第四話 青いローブの影、村のささやき
細い村道を進んでいると、路地の奥、古びた木造の民家の陰にひらりと青い布が揺れるのが見えた。人影だろうか。見る間に姿は消えたが、微かな違和感が残った。
その人物は、深い青のローブをまとっていた。単なる村人の姿とは違う、どこか異質な雰囲気を放っている。視線を向ける間もなく、姿は消えたが、胸のざわつきは消えなかった。
村は一見のどかだ。家々からは夕飯の香りが漂い、子どもの笑い声が遠くで響く。しかし、地下室の静けさとあの青いローブの影が織りなす謎が、心の中で大きく膨らんでいく。
酒場に入り、木の扉を押し開ける。中は温かな光に満ち、木のテーブルを囲んだ村人たちの笑い声が静かに響いていた。農夫や行商人、老人たちが疲れを癒している。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
カウンターに座った、白髪混じりの老人に声をかける。
老人はゆっくりと顔を上げ、皺の深い表情を曇らせた。
「廃屋のことかい?あそこは昔から何かがあると言われている」
かすれた声が重く響く。
「変わったこと、というのは?」
問いかけると、老人は目を細めて慎重に口を開いた。
「夜になると、青いローブの女が出るという噂だ。村の者は誰も近づかない。何か、呪いか魔術の類かもしれん」
その言葉に酒場の空気が一瞬、冷えたように感じた。
隣にいた若い農夫が小声で付け加えた。
「地下室を使っているって話もあるんです。魔法のようなことをしているらしい……」
声は震えていたが、真剣さがにじんでいる。
聞き込みを続ける中で、村人たちの話はどれも断片的で、はっきりとした真相は掴めなかった。ただの噂話では済まされない何かがこの村には潜んでいるようだ。
夕闇が深まるにつれ、村は穏やかな眠りにつく準備を始める。街灯の灯りがぽつりぽつりと点灯し、木の葉に落ちる光が揺れる。
ふと、通りの向こう側で青いローブの人物が静かに立っているのが目に入った。姿勢は凛としており、こちらをじっと見つめているように感じた。だが、次の瞬間、またゆっくりと姿を消した。
その影を追うことはしなかった。好奇心と不安が入り混じった複雑な胸の内を押さえつけ、ギルドへと戻る決心をする。
村の小さな広場に差しかかると、カイルが待っていた。眉をひそめてこちらを見つめる。
「どうだった? なにか掴めたか?」
「地下室に関係しているらしい。青いローブの女の噂もある」
カイルの目が鋭く光る。
「面白くなってきたな。けど、夜は危険だぜ。あんな怪しい噂がある場所になんて、行くもんじゃない」
「そうね、でも……青いローブの女が現れるのは夜だって話よ。だから、今から行くわよ」
覚悟を決めた声に、カイルは少し呆れたように笑った。
そして笑ったあと、急に真顔になって言った。
「でもさ、無事に帰ってきたら結婚しようぜ」
「結婚せんがっ! そんなこと言ってフラグ立てないでよね」
わたしたちはそんなやり取りをしながら、夕闇に包まれた村を再び歩き始めた。
夕闇が村を包み、二人は再び廃屋へと歩みを進めた。木々の影が長く伸び、夜の静けさが周囲を支配していく。
背後の茂みで、青いローブの影がひそかに揺れていたことに、まだ気づいていなかった。
夜の村は、昼間とは打って変わって静まり返っていた。
ジウイとカイルは、再度探索の準備を済ませると人気のない小道を通って再びあの廃屋へと向かっていた。
「……誰にも見られてないよな」
「見られてても、夜の散歩だって言い張る」
カイルの警戒に軽口を返しつつ、ジウイは薄暗い路地の先をじっと見つめていた。
やがて、廃屋の前にたどり着く。月明かりに照らされたその建物は、まるで息を潜めてこちらを見ているようだった。
ギィ……。
扉は前回同様、すんなりと開いた。やはり鍵はかかっていない。
二人はランタンの火を小さく絞り、足音を抑えて中へ入る。
昼間に使った魔道具は一度使ったら翌日までは使えないらしい。夜に取っておけばよかったのに、と思うが、それは今だから思う事だろう。
湿った木の床がきしみ、埃の匂いが鼻をつく。
「やっぱり、誰もいないように見えるけど……」
「気を抜かないで。前より空気が重い」
ジウイが低く言ったその声は、自然と囁きになっていた。
地下室への階段は、建物の奥にある。
まっすぐに下へと続く石の階段。昼間見たときは、ただの古い倉庫のようだった。
だが――今は違った。
「……見て」
ジウイが指差す先。階段を下りた先の床に、淡い青い光がうっすらと浮かび上がっていた。
「なにこれ……昼間はこんなもの、なかったぞ」
カイルが声を潜めながらも、目を見開く。
「光ってる……魔法陣? でも、こんな静かに出るものなの?」
「自然に出たとは思えない。誰かが“今”使ってるか、仕掛けたか」
二人は慎重に階段を下り、地下室に足を踏み入れる。
石畳の床に浮かび上がるその紋様は、円形でいくつもの幾何学的な線が交差していた。見慣れない構成だった。
「これ、何かに反応して……夜だけ見える?」
「か、あるいは月の光に……いや、違う。これは魔力の残留だ」
カイルが短く分析を述べる。
ジウイがしゃがみこみ、アニマの一体――耳の大きなネズミをそっと降ろす。
ネズミのアニマは音もなく着地すると床の上をくんくんと嗅ぎ、しかしすぐに尻尾を立ててジウイの足元に戻った。
「……警戒してる。嫌な気配ってことかな」
空気が一瞬、張りつめた。
「それに触れない方がいいわ」
静かで、冷ややかな、しかしよく通る女の声が空間を満たした。
二人は一斉に後ろを振り返る。
そこにいたのは、青いローブの女だった。
スカーフで下半分を覆ったその顔からは感情を読み取りづらいが、水色の瞳が、はっきりと二人を見ていた。
「……あんた、誰だ」
カイルが剣の柄に手をかける。
女はゆっくりと一歩踏み出す。気配は静かだが、足音はまるで響かない。
「名はミルフィ。知りたいことがあってここへ来たの。あなたたちも……同じでしょう?」
その口調に敵意は感じられなかったが、油断もできない。
ジウイは一歩前に出る。
「この魔法陣、あんたの仕業?」
「……いいえ。私が来た時には、もう現れていたわ。あなたたちが来る少し前、ね。
毎日これくらいの時間になると浮かび上がるの。」
そう言いながら、ミルフィは魔法陣を一瞥する。
「これは古い術式の残滓。誰かが長い時間をかけて“何か”を封じていたか、あるいは記憶を記した痕跡。読み解くには、もう少し材料が要る」
その言葉に、ジウイの目が鋭くなる。
「詳しいんだね。偶然通りがかったって顔じゃない。……もしかして、最初からずっと村にいたの?」
ミルフィは返答せず、視線だけをジウイに向けた。
その沈黙が、逆に何かを物語っているようだった。
「警戒するのは当然。でも私はあなたたちの敵じゃない」
「信じろって言われてもね、初対面だし」
「信じろとは言っていないわ。ただ……情報を交換したいだけ」
静かな緊張が、3人の間に漂った。
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