153. 叱責
クラヴェントゥス陣営の幕舎内には、昨夜の敗北が残した敗北感により、息が詰まるほどに重苦しい空気が漂っていた。
大型の天幕が風に煽られてはためく音は、まるでその日の屈辱を反芻する慟哭のように響き、陽がすでに稜線を越えて昇ったというのに、入り口の燃え盛る赤い篝火だけが光を放つのみで、内部はいまだ闇に閉ざされていた。
天幕の隙間から差し込む細い日差しは、長く伸びた影を作り出し、卓上に広げられた地図と兵力を象徴する小さな駒たちは、日陰の下で陰鬱な気配を放っていた。
ヘクサールは卓の片隅に身を丸めて座り、視線を床に固定したままだ。肩を落としたその顔には、昨夜の戦闘の失敗が刻み込まれたかのように疲労が色濃く滲んでいた。
その隣に座るモルカインの、巨大な体躯が放っていた圧倒的な威容はいずこへか消え、焦点の定まらぬ瞳で空虚な宙を見つめるばかりであった。フェラズの『ノクティア・コンストリクタ』が彼の狂戦士状態を強制的に解除した余파で、精神がいまだ混濁した霧の中を彷徨っているようだった。
しばらくして、天幕の入り口の仕切りが跳ね上げられ、バラクソールが姿を現した。彼が足を踏み入れた瞬間、控えていた騎士たちが一斉に立ち上がり、右手を胸に当てて敬礼を送った。
バラクソールは彼らの視線を全身に浴びながら、ゆっくりと卓の中央へと近づき、椅子を引き寄せて座った。甲冑の噛み合う鋭い音が幕舎内に響くと、彼は肘掛けに身を預けたまま、出席した騎士たちを次々と見渡した。その視線がヘクサールとモルカインに留まると、二人の肩が目に見えて強張った。
「報告を始めろ」
バラクソールの声が低く、冷淡に流れた。副官の一人が前へと歩み出ると、昨夜のアチェラ突入作戦に関する詳細な報告を始めた。
ブリーフィングがアチェラ城砦内部、広場付近での交戦に差し掛かると、幕舎内の空気はさらに深い沈黙へと沈んでいった。
セリアナの激しい抵抗は、すでに予想の範疇であった。
アチェラの実質的な君主にして『銀の月の女王』。
エフェリア全土で彼女の武力と威厳を知らぬ者はいなかった。
しかし、剣と盾の達人である彼女といえども、ヘクサールとモルカインの連合攻撃ならば十分に突破できたはずであった。
作戦失敗の原因は明白であった。青い霧と共に現れた、謎の援軍だ。
「ですが……その青い光の柱が天を突くように立ち上り、広場を覆うほどの霧が広がった瞬間から、すべてが覆されました。突如として現れた敵の支援軍が我らを急襲し、戦況は瞬く間に逆転したのです」
バラクソールは視線をヘクサールとモルカインに向けたまま、低い声で問うた。
「ヘクサール、モルカイン。その青い光と霧、そして不意の援軍について説明しろ。一体、現場で何が起きたのだ?」
ヘクサールは席から立ち上がり、深く頭を下げて答えた。
「バラクソール様、申し訳ございません。全くもって想定外の変数でした。我らとしても……あの現象の正体を把握できておらんのです」
彼は緊張を解かぬまま言葉を継いだ。
「私が見たのは、広場の中央から天まで届かんばかりの青い光柱がそそり立つ光景でした。その光から霧が四方へと溢れ出し、その中から軍勢が溢れ出てきたのです。あのような奇怪な現象は生きて拝んだこともなければ、噂すら聞いたことがございません」
「戦闘とは常に予期せぬ要素が付きまとうものだ」
バラクソールは椅子の背もたれに身を預け、ヘクサールの目を真っ直ぐに見据えた。その鋭い視線を意識したヘクサールは、生唾を飲み込んで付け加えた。
「霧から現れた援軍だけが問題ではありませんでした。単に数が増えただけならば、これほど一方的に押し切られることはなかったでしょう。真の脅威は、霧の中から真っ先に飛び出してきた赤髪の戦士、そして共に現れた銀髪のコルディアール……彼らが特に致命的でした」
モルカインは依然として虚ろな目を上げたが、口を開けたまま沈黙を守るばかりだった。彼の内面では、いまだ戦闘の混乱が吹き荒れているようだった。バラクソールは二人を交互に見つめ、指先で卓を軽く叩いた。
「赤髪の戦士、そして共に現れたコルディアール、か……」
ヘクサールが頷き、言葉を続けた。
「はい、バラクソール様。あの霧の中から溢れ出した敵軍が、我らを瞬く間に包囲し、襲い掛かってきました。あの戦士の剣術と、女のコーディウムは我らの予想を完全に上回っておりました。正直なところ、モルカインが狂戦士のコーディウムを発動させていなければ、セリアナすらまともに相手にするのは困難だったはず。ですが、あの赤髪の戦士が合류したことで、戦況は完全に覆されてしまったのです」
バラクソールは腕を組み、地図の上のアチェラを忌々しげに見下ろしていた。卓上の灯火が微かに揺れ、彼の顔に深く陰湿な影を落としている。冷たく光る瞳の奥には、敗北の苦渋を噛み締めるかのような重苦しい沈黙が流れていた。
「ふん、想定外の変数、か。我らの兵力が優勢と踏んでいたが、あやつらについてより徹底した調査が必要なようだな。フェラズ、直ちにアチェラへ潜入し、あの青い霧と、その中から現れた者どもの正体を根こそぎ暴いてこい」
「承知いたしました、バラクソール様。仰せのままに」
フェラズの返諾が終わると、バラクソールの視線は自然とモルカインへと移った。
モルカインは辛うじて体を支えていたが、フェラズのコーディウムの余波から未だ回復しきれず、その目は虚ろであった。威風堂々としていたあの巨躯が、疲労に塗れて力なく垂れ下がっている様は、見るに忍びないほどだった。
その時、バラクソールが突如として拳を握りしめ、卓を力任せに叩きつけた。
落雷のような衝撃音が幕舎内に響き渡り、木製の卓に亀裂が走った。空気中に埃が舞い上がり、灯火の炎が激しく踊って、影を不気味に揺らす。バラクソールの顔は怒りで赤く染まり、憤怒を抑えようと歪んだ唇の間からは、凄ま지い殺気が漏れ出していた。周囲の空気は一層重く沈み込み、息をすることさえ躊躇われるほどであった。
「モルカインッ!」
低く太い怒号が嵐のように炸裂し、幕舎の壁を伝って木霊した。その圧倒的な威圧感に、幕舎内の時が止まったかのようだった。モルカインは雷に打たれたように体を硬直させ、身を竦めた。彼は傷と疲労で震える足に力を込め、ようやくの思いで立ち上がる。
「は……はいっ!」
不安の滲む声は、普段の冷静さを失い、惨めに漏れ出した。彷徨う瞳は床へと向けられ、指先は無意識のうちに丸まっていた。バラクソールはその様を見て、鼻で笑うように短く息を吐いた。吊り上がった眉と卓の上で脈打つ拳は、彼の忍耐が限界に達していることを示していた。
「貴様が二度と、俺の許しなく狂戦士のコーディウムを勝手に使うというのなら……今度こそタダでは済まさんぞ。その無謀な真似のせいで、どれほどの狂戦士斧兵どもが命を落としたか、その腐った両眼でとくと見たはずだ」
バラクソールの声は、炎のように熱い気気を放っていた。激しく上下する胸筋に合わせ、甲冑の鎖が不快な金属音を立てて擦れ合う。彼は腕を組んだまま、鋭利な刃物のような視線でモルカインを睨みつけた。
「……」
モル카インは叱責を受ける子供のように肩を窄めて立っていた。バラクソールより体躯は勝っていたが、今の彼は限りなく小さく見えた。周囲の蝋燭が彼の影を長く引き伸ばし、その惨めさを一層際立たせるばかりであった。
狂戦士斧兵部隊の隊長として、モルカインは本来、鋭い眼光で部下を率いる者であった。彼の指示は風のように鋭く、戦場での決断は雷のように迅速であったというのに。
だが彼のコーディウム、すなわち『狂戦士』の本能が覚醒する瞬間、あらゆる理性は霧のように霧散してしまうのが常だった。その致命的な弱点は、常に鎖となって彼の足首を縛りつけてきた。それでもなお、台風のごとく敵陣をなぎ倒す圧倒的な突破力は、バラクソールですら認めざるを得ぬ強力な武器であった。
モルカインがようやく口を開いた。その声は低く慎重で、まるで壊れやすいガラスのように危うい響きを帯びていた。
「バラクソール様、今後は……必ずや指示に従います。この命に代えて誓いましょう」
バラクソールの眉が僅かに動いた。彼は依然として腕を組んだまま、モルカインの顔を鋭く睨みつけた。荒くなった鼻息が幕舎内の空気を一層重く圧迫する。モルカインは努めてその視線を避け、床に目を落としたまま言葉を継いだ。
「今回の失敗は私のせいです。狂戦士の力を制御しきれなかった、私の不徳の致すところ。ですが、次の戦闘では必ずや勝利を捧げます。どうか、もう一度だけ機を……」
声には悲痛なまでの切実さが滲み、握りしめた拳は緊張で固く強張っていた。
「バラクソール様……言い訳に聞こえるかもしれませんが、セリアナの戦闘力は予想を遥かに上回っておりました。私がコーディウムを発動させていなければ、ヘクサールと力を合わせたところで、あの女を追い詰めることは不可能だったはず。本当に勝利の寸前まで行っていたのです。あの青い霧さえ現れなければ、今頃はあの女と伯爵の首を、この場に並べていたでしょうに」
バラクソールはその言葉が終わる前に、再び卓を叩きつけた。
先ほどよりも大きな轟音と共に、木片が四方へと飛び散った。彼の額には青筋が浮き上がり、顔は怒りで険しく歪んでいる。
「勝利の寸前だと? 貴様のその傲慢な自惚れが、部隊を丸ごと死地に追いやったのだ! 強敵などいついかなる時でも現れるもの。今貴様がほざいているのは、卑怯な言い逃れに過ぎん! 退却命令を無視し、狂気に酔いしれて暴れ回ったことこそが本質なのだ! 斧兵どもの血が貴様の足元に溢れているというのに、まだそんな世迷い言を抜かすか!」
雷鳴のような怒号と共に、バラクソールの口から飛沫が飛ぶ。彼は席から勢いよく立ち上がると、モルカインに歩み寄り、その指先で彼の胸を激しく突き刺した。
「貴様のせいで死に晒した兵が何人いると思っている! 奴らの悲鳴が貴様の耳には聞こえんのか! これは戦術的敗北ではない。貴様の狂気が部隊を蒸発させたのだ! この愚か者がッ!」
モルカインはその気勢に圧倒され、一歩後退した。蒼白になった顔で手を竦めたが、彼は視線を逸らさずにバラクソールを見据えた。
「バラクソール様、それは……私に制御できる領域ではありませんでした……」
「制御だと? 制御できぬような輩が、なぜ隊長の座に座っている!」
バラクソールが再び叫ぶと、空気が振動した。激しく肩で息をする彼の眼光は燃え盛る火のように爛々としており、蝋燭が作り出した巨大な影が、幕舎内の威圧感を増幅させていた。
モルカインは震える声を整えながら付け加えた。
「ですが、バラクソール様……あの赤髪の戦士は異常なほどに強かった。戦いが長引くほどに、疲弊するどころか益々強大になっていったのです。初めこそ剣を受け流せておりましたが、打ち合うたびに威力は指数関数的に膨れ上がりました。私が……あれを防ぎきったことさえ奇跡と言えるほどだったのです」
バラクソールは鼻で笑い、首を振った。嘲弄するような笑みが口元に浮かんだが、瞳だけは依然として冷徹だった。
「奇跡だと? 貴様の無能を奇跡という言葉で飾ろうというのか。部隊が壊滅したのはあの戦士のせいではない。退却の機を逃した貴様の失策だ。今貴様に残されているのは、屍となった部下たちと、当分まともに動けもしない貴様の惨めな身体だけだ」
モルカインは唇を噛み締め、項垂れた。落ちた肩の間から、苦しげな吐息が漏れる。
「私の不覚です。ですが、奴の剣術は……まるで悪魔のように鋭利でした。剣が掠めるたびに、兵士たちが秋風に舞う落葉のごとく斬り捨てられていったのです。血は噴水のように噴き出し、悲鳴が四方を覆い尽くしました。私がコーディウムを使っていなければ、その場で全滅していたでしょう」
バラクソールは依然として冷ややかな目で彼を見下ろしていた。
「バラクソール様、どうか……次の機会に必ずや挽回してみせます。あの赤髪の男の首は、この手で直接叩き落としてまいりましょう」
バラクソールは重苦しい溜息を吐き出し、席に着いた。顔には依然として怒りの残滓が宿っていたが、荒らげていた声は幾分か和らいでいた。
「二度と我が命に背き、独断で動いてみろ。その時は、俺自身が貴様の首を撥ねてやる。分かったな?」
モルカインは床を突き抜かんばかりに深く頭を下げた。
「はっ、バラクソール様。骨の髄まで刻み込みます」
幕舎内を押し潰していた殺伐とした空気が、ようやく解け始めた。だが、無残にひび割れた卓の痕跡と同じく、一度爆発した怒りの余韻は容易には消え去らない。空気中に漂う微細な埃と火炉の熱気が鼻を突き、会議室全体を重い霧のように包み込んでいた。壁に掲げられた旗が微かにたなびく音だけが、危うい静寂を破るのみで、誰もが軽々しく口を開くことはできなかった。
ヘクサールはモルカインの傍らで、死んだように息を潜めてその場に留まっていた。視線はひたすら床へと向けられている。今の状況で言葉を挟めば、燃え盛る火に油を注ぐ結果になることを、彼は誰よりも理解していた。落ちた肩と固く結ばれた唇からは、周囲の顔色を伺う気配が明白に読み取れる。バラクソールの視線がいまだ怒りに揺らめいているのを感じ、彼は身を一層低く丸めて、嵐が過ぎ去るのを待った。
長い沈黙が続いた。揺れる灯火の下、淀んだ空気は息が詰まるほどに重い。幕舎の外で風にたなびく天幕の音だけが聞こえるのみで、内部の静寂は、まるで巨大な嵐を前にした凪のように張り詰めていた。
しばらくして、ラグトールが慎重にバラクソールを見やり、頭を下げた。彼の甲冑が僅かに触れ合い、鎖が小さく音を立てる。その細い金属音が幕舎内の重苦しい沈黙を破ると、全員の視線が彼へと注がれた。
ラグトールの表情は平穏であったが、瞳の奥に宿る眼光は、彼が抱く下心を密かに露呈しているようだった。彼はゆっくりと身を乗り出し、バラクソールと視線を合わせた。
「バラクソール様、私の意見を述べてもよろしいでしょうか。お許しを乞いたく存じます」
バラクソールが長く息を吐き出し、頷いた。視線がラグトールへと移るだけで、幕舎内の空気が再び圧迫感を増す。
「言ってみろ、ラグトール」
ラグトールはゆっくりと息を整えた後、語り始めた。その声は落ち着いていたが、戦場の風のように確固たる確信が込められていた。彼は軽く手を取り、周囲の耳目を引きつける。
「先の戦闘で多大なる兵力を失ったモルカイン卿は、確かに罰を受けて然るべきでしょう。ですが、到底予測し得なかった状況であったことも、どうかご勘案いただきたいのです。本格的な攻城戦が始まる前に、モルカイン卿が過度に萎縮し、実力を発揮できなくなっては、我らにとっても痛手ではございませんか?」
表向きはモルカインを庇うようであったが、同格の騎士という立場からラグトールが放つ『慈悲』は、モルカインにとって耐え難い屈辱であった。ラグトールは口元に微かな笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「モルカイン卿の突破力こそ、誰にも真似できぬ我が軍の誇り。卿も今回の件で、同じ過ちは繰り返さないはずです。あの素晴らしい『狂戦士』の力を、使いこなせぬはずがございませんから。……そうでございましょう、モルカイン卿?」
庇う振りをしながらも、モルカインの統率力と自制心を巧妙に貶める毒舌であった。ラグトールの視線がモルカインを掠める時、その内に込められた嘲弄が露骨に示された。
モルカインはその言葉を聞くやいなや、拳を固く握りしめた。手の甲には太い血管が浮き上がり、奥歯を激しく噛み締める音が聞こえるほどだった。顔を真っ赤に染め、視線は床に向けたままだったが、煮え繰り返る怒りの火がその瞳を爛々と輝かせた。
『ラグトールの野郎……覚えていろよ』
憤怒が脳内を駆け巡り、胸を苦しく締めつける。肩が微かに震え、荒い鼻息が漏れたが、今のこの場で反発するほどモルカインは愚かではなかった。彼は背筋を駆け上がる熱い屈辱を、歯を食いしばって耐え抜いた。
「それだけか?」
バラクソールの問いに、ラグトールは依然として冷静な口調で、だが隠された棘を研ぎ澄ませながら言葉を続けた。
「いいえ。私が申し上げたいのは、今この場で机上の空論を交わしたところで、あの青い霧の正体や突如現れた援軍の出処を解き明かすには限界がある、ということです。曖昧な現象に固執するより、敵の全兵力を改めて明確に把握し、圧倒的な戦力を用いた正攻法で攻略する方が賢明かと思われます」
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