時間が遅れればリセラが……生き残るのが難しくなる。」


「分かったわ、ルメンティア! お姉ちゃんを絶対連れ戻して。どうか……」


向かいの桟橋で事故を目撃した者たちは、すでに捜索用の馬車を準備していた。イヒョンは迷わずその馬車に飛び乗った。


御者が口を開く間もなく、イヒョンが慌てて叫んだ。


「下流へ! 早く出発してください。」


エレンは涙をぽろぽろ流しながら、イヒョンに向かって手を伸ばした。


「ママ……おじさん……ママどうなっちゃうの……」


「エレン。おじさんがママを絶対、無事に連れ戻すよ。」


イヒョンは心の中で必死に祈り始めた。


『お願い……どうか生かしてください。リセラ、耐えてくれ。俺のところに……戻ってきて。』


________________________________________


日が沈みかけていた。昼のあの激しい騒ぎが、まるで虚ろな幻のように消え去ると、川はまるで何事もなかったかのように、静かに流れ続けた。


「リセラ!!」


捜索隊は松明を高く掲げ、下流をくまなく探した。


イヒョンも川辺の岩の間、倒れた木の下、絡まった蔓の奥までかき分け、彼女の名を果てしなく叫び続けた。


だが、どんな痕跡も、反響すら返ってこなかった。


「そちら……もう日が完全に沈みますよ。」


捜索隊長がイヒョンに向かって、慎重に口を開いた。


「今日はこれ以上は難しいです。視界が悪くて夜道が危険ですし、この辺りは野生の獣が出入りしますから……人々の安全も心配です。」


イヒョンはしばらく無言で捜索隊長を見つめ、わずかに頷いた。


「ええ。分かりました。」


仕方なく、イヒョンは捜索隊とともに村に戻った。


街は静まり、人の影さえ薄れゆく頃だった。まばらに灯りがともる村で、イヒョンは道を尋ねながら旅人ギルドへ向かった。


カウンターに事情を打ち明けると、管理人が頷いてギルドの2階の宿へ案内してくれた。


扉を開けると、セイラが席から飛び上がった。


「お姉ちゃんは?! 無事なの?!」


イヒョンはゆっくりと、静かに首を振った。


その仕草に、セイラは息を呑んで口を閉ざした。


ベッドの上では、泣き疲れて目元を赤く腫らしたまま、エレンが深く眠っていた。


その傍ら、ベッドの下にうずくまったイアンが顔を上げた。


イアンの顔は空っぽだったが、イヒョンをじっと見つめるその瞳には、どこか深みがあった。


「まだ見つからない。夜が深すぎて、捜索隊が止めたんだ。」


イヒョンは無言で荷物袋を開けた。


革の外套を取り出して羽織り、荷箱からベロシダを取り出して背負い、革ベルトにバルカを固定した後、水と応急薬、食料を少しリュックに詰め込んだ。


セイラは目を丸くして尋ねた。


「ルメンティア……まさか今からまた出かけるつもり? こんな夜に?」


「ああ。」


イヒョンはベルトを締めながら答えた。


「今行かなきゃ、一生この瞬間に囚われて後悔するよ。」


彼は目を合わせて、セイラをまっすぐ見つめた。


「頼む。エレンとイアンを……よろしく。」


「でも……今は夜よ。雨まで降り出して……一人でどうやって……」


「リセラは生きてる。ああ、きっと。俺は知ってる。」


イヒョンは揺るぎなく言った。


「リセラがこんなに儚く消える人じゃない。きっとどこかで耐えてるはずだ。」


窓の向こうから風が通り過ぎる音が聞こえた。


それとともに、細い雨線が染み込んできた。


イヒョンが扉を開けると、冷たい空気とともに湿った土の匂いが部屋に流れ込んだ。


「セイラ。絶対に見つけて連れ戻すよ。約束だ。」


イヒョンは松明を一本握り、闇の中へ溶け込むように歩み出て行った。


________________________________________


さっきまで霧雨のように降っていた雨が、今は豪雨に変わり、土砂降りで叩きつけていた。


トラクシル川の上に突き刺さる雨線が水面をかき乱し、川の色さえ濃い青に染め上げた。


イヒョンが握る松脂と油を染み込ませた松明は、すでに風と雨に消されて久しかった。


四方は真っ暗闇だった。薄い月明かりさえ覆う黒雲の下で、彼は果てしなくリセラの名を叫び続けた。


「リセラ……!」


雨に濡れて滑る坂を這い上がり、膝までずぶずぶ沈む泥濘をかき分け、イヒョンは川沿いを下流へ進んだ。


荒々しい川の流れが、彼の横で獣のように咆哮しているようだった。


だが、彼の足は止まらなかった。


『生きてるはずだ。どこかで……必ず……生きてなきゃ。』


その一つの信念で、一歩ずつ耐え抜いた。


どれほど経っただろうか。


空に垂れ込めた黒雲が徐々に晴れ始め、雲の隙間から月明かりが差し込んだ。


曇った月光の中でも、水に濡れてかすかに光る何かがイヒョンの目に飛び込んできた。


イヒョンの胸がずしんと沈んだ。


「……!」


彼は息を忘れ、泥水を跳ね上げてその方へ駆け寄った。


そして、その布を両手で持ち上げた瞬間、世界がぐるりと回るような感覚に襲われた。


それはリセラの外套だった。


「……!」


一瞬、すべてが止まったようだった。


指先に伝わる湿った布の感触が、胸を抉った。


息が詰まった。


胸の奥深くに溜め込んでいたものが、今ようやく爆発しようと沸き立った。


視界が揺れ、熱い涙が頰を伝ってぽろぽろと零れ落ちた。


その涙は止まるどころか、ますます激しく、五年の間味気なく耐えてきた自分を崩壊させようとするかのように溢れ出した。


イヒョンは両手で外套をぎゅっと握りしめた。


そのまま膝を折り、泥濘の上に崩れ落ちるように座り込んだ。


濡れた外套を胸に抱きしめ、顔を埋めた。


「ひっく……ひっく……くっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


心臓を切り裂くような慟哭が、川辺を埋め尽くした。


喉が裂けそうに、胸が引き裂かれそうに、彼女の名を呼びながら、彼は嗚咽した。


川の水より冷たく、豪雨より猛烈な泣き声だった。


イヒョンの叫びは絶望そのもので、その中には後悔と自責、悲痛と空虚な虚無が絡みつき、うごめいていた。


彼は一度も顔を上げられず、濡れた布を握りしめ、その場に崩れ落ちたままだった。


月が雲の後ろに姿を隠し、雨が再び静かに降り始め、イヒョンの肩を濡らし始めた。


読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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