第五十話 飛翔と出陣
また間違えました。
51話から50話に変更
ジウイがゆっくりと筆を走らせる。
繊細な羽の模様、つぶらな瞳、軽やかな翼――紙の上で描かれた鳥は、最後の一線が引かれた瞬間、ふわりと輝きをまとい、命を得たように羽ばたいた。
「お願い、見つけて」
ジウイの小さな声と共に、鳥のアニマは窓辺から空へと飛び立っていく。
王城の塔を越え、王都を抜け、大聖堂、そして森の奥へと向かって。
その様子を背後から見守るカイルは、窓越しに空を見上げながらぽつりとつぶやく。
「今回は……お前の相棒として、ここに残るよ」
「え?」ジウイが振り返る。
「リューンもミルフィも出てるしな。お前をひとりにする気はない」
カイルは笑みを浮かべながらも、腰の剣に手をかける仕草は抜かりがない。
王城の作戦室では、既に動きが始まっていた。
アニマの飛行に合わせ、王子のもとには監視班からの報告が矢継ぎ早に届けられる。
「○○通り、屋根上に移動の影。先回の記録と一致。監視継続します」
「大聖堂裏門、先日確認された男が再出現。部隊を送ります」
王子は報告に一つひとつ目を通しながら、指示を出す。
「今回は“確保”も視野に入れろ。疑わしき者がいれば迷わず動け」
「はっ!」
指揮は冷静だが、目には確かな熱が宿っていた。
一方、森の外縁部では、リューン率いる小規模な制圧隊が密かに出発していた。
「ミルフィくん、これが最後です。絶対に、隊の前に出ない。いいですね?」
リューンが低く、しかし明確に釘を刺す。
「……わかってます。でも、私の“視る力”がなきゃ、この施設は見つけきれない」
ミルフィの声は揺れない。決意に満ちていた。
隠された研究施設に対し、ただの力任せの突入では太刀打ちできない。
“黒ずみ”を扱うその場所には、魔力の隠蔽が施されている――だからこそ、ミルフィの力が必要だった。
リューンは小さくため息をつき、頷く。
「なら、背後からしっかりと支えてください。くれぐれも無理は禁物です」
ミルフィは微笑んで頷いた。
風が森を渡る。
静かに、しかし確かに、物語は次の段階へと進み始めていた。
森の中――蝉の鳴き声すら届かない、静寂の支配する場所に、制圧部隊は静かに潜んでいた。
目標地点からは少し離れた丘の斜面、木々が密に茂り、視界も遮られる場所だ。ここならば、相手からの視線は届かない。
「ここから先は、アニマの到達を待ってから動きます」
リューンの声が低く響く。
兵たちは頷き、それぞれ定められた位置へと身を伏せていった。土の匂い、湿った葉の感触。森が、兵の呼吸をすら飲み込む。
ミルフィは木の根元に身を寄せ、静かに目を閉じた。空気の揺らぎに意識を澄ませながら、遠くから近づいてくる気配を探る。
アニマはもう、王城を飛び立っているはずだ。
リューンは隊の中心で一つ、深く息を吸った。
「いいか。これより、敵の出方に応じて即座に動ける体制を維持する」
指揮の声が、全員の耳に届くように広がる。
「もし、森の中から怪しい人物が現れたら、すぐに確保に動け。アニマに引き寄せられた存在であれば、高確率で“関係者”だ」
一人の兵が、小さく頷いたまま矢筒を手元に寄せる。
「また、研究施設そのものが発見された場合は、即座に制圧へ移る」
リューンの視線が森の奥へ向けられる。
「ただし、これは“情報”を得るための作戦だ。可能であれば、敵は捕縛が前提となる。無駄な殺生は避けたい……だが」
一瞬、彼の目が鋭く光った。
「相手が明らかにこちらの命を奪いにきている場合、遠慮は不要だ。生きて帰ることを優先しろ」
兵たちの間に、沈黙の中にぴりりとした緊張が走る。
ミルフィはそっと、リューンの横に立つ。
「……何か、感じたらすぐ伝えます」
「お願いします、ミルフィくん。あなたの気配探知が、この作戦の鍵です」
言葉を交わすその背後で、森の梢を渡る風がふと、微かに変わった。
リューンが目を細め、ミルフィもまた空に目をやる。
「来る」
ミルフィがそうつぶやいた。
ジウイのアニマが、空を滑るように飛来する。
光の粒のような存在が、木々の合間に差し込む陽光をすり抜けて――目標の上空へ、静かに進んでいった。
森は、まさに今、目を覚まそうとしている。
ジウイの描いた鳥のアニマが、静かに目標地点の上空へと差し掛かった。
まるで何事もないかのように揺れる木々の間で――
突然、森の一角にゆらりと違和感が走った。
「……動いた」
ミルフィが、目を見開いた。
次の瞬間。
何も無いはずの場所から、数人の人影が浮かび上がるように現れた。
彼らは上空を指さしながら、何やら慌ただしく言葉を交わしている。
リューンが低く呟く。「出たか……!」
「確保、開始!」
指揮官の短い号令とともに、伏せていた兵士たちが一斉に飛び出した。
草をかき分け、音もなく接近していた兵たちは、まるで森そのものが襲いかかったかのように敵へと殺到する。
不意を突かれた人影たちは慌てて背を向け、森の奥へと走り出す。
その先――。
「……っ!」
ミルフィの視界の中で、空間がぐにゃりと歪んだ。
まるで幕が剥がれるように、今まで何もなかった場所に、建物の輪郭が浮かび上がる。
苔むした石壁。低くうねるような屋根。
紛れもなく、記憶の中で見た“あの場所”――研究施設が姿を現した。
「……隠蔽、解除されました! 建物を確認!」
兵たちはすぐさま新たな目標へと向きを変える。
しかし、彼らが入り口へと迫った瞬間――。
「来る!」
ミルフィの叫びとほぼ同時に、建物の入り口から黒い靄が吹き出した。
その中から、唸るような低い咆哮が森に響き渡る。
次いで、姿を現したのは――黒い瘴気に包まれた獣。
牙を剥き、赤黒く爛れた体表に、黒ずんだ魔力の靄が纏いついている。
その異形が、一体、二体、三体……次々と姿を現す。
「敵性反応、魔獣確認! 黒ずみに侵食されています!」
リューンがすかさず指揮を飛ばす。
「前衛、押しとどめろ! 後衛は施設側へ展開、入り口の制圧を急げ! ミルフィくん、ここにいてください!」
ミルフィは拳を強く握り、戦場の気配を見つめていた。
森が――完全に、牙を剥いた。
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