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146. 仲直り

「お姉様、このケーキ……っ」


目も眩むほど美しいケーキを一口に含んだセイラが、目を丸くしてリセラを見つめた。


「口の中でふわっと溶けて、まるでお夢を見ている気分です。甘さの後に広がるほのかな苦味が、本当に心地よくて……」


セイラの声に、ようやく生気が戻ってきた。リセラとセイラの様子をじっと伺っていたエレンも、そっとチーズケーキを一口頬張る。


「お母様! これ、すっごく美味しい!」


エレンの頬がぽっと赤らみ、瞳がキラキラと輝き出した。少女は小さな手に握ったフォークでケーキを大きく掬うと、再び口いっぱいに放り込んだ。


リセラがケーキをもう一口口にすると、胸の奥でふわりと優しい波が湧き上がるような感覚に襲われた。温かな気運が全身へと広がり、言葉では言い表せない幸福感が咲き誇る。まるで故郷ラティベルナの庭先にうららかな春の陽光が降り注いでいるかのような、理由のない喜びが全身を包み込んだ。


リセラは驚きに目を見開き、フォークを置いてそっと胸元を押さえた。口元には自然と笑みがこぼれたが、初めて経験するこの圧倒的な感情に、どうすればいいのか分からなかった。


『一体どうしたというのかしら? 胸がいっぱいになって……』


リセラがセイラに目を向けると、彼女もまたフォークを置いたまま、両頬を紅潮させてうっとりとした表情を浮かべていた。


「セイラ、これ、少し不思議だと思わない? いつも食べているものとは、まるっきり違うわ」


「お姉様、口に入れた瞬間にこの感情が……まるで心の中に花が咲くみたいに溢れてくるんです。このケーキ、魔法でもかかっているのでしょうか?」


エレンはケーキをモグモグとさせながら、二人を交互に見つめている。リセラは胸を押さえていた手を少し動かし、はにかむように笑った。


「本当に不思議ね。ただ美味しいものを食べた時に感じる気分とは、何かが違うわ」


二人の会話が続く中、レストランの給仕長が控えめな様子で近寄ってきた。


「デザートはお口に合いましたでしょうか?」


リセラは給仕長を見上げ、静かに口を開いた。


「クリームは滑らかで、ベリーの酸味も見事ですね。ですが、以前いただいたものとは明らかに違います。まるで……何か薬でも入っているのではないかと思うほどに感情が高揚するのですが、理由は何かしら?」


給仕長は一瞬当惑した様子を見せたが、すぐに慇懃に首を横振って微笑んだ。


「私ども『月光の庭園』は、バセテロン最高のレストランであると自負しております。そのような不届きな真似は、決してございません。ただ、新しく入った見習いパティシエが、どうしてもお客様に自分のケーキを披露したいと固執したもので、お出しした次第でございます」


給仕長は腰を低くして謝罪し、言葉を付け加えた。


「もし、お口に合いませんでしたら、直ちに別のものをご用意いたしますが……」


給仕長の言葉に、リセラは軽く首を横に振ってケーキを見つめた。その頬にはまだ淡い紅潮が残り, 胸から始まった温かな熱が今も全身をやさしく包み込んでいる。


「味そのものは素晴らしいわ。ただ……この奇妙な感覚が胸の奥からじわじわと込み上げてくるのが、まだ感じられるの」


「ご不快な思いをさせてしまったのであれば、誠に申し訳ございません。今からでもお取替えいたしましょうか?」


「いいえ、悪い意味ではないのです。むしろ、とても心地よい気分だわ。まるで心の中の空っぽだった場所を、何かが満たしてくれるような……」


給仕長はようやく安堵したように微笑みを浮かべ、恭しく頭を下げた。


「お客様の率直なご意見、感謝いたします。見習いパティシエにも必ず伝えておきましょう。材料につきましては、最上級のものを厳選しておりますので、どうぞご安心ください」


セイラが頷きながら、再びフォークを手にする。


「そうですわ、お姉様。この込み上げてくる想いは、まるでお幸せの波のように感じられます。その見習いパティシエさんに、とても素晴らしかったと伝えてくださいな」


――食事を終えてレストランの扉を出ると、冷ややかな夜風が初春の柔らかなささやきと混ざり合い、肌に染み込んできた。通りには建物から漏れる琥珀色の光が長い影を落とし、遠くから聞こえる馬車の轍の音が、静かな夜の静寂を軽やかに切り裂いている。


リセラはコートの襟を合わせながらエレンの手を引き、セイラはその後に続いて少し肩をすくめた。リセラとセイラの口元に宿る微笑みは、湖に映る星光のように静かに輝いていた。


しばらくして、セイラが先に沈黙を破った。


「お姉様、あのケーキ、本当に不思議でした。食べる前まではルメンティア様のことで頭がいっぱいだったんです。でも、一口食べただけで、少し気持ちがゆったりした気がします。正確に説明するのは難しいのですけれど」


リセラはエレンの手をぎゅっと握り、セイラを見つめ返した。


「私もそうよ。実は、私もイヒョンさんと離れるのが寂しかったの。春が来ればエレンまでカレオストラへ発たなければならない状況だから、余計にそう思っていたのでしょうね。けれど……あのケーキを食べたら、その寂しさが霧のようにゆっくりと晴れていく気分だわ」


セイラは曲がり角を曲がり、遠くに見える家々の灯りを見つめた。


「さっきの給仕長が言っていた見習いパティシエ、一体どんな方なのかしら。きっと、特別な隠し味でも使ったに違いありませんわ」


「さあ……。材料は最高級のものを選んだと言っていたけれど、見習いの身で勝手に何かを加えることなんてできるのかしら?」


「お姉様、あのケーキのせいでしょうか、何だか心構えが変わった気がします。ついさっきまでは胸が締め付けられるようでしたけれど、今はルメンティア様が私を信じてここを任せてくださるよう、もっと一生懸命学ばなければと思えるのです。喜んで待っていられそうですわ」


エレンがリセラの手を揺らしながら、ねだるように言った。


「お母様、おうちでもあんなケーキ、食べられる?」


「エレン、おうちに帰ってもあのケーキはないけれど……代わりに、お母様と一緒にお菓子でも焼いてみましょうか?」


「うん、やったぁ! 生地をこねるのは、エレンがやるね!」


家の前に到着すると、リセラが鍵を取り出して扉を開けた。中から漏れ出す温かなぬくもりが三人を迎え、夜の肌寒さを溶かしていく。エレンがいち早く中へと駆け込み、セイラはリセラを見て軽く頷いた。


「お姉様、今日は本当にありがとうございました。お陰で、気分がずっと楽になりました」


リビングの暖炉では薪がパチパチと音を立てて燃えており、揺らめく琥珀色の炎に合わせて、影が壁面を優雅に彩っている。家の中は薪が燃える特有の香ばしい匂いに満たされ、心地よい安らぎを与えていた。


セイラが先に足を踏み入れると、リセラは扉を閉めてコートのボタンを外し、後に続いてリビングへと向かった。三人がリビングに入ると、ソファに座っていたイヒョンが身を起こして彼女たちを迎え入れた。


「話があるんだが、少し聞いてもらえるか?」


イヒョンに気づいたセイラの足が止まった。彼女は唇を少し尖らせたままソファへと近づき、深く身を沈めると、腕を組んだまま背もたれに寄りかかった。まだ少し不機嫌そうなその姿を見て、リセラは苦笑しながら隣に腰を下ろした。


その時、エレンがタッタッと駆け寄ってイヒョンの膝の上に乗ると、夕食での出来事を弾んだ声で話し始めた。


「おじちゃん、今日の晩ごはん、すっごく美味しかったよ! 仔牛のステーキも良かったし、パンもふわふわだったんだから」


イヒョンの大きな手が、エレンの背中を優しく撫でる。


「そうか?」


エレンは勢いよく頷いた。


「お母様がくれたぶどう酒もちょっとだけ飲んでみたんだけど、お口の中で果物の味がポンって弾けて、まるで派手な打ち上げ花火みたいだったの!」


「ぶどう酒は、もう少し大きくなってからの方が良さそうだな」


エレンの声は、小鳥のさえずりのように明るく軽やかに続いていく。


「でも、一番不思議だったのはケーキだよ。チーズケーキのクリームが雲みたいにふわっとしてて、お口に入れると空を飛んでる気分になったんだもん。次はおじちゃんも一緒に行こうね」


「ケーキがそんなに魔法みたいだったのか? 次は必ず一緒に行こう。俺もその味が気になってきたよ」


イヒョンは膝の上に座るエレンを、そっと横へと下ろした。そして、緩んでいた表情を引き締め、視線をリセラとセイラへと移した。


イヒョンの肩がわずかに落ち、低い声がリビングの静寂を破って流れ出した。


「リセラ、セイラ。まずは……謝らせてくれ。すまない。二人の気持ちを汲み取れず、独りよがりに決めてしまった。理由がどうあれ、通告するように話したのは、明らかに俺の落ち度だ。本当に申し訳ない」


リセラはソファの肘掛けに預けていた身体を正し、口を開いた。


「あなたの気持ちは理解しているわ。あなたが元いた場所に戻ることが、どれほど重要なことか分かっているもの。それは謝ることではないわ」


リセラはイヒョンの目をじっと見つめ、言葉を継いだ。


「冒険者二級試験を受けなければならないのなら、それは避けて通れないことでしょう。昼間も言った通り、私たちに選択の余地はないのだから。けれど……あんな風に突き放すように言われてしまうと、私だけでなくセイラだって疎外感を抱かざるを得ないわ。あなたが私たちを真剣に考えてくれていないようで、寂しく思うのは当然のことよ」


リセラが話し終えてセイラに目を向けると、彼女の固く組まれていた腕がするりと解かれた。彼女は顔を上げ、イヒョンを見た。唇は相変わらず尖ったままだが、その瞳には明らかな柔らかさが宿っている。


「ルーメンティア様、その言葉を聞いて少し心が晴れました。ですが、どうしてあんなに人の気持ちを考えずに仰ったのですか? さっきは本当に切なかったんですから。いえ、切なさを通り越して腹が立ちましたわ」


「すまない。配慮が足りなかった」


「さっき、どんな風に思ったかご存知ですか? 私をただの荷物のように思っていらっしゃるのではないかと、悲しかったのです」


イヒョンは隣に座るエレンの背中を撫でながら、セイラの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「まさか。俺がそんな風に思うはずがないだろう? お前を荷物だなんて思ったことは、ただの一度もない。誓ってもいい。むしろ、リセラとお前がいてくれたからこそ、ここを我が家のように感じられたんだ」


イヒョンは深く息を吸い込み、二人を交互に見つめながら、心の底からの言葉を伝えた。


「二人がいなかったら、俺はここでやっていけなかった。エフェリアに来てからのすべての瞬間が、お前たちと共にあってこそ可能だったんだと、ようやく心の底から気づかされたよ。二人がいなければ、俺は生き残ることさえできなかったはずだ。俺は、お前たちのことを家族だと思っている。本当に、感謝している」


イヒョンの手が、エレンの髪を愛おしそうに撫でた。


「ただ、家族同然の者を危険に晒すような決断を下すのは、正しいことではない……そう思い込んでいたんだ。カレオストラへの道のりがどれほど過酷か、お前たちもよく知っているだろう。説明さえすれば、俺の想いを理解してもらえると考えていた。だが、俺の考えが浅かったよ。二人の想いを細やかに汲み取れなかったのは、俺の不徳の致すところだ」


リセラがイヒョンに向かって、パッと明るい笑みを浮かべた。


「それでも、あなたがあの場所に行かなければならないという事実は変わらないわ。これからは、カレオストラへ安全に行って来られる方法を一緒に探しましょう。一人で決めずに、みんなで知恵を出し合うの。それが、より良い道を見つけ出す方法ではないかしら?」


セイラが首を傾げながら、リセラを見つめた。


「それでも、一緒に行ければいいのですけれど……」


イヒョンの膝の上に戻ってきたエレンが、話に割り込んできた。


「カレオ……なんとかって、エレンも聞いたことある! おじちゃんも、エレンが行くところへ一緒に行くの?」


イヒョンは子供の天真爛漫な問いかけに吹き出し、その頭を撫でた。リセラが提案する。


「イヒョン、ここで今すぐ結論を出そうとせず、明日にでも冒険者ギルドへ行って助けを求めてみるのはどうかしら? 少なくとも、安全な経路や代案を教えてくれるかもしれないわ」


「そうだな。そうすべきだ」


その言葉に、セイラの顔もようやく晴れやかになった。


「いいですね、お姉様。明日、みんなで冒険者ギルドへ行って聞いてみましょう!」



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


お読みいただき、楽しんでいただけましたら、ブックマークやコメントをお願いいたします。


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