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第六五話 大聖堂の聖域

夜の墓地は、ひっそりと静まり返っていた。

ジウイ、リューン、カイルの三人が、古びた納骨堂の陰に身を潜める。

その前方を、淡く青白い炎を身にまとう二体の狼が、音もなく駆け抜けていく。


狼の足跡は白く光の粒を残しながら、地面に吸い込まれるように消えていった。

その姿は現実の獣と違い幻想的なようで、しかし、確かに世界に存在する“創造の力”の産物だった。


「……見張りはいないようです」

リューンが小声で囁く。


「正面が騒がしいおかげだな。やつらもそれどころじゃねぇか」

カイルが剣の柄に軽く手をかけながら、納骨堂裏の封鎖扉を見上げた。


ジウイは深く息を吐き、炎の狼たちに意識を集中させる。

「アニマは問題ない。先行して通路を探らせてる。今のところ罠も敵影もないみたい」

「頼もしいですね、ジウイくん。……では、行きましょう」

リューンがうなずき、手袋越しに扉の縁をなぞった。

カイルが合図とともに扉を押すと、かすかな軋みを立てて開く。


冷たい空気が、地下から立ち上ってきた。


封鎖されていたこの出入口は、大聖堂の裏手に設けられていた非常用の退避通路。

古い聖堂の設計図をもとに、今回の奇襲作戦の“裏”として選ばれた侵入口だった。


「ここからは声を潜めて。狼たちの動きに従いましょう」

三人と二体のアニマが、石造りの階段をゆっくりと下っていく。


──時は、少し遡る。


王城から出発した王国騎士団が、大聖堂正面に到達したのは、ちょうど一刻前のことだった。


騎士たちの先頭には、フェリクス王子が馬上にあった。

堂々と掲げられた王家の紋章旗が、夜風にはためく。


「我ら王国の名において、大司教バレノス・デ・ヴェイル、および大司教オルヴァン・カイレの身柄引き渡しを要求する!」


騎士の一人が大聖堂に向かって声を張る。

その声は冷えた夜の空気に吸われ、壁の奥へと消えていく。


……長い沈黙の末、大聖堂から返答はなかった。

門は閉ざされ、内部に人の気配はあるものの、沈黙だけが返ってくる。


「返答なし……敵意ありと判断する」

フェリクス王子の目が細められる。

「黒ずみに侵されし聖域に、慈悲はない。突貫せよ!」


号令と同時に、騎士団が一斉に前進を開始した。

重装歩兵を先頭に、魔導兵が魔法障壁を展開。

門前には封印陣が浮かび上がり、黒い靄を纏った聖職者たちが現れる。


「……もはや、聖職者とは呼べぬな」

フェリクス王子は低く呟き、抜剣した。

「第一陣、突撃! 囚われし魂には祈りを、それ以外には剣を!」


騎士団の突撃と、それに応じて噴き出す大聖堂の呪術。

静寂を破って戦が始まる。黒ずみの勢力は予想以上に組織的で、激しい抵抗を見せた。


大混乱の最中──それこそが、ジウイたちの潜入の好機だった。

正面の狂乱を利用して、誰にも気づかれずに忍び込む。

これは“二面作戦”。正面で敵を引きつけ、裏から心臓を貫く。


そして今、ジウイとその仲間たちが進むその通路の奥には、

囚われたミルフィと、彼女を利用しようと目論む者たちが待ち構えている。


石の階段を下りた先には、幅広の回廊が続いていた。

古い燭台が並ぶ壁は苔むしており、ところどころに封印魔法の痕跡が残っている。

だが、今はどれも力を失い、ただの装飾と化していた。


「……なんだここ、思ったよりずっと広いな。こりゃ、道に迷いそうだ」

カイルが低く呟きながら、辺りを見渡す。

「ご心配なく。ここは私の古巣ですからね。だいたいの目星は付きますよ」

リューンが微笑を浮かべて応える。


「古巣……って、リューンって、前はここの神官だったんだよね?」


「はい。……それこそ、何年も前の話ですが。

ミルフィくんが囚われている場所についても、十中八九、あの部屋でしょう」

「どこ?」とジウイが尋ねる。


「大聖堂二階の最奥──『太陽の間』です」

「太陽の……間?」

ジウイが聞き返す。


「はい。正式には《陽光に祝福されし聖所》。

大司教のみが入室を許された、大聖堂の“核”とも呼ばれる場所です。

私のような下位の神官が足を踏み入れたことはありません。

ですが、そこには大聖堂全体の封印を支える《光の印核》が安置されていたと聞いています」


「封印の……核?」

「そうです。大聖堂内の呪的空間を制御する中心点。

本来ならば、もっとも聖なる場所であり、汚れなど絶対に入り込めないはずだった……

ですが、今はそこから黒ずみが発生している」


「だったら、もう“聖域”とは呼べないね……」

ジウイが沈んだ声で言う。

「ええ。今となっては、聖域ではなく“根城”というべきでしょうね」

リューンの声音は静かだが、その奥に深い憤りがあった。


ジウイはしばらく考え込み、ぽつりと呟く。

「……でも、なんでそんな大事な場所に、ミルフィが?」


「創造の子と関わりのある人物を、手元に置いておきたいからでしょう。

彼女が“単なる間違いで転送された”と気づいたとしても、

彼らにとっては、ミルフィくんは“利用価値のあるカード”です」


「……人質、ってことか」

「ええ。最悪、黒ずみに取り込んだ状態でこちらに送り返すつもりかもしれません。

あるいは、創造の子であるあなたを引き出すための“取引材料”として──」


ジウイは唇をきゅっと引き結び、前を見据えた。

青白い狼たちが、ゆらりと先行しながら、扉の影へと消えていく。


静かな怒りと決意が、ジウイの足取りを強くした。


読んでいただきありがとうございます。

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毎日3回程度投稿しています。

最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。

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