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107. 退却

「Pallum Consolatioパルム・コンソラティオ!!!」


『慰めの盾』


その声は戦場の火魔と闇を一気に飲み込むほど清らかで、威厳に満ちていた。


カッ――!


虚空からほとばしる聖なる波動に、死を覚悟したベルティモの呼吸が一瞬止まった。


彼の全身を包み込んだのは、目がくらむほどに青い光輝だった。まるで母の懐のように柔らかく、しかしどんな鋼鉄よりも堅固な光のとばりが、彼を隙間なく包み込んだ。


カルヌスの剣がベルティモの脳天を割ろうとした、まさにその刹那。


カァァン――!


澄んだ鐘の音のような破裂音が広場に響き渡った。


「……!」


光の盾に阻まれたカルヌスの剣が、虚空へと弾き飛ばされた。その巨大な反発力に、余裕綽々(しゃくしゃく)だったカルヌスさえも重心を崩し、たたらを踏んだ。奴の赤い瞳が、初めて当惑に揺れ動いた。


ベルティモは呆然とした目で、自身の体を包む青いドームを見つめた。そして耳元を打つ馴染み深くも懐かしい轟音に顔を向けた。


ドドドドド!


大地が鳴動していた。


伯爵の別荘側の坂道、立ち込める土煙を突き抜け、猛烈な勢いで駆けてくる黒い波。


「あれは……」


はためく旗、陽光を受けて煌めく鎧。ラマンを先頭にした伯爵の騎士団と重歩兵たちが、絶望だけが漂うこの広場に、一筋の光のように殺到していた。


「ベルティモ隊長! イヒョン様!」


ラマンの野太い怒号が戦場を切り裂いて飛んできた。


そしてその騎兵隊の中心、白馬に乗り風のように駆けてくる銀髪の女性。


シエラだった。


風になびく銀色の髪は戦場の旗のように高潔で、高く掲げた彼女の白い杖の先からは、たった今ベルティモを救い出した青い光の残滓ざんし陽炎かげろうのように立ち上っていた。


『慰めのパルム・コンソラティオ』。


彼女が作り出した奇跡だった。


「ラマン……シエラ……」


ベルティモの乾いた唇から安堵の息が漏れ出た。助かった。いや、これで反撃できる。


彼はもう一度闘志を燃やし、地面に突き刺さった斧のを握りしめた。


「ぐううっ……!」


だが意欲とは裏腹に、体は無惨にも崩れ落ちていた。握力が入らなかった。指の節々が勝手に痙攣し、脚はまるで沼にはまったかのようにびくともしなかった。


斧は地面から一インチも持ち上がらなかった。


「このクソッたれな体が……!」


ベルティモは地面を叩いて自分を呪った。仲間たちが来たのに、膳立ては整ったのに、肝心の自分が何もできないという事実が彼を惨めにさせた。怒りと無力感が入り混じった涙が滲んだ。


その時、カルヌスの黒いマントが蛇のようにうごめいた。


奴は戦況を把握した。数的に不利だ。だが目の前の獲物は瀕死の状態だ。


奴の赤い目が闇の中で鋭く光った。


「増援軍か? 面倒なことになったな。早く終わらせてやる」


スッ。


カルヌスの気配が煙のように散った。影の中に身を隠した彼は、どこから飛び出してくるか分からない密林の豹のように、ベルティモの首を狙って隠密に接近した。


ベルティモが死を予感し、目をきつく閉じようとした刹那、シエラの切迫しているが力強い叫びが再び響き渡った。


「ベルティモ様! まだ諦めるには早いです!」


彼女はベルティモに向けて杖を高く掲げた。杖の先に吊るされた水晶から眩い光が爆発した。


「Sanatio Lacrimaeサナティオ・ラクリメ!!!」


『癒やしの涙』


その瞬間、ベルティモの頭上に新緑の気を帯びた霧が立ち上った。


シエラの杖の先から始まったその神秘的な霧は、虚空で凝縮されると、やがてベルティモが立っている狭い空間にだけ、細い春雨のように降り注ぎ始めた。


ポツ、ポツン。


透明で澄んだ緑色の水滴が、血まみれの巨躯きょくに降り注いだ。


冷たい雨粒ではなかった。肌に触れた瞬間、母の手のような温かい温もりが全身を包み込んだ。ベルティモは抗えない安らぎに、スルスルと目を閉じた。


皮膚の奥深くに染み込んだ生命の気運は血管を伝って流れ、精神をむしばんでいた冷たい絶望と呪いを、雪解けのように洗い流した。裂けた筋肉が繋がり、砕けた骨が元の位置に戻った。苦痛があった場所に、溢れんばかりの活力が満ちた。


やがてベルティモが目を開けた。


熟睡して目覚めた猛獣のように、その瞳は生気を取り戻すどころか、溢れ出る闘気で燃え上がっていた。


「シエラ……」


彼は拳を握ったり開いたりして、戻ってきた力を確認した。


「礼はツケにしとくぜ」


ベルティモは床に落ちた斧を荒々しくひったくった。掌にしっくりと馴染むグリップ感。太ももと腹部を苦しめていた痛みは、嘘のように消え去っていた。


彼は斧を両手で持ち直し、低い姿勢で周囲をうかがった。影の中に隠れたネズミ、カルヌスの気配を探すためだった。


『どこだ。出てきやがれ』


その時だった。濃い闇の中で赤い眼光が閃光のように煌めいた。


「そこか!」


カルヌスが稲妻のように飛び出した。翻る黒いマント、月光を受けて冷たく光る双剣。


だが、奴の標的はベルティモではなかった。


奴の視線の先には、気を失って無防備に倒れたイヒョンがいた。勝ち目がないと悟った猛獣が、最も弱い獲物の喉笛を噛み切ろうと襲いかかったのだ。


「駄目だ!」


ベルティモが叫ぶより早かった。


ガキンッ――!


疾風のように馬を駆ってきた騎士が、カルヌスの行く手を阻んだ。


ラマンだった。


馬から飛び降りると同時に剣を抜き放ったラマンは、カルヌスの奇襲的な一撃を正確に打ち払った。金属同士がぶつかり合う鋭い破裂音と共に火花が散った。


ラマンは着地するやいなや、剣先を揺らぐことなくカルヌスの眉間に向けた。


「相手は私だ」


ラマンの構えには、針の穴ほどの隙さえなかった。


カルヌスはチッ、と舌打ちし、再び影の中へ身を隠そうと後ずさりした。


だが、ベルティモがその無様な姿を見逃すはずがなかった。


「どこへ逃げようってんだ、このネズミ野郎が!」


完全に回復したベルティモが暴走機関車のように殺到した。


ブンッ!


空気を引き裂く重い斧の一撃がカルヌスの腰を狙った。カルヌスは奇怪なほど柔軟に腰を折って避けたが、それで終わりではなかった。斧が通り過ぎた跡に、ラマンの剣が蛇のように食い込んだ。


シュパッ! シュッ!


「ぐっ!」


カルヌスは休む間もなく押し寄せる連携攻撃に、徐々に後ろへと押されていった。


カルヌスはイヒョンの首を刎ねる隙を窺っていたが、二人はカルヌスに刹那の余裕さえ許さなかった。ラマンの剣は素早く精巧に急所を突き、ベルティモの斧は防ぎきれぬほど重く破壊的だった。


嵐。まさしく二つの嵐がカルヌスを閉じ込め、打ち据えていた。


「ハッ! こいつは昔を思い出すな! そうだろ、ラマン!」


『癒やしのサナティオ・ラクリメ』の効果で力が溢れるベルティモが、豪快に笑いながら斧を振り回した。


「無駄口を叩く時間はありません! 集中してください!」


ラマンは冷徹に応じながらも、ベルティモが作った隙を逃さず剣を突き入れた。


「チェッ! 相変わらずロマンの欠片かけらもねぇ奴だ」


まるで数十年を共に戦場を駆け抜けた戦友のように、二人の呼吸は完璧だった。斧が敵の防御を砕けば剣が肉を切り、剣が敵を誘い出せば斧が骨を狙った。


カルヌスの呼吸が乱れ始めた。


「この……不完全な下等生物どもが……!」


彼は歯ぎしりしながら双剣を振るい反撃を試みたが、ただ虚空を切るのみだった。


「観念しやがれ! 手前ぇは今日、ここで骨も残さねぇぞ!」


ベルティモはこれまで受けた屈辱と怒りを斧に乗せ、吐き出した。


ドガァァン!


振り下ろされる斧の威圧感にカルヌスがたじろいだ。その隙を突き、ラマンの剣が奴の肩をかすめていった。


勝機が傾いた。


カルヌスが守勢に回って後ずさりしていた、まさにその瞬間だった。空が裂けるような轟音が広場全体を揺るがした。


「Irae Fractusイレ・フラクトゥス!!!」


『憤怒の炸裂』


雷鳴よりも巨大な声が大気を押し潰した。同時に漆黒の夜空の真ん中から、まるで太陽の欠片かけらを切り取ったような巨大な火炎球が、三人の頭上へと落下した。


カッ!


視界が赤く染まり、目が潰れそうな閃光が炸裂した。


「ぐっ! 伏せろ!」


ラマンとベルティモは本能的に地面に身を投げた。


ドカアアアアアン――!


滅亡の星が落ちたようだった。


広場のど真ん中を強打した衝撃波が、地震のように大地をひっくり返した。嵐に巻き込まれた塵と石礫いしつぶてが四方へ飛び散り、熾烈だった戦闘の流れを強制的に断ち切った。


しばらくして、立ち込める土煙と熱気の中から、一つのシルエットがゆっくりと歩み出てきた。


死よりも冷たく、夜よりも暗い存在。


アズレムだった。


風に翻る黒いマントの裏地は血のように赤く燃え上がり、黒鉄くろがねで作られた鎧は周囲のすべての光を飲み込むかのように重々しく輝いていた。何より彼の胸甲の中央に埋め込まれた赤い紋様が、まるで生きている悪魔の心臓のように不吉に鼓動していた。


彼が足を踏み出すたびに、息詰まるような沈黙が広場を侵食した。


「カルヌス。退却せよ」


アズレムの声は低く沈んでいたが、その中には逆らうことのできない絶対的な力が宿っていた。彼の視線はカルヌスの魂を貫くように冷たく突き刺さった。


剣を握っていたカルヌスの手に力が入った。手の甲に血管が張り裂けんばかりに浮き上がった。


「少し、あと少しだけ時間をくだされば、奴らの首を……」


カルヌスは怒りと無念さで唇を噛み締めながら懇願した。目の前の獲物を置いて背を向けねばならない屈辱感が、彼の全身を痙攣させた。


だが、アズレムは容赦なかった。


「無意味な犠牲を増やすな。私の忍耐を試すつもりか?」


「……」


「Umbra Veilウンブラ・ベイルを開け。直ちにだ」


氷のように冷厳な命令。アズレムの眼差しに込められた殺意を読み取ったカルヌスは、結局うなだれた。絶対者の前で、猟犬は服従するしかなかった。


カルヌスは恥辱を飲み込み、両手を虚空へ広げた。


「Umbra Veilウンブラ・ベイル


『影のとばり


ブウン――。


空間が振動した。カルヌスのマントの中から始まった黒い霧が、蛇の群れのように床を伝って広がっていった。生きている生命体のようにうごめきながら拡散した闇は、瞬く間に広場の半分を飲み込んだ。


それは単なる霧ではなかった。光も、音も、さらに希望さえも吸い込む、深く暗い深淵の湖だった。


アズレムが漆黒の大剣を虚空へ掲げた。


「Imperium Voluntatisインペリウム・ヴォルンタティス


『意志の支配』


それは耳で聞く音ではなかった。広場にいるすべての生命体の脳裏に直接突き刺さる、拒絶できない命令だった。


命令が下ると、奇異なことが起きた。


爆発と火炎の中で生き残ったフェルトゥスたちが、崩れた瓦礫の中から這い出し、躊躇なく黒い霧の中へ身を投げ出し始めた。火に焼かれただれた体を引きずりながらも、彼らはまるで救いを求める巡礼者のように影の中へと溶け込んでいった。


「貴様ら! 逃がすか!」


その光景を見守っていたラマンが、疾風のように地面を蹴った。


彼は獲物をさらう鷹のように、隙を見せたアズレムの心臓めがけて突進した。


ガキンッ――!


鈍い破裂音が響いた。ラマンの剣はアズレムの心臓には届かなかった。


赤いオーラをまとったアズレムの手が、ラマンの剣を軽く握りしめていた。


「ふむ」


アズレムは冷ややかな目でラマンを見下ろした。片腹痛いと言わんばかりに口角が歪んだ。


鬱陶うっとうしいな」


ピン。


彼は服についた埃を払うかのように、人差し指を弾いてラマンの刃を打ち払った。


「ぐっ!」


たかが指一本だったが、その威力は攻城槌こうじょうついのようだった。ラマンは巨大な衝撃に後ろへ押し戻された。剣を握る手が麻痺したように痺れ、刀身が悲鳴を上げて振動した。


瞬く間に開いた実力差にベルティモの瞳孔が収縮した。だが彼は斧を持ち直し、アズレムに向かって咆哮した。


「一体手前ぇの正体は何なんだ!」


圧倒的な気迫に押され息さえ苦しかったが、ベルティモは戦士の意地で踏み止まった。


アズレムの視線がベルティモに向いた。深く暗い深淵のような瞳。ベルティモはその目と合った瞬間、自身の魂の底まで丸裸にされるような薄ら寒い恐怖を感じた。


だがアズレムは答える価値もないとばかりに背を向けた。


彼はカルヌスと共に黒い霧の湖の中へと歩み入った。彼らの背中が闇に浸食されると、広場を覆っていた黒い霧も蜃気楼のように散り始めた。


まるでひとしきり悪夢を見たかのように、アズレムとカルヌス、そして数多のフェルトゥスが跡形もなく消え去った。


広場に再び静寂が訪れた。だがそれは勝利の静けさではなかった。圧倒的な恐怖が通り過ぎた後に残った、敗北感に近い沈黙だった。


「ハァ……クソッ。一体あの化け物は何だったんだ?」


ベルティモは長い息を吐き出し、斧を地面に突き刺した。足が震えたが休む暇はなかった。彼はよろめく足取りでソ・イヒョンが倒れた場所へと走った。


廃墟と化した広場の真ん中、死んだように横たわる蒼白い顔が見えた。


「イヒョン!」


ベルティモは土の地面に膝をついた。ガタリと恐怖が襲った。彼は血と埃にまみれた手を拭うこともできず、恐る恐るイヒョンの鼻の下に当てた。


幸い、指先に微弱な温もりが触れた。


「生きてる……。まだ息がある」


ベルティモの目元に熱いものが滲んだ。彼は込み上げる感情を飲み込み、歯を食いしばった。まだ安心するには早かった。


続いて駆けつけたシエラがイヒョンの状態を診た。彼女の表情が瞬く間に硬く強張った。


「生命力が……あまりにも希薄です。危険です」


彼女は遅滞なく杖を高く掲げた。


「Sanatio Lacrimaeサナティオ・ラクリメ!!!」


『癒やしの涙』


沈着だが切迫した詠唱が響き渡った。


虚空から新緑の気を帯びた霧が立ち上った。ベルティモを救ったあの奇跡の雨粒が、イヒョンの体へと降り注いだ。


だが。


パチッ、パチッ。


緑色の水滴はイヒョンの体に染み込むことなく、油の上を上滑りする水のように弾かれた。


まるで目に見えない膜が治癒の気を拒絶しているかのようだった。


シエラの瞳が当惑に揺らいだ。


「どうして……癒やしの涙が全く通じません。そんな……」



本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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