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46. 糸口

その時、ドラン邸に戻ったリセルラ、エレン、ドラン、マリエンは、重い沈黙の中に座っていた。暖炉で燃える炎の温もりも、彼らの心を溶かすには不十分だった。外から吹きつける冷たい風の音と、薪が燃えるパチパチという音だけが、静寂に満ちた空間を埋めていた。


「これが…本当に現実なの?」


リセルラが最初に沈黙を破った。彼女は震える声で言葉を続け、手の甲で目元を拭った。


「急に崖の下に落ちるような気分だよ…イヒョンさんは何の罪もないのに…」


「その方は確かにライネル様を救ったんです。」


マリエンが低く囁いた。


「私たちみんな、はっきり見たよね。ライネル様が笑って、ご飯を食べて、歩き回る姿を。それなのに、そのすべてが一瞬で崩れ落ちるなんて…」


エレンは両腕で体を抱きしめ、深く頭を下げた。


「おじさん…牢屋の中で寒くないかな?ご飯は食べられたかな…?」


ドランは額を押さえ、深いため息をついた。


「宮殿から追い出されて、振り返る余裕すらなかった。俺にでも何かできたんじゃないかって…そんなことばかり頭をぐるぐる回ってる。」


リセルラは長い沈黙の後、顔を上げた。


「私たちにできることがないって…こんなにも心を押し潰すなんて思わなかった。たった一日で、すべてがひっくり返っちゃった。石鹸が売れ始めて、宴会に招待されて…夢みたいに幸せだったのに…」


エレンが慎重に口を開いた。


「…また会えるかな?イヒョンおじさんや、セイラお姉さんと…」


ドランは力強く頷いた。


「俺たちができることを見つけなきゃ。このままじっとしてたら何も変わらない。イヒョンとセイラには大きな借りがある。彼らが俺たちを守ってくれたように、今度は俺たちが彼らのために何かしないと。」


皆の視線が互いに向き合い、固い決意に染まった。


そうして夜が更けていく中、レオブラム宮殿では別の動きが起きていた。


地下牢の静寂を破り、長いローブをまとった人物がゆっくりと廊下を歩いてきた。水たまりを踏む足音と、ローブの裾が床を擦る音が、牢内に緊張感を残した。かすかな灯りの下でその姿が徐々に現れた。侯爵夫人だった。


彼女は穏やかで静かな表情で、半分隠したフードを下ろし、柔らかな眼差しで牢の中のイヒョンを見つめた。彼女の後ろには、エルナが慎重に付いてきて、胸に何かを抱えていた。


牢獄の前にたどり着いた侯爵夫人は足を止め、監視の兵士に軽く頷いた。兵士は彼女の身分を確認し、ためらうことなく鉄の扉を開けた。古い蝶番がキーキーと音を立て、扉が開いた。


侯爵夫人はローブの裾を軽く持ち上げ、水たまりを避けながら慎重に牢の中に足を踏み入れた。その瞬間、牢内の空気は見知らぬ者の登場に静かな緊張感で染まった。


イヒョンは顔を上げた。暗闇に慣れた視界に、見覚えのある顔が入ってきた。彼は短い驚きを隠せず、ゆっくりと姿勢を正した。彼の視線と侯爵夫人の視線が、牢の湿った空気を切り裂いて交錯した。


侯爵夫人は無言でしばらく彼を見つめた。その眼差しには決意と複雑な感情が混ざり合い、静かだが容易に触れられない深みがあった。


「イヒョン様、ガルモンからすべての話を聞きました。ライネル様のために見せた心からの努力、私も決して知らないわけではありません。」


彼女の声は静かだったが、微かな震えが含まれていた。そこには罪悪感と同情、そして固い覚悟が混ざり合っていた。彼女は深く息を吸い、一歩近づいて静かに言葉を続けた。


「あなたの眼差し、話し方、仕草の一つ一つから、私は一点の偽りも感じませんでした。そのすべての過程を私は見てきました。ライネル様を救うという一念で、昼夜を問わず治療に励む姿は、決して形式的なものではありませんでした。」


「私はこれまで、癒しの儀式なしにこれほど明確な好転を遂げた例を見たことがありません。もちろん、今夜のように病が急に再発しましたが…それどころか、私はあなたが作り出した変化に確かな希望を見ました。」


侯爵夫人は一瞬息を整え、イヒョンの目をまっすぐに見つめた。


「だから…あなたが再び自由の身となり、ライネル様の治療を続けてほしいと願っています。」


彼女はローブの裾を軽く握り、言葉を続けた。


「しかし…私も夫を説得できると断言することはできません。今の怒りは一時的な感情ではなく、家門の権威と名誉に傷がついたと彼が信じていることから来ています。」


イヒョンは黙って彼女を見つめた。


「だから…小さくとも力を貸したいと思います。何もしないままでは、私の良心が許しません。私にできる範囲で最善を尽くして助けます。必要なことがあれば、いつでもエルナを通じて伝えてください。彼女は私が信頼する人物です。」


侯爵夫人は後ろに立っていたエルナを振り返った。エルナは慎重に胸に抱えていた布包みを差し出した。まるで貴重な真実を抱く物のように、丁寧に扱いながら渡した。


「ライネル様が今日着ていた宴会服です。役に立つことを願っています。」


彼女の最後の言葉には切実さが宿っていた。しばらくイヒョンを見つめ、ためらった後、彼女は布包みを渡し、黙って背を向けた。


「明日、またエルナを送ります。必要なものがあれば、彼女を通じて伝えてください。」


牢の扉がキーキーと音を立てて閉まり、彼女の足音は闇の中へと徐々に遠ざかっていった。イヒョンは手に握った布包みをじっと見つめ、再び考えに沈んだ。彼の眼差しは依然として鋭く、暗闇の中でライネルの病にまつわる手がかりを追い始めた。


翌日、牢の重い鉄の扉がキーキーと音を立ててゆっくり開いた。一筋の光が湿った牢内に差し込み、緊張した面持ちのエルナが慎重に足を踏み入れた。


鉄格子の中で、イヒョンはゆっくりと顔を上げ、彼女を見つめた。彼はしばらく唇を固く結んで黙っていたが、低く落ち着いた声で口を開いた。


「今、私が言うことを、必ず侯爵夫人に伝えてください。そして…ドランにも。二人とも必ず知るべき内容です。」


イヒョンは周りをちらりと見回し、鉄格子に近づいてエルナの耳元で低く囁いた。エルナは目を瞬かせ、息を整え、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。必ず伝えます。」彼女の声はためらいなく断固としていた。


エルナは牢の闇を背に、急いで外に出た。鉄の扉が閉まり、金属がぶつかる音が空間に響き、牢は再び深い静寂に沈んだ。


セイラは膝を抱え、イヒョンの横顔を無言で見つめた。彼女は唇を軽く噛み、慎重に口を開いた。


「ルメンティア…私たち、本当に生きて出られるでしょうか?」


その声には切実な希望と恐れが絡み合っていた。期待を抱きつつも、同時に恐ろしい答えを聞くのを怖がるような表情が彼女の顔に広がった。


イヒョンはゆっくりと振り返り、彼女を見つめた。彼の眼差しは依然として静かで揺らぎなかった。長い間黙っていた彼は、ついに口を開いた。


「私の考えが正しければ、きっと出られる。でも…」


彼は言葉を止め、一瞬目を閉じて再び開いた。


「もし間違っていたら、覚悟が必要かもしれない。ここで全てが終わるかもしれない。」


牢に閉じ込められた現実は変わらなかったが、イヒョンの断固とした態度と現実を直視する眼差しは、むしろ希望の火種を感じさせた。セイラはしばらく無言で座っていた。彼女の瞳はまだ揺れていたが、やがて心を決めたようにゆっくりと頷いた。膝の上に置いた手を固く握り、背をまっすぐにし、彼女は低い声で言った。


「私は信じます。ルメンティアが間違った判断をするはずありません。私たちは必ず生きて出られる。」


イヒョンは彼女の言葉に静かに微笑み、頷いた。


その時、エルナは侯爵夫人の部屋へと急いで足を運んでいた。イヒョンの言葉を必ず伝えなければならないという責任感と緊張が彼女の表情に満ちていた。夫人の部屋の前に着くと、門を守る侍女が彼女を中に入れた。


侯爵夫人は窓際の小さなテーブルに座り、茶を飲んでいた。エルナを見ると、軽く手招きして迎えた。


「来たのね。伝言はあった?」


エルナは頭を下げて挨拶した後、イヒョンが牢獄で伝えた言葉を慎重に伝えた。侯爵夫人はその言葉を静かに聞き、しばらく無言で窓の外を見つめた。そして、ゆっくりと席を立ち、机の方へ歩みを進めた。


「わかりました。」


彼女はテーブルの上でペンを取り、紙に何かを素早く書き始めた。エルナは息を潜めて待った。部屋にはペンが紙を擦る音だけが静かに響いた。しばらくして、侯爵夫人は短く簡潔な文が書かれた紙を折り、蝋で封をしてエルナに手渡した。


「これを一緒に持って行きなさい。絶対に失くしてはいけません。そして…」


侯爵夫人はエルナに近づき、耳元で何かを囁いた。エルナはその言葉を聞いて顔がわずかに強張り、侯爵夫人を見つめた。侯爵夫人は彼女の目とまっすぐ向き合い、軽く頷いた。


エルナは深く頭を下げ、慎重に紙を懐に隠し、部屋を出た。彼女は手紙を懐の奥深くにしまい、密かに宮殿を抜け出し、ドラン邸へと向かった。


イヒョンの言葉を伝えなければならないという強い意志で足を急がせていたエルナは、それほど時間が経たないうちにドラン邸に着いた。


エルナがドラン邸に入ると、喜びと不安が入り混じった顔が彼女を迎えた。


「エルナ!イヒョンさんとセイラは…無事なの?」


リセルラが急いで尋ねた。


マリエンも息を潜めてエルナの口元を見つめた。


「無事です。そして…イヒョン様からお願いされたことがあります。」


エルナが話を切り出そうとした瞬間、扉が乱暴に開いた。


レオブラム侯爵の兵士たちがどやどやと押し入ってきた。エルナは自分が監視されていることに全く気づいていなかった。正確には、侯爵夫人がその事実を告げるまで、まったく気づかなかったのだ。牢獄の看守は侯爵夫人が牢を訪れたことを密かに侯爵に報告し、侯爵は表面上は平静を装いつつ、即座に夫人とエルナに監視をつけていたのだ。


「侯爵閣下の命だ。エルナ、お前を今から反逆の謀議の疑いで逮捕する。」


エルナは抵抗する間もなく腕をつかまれ、強制的に引きずられた。兵士たちは彼女が一言も発しないよう乱暴に腕を捻り、エルナは痛みで小さくうめいたが、ついに口を固く閉じた。彼女の腕が後ろにねじられ、作業場のテーブルに押し付けられたが、彼女の眼差しはまるですべてを予期していたかのように毅然としていた。


ドランが立ち上がり、抗議しようとした。


「これは何だ!彼女は何の罪も…!」


だがその瞬間、別の兵士が大股で近づき、腰から剣を抜いてドランを威嚇した。恐怖と威圧感が部屋を押し潰した。


「侯爵閣下があなたたちを罰しなかったのは、イヒョンとの約束を守るためだった。その温情を当然と思うな。無駄な真似をするな。一度でもまた口を挟めば、次はない。これは最後の警告だ。」


兵士の視線は鋭く、威圧的だった。ドランは歯を食いしばり、拳を握ったが、マリエンが静かに彼の袖をつかんで首を振った。今は軽率に動く時ではないと、二人とも直感していた。


兵士たちがエルナの腕を捻りながら扉の外へ引きずり出そうとすると、彼女が突然激しく抵抗し始めた。兵士の一人がエルナの頬を強く叩き、彼女は口元から血を流しながらドラン邸の床に転がった。兵士たちは彼女を荷物のように引きずって出て行った。


ドラン邸の中は再び静寂に包まれた。さっきの騒ぎが嘘のように消え、誰も息を大きくすることすらできなかった。


兵士たちがエルナを連行しながら作業場をひっくり返したせいで、テーブルの上の物は床に散らばり、整頓されていた道具は四方に転がり、棚にかけられていた革の切れ端も埃をかぶって散乱していた。


リセルラは散らばった物や道具を片付けながら、長いため息をついた。ドランも重い表情で道具を一つずつ元の場所に戻し始めた。


「こうなると思ってた…それにしても、ひどく荒らして行ったな。」


ドランが低く呟いた。


リセルラも頷き、壁の方に体を向けた。その時、散らばった物の間に、翼を持つ獅子の印章が押された蝋封の小さな封筒が彼女の目に入った。


リセルラは息を止めて、それを慎重に拾い上げた。封筒は明らかにエルナが落としたものだった。



読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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