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54. 救出

「なあ、ヒーロー気取りか? 金を出して連れてくならいいが、ただじゃ渡せねえぞ。」


奴隷商人の言葉に、イヒョンの目が鋭く光った。彼の手が力を増すと、商人の喉から息が詰まるような音が漏れた。


イヒョンは彼を睨みつけながら言った。


「その生意気な口を閉じないと、今すぐ代償を払うことになるぞ。」


言葉が終わるや否や、奴隷商人の仲間である屈強な男たちが前に進み出た。彼らの手にはすでに握られた短い鉄の棍棒や短剣がきらめき、殺伐とした雰囲気が漂っていた。


「お頭、このまま放っておくつもりですか? 生意気な奴はぶん殴ってやらないと目が覚めねえですよ。」


一人の男が歯を剥き出しにして言った。


騒ぎが起こると、街道を行き交う人々が次々と集まり、野次馬となった。リセラは子を抱きしめて後ろに下がり、馬車の中ではセイラがエレンを抱き寄せてなだめた。


「エレン、大丈夫よ。お姉ちゃんがそばにいるから。ここから出てちゃだめよ。」


イヒョンは彼らをちらりと振り返り、奴隷商人の襟首を離して、ゆっくりと背中に背負ったベロシダに手を伸ばした。金属の冷たい感触が指先に触れた。周囲の緊張感は空気を凍てつかせるようだった。


一瞬、たった一言、ひとつの目配せだけで爆発しそうな張り詰めた静寂が周囲を包んだ。風さえ止まったかのようで、集まった人々の息遣いすら聞こえない。屈強な男たちはイヒョンの手を注視しながら、じりじりと彼を囲み始めた。


誰もが軽率に動かなかった。しかし、誰もが知っていた。たった一つのきっかけでこの静寂が破れ、血が飛び散る事態になる可能性があることを。


その時、遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。


だんだんと近づくその音は、張り詰めた緊張を切り裂くように響いた。やがて土埃を巻き上げながら、衛兵の一団が馬を駆って現れた。


兵士たちは到着するやいなや、素早く包囲陣形を整えた。それぞれの位置についた彼らの手は槍や剣をしっかりと握り、鋭い目つきで状況を見極めた。土埃を巻き上げて現れた彼らは、混乱の中に現れた裁定者のようだった。


その中で最も前に立つ、指揮官らしき人物が鋭い目で状況を一瞥し、イヒョンを見つけて丁寧に頭を下げた。その光景に、奴隷商人の一団の態度は一瞬で変わった。


「イヒョン様、こちらで何が起こっているのですか? 城門近くで問題が起きたとの報告が、この現場と一致しているようです。」


イヒョンはベロシダから手を離し、淡々と答えた。


「奴隷商人が奴隷を虐待し、遺棄しようとしたのを止めただけだ。」


指揮官は頷き、奴隷商人の方へ視線を向けた。


「その通りか?」


奴隷商人は慌てたように両手を上げて弁解した。


「いやいや、誤解です! ただ売ろうとした子だったんですが、状態が悪くて問題を起こしたのは本当です。」


彼は衛兵たちの様子をうかがいながら、イヒョン一行を囲んでいた屈強な部下たちに下がるよう手で合図を送った。


「幸い、この方が子を引き取ってくれることになったので、俺たちは退こうと思ってました。後はこちらで片付けますから、ご心配なく。」


指揮官は頷いたが、なおも鋭い目で商人を見つめた。兵士たちが周囲を警戒する中、奴隷商人は仲間を引き連れて静かにその場を去った。


イヒョンはリセラが抱いている子のもとに近づき、膝を屈めて慎重に手を差し伸べた。子が驚かないよう、できる限り優しい目で見た。


子は依然として焦点のない目で、わずかに首を振るだけだった。その顔は生きてはいるものの、感情や温もりが封じられた人形のようだった。


その瞬間、イヒョンは胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。


その時、指揮官らしき中年の兵士が近づいてきた。濃い銅色の肌に黒い髭を生やした彼は、イヒョンに向かって敬意のこもった目で話しかけた。


「イヒョン様、私は以前、レオブラム宮の中庭であなたが不当な裁判を受けた際、証言を耳にしたことがあります。あなたの勇気と知恵に深く感銘を受けました。こうしてお会いできて光栄です。」


「ありがとう。君たちのおかげで危機を乗り越えられた。」


「ひとつ助言をしてもよろしいでしょうか?」


イヒョンはゆっくりと頷き、彼の目を見つめた。指揮官は周囲を見回してから、慎重に言葉を続けた。


「こういう奴隷商人の中には、単なる商人ではなく、裏で犯罪組織と手を組んで奴隷を取引する者たちが多くいます。コランみたいな大都市の近くでは衛兵や法の目が届きますが、イヒョン様が向かう遠い道には、法が及ばない荒野が広がっています。」


彼の口調には心からの心配が滲んでいた。


「子を救ったのは高貴な行いですが、彼らは報復を企むかもしれません。都市を離れれば、彼らは数の優位と力を頼みに動きます。たった一度のミスが危険を招くこともあります。」


イヒョンは彼の言葉を噛み締め、短く息を吸って答えた。


「忠告、感謝する。気をつけるよ。」


指揮官はリセラの腕に抱かれた子を見やった。彼の目は一瞬、柔らかくなった。そして頭を下げ、イヒョンに敬礼した。


「神があなたと一行の旅路を祝福しますように。」


彼は兵士たちに短い指示を出し、撤退した。


リセラは子を慎重に荷馬車の後ろに座らせ、イヒョンは再び御者台に登って手綱を握った。馬車が動き出すと、後ろには長い土埃が雲のように舞い上がった。


街道を西へ進むイヒョン一行は、コランを流れるリエント川にたどり着いた。巨大な川の流れは夕陽を受けて金色に輝き、岸辺には葦や野花が季節を告げるように色鮮やかに咲き乱れていた。平坦な地形は平和な風景を醸し出していた。


簡単な偵察を終えたイヒョンは、野営に適した場所を選んだ。


やや高台にある草原は見晴らしが良く、夜に危険な存在が近づいてもすぐに気づける場所だった。落ち葉や乾いた草が柔らかく敷き詰められたその場所は、川風が穏やかに吹き、森の入り口に近く薪を集めるのにも都合が良かった。茂みの向こうからは鳥の声と水の音が調和し、静かな雰囲気を生み出していた。


だが、リセラが周囲を見回しながら口を開いた。


「この季節だと、狼や熊が民家近くに下りてくることがありますから、ちょっと備えが必要ですね。」


「それは考えてなかったな。」


イヒョンが頷いた。


リセラは荷馬車から使っていない袋と縄を取り出した。そして、川辺の葦を切り取り、編み始めた。


「何を作ってるんだ?」


イヒョンが尋ねた。


「罠籠よ。大きな魚は捕れないかもしれないけど、小さな魚なら引っかけられると思う。子どもの頃、よく作ったのよ。」


イヒョンが野営地を整え、焚き火の準備をする間、リセラは罠籠を完成させ、川辺に仕掛けて戻ってきた。


イヒョンは火打ち石を打ち合わせて火花を起こそうと苦労したが、何度かの失敗の末、ようやく火種を落ち葉に移すことに成功した。


かつて本や映像で見た通りにやってみたが、実際に焚き火を起こすのは決して簡単ではなかった。やがて乾いた草や小枝の間に赤い炎が広がり、小さな焚き火が暖かく燃え上がった。


「これ、ほんと難しいな。」


イヒョンがため息混じりの声で言った。


その横でしゃがんで見ていたリセラが微笑みながら話しかけた。


「一番人気のコルディウム、知ってる?」


「なんとなく分かるよ。」


イヒョンがくすっと笑った。


その瞬間、焚き火の中から小さな火花が「パチッ!」と音を立てて空中に飛び上がった。火花はエレンと子の前に落ちて消えた。


一瞬、子の体が固まったように見え、瞳が大きく揺れた。子は首を振って焚き火から目を背け、両手で耳を塞ぎながら急いで身をかがめた。目をぎゅっと閉じ、肩をぎゅっと握りしめ、子は土の地面にうずくまった。息が荒くなり、唇が微かに震えていた。


「大丈夫?」


セイラが慎重に子のそばに近づき、肩に手を置いた。


その瞬間、子はまるで感電したように体を跳ねさせて反応した。目を大きく見開き、息を荒々しく吐き出すと、突然立ち上がり、何かに追われるように慌てて走った。馬車の扉をきちんと開けもせず、隙間に無理やり体を押し込んで中に入った。


セイラは驚いて子を追って馬車に駆け寄った。子は膝を胸に引き寄せ、両手で耳を塞いだままだった。


暗い馬車の中で目を固く閉じ、「あ…あ…あ…」と低い声を漏らしていた。


慌てたセイラが急いでイヒョンを呼んだ。


「ルメンティア、ルメンティア、子がおかしいの!」


「どうしたんだ?」


焚き火の周りを片付けていたイヒョンが顔を上げて尋ねた。


「子がなんか変なの。早く来て見て!」


セイラの声は切迫していた。


イヒョンは急いで馬車に近づき、子を観察した。子は依然として体を丸め、小さくうめきながら頭を埋めていた。その姿はまるで世界のすべての騒音と光を遮断しようとしているようだった。


「リセラ、これは……」


イヒョンが低い声でリセラを振り返った。彼の目には心配と困惑が混ざっていた。


リセラは子のそばに近づき、慎重に話しかけた。


「大丈夫よ、もう怖くないよ。私たちがここにいるから。」


彼女の声は柔らかく温かかったが、子は依然として反応しなかった。


イヒョンはしばらく考えに沈んだ。子の反応は単なる恐怖ではなく、深い傷に由来するもののように思えた。彼はゆっくりと息を整えながら言った。


「この子、何か大きなショックを受けたみたいだ。火花の音一つにもこんな反応をするなんて……。俺たちがもっと気をつけないとな。」


リセラは頷きながら子を見つめた。彼女の目には憐れみと決意が混ざっていた。


「この子をこのまま放っておくわけにはいかないわ。イヒョン、私たちにできることを探さないと。」


イヒョンは黙って子を見つめ、静かに頷いた。焚き火の温かな光が彼らの顔を照らし、川辺の穏やかな水音だけが静かな夜を満たしていた。


イヒョンは馬車の中に首を突っ込み、暗闇の中で縮こまる子を見つめた。微かな息遣い、かすかに震える小さな体、耳を塞いで強く縮こまる姿勢、そして特定の刺激に過敏に反応する様子が目に入った。繰り返される動作は見慣れないものだったが、どこか見覚えのある感覚を与えた。


『自閉スペクトラム障害なのか……』


イヒョンは子の行動を注意深く観察した。感覚過負荷や予測できない外部刺激に対する防衛反応に見えた。彼は慎重に馬車の中に入り、できる限り柔らかい声で話しかけた。


「大丈夫、大丈夫。ここは安全だよ。」


彼は手を伸ばし、子の背中を軽く叩いて落ち着かせようとした。だがその瞬間、子は両腕で頭を抱え、さらに体を丸め、床を引っかくような動作とともに鋭い声を上げ始めた。


「アーア! アーア!」


その声は叫び声に近かった。イヒョンは懸命になだめようとしたが、子の反応はますます激しくなった。困惑した彼には、もはやどうすればいいか思いつかなかった。ただ静かに様子を見守るしかなかった。


その時、馬車の外からリセラが慎重に近づいてきた。彼女はイヒョンの顔をちらりと見つめると、黙って馬車の中に入った。彼女の手には柔らかなマントが握られていた。


リセラは静かに馬車の床に膝をつき、一言も発さず、ゆっくりとマントを子の肩にかけて包み込んだ。薄くふわっとした布が子の体を覆うと、子の激しい動きが徐々に収まり始めた。


彼女は低く柔らかな音色で、まるで子守唄を口ずさむように歌い始めた。その声は穏やかな川の流れのように周囲を包み、子は次第に耳を塞いでいた手を緩めた。


リセラは歌を続けながら、ゆっくりとマントで子を包み、背中を優しく撫でた。


イヒョンはその光景を見つめ、ふと気づいた。医者としての知識では届かない場所、深い領域にリセラがいた。彼女の温かな手と歌は、子の心を癒す魔法のようだった。


焚き火の光が馬車の中にほのかに差し込み、リセラと子の姿を柔らかく照らした。川の水音とともに、その瞬間だけはすべてが静かで温かかった。


読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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