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174. 出発

「現在の時刻、0時10分」


ライサが懐中時計をパチンと閉じながら言葉を続けた。


「カレオストラの検問所はすべて、深夜零時から夜明けの四時まで完全封鎖されます。通行証のない一般人が路上をうろついているところを見つかったら? その場で衛兵隊に即時拘束される時間帯というわけです」


「あ……」


ライルの口が間抜けに開いた。


イヒョンも短く頷く。試験に集中するあまり、王都の厳格な夜間外出禁止令をしばし失念していた。


「ただし、この馬車は例外です」


ライサが馬車の扉をトントンと叩いた。


「国王陛下の許可を得た、旅人ギルド本部の専用馬車ですから。これに乗ってこそ、外城門の外まで無事に、しかも迅速に通り抜けることができるんです」


ライサの説明は一点の隙もなく論理的だった。断る理由が見当たらない。


「わかりました。乗りましょう」


イヒョンとライルは異論なく馬車に乗り込んだ。続いてライサも軽くスカートの裾を整え、向かいの座席へと優雅に腰を落ち着けた。


「出発」


ライサの短い命令。


馭者が手綱を一振りすると、馬車は滑らかに動き出した。


カッ、カッ。


静まり返った夜の街並みに、蹄の音だけが規則正しく響き渡る。


馬車はほとんど揺れることもなく、街を横断して走り始めた。窓の外では街灯の明かりが流れ星のようにびゅんびゅんと過ぎ去っていく。


イヒョンはその光が流れるのをしばらく眺めていたが、ふと胸の中でくすぶっていた疑問を口にした。


「ライサさん」


「はい、どうぞ」


「少し伺ってもいいですか。私たちが指令書を受け取ってすぐ出発するのか、それとも翌朝になるのか——どちらかわからない中で、なぜ待機されていたんですか?」


もしも「夜も遅いし、明日の朝早く行こう」と二人で話し合って床に就いていたなら? ライサはこの凍えるような夜の路上で、ただ無駄足を踏んでいたことになる。


それでも彼女の態度は、最初から揺るぎない確信に満ちていた。


イヒョンの鋭い問いに、ライサはふっと微笑んだ。暗闇の中でも彼女の瞳は猫のように妖しく光を帯びていた。


「その選択も、評価の対象だからですよ」


「……え? それも評価されるんですか?」


ライルが目を丸くした。


「指令書を受け取った瞬間に即座に反応して出発すること。それが『緊急召集』に臨む旅人としての基本姿勢です」


ライサの声が低く沈んだ。


「もし二人が指令書を受け取りながら『明日でいいか』などと言って再びベッドに横になっていたら……」


スッ。


ライサは人差し指を立て、自分の喉を掻き切るような仕草をした。背筋も凍るほど滑らかな動作だった。


「その瞬間に減点、場合によっては『資格なし』として失格処理されていたでしょう。国王の命令は、食堂のメニューを選ぶような感覚でこなせるものじゃありませんので」


「……っ!」


その瞬間、馬車の中に凍りつくような沈黙が流れた。


ライルが喉仏を大きく動かし、生唾を飲み込んだ。


さっき部屋でもう少しぐずぐずと駄々をこねて出発を渋っていたら? 始まってもいないうちに荷物をまとめなければならなかった、ということだ。


イヒョンの背筋にも、冷たい悪寒が走った。


『人を信じるな』


ロンドリックが置いていったあの無骨な警告が、脳裏を打ちつけた。あの言葉は、単に仲間を用心しろという意味ではなかったのかもしれない。


このギルドは、この試験は……自分たちが息をする一瞬一瞬を、評価し、監視していたのだ。


「幸い、お二人は合格点です」


ライサが穏やかな笑顔で、二人を見渡した。


「おめでとうございます。第一関門、通過です」


ライルは突然何かを思い出したように、慌ててライサに声をかけた。


「ちょっと待って、姐さん! 俺が乗ってきた馬はどうなるんですか? 本部の厩舎に繋いできたんですけど……」


「ああ、私どもが責任を持ってお世話しますよ。飼い葉もしっかり食べさせながら」


「おっ! さすがギルドは違うな。サービス最高!」


ライルが安堵してへらへら笑った。しかしライサの次の一言が、その笑みを瞬時に凍らせた。


「お二人が無事にお戻りになるまでの間、ですけどね」


「……え?」


「もしお戻りになれなかった場合は、その馬はギルドの資産として帰属されます。規定上、そういうことになっていまして」


「な、なんてことを! あれがいくらすると思ってんですか! 30デントも出して買った名馬なんですよ!」


ライルが飛び上がって抗議したが、ライサは眉ひとつ動かさず付け加えた。


「ですから、無事にお戻りになれば何も問題ありません。死んだ人間に馬は必要ありませんから」


彼女の口調は、まるで「商品を返品すれば返金いたします」と言う店員のように乾いていた。


ライルの表情が歪んだ。ライサの言葉に潜む棘を感じ取ったのか、震える声で問い返した。


「姐さん。正直に教えてください。もしかして……生きて戻れない旅人って、多いんですか?」


「さあ、どうでしょう」


ライサが天井を見上げ、暗算するように瞳を動かした。


「昇格試験の場合……統計的には、20から30パーセントほどでしょうか。生存率はかなり高い方だと思いますよ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 5人に1人が死んでいく状況で、生存率が高いって言うんですか?」


ライルの驚愕をよそに、ライサはどこか妖しく微笑んだ。月明かりに照らされた彼女の白い顔は、慈悲深い聖女なのか冷酷な死神なのか、判別がつかなかった。


「ライルさん。3級以上の『上位旅人』の平均生存期間がどのくらいか、ご存知ですか?」


「そんなの俺には……考えたこともないですよ」


ライルは頭をかいた。


「3級以上の旅人は、大きく2種類に分かれます。1つ目は、引退して領地の支部長として穏やかに暮らすケース。もうすでに会われていると思いますが」


ライサの視線が、イヒョンとライルを順番に見渡した。


「そして2つ目は、皆さんのように『国王の旅人』となり、直接王室の依頼を遂行するケースです」


「それで?」


「国王陛下の旅人の平均生存期間は、5年に満たないんです」


「……っ!」


馬車の中に、重い沈黙が降り積もった。


5年。それはベテランと呼ばれる者たちの命の値段にしては、あまりにも短い時間だった。イヒョンも、ライルも、何も答えられなかった。


これまで出会ったどの旅人も、酒杯を傾けていた先輩たちも、こんな残酷な真実を語ってくれた者はいなかったのだから。


彼らは華々しい英雄譚の裏に積み上がった、死体の山を見ていなかったのだ。


いつの間にか馬車は内城と中城を過ぎ、外城区域を走っていた。石畳を転がる車輪の音だけが、静寂を埋めていた。


イヒョンは場の空気を変えるついでに、ライサへと視線を向けて口を開いた。


「では、私たちの任務について何か他にご存知のことはありませんか? ごく些細なヒントでも教えていただければ助かるのですが」


機を逃さず、彼女を探りにかかった。


試験管理人である彼女は、あらゆる情報が集まる集積地のようなものだ。公式の指令書以外に漏れ出た情報があれば、少しでも引き出さなければならなかった。


しかしライサは、きっぱりと首を横に振った。


「申し訳ありませんが、そこから先は私の権限の外です。いえ、正直に申し上げると、私自身も知らないんです」


「ご存知ない、と?」


「はい。今回の国王命令任務の具体的な内容は、ギルド本部でもお二人だけ——『ベルダン』副本部長と『アンテオ』さんのみがご存知なんです」


彼女は軽く肩をすくめた。


「私はただ、『二人を城外へ送り出せ』という命令を受けただけですから」


その眼差しは透き通っていた。


嘘をつく人間に特有の、微細な瞳の揺らぎも、呼吸の変化もなかった。真実だった。


『管理者クラスでさえ任務の詳細を知らないとは……』


徹底した情報統制。それが逆説的に、今回の任務の危険性を証明していた。


「これ以上のご質問はお受けできませんよ。もう着きましたから」


馬車が速度を落とし、滑らかに停車した。


窓の外に、重厚な外城門の威容が姿を現した。固く閉ざされた城門の前には、重武装した衛兵たちが松明を手に厳重に立ち並んでいた。


「さあ、いよいよ本当の任務を始める時間ですよ」


ライサが扉を開けながら、静かに囁いた。少し冷たくなった夜風が、馬車の中へと吹き込んできた。


「ご武運を」


彼女の瞳が、イヒョンとライルをじっと見つめた。


「生きて、戻ってきてください」


彼女の最後の言葉は、形式的な挨拶ではなかった。統計の数字を知る管理者が送る、心からの憂慮と警告だった。


カッ、カッ。


黒い馬車は2人を外城の外の道のど真ん中に荷物のように吐き出すと、振り返りもせず闇の中へと消えていった。


遠ざかる蹄の音が、夜の静寂の中へ完全に溶け込んだ。


イヒョンとライルは、その場に釘付けにされたように立ち尽くしていた。


背後にはカレオストラの巨大な外城壁が重い影を落とし、目の前にはどこまで続くとも知れない漆黒の闇だけが広がっていた。


2人はゆっくりと顔を向け合った。


気まずい沈黙が流れるかと思いきや。


「ぶはははは!」「ふっ」


どちらからともなく、同時に笑いが弾け出た。


ライルは腹を抱えてげらげらと笑い転げ、イヒョンも口の端を上げて短く失笑を漏らした。


真夜中に追い出されるように城外へ放り投げられたみっともない有様がおかしくもあり、もう後戻りのできない川を渡ったという実感が、張り詰めていた緊張の糸をぷつり、と断ち切ったせいだった。


「いやあ、腹いた。マジで旅人ギルド、えげつないな。人をゴミみたいに放り捨てやがって」


ライルが目尻に滲んだ涙を拭いながらくくくと笑った。


「ほんとですね。でもおかげで空気はいい」


イヒョンは軽く深呼吸をした。


ふう。


肺の奥まで入り込んでくる冷たい空気。季節はいつの間にか夏の尻尾を切り落とし、秋の入り口をまたいでいた。


昼間に大地を熱していた熱気は消え、夜風の端にはかなり涼しい気配が漂っていた。その清々しさが頭を冷やしてくれると、ようやく本当の旅が始まったという感覚が目を覚ました。


「行きましょう」


イヒョンが先に足を踏み出した。ライルもリュックを背負い直してその後に続いた。


深夜をとうに過ぎた時刻。外城壁沿いに延びる土の道は静まり返っていた。ときおり虫の鳴き声と、風に揺れるススキの擦れる音だけが、2人の足音に和音を添えていた。


空には下弦の月が斜めに掛かって淡い光を撒き散らし、その光を浴びた城壁は眠れる巨獣の背のように、雄大でどこか物悲しく見えた。


しばらくの間、2人はただ黙って歩き続けた。


イヒョンは黙々と夜道の地形を把握しながら頭の中で地図を描き、歩くことを楽しんでいたが、ライルにとってこの沈黙は拷問に等しかった。


「うん、うーん、んん! ちゃ! ちゃ!」


空咳をしたり足で小石を蹴飛ばしたり、鼻歌を口ずさんだりして、なんとかして音を作り出そうと躍起になった。


しかしイヒョンが無反応のまま歩き続けると、ついに堪えきれず口を開いた。


「あーもう! 兄貴、静かすぎない? 口に蜘蛛の巣張るぞ!」


ライルが早足でイヒョンの隣に追いついた。


「何か話でも?」


「当たり前じゃん! 考えてみたら俺たち、ちゃんと自己紹介もしてないよな? これから背中を預けて命を預けることになるかもしれない間柄なのに」


ライルは歩みを止めないまま、自分の胸をばんばんと叩いた。


「正式に紹介する。俺の名前は『ライル・ベルディアン』。南部出身で、得意技は双剣術。ふふふ、みんなは俺のことを『双剣のライル』って呼んでるぜ」


ベルディアン。名字があった。


イヒョンは頷きながら短く答えた。


「ソ・イヒョンです。セルティウム等級で、出身は……いろいろと渡り歩きました」


「ソ・イヒョンか。変わった名前だな。エペリア系の発音じゃない気がするけど。オリスビア寄りかな? 俺の地元にも兄貴みたいな顔の人たちが時々来てたんだよな」


ライルは大したことでもないというように肩をすくめると、また口にエンジンでも積んだように喋り続けた。


「そういえばさっき南部の話しかけたままだったよな? 俺の地元ってさ、こことは空気からして違うんだよ。味が違うって言うか」


「海賊が出るというあの場所ですか?」


「いや、海賊なんてたまに出るイベントみたいなもんで! 俺の地元は『南部自由都市連合』に属する港町なんだよ」


ライルの声に誇らしさがたっぷりと滲み出た。


「あそこはここみたいに鼻持ちならない貴族連中が領主ヅラして威張り散らしてたりしない。市民が選んだ『評議会』が街を運営してるんだ。そのせいかみんな表情が生き生きしてる。自由で、活気があって、何より太陽みたいに熱いんだ!」



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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