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34. 火の祭壇

彼の胸の奥深くに埋められ、誰にも侵されないよう固く封印されていた大切な記憶が、うごめき始めた。


「ソユン… ハリン…」


長い間、口に出すことのできなかった名前が、彼の唇を突き破り、静かに流れ出た。


優しい微笑み、温かな手、細い腕が彼を抱きしめた瞬間、そしてその全てが砕け散った日の苦痛に満ちた記憶が、彼の心臓の中で炎のように燃え上がった。


心臓が焼け焦げた。


いや、何かが彼の心臓を飲み込み、燃やし始めた。


怒りが静かに、しかし猛烈に燃え上がり、彼の内なる深い場所から赤い炎を噴き出した。その炎は周囲を熱く染め上げ、彼の感情を一気に飲み込んだ。


忘却の底に埋められていた封印された記憶が、その炎と共に無慈悲に心臓の外へと引きずり出された。


その瞬間、イヒョンの周囲が静寂に包まれた。


音が消え、空間さえ崩れ落ちるような茫然とした感覚が彼を覆った。


意識がぼやけ、彼は一瞬、全てを失ったような気分に飲み込まれた。


イヒョンは感情の深淵へと引きずり込まれていた。


かつて一度経験したことのある、どこか懐かしい感覚。そして、妙に馴染み深い場所。


それは【感情のホール】だった。


無意識に導かれるように、彼はいつの間にか赤く脈動する扉の前に立っていた。心臓の鼓動のように赤い光を放つその扉。


イヒョンが手を伸ばすと、扉はひとりでに開いた。


開いた扉の向こうへ、彼は迷いなくその空間に足を踏み入れた。


【炎の祭壇】


そこは荒涼とした火山地帯のようだった。黒い大地が裂け、ところどころで赤い溶岩が煮え立ち、熱い気流を吐き出していた。空は灰色の雲に覆われ、遠くから響く低い轟音が彼の胸を震わせた。


地響きを立てる果てしない振動、裂けた大地から噴き出す煮えたぎる溶岩、燃える岩と赤い砂が嵐のように巻き起こった。空気は炎を飲み込んだように熱く鋭く、息を吸うたびに肺を刺す痛みが押し寄せた。


だが、イヒョンは足を止めなかった。彼は炎の中心、巨大な祭壇に向かって毅然と進んだ。


彼の足音ごとに地面から炎が噴き出し、足跡を焼き、黒い痕を残した。


炎の祭壇の上にそびえ立つ鋼鉄の鏡は、地獄の溶鉱炉から今まさに引き出されたかのように赤く燃え上がっていた。その表面は滑らかではなく、炎に炙られて歪み、ひび割れ、隙間から熱い息吹のように蒸気が漏れ出していた。


縁には鋸の歯のように尖った棘が突き出し、鋭く、全体として重厚で威圧的な気を放っていた。鏡というより、まるで刑罰の道具のように見えるほど、その存在自体が怒りを宿しているようだった。


イヒョンはゆっくりとその前に立った。


鏡の中には、過去の自分自身が映っていた。


自動車事故で全てが崩れ落ちたあの日のイヒョンが、鏡の中で彼を見つめ返していた。無責任な警察や役人たち、真実を歪めて刺激的な記事で注目だけを追ったマスコミ、そして何も知らずにキーボードで嘲笑を浴びせた者たちへの怒り。


そしてその怒りに飲み込まれ、自身を否定し、破壊していた男。


鏡の中のイヒョンは、怒りに侵されたまま、そこに立ち続けていた。彼の目は、鏡の外のイヒョンを睨みつけ、燃えるような怒りを露わにしていた。


イヒョンはゆっくりと手を上げ、赤く燃える鏡に掌を置いた。


―ジジジッ―


「うっ…」


肉が焼ける音と共に、焦げた匂いが広がった。


極端な痛みが全身を包み込んだが、イヒョンは退かなかった。手を離すこともなかった。


「この怒り… 忘れない。」


彼は低くつぶやいた。


「だが… 怒りに飲み込まれるつもりもない。」


鏡の中の怒りに満ちたイヒョンが手を上げ、鏡の内側から彼の掌と向き合った。


その瞬間、鏡の中から炎が爆発するように噴き出した。赤い炎は掌を伝い、腕を巻き上げ、すぐに胸に向かって猛烈に燃え上がった。


心臓に達した瞬間、イヒョンは叫び声を飲み込み、膝をついた。


胸に押し寄せた炎は、彼の皮膚に文様のように刻まれた。心臓を中心に四方へ広がる炎の枝は、太陽から噴き出す紅蓮のように荒々しいエネルギーで揺れ動いた。


それぞれの枝は鋭い炎の形となって皮膚に刻まれ、その曲線の先には赤い血の滴のように震える痕が残った。


文様が刻まれた彼の肌は裂け、血が噴き出し、凝固した。


赤と黒に滲んだ炎の印が、彼の胸を飾った。


それは単なる文様ではなかった。刻まれた感情、怒りに飲み込まれず、怒りを制御した証だった。


自らを焼き、なお生まれ変わった者の象徴だった。


怒りの炎は彼を破壊できず、むしろその心を鍛え上げた。


イヒョンは怒りを避けず、真っ向から向き合い、受け入れた。


突然、炎の祭壇が猛烈に燃え上がり始めた。空気が熱く歪み、視界を遮る熱気と灰の粒子が巻き起こった。


赤い砂は煮えたぎる血のように揺らめき、溶岩の川は怒りの心臓のように脈打ち、祭壇を飲み込んだ。


目の前がぼやけ始めた。


その瞬間、イヒョンは再び神殿に戻っていた。


煙と石の粉塵が立ち込める回廊の中心で、黒いマントをまとったセルカインが半分焼け焦げ、倒れていた。


彼はイヒョンを見つめ、歪んだ嘲笑を浮かべた。


「見ろ、ソ・イヒョン。結局、お前は自分がどれほど弱い存在かを自ら証明したな。」


セルカインは指を軽く動かし、イヒョンの胸を指した。


「一言で怒りに飲み込まれ、暴れ回るお前を見ると… クク、本当に鏡でも見せてやりたいよ。」


彼の鋭い言葉はイヒョンの胸を抉ろうとしたが、怒りはもう彼を飲み込むことはなかった。イヒョンはその炎を、己の内なる深くにしっかりと握りしめていた。


セルカインの口角が再び歪んで上がった。


「素晴らしい。いいだろう。だが、次は否定の欠片がその役目を果たす番だ。」


「これはお前の敗北だ、イヒョン!」


彼の叫びと共に、イヒョンの肩と胸に刺さっていた否定の欠片が反応した。


―ググ、グググ…―


イヒョンの肩と胸の奥深くで何かがうごめき始めた。


最初は筋肉が微かに震えるような痙攣にすぎなかった。だが、それは単なる痙攣ではなかった。


冷たい気配が血をたどって逆流し、イヒョンはその場で凍りついたように身を縮こませた。


否定の欠片が刺さった肩から始まった冷たい痛みは、骨の髄を舐めるようにゆっくりと、苦しげに広がっていった。


その痛みは突如として形を成すかのようだった。


肉の奥で、まるで虫が這うような不気味な感覚が、傷を起点に全身へと広がっていった。


黒い蔦のように、否定の欠片から伸びた触手が、血と筋肉の間を這いずり、潜り込んでいった。


否定の欠片はイヒョンの怒りを糧に、彼を侵食し始めた。


その触手は、まるで心臓を締め付けるように巻きつき、イヒョンを崩壊させようとした。

「う… あああ…!!」


イヒョンは膝をつき、床に手をついた。剣を握る手に力がこもった。息が途切れそうになり、視界は赤い光で染まっていった。


彼の瞳が徐々に赤く燃え上がった。


「…うぐっ…!」


イヒョンは歯を食いしばった。


黒い触手は彼の傷を掻き分け、痛みの中で記憶を引きずり出した。


妻が彼を見つめていた澄んだ美しい瞳。


彼に抱かれて笑っていた娘の小さく輝く唇。


大切だった瞬間が、まるで黒い油に浸されたように曇り、歪んでいった。


記憶の中のその瞳は空っぽになり、明るかった笑顔は奇怪で恐ろしい形にねじ曲がった。


「君のせいじゃない。」


黒い触手が囁いた。


「この全ては、君を苦しめた者たちの仕業だ。」


「復讐の剣を手にしろ。」


黒い触手を伝って陰鬱な囁きが全身に広がっていった。


他人への怒り、世界への憎しみ、自身への怨み。


その感情が増幅され、イヒョンを飲み込もうとした。


黒い気配が心臓を巻きつけた。触手は心臓を締め上げ、飲み込もうとし、心臓は血を通じて怒りを脈打たせ、噴き出した。


彼の内なる消えない激しい感情が目覚めた。他人への怒り、世界への憎しみ、自身への怨み。それらが凝縮され、イヒョンを飲み込む準備をしていた。


そして、心臓が遂に黒い触手に完全に絡め取られようとした瞬間。


―タラン!―


胸の上で、愛の文様から清らかで美しい風鈴の音が響き、波紋が広がった。続いて、その文様から眩い光が迸った。


愛の感情。


ソユンとハリンへの想い。


大切なものを守るという約束の文様。


その文様は、黒い触手を焼き払うように押し退けた。


黒い気配は奇妙な悲鳴を上げながら消滅していった。


イヒョンはゆっくりと頭を上げた。


怒りは依然として彼の中で燃え続けていた。


だが、その怒りは今、溶鉱炉で精錬された炎のように、猛烈でありながら制御された力だった。


彼は剣を握る手に力を込め、静かに言った。


「俺は怒りに屈しない。この怒りは、俺が守るべきもののために使う。怒りは俺を倒せない。」


彼の目で燃えていた赤い炎は、やがて清らかで強靭な光に変わった。


「……そんな… ありえない! 否定の欠片を意志で乗り越えるなんて…」


セルカインは震える腕を辛うじて持ち上げた。


「もう隠している場合じゃない。お前を殺すには、これしかない…」


「ミラテルム!」


セルカインは最後の力を振り絞ってミラテルムを発動した。


その言葉が響き渡ると、彼の体から黒い霧が爆発するように噴き出した。


黒い雲は生き物のように唸りながら膨張し、瞬く間に神殿を飲み込み、すぐにコランを覆うほどの巨大な闇の球体へと成長した。


光を吸い込み、音を閉じ込め、世界を黒く染める絶望の雲。


セルカインはその中で叫んだ。


「今… 全て死ね!」


彼が生み出した巨大な半球状の雲は凝縮し、ガラスのように硬く変化した。


そしてしばらくして、鏡が割れるような共鳴が響き、半球は数千、数万の鋭い破片に砕け散った。


「これで全て終わりだ。ベルダク様、申し訳ありません… だが、イヒョン、お前を殺す方法は…」


しかし、イヒョンは揺らがなかった。


彼は深く息を吸い込み、自分の胸を見下ろした。


ピンク色の愛の文様と赤い怒りの文様が刻まれた胸。そこに燃える炎は、もはや暴走ではなく、制御された力だった。


セルカインはミラテルムの詠唱を完成させようとした。


「お前は俺を殺せない! この世界の均衡を…」


だが、イヒョンは剣の先でセルカインの胸を狙った。


「違う。俺はもう退かない。」


彼は迷わずセルカインの心臓に向かって剣を突き刺した。


「うああああ!」


セルカインの叫び声が空を裂き、虚空に浮かんでいた鋭い破片は霧のように散っていった。


イヒョンは彼の胸に剣を突き刺したまま、目を閉じて立っていた。


セルカインへの憐れみだったのか、全てが終わった安堵感だったのか? 彼の頬を一筋の涙が静かに流れ落ちた。



読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。

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