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104. 捕集

「リセラ様?」


ラマンは声を潜めて名を呼んだ。だが、返ってきたのは重苦しい静寂だけだった。


『……』


再び沈黙が廊下に降りた。


ラマンは固唾かたずを呑み、もう一度扉に耳をぴったりと押し当てた。


「リセラ様? セイラ様? ラマンです」


すると、内側から微かな人の気配が感じられた。何かを慌ててどける鈍い摩擦音、そして木の床が荒々しく擦れる音。恐らく、扉を塞いでいた家具を動かしている音のようだった。


彼は本能的に腰の剣のつかを強く握りしめた。背筋を冷たい緊張感が伝い落ちた。いつどこで、あの凶物どもが飛び出してくるか分からない状況だったからだ。


キィィッ。


やがて古びた蝶番ちょうつがいが悲鳴を上げ、扉がほんの少しだけ開いた。


隙間から漏れ出る淡い灯りの間から、恐怖に染まった白い顔が覗いた。茶色の髪の間から見えるエメラルド色の瞳が、不安げに揺れ動いていた。


彼女はドアノブを、指が白くなるほど強く握っていた。


「どなた……ですか?」


リセラの声は、今にも壊れてしまいそうなほど危うげだった。ラマンは彼女を刺激しないよう、ゆっくりと両手を上げて丸腰であることを示した。


「ご安心ください。イヒョン卿の頼みを受けて参りました。リセラ様とセイラ様、そしてエレン嬢をお迎えに来たのです」


「イヒョン」という名が出るや、リセラの瞳に宿っていた鋭い警戒心が、雪解けのように解けた。彼女は広場で頼もしく立っていたラマンの姿を思い出したようだった。


「あ……広場でベルティモさんを助けてくださった、あの方……」


「はい、そうです」


「では、イヒョンさんは? もしかして……」


彼女は言葉を続けられず、唇を噛んだ。期待と不安が入り混じった眼差しだった。ラマンは努めて沈着な表情で答えた。


「ひとまず安全な場所へ避難せねばなりません。詳しいことは移動しながらご説明いたします」


「今、外はどうなっていますか? さっきまであの怪物たちが廊下を徘徊する音が聞こえていたんです」


「今は静まりました。奴らが完全に退いたわけではありませんが、動くなら今が好機です」


だが、リセラは扉を大きく開けようとはしなかった。彼女には自身の安否よりも重要なことがあるようだった。


「イヒョンさんは……ご無事なんですよね? それが確認できないと、私は動けません」


ラマンは短く嘆息して視線を一度逸らしたが、決心したように彼女の目を真っ直ぐに見据えた。嘘をつくことはできなかった。だが今は、彼女たちを生かすことが最優先だった。


「あの方は、皆様を守るために死地へ飛び込まれました。その犠牲を無駄にしないためにも、今すぐ動かねばなりません。伯爵様の別荘へご案内します」


真心が込められたラマンの訴えに、リセラの目元が潤んだ。彼女は少しの間うつむいて感情を抑えると、やがて濡れた瞳を上げてラマンを見つめた。


「……分かりました。すぐに出ます」


扉が完全に開くと、闇の中で互いを強く抱きしめ合っていたセイラと幼いエレンの姿が現れた。二人とも恐怖で顔面蒼白だった。


「宿屋の裏手に馬を用意してあります。馬には乗れますか?」


ラマンの問いに、リセラがエレンを胸に抱き寄せながら答えた。彼女の声には先ほどとは違う、母親のような強さが滲んでいた。


「もちろんです。こう見えても、牧場を営んでいましたからね」


その気丈な答えに、ラマンは薄い笑みを浮かべた。


「それは何よりです。では、セイラ様は私が後ろにお乗せします。リセラ様はエレン嬢を連れて、私について来てください」


一行は息を潜めたまま、宿屋の裏門へと続く階段を踏んだ。軋む木の階段の音が、一際大きく聞こえてきた。


裏手の厩舎には、鞍が置かれた馬二頭が、焦ったように蹄を鳴らしていた。


セイラはラマンの手を借りて彼の後ろに乗り、リセラは慣れた手つきでエレンを前に乗せた後、手綱を握った。


宿屋を抜け出した彼らは、闇に包まれた街を走り始めた。蒼白い月明かりだけが彼らの行く手を照らしていた。通りにフェルトゥスの影は見当たらず、辺りは死んだように静まり返っていた。


だが静寂を破り、遠くから身の毛もよだつ音が聞こえ始めた。無数の足が大地を揺らす振動、そして獣でも人間でもないモノたちが張り上げる奇怪な鳴き声。


ウウウウゥン――ギャアアアッ!


遥か背後から聞こえてくるその音に、ラマンの眉間が狭まった。


「あの音は……」


リセラの問いに、ラマンは道を案内しながら答えた。


「奴らです。急ぎましょう」


「どうして……こんなに忽然と消えることができたんですか? さっきまで都市を飲み込まんばかりの勢いでしたのに」


リセラの問いに、ラマンは口を固く閉ざした。彼は答えの代わりに手綱を引き、道端に転がる死体を避けた。


無惨に毀損された遺体を目にするたびに、背後を行くリセラが、手綱を握る手に力を込めている気配が伝わってきた。


彼女の沈黙は、どんな悲鳴よりも重かった。ラマンの背中から、不吉な気配を読み取ったに違いなかった。


「イヒョンさんに……何かあったんですね?」


「……」


「答えてください、ラマン卿」


「今は、申し上げられません」


ラマンの声は、度を越して事務的だった。リセラの額に皺が寄った。


「今は、ですって? それはどういう……」


「別荘に到着すれば、すべてをご説明いたします。ここはまだ安全ではありません」


ラマンはリセラの言葉を遮り、速度を上げた。だが、リセラは引き下がらなかった。彼女は遠ざかる自分たちの家と都市の風景を見つめながら、唇を噛んだ。


「周りの他の家にも人がいるはずです。まだ避難できていない人たちはどうなるんですか? どうして私たちだけ、こんな特別待遇を受けるんですか?」


「イヒョン卿が、エッセンビル伯爵閣下に、お三方の身柄を『特別に』頼まれたからです」


ラマンは『特別に』という単語に力を込めて答えた。


「伯爵閣下は、家門の名誉にかけて、お三方を必ず守ると誓われました。他の市民たちも重要ですが、今、私に与えられた最優先の任務は、お三方に指一本触れさせずにお連れすることです。それが、イヒョン卿との約束ですから」


『約束』という単語に、リセラの心臓がドクリと沈んだ。イヒョンが自分たちの安全のために、何か取引をしたという不吉な予感が脳裏をよぎった。


「伯爵様の別荘は、どこですか?」


リセラは片手でエレンを強く抱き寄せながら尋ねた。彼女の顔は血の気が引き、真っ白に強張っていた。


「都市で最も高い場所、北の丘の上です。もうすぐ着きます」


ラマンは大通りを避け、あえて小さな路地へと馬を進めた。闇が濃く立ち込める路地を抜け、急な坂道を登ると、ついに堅固な城塞を思わせる伯爵の別荘が姿を現した。


重厚な鉄門が開き、彼らは別荘の中庭へと足を踏み入れた。


すぐに案内された大会議室の空気は重かった。上座には疲労の色が濃いエッセンビル伯爵が座っており、その傍らには副官たちとシエラ、そして神官たちが整列していた。


だが、リセラの視線が向かった先は彼らではなかった。


『いない』


彼女は本能的に顔を巡らせ、部屋の隅々まで見渡した。だが、どこにもイヒョンの姿は見当たらなかった。不安は確信へと変わった。


「伯爵閣下、一行をお連れしました」


ラマンの報告に伯爵が顔を上げた。


「おお、そなたらがイヒョン卿が言っていた方々か」


リセラはスカートの裾を強く握りしめては放し、礼を尽くした。


「リセラと申します。エッセンビル伯爵様にお目にかかります」


「無事で何よりだ、リセラ嬢。私のすべての家臣が見ている前で、そなたたちを責任を持って守ると誓ったのだ。大変な時だろうが、ここでは心を安らかにするがいい」


伯爵は穏やかに言い、手振りで副官を呼んだ。


「お疲れだろう。この方々を貴賓室へ案内して差し上げろ」


「お待ちください」


リセラが足を動かさず、その場に釘付けになったように立った。


「閣下、出過ぎた真似をいたしますが……イヒョンさんはどこにおられますか? もしかして、彼に何か変事でも起きたのでは?」


リセラの瞳は波のように揺らいでいた。伯爵はその切実な眼差しを受け、言葉に詰まったようにしばし沈黙した。彼はシエラとラマンを交互に見ると、深い溜息と共に椅子の背もたれに身を預けた。


「折よく、シエラも尋ねていたところだ。イヒョン卿がどこにいるのかを」


伯爵の視線がラマンに突き刺さった。


「説明したまえ、ラマン」


「……承知いたしました」


すべての視線がラマンに注がれた。リセラの視線はラマンの唇を貫かんばかりに凝視していた。彼が無事だという一言があればいいのに、ラマンは言葉を濁し、視線を下に落とした。明らかに良くない兆候だった。


「ラマン卿、一体どういうことですか? お願いです、正直に話してください」


催促するリセラの声に湿り気が帯びた。ラマンは苦しげに拳を強く握りしめたが、決心したように口を開いた。


「イヒョン卿は……現在、重大な作戦を遂行中であります」


「作戦、ですって?」


リセラが呆れ返ったように聞き返した。


「あの人は剣の握り方さえ知らない人ですよ! 剣もまともに振るえない一般人が、何の作戦を遂行するというのですか?」


彼女の叫びが会議室に響いた。だが、ラマンは揺るぎない眼差しで彼女を見つめ、残酷なまでに沈着に答えた。


「この作戦は、イヒョン卿が自ら提案し、設計された計画です。そして、残念なことに……」


ラマンは少し言葉を切り、重々しく付け加えた。


「この絶望的な状況を打開する唯一の方法だと、我々は信じております」


ラマンは乾いた唇を湿らせ、イヒョンが提案した『狂った作戦』の全貌を打ち明けた。自らが囮となってフェルトゥスの群れを誘引し、都市の汚物が流れる下水道へ入って奴らを水葬にするという計画。そしてその死地でベルティモが協力者として共にいるという事実まで。


説明を聞く間、リセラとセイラの顔色は血の気が引いて蒼白になった。やがて彼女たちの口から抑え込まれた嘆息が漏れた。


「あぁ……なんてこと。そんな無謀な真似を……」


「我々も止めました。ですがご存じの通り、今この絶望的な状況を覆す方法はそれしかないと、頑として譲りませんでした」


ラマンの弁解じみた答えに、リセラが耐え切れず言葉を遮った。


「状況は分かりました。作戦の重要性も分かります。ですが……失敗したら? もし失敗したらイヒョンさんはどうなるんですか?」


「それは……」


ラマンは言葉を継げなかった。『死』という単語を口に出した瞬間、それが現実になりそうだったからだ。


その重い沈黙を破ったのは、上座に座るエッセンビル伯爵だった。


「リセラ嬢と言ったか」


「……はい、閣下」


「我々とて最悪の手を考えなかったわけではない。イヒョン卿の計画通り奴らを鏖殺おうさつできればそれに越したことはないが、仮に失敗したとしても、その犠牲は無駄ではない。彼が奴らの視線を引き付けてくれたおかげで、我々は散らばった兵力を糾合する金のような時間を稼げたのだからな」


伯爵の極めて現実的で冷徹な判断に、リセラの目つきが鋭くなった。


「結局、失敗すればイヒョンさんは見殺しにするという言葉に聞こえますね」


「……否定はせぬ。だが記憶しておきたまえ。イヒョン卿はそのすべての危険を承知の上で、自ら死地へと歩み入ったのだということを」


伯爵は少し言葉を切り、窓の外の闇を凝視した。彼の声に深い憂慮が混じった。


「報告によれば誘引作戦は成功している。だが、私とて不安なのは同じだ。彼が言った『爆発』というものが一体何なのか、その威力が怪物を掃討できるほど強力なのか、我々は何も検証できていない。ただ一人の男の確信に、都市の運命を賭けたに過ぎんのだ」


会議室に息詰まるような静寂が降りた。


誰も口を開けなかった。


数千の命がかかったこの巨大な賭博場で、札を握っているのはただイヒョン一人だけだった。彼が握る札が救いなのか破滅なのか、今のところ誰にも分からなかった。


リセラは唇を噛み締め、うつむいた。自分たちを生かすために地獄へ飛び込んだ男に、してあげられることが祈りだけだという事実が、骨身に染みるほど痛かった。


一方、イヒョンは張り裂けんばかりの心臓の鼓動を感じながら、闇を切り裂いて走っていた。


「ヒヒィィン!」


彼が乗っている馬もまた限界に達したように荒い息を吐き、よろめいた。だが止まるわけにはいかなかった。背後から聞こえてくる怪物たちの咆哮が、ますます近づいていた。


『もう少しだ、もうすぐ着く』


イヒョンは渾身の力を振り絞って拍車をかけた。遥か彼方、船着き場の松明が微かに揺れているのが見えた。計画の最終段階、その始点が目の前にあった。


月明かりが砕ける船着き場の端には、ベルティモと彼の部下たちが影のように立っていた。蹄の音にベルティモが顔を向けた。


「ベルティモ! 早く逃げてください! 奴らがすぐ後ろについています!」


馬から飛び降りるように下りたイヒョンが切迫した様子で叫んだ。ベルティモは荒い息を吐くイヒョンを見て、短く安堵した。


「時間に間に合ったな。無事で何よりだ」


「無駄話をしている時間はありません。早く水に入ってください」


ソ・イヒョンは汗と土埃でまみれた外套を脱ぎ、ベルティモに投げ渡した。狭く湿った下水道で、動きを妨げる服は贅沢品だった。


ベルティモはソ・イヒョンが投げた外套を受け取った。ずっしりとした重みから、ソ・イヒョンの決意が感じられた。彼は少しの間、ソ・イヒョンの目を深く見つめた。


「死ぬんじゃねぇぞ。生きてまた会おうぜ」


短く太い、別れの挨拶だった。


ベルティモが手招きすると、待機していた部下たちが躊躇なく黒い湖の上へと身を投げた。


ザブン、ザブン。


冷たい水流を切り裂く音が闇の中に響き渡った。ベルティモは最後にソ・イヒョンに向かって頷いてみせ、彼もまた深い水の中へと姿を隠した。


これで船着き場に残ったのはソ・イヒョン、そして押し寄せてくる数百匹の怪物たちだけとなった。


ソ・イヒョンは下水道の入り口の前で体を深く屈めた。本来なら成人男性一人が辛うじて割り込めるほどの狭い穴だっただろうが、ベルティモと部下たちが作業をしておいたおかげで、入り口周辺の煉瓦が崩され、幾分か空間が確保されていた。


フッ、と鼻をつく悪臭が漂ってきた。


『強烈だな』


下水道は冷たく湿った空気で満たされていた。汚物が腐敗して噴き出す煙たいガスの臭いと、生臭い水の臭いが肺腑を突き刺した。だが、それよりも気になるのは足元から伝わってくる振動だった。


ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。


地上を揺るがす数百匹のフェルトゥスの足音が、下水管を伝って身の毛もよだつ響きとなって伝わってきた。


ソ・イヒョンはしばし目を閉じた。漆黒の闇に瞳孔を適応させ、激しく脈打つ心臓を鎮めるためだった。


視覚を遮断すると聴覚が鋭敏に尖った。奴らの荒い息遣いと、爪が床を引っ掻く音がより鮮明に脳裏に焼き付いた。


『一分。いや、それより早いかもしれん』


ソ・イヒョンはベルティモが教えてくれた略図を頭の中に描き、広場の方角へと続く漆黒の中へ身を投じた。


それから間もなく、船着き場はフェルトゥスの黒い波で覆い尽くされた。


獲物の背中を追うこの怪物たちは、巨大な群集を成し、まるで飢えた蟻の群れのように動いた。奴らは迷うことなくソ・イヒョンが消えた下水道の入り口を見つけ出し、我先にとその狭い穴へ頭を突っ込んだ。


バキッ、ガラガラ。


入り口が狭いと阿鼻叫喚する奴らの力で、煉瓦が砕け散った。奴らは互いの体を踏みつけ、押し潰しながら下水道の中へ雪崩れ込んできた。


キエエエエッ!


奇怪な悲鳴が迷路のような地下通路を伝って響き渡った。それはまるで地獄の底から這い上がってきた悪鬼どもの合唱のようだった。湿った壁にぶつかって増幅されたその音は、下水管を伝って都市全体の排水溝へと不気味に漏れ出ていった。


下水道の深部、ソ・イヒョンは背筋が寒くなるのを感じた。


『思ったよりずっと速い』


滑りやすい床と狭い通路のせいで、速度を出すのが容易ではなかった。このまま闇雲に這っていけば、追いつかれるのは時間の問題だった。奴らの速度を遅らせる『障害物』が必要だった。


ソ・イヒョンは狭い通路の中で苦労して身を捻った。脊椎が折れそうな不快感を甘受して姿勢を反転させると、遥か彼方の闇の中でぎらつく赤い眼光が見えた。


彼は背中に背負っていた『ベロシダ』を取り出した。足の間に膝を立てて固定し、闇の中へ石弓の狙いを定めた。


『ここで先頭の奴らを殺し、死体で道を塞ぐ』


単純だが最も確実な方法だった。奴らの死体がバリケードになってくれるだろう。ソ・イヒョンはボルトの筒を指先で探り、残弾を確認した。冷たい金属の感触が指先に触れた。


『残りのボルトは十発余り』


彼は息を止めて引き金に指をかけた。漆黒の闇の中、ただ音と感覚だけに頼らねばならない状況。


『一発でも外せば終わりだ。奴らの心臓に正確に撃ち込まねば』


フェルトゥスの群れが完全に下水溝の中へ吸い込まれていった後。


黒い湖の上に水飛沫みずしぶきが上がった。ベルティモと彼の部下たちが水上に姿を現した。彼らの手には油を満たした火炎瓶と松明が握られていた。


パチッ、パチッ。


揺らめく松明の火光に濡れた顔が赤く染まった。影が踊るたびに、部下たちの顔に漂う緊張感がより浮き彫りになった。


一人の部下が固唾を呑みながら松明を持ち直した。


「団長、なぜ合図がないんですか? 入られてから随分経ちますが……」


「……」


「もしかして、中でやられたのでは……」


「その縁起でもねぇ口を閉じやがれ!」


ベルティモが低く唸った。だが彼の眼差しもまた、焦燥に揺れていた。


今からでもあの穴に火炎瓶を投げ込めば、確実な爆発を起こすことができた。だがその中にソ・イヒョンがいる。うかつに火を放てば、奴らより先にソ・イヒョンを焼き殺すことになりかねなかった。


ベルティモは火炎瓶を握る手から血の気が引くほど力を込めた。火炎瓶は今にも割れそうで危なっかしく見えた。


『何してやがる、イヒョン』


時間が経つにつれ、焦燥感で胸が焦げるようだった。奴らの悲鳴は遠ざかるのに、約束の合図は来なかった。ベルティモは闇の中を睨みつけ、届かぬ声で切実に呟いた。


『頼むから、生きててくれ』



読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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