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第七二話 リューン、最後の灯

「……まだです。私は……まだ終わってませんよ」

リューンが、魔力に焼かれたように揺れる足取りで、一歩、また一歩と前に出る。

その背中に、ジウイとカイルの視線が注がれる。

その背には、幾度もの戦いをくぐり抜けてきた銀の神官の決意が宿っていた。


だが、その刹那だった。

封印の祭壇の中心、ミルフィの背後――

そこに安置された漆黒の円筒が、ゴウッと不気味な音を立てて震え始めた。


「出るぞ……!」

リューンが叫ぶより早く、円筒の上部に刻まれていた幾何学模様が禍々しい赤に染まり、

裂け目のように開いた口から、黒紫の瘴気が噴き出した。


「これが……黒ずみの本体か……!」

カイルが低く唸る。

ジウイの体が、瘴気の衝撃波でたじろいだ。


バレノスとオルヴァンの両大司教が、その場に魔法陣を浮かべ、共鳴させるように呪文を重ねていた。

「禁呪の器が目覚めた。いまこそ、贄を喰らい……創造の神を取り込む」

「この黒ずみの核を持って、貴様ら贄を喰らい……その絶望から創造の力も喰らってやろう」


「待て……それだけは……!」

リューンが叫ぶが、核から吹き出す瘴気の奔流は止まらない。

祭壇の床石が黒く侵食され、重たい空気が太陽の間全体に広がっていく。


「……やはり、これは危険すぎる」

呟くと同時に、リューンは自身のローブの裾をたくし上げ、腰に隠していた魔道印を取り出す。

それを地面に叩きつけ、瞬時に防御魔術と浄化魔術を複合展開。

しかし――


「ぐっ……!」

魔法陣が干渉を受け、術式が歪み始めた。

「このままでは、ミルフィもそしてジウイくんももたない……!」

リューンは一瞬、ジウイとミルフィの顔を見た。

そして、覚悟を決めた。


「ここが、私の役目の終着点ですね……」

リューンは、全身の魔力を一点に収束させると、禁呪の器に向かって走り出した。


「リューンさん!?」

ジウイの叫びを背に受けながら、リューンは躊躇なくその黒紫の奔流の中へと身を躍らせた。


「今、封じてみせます――!」

彼の姿が、瘴気の闇の中へと吸い込まれていく。

その直後、器の魔力流が一瞬だけ乱れ、重苦しい波動がピタリと止んだ。


太陽の間が、不気味な静寂に包まれる。


瘴気の奔流が止んだ。

それまで、空間そのものを蝕むように吹き荒れていた黒紫の圧力が、嘘のように沈黙する。


禁呪の器――黒ずみの核は、内部から砕けたように、わずかに音を立てた。

空気が震える。

まるで全員が一瞬だけ、別の世界に放り出されたかのような、異様な無音の数秒。


祭壇の中央で、リューンがその身体をゆっくりと起こした。


ローブは裂け、皮膚のあちこちが黒ずみに焼かれていた。

それでも彼は、静かに腕を広げ、器の上に封印の陣を描いていく。


彼が封印の言葉を呟くたびに、封印の紋が空中に浮かび上がり、器の周囲を巻き始める。

その中心には、リューンの魂が結晶化したような光が、一点、穏やかに輝いていた。


「これは……」

ジウイが、息を呑んで呟く。


それは、ジウイのアニマとは違う、 だが確かに――命の一部を削り取って生み出された、“リューン自身”のかけらだった。


その光が封印の核に沈んでいくたび、器の表面を走っていた呪紋が次々と消えていく。


「バカな……!」

バレノスが唸る。「この力は……神すら穿つもののはず……なぜ、あの老いぼれが……!」


「彼は……命で対価を払っている……!」

オルヴァンが顔をしかめて叫ぶ。


「愚かな……愚かな真似を……貴様ごときの力では退けたとて一時だ!」

二人の大司教が術式を上書きしようと、同時に呪文を唱え始めた。


だが、その時だった。

封印の陣が一閃し、ふたりの足元から噴き上がるように、青白い光が柱となって彼らを押し戻す。


「何……!?」

それはまるで、リューンの意志そのものが生み出した“拒絶”だった。

この空間に、リューンの命が最後に刻みつけた“結界”が完成したのだ。


ジウイは、堪らず一歩踏み出した。

封印の中心にいるリューンへと、駆け寄りたかった。だが、足が動かない。

カイルがその腕を掴んでいた。


「ダメだ……! あそこはもう、戻れない……!」

カイルの声は震えていた。だが、その目は現実を見据えていた。


リューンの体は、すでに半分以上が光に包まれていた。

魔力の波に晒され、彼の肉体は徐々にその形を失いつつあった。


「どうして……! どうして、そんなことを……!」


ジウイの叫びに、返事はない。

ただ、リューンは静かに顔を上げ、カイルとジウイを交互に見つめた。


――その瞳は、すべてを受け入れていた。恐れも、後悔もなかった。

目だけで、リューンは告げた。


(この子を頼んだよ)


カイルが歯を食いしばる。その手に、力が入る。

その直後だった。


封印の核が、完全に光へと溶けていった。

空間を包むように波紋が広がり――


太陽の間の重苦しい気配が、スッと消え去った。

黒ずみの侵された神官たちが、一様に呻き声を上げ、ふらりとその場に膝をつく。

結界が弱まり、意識が揺らぎ始めている。


だが、同時にリューンの姿も、そこにはなかった。

――誰もが、それを理解していた。


カイルは視線を落とし、ジウイの肩に手を置いた。

ジウイは、力なくその場にしゃがみこみ、ぽつりと何かを呟いた。

音にはならなかったが、その表情だけで十分だった。

ジウイは、心からリューンを慕っていたのだ。


静寂が戻った太陽の間には、まだ立ちはだかる大司教たちの存在があった。


だが、その瞬間――


ジウイの周囲に、淡い光が再び灯った。

リューンが託した最後の灯火が、彼女の中で生きている。

物語は、なおも続く。

読んでいただきありがとうございます。

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毎日3回程度投稿しています。

最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。

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