35. 帰宅
早朝、太陽がまだコランの高い城壁を越えていない時刻、四人の一行はドラン邸の門前にたどり着いた。濃い闇に覆われた通りを抜けてようやく辿り着いた彼らの姿は、惨憺たるものだった。
イヒョンの服はところどころが破れ、ボロボロになっていた。剣で斬られた傷が鮮明に刻まれ、腕には固まった血の跡がこびりついていた。セイラの瞳には、恐怖の残滓がまだほのかに光り、ドランとアンジェロの顔は疲労で重く沈んでいた。
それでも、誰一人欠けることなく全員が無事に帰還したという事実だけで、彼らの帰還はそれ自体が勝利だった。
門を開けた瞬間、エレンが飛び出してきてイヒョンに勢いよく抱きついた。
「イヒョンさん!遅すぎです、本当に心配したんですから!お母さんもマリエンさんもめっちゃ不安だったんですよ!」
エレンの後ろからリセラとマリエンが姿を現した。リセラの視線がイヒョンに触れた瞬間、彼女の息が止まったようだった。彼の腕に刻まれた深い傷、ズタズタに引き裂かれた服、黒く固まった血の跡。そして、疲れ果てた彼の眼差し。
リセラは無言で近づいた。涙が溢れそうだったが、歯を食いしばって堪えた。震える手でイヒョンの傷ついた腕をそっと掴んだ。
「一体…何があったんですか…こんなになるなんて…」
昨日、エミリアについていくと決めた時から嫌な予感がしていたが、こんな満身創痍の姿で戻ってきたイヒョンを見て、胸が落ち着かなかった。彼女は泣き出しそうなのを必死に抑え、ひび割れた声で尋ねた。
「大丈夫だよ」
イヒョンの淡々とした答えに、リセラは彼の傷だらけの腕をさらに慎重に握りしめた。
「大丈夫なんて言わないでください。こんな姿で…誰が大丈夫だなんて思えるんですか?」
彼の腕に触れると、血と汗が混じったものが彼女の手に付着した。それでもリセラは涙を流さなかった。こんな時に泣いたって何の役にも立たない。それよりも、全員が無事に帰ってきたことに感謝すべきだった。
「私が…包帯を巻き替えますね」
彼女は水とアルコール、包帯を持ってきて、イヒョンの傷を拭き始めた。こうでもしないと、罪悪感に押し潰されそうだった。
ルーカスとエミリアの怪しい正体を知りながら、なぜもっと強く彼を引き止めなかったのか?もう少し強く、もっと確実に説得していれば、こんなことにはならなかったのに。そんな後悔がリセラの心を重く圧し潰した。
包帯を巻く間、彼女は一言も発しなかった。イヒョンがどんな危険をくぐり抜け、どれほどの危機を乗り越えたのか、尋ねなかった。その代わり、心の中で何百回も繰り返した。
『二度と…この人がこんな血まみれで帰ってくることがあってはいけない。』
包帯を巻き終え、慎重に端を結びながら、彼女は低く呟いた。
「私がもっと強く止めていたら…こんなことにはならなかったのに…」
リセラのそんな反応に驚いたように、イヒョンは首を振って彼女を見た。しかし、リセラは彼の視線を避けなかった。彼女の瞳には罪悪感と深い悲しみが満ちていた。
リセラはセイラと一緒にイヒョンの傷を丁寧に包帯で巻き、マリエンは疲れ果てたドランとアンジェロを温かく抱きしめた。
家の中は、言葉のない安堵と優しい眼差しで満たされていた。窓から差し込む朝日が部屋を照らし、夜通し冷たく凍りついていた空気を少しずつ温めた。その温かさは皆の心を撫で、生きて帰ってきた者たちの息遣いを優しく包み込んだ。
「食事にしましょう?」
マリエンがテーブルを囲むイヒョンを見て言った。
食卓には昨夜の夕食用に準備されていた鹿のステーキやさまざまな料理が並んでいた。すでに冷めきっていたが、マリエンとリセラが心を込めて作った料理を無視することはできなかった。
皆、疲れ果てていたが、その温かい心遣いの前で食卓に集まった。
食事を分け合いながら、イヒョン一行は家で待っていた者たちに神殿で起きたことを打ち明けた。エミリアという人物について行ったこと、その背後に潜む追跡者の罠、そして廃墟と化した神殿で繰り広げられた激しい戦闘…イヒョンがどのようにその状況を切り抜けたかの話が続いた。
リセラとマリエンはその話を聞いて驚愕と恐怖に顔を強張らせたが、結局、全員が無事に帰ってきたことに深い安堵と感謝の気持ちを抱いた。
温かい雰囲気の中で皆が安心して食事を楽しむ中、イヒョンの心はセルカインの言葉によって乱れていた。
「イヒョンさん?」
リセラが慎重に彼の名前を呼んだ。
「大丈夫ですか?どこか他に具合の悪いところはありますか?もっとご飯食べますか?」
「いや…大丈夫だよ。本当に美味しくいただいたよ」
イヒョンは無理に笑顔を作り、腹をさすった。
だが、彼の内心は濃い霧に包まれたように混乱していた。
あの男はいったい何者だったのか?その背後にはどんな勢力がいるのか?彼が言った「ベルダク」という人物は何者なのか?感情を制御して世界に平和をもたらすという彼の言葉、そして自分がこの世界の秩序を乱すという言葉が、頭の中で果てしなく響き合った。
どれだけ考えても答えは出なかった。それに、セイラの村があの男によって消されたという事実をどうやって伝えるべきか?今はどれだけ悩んでも、良い方法が思い浮かばなかった。
食事を終えたイヒョンは二階に上がり、カレンを様子を見に行った。
「どう?大丈夫?」
「大丈夫とは言えないけど、心配するほどでもないよ。むしろ、君の姿を見たら僕の方が元気そうに見えるね。ハハ。」
「そうですね。でも大丈夫です。すぐに良くなりますよ。幸い傷は深くないですから。」
イヒョンは微笑みながらカレンの状態を確認し、傷を消毒した。
包帯を巻きながら、イヒョンが尋ねた。
「そういえば、コランの良い武器職人を知ってる人はいない?」
「武器?急にどうしたんですか?」
カレンが不思議そうに首をかしげて聞き返した。
イヒョンは昨夜の出来事を簡単に説明した。
「もしまたあんなことが起きたら、前回みたいに運良く切り抜けるのは難しい気がしてさ。あの男が使ってた武器をいくつか持ち帰ったんだけど、このままじゃ僕には扱いづらくて…頼みたいんだ。」
カレンの表情が真剣になった。
「もちろんです。そういう人、知ってますよ。私が使ってる弓もそこで作られたものなんですから。」
「誰?」
「フェルム・ブラミエル。コランでは結構有名な武器工房ですよ。西の広場から北へ続く大通りを進めば見つかります。」
イヒョンはその名前を心の中で繰り返した。
「フェルム・ブラミエル…」
カレンが頷きながらイヒョンを見た。
「私は自分の武器を誰にでも預けたりしません。あそこの主人は本物の職人ですよ。命をかけて保証できます。腕前はコランで一番だと思います。」
「’腕前は’?」
カレンが小さく笑みを浮かべた。
「ただ…その職人の性格がちょっと変わってるんです。説明するのは難しいけど、行けば分かりますよ。ハハ。」
「職人にはそういう人、多いですよね。」
イヒョンも軽く笑って相槌を打った。
「そう、それそれ!でも仕事は本当に完璧なんです。あなたが持ち帰った武器をどう扱うべきか、どう手直しすべきか、一目で分かるはずです。一度行ってみてください。」
イヒョンは頷いた。
「アドバイス、ありがとう、カレン。すごく助かったよ。」
イヒョンはカレンの毛布を整えながら言った。
「それと、カレン。あと二、三日もすれば歩けるようになるよ。その前に松葉杖を作らないとな。」
「ありがとう。マリエンから全部聞いたよ。あなたのおかげで命が助かったんだから…」
イヒョンは椅子から立ち上がり、ゆっくりと自分の部屋に向かった。窓の隙間から斜めに差し込む陽光が部屋を照らしていた。昨夜の激しい戦いと緊張、痛みと感情の渦が、まるで夢だったかのように感じられるほど平和な瞬間だった。
疲労が押し寄せてきた。彼はドアを閉め、静かにベッドに横たわった。全身を押し潰すような疲れと共に、頭の中は依然として複雑だったが、瞼はだんだん重くなっていった。
『フェルム・ブラミエル…』
その名前を最後に思い浮かべ、イヒョンは深い眠りに落ちた。
窓の隙間から差し込む陽光がイヒョンの目を刺すように照らした。その光が彼の顔に降り注がなかったら、きっと翌朝まで深い眠りに落ちていただろう。目を開けた瞬間、全身に鈍い痛みが押し寄せた。壊れそうなほどズキズキする体をやっとのことで起こし、イヒョンは一階の作業場に下りていった。
作業場では、ドランが剥いだ革から肉や脂をスクレーパーで丁寧に削ぎ落としていた。
「起きたんだね。あまりに疲れてるみたいだったから、起こさなかったよ。」
ドランの言葉に、イヒョンは軽く頷いた。
「そう…カレンさんの注射の時間…」
イヒョンは棚に置かれたペニシリンの瓶を探しながら呟いた。
「それ、さっきセイラさんがもう持って行ったよ。」
イヒョンは振り返り、カレンの部屋に向かった。部屋の中では、マリエンとセイラがカレンを世話していた。
「ルメンティア!大丈夫ですか?」
セイラが嬉しそうに彼を迎えた。
イヒョンはカレンの点滴のラインと傷を丁寧に確認した。セイラは緊張した様子で彼の後ろに立ち、静かに見守った。
「へえ、セイラ、だいぶ良くなってるね。」
イヒョンの言葉に、セイラの顔がほんのり赤らんだ。
イヒョンはマリエンを見て尋ねた。
「マリエンさん、家はどこですか?ドランから聞いたけど、城の外に住んでるって言ってましたよね。」
マリエンは微笑みながら答えた。
「コランの西門を出て、馬車で十数分ほど行くと森があるんです。その森の入り口に小さな農場があって、そこで暮らしてるんですよ。」
「たぶん、二、三日もすれば家に帰れるようになると思います。」
イヒョンの言葉に、マリエンとカレンの顔がパッと明るくなった。
「本当ですか?」
「ええ。この調子で回復すれば、その頃には歩けるようになるはずです。」
マリエンはカレンの手をぎゅっと握り、喜んだ。
「カレン、本当に良かった。うちにまた帰れるよ。」
イヒョンは自分で描いた松葉杖の絵をマリエンに渡した。
「これがあれば、歩く練習に役立つと思います。」
「これを作るにも、ちょっとお金がかかりそうですね…」
マリエンはイヒョンがテーブルに描いた松葉杖の絵を見ながら、かすかに呟いた。
家に帰れるという希望に喜びを感じながらも、お金を用意しなければならないという負担が、彼女の心を重くした。
「そういえば!」
イヒョンが突然思い出したように口を開いた。
「昨日、あの男が使ってた武器を持って帰ったんだけど、売れるかもしれないね。」
彼は部屋に戻り、セルカインの剣を取り出してきた。
「明日、武器職人に用事があって行くんだけど、そこでこれが売れるか聞いてみるよ。良い武器みたいだから、結構いい値段で売れるかもしれない。」
イヒョンは鞘から剣を抜き、テーブルの上に置いた。剣は一般的な長剣よりやや短かったが、黒い鋼で鍛えられた刃は滑らかに輝いた。陽光を受けると、ほのかに紫がかった光を放つ刃は、まるで夜空を閉じ込めたような深く冷たい気配を漂わせていた。両刃の剣身は、中央の二重の溝を除いて、どんな装飾もなく完璧な対称を成していた。鞘と柄は上質な革で巻かれ、実戦での効率とバランスに忠実な造りだった。
柄に刻まれた野獣の装飾を除けば、派手な飾りはないものの、それ自体が威圧感と洗練された美しさを誇る武器だった。暗殺者や貴族の護衛が使いそうな実戦向きの剣だった。武器に詳しくないイヒョンの目にも、この剣は非凡に見えた。
エレンは剣を見た瞬間、目を丸くして感嘆した。
「うわっ…めっちゃ大きくてキラキラしてる!でも!」
エレンは腰のあたりをごそごそと探ると、鹿の角でできた剣をピカッと掲げた。
「じゃじゃーん!私のほうが断然かっこいいよ!これは妖精が作った伝説の剣なんだから。めっちゃすごいでしょ?」
イヒョンが笑いながら尋ねた。
「それ…そんなにすごいの?」
エレンは当たり前だと言わんばかりに大きく頷いた。
「うん!これで悪魔もやっつけたし、果物だって採ったもん!その剣じゃ無理でしょ?」
そう言うと、角の短剣を両手で持って誇らしげに振った。
「それに、これ、ぜんぜん重くないから、ネズミだって追い払えるんだから!」
イヒョンは一瞬言葉に詰まり、エレンを見つめた後、ついクスクスと笑ってしまった。
「よし、君の勝ちだ。」
カレンが剣を見て感嘆した。
「本当に素晴らしい剣ですね。」
「これを売れば、かなり役に立つと思いますよ。」
イヒョンの言葉に、カレンが驚いて手を振った。
「受け取れませんよ。あなたは私の命を救ってくれたんです。それなのに、こんなものまで…」
「いや、いいんです。どうせ売るつもりだったんですよ。僕がこれを持ってても上手く扱えないし、お金が必要な時もまた来るでしょうから。」
イヒョンは剣を鞘に戻しながらカレンを見た。
「この剣がどんなに貴重で素晴らしいものでも、人の命より大切なものなんてないですよ。」
その言葉に、部屋の中は一瞬、温かい静寂に包まれた。陽光が窓から柔らかく差し込み、彼らの顔を優しく包み込んだ。
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