第四六話 「揺らぐ均衡」
すみません、一話飛ばしていたので入れ替えています。
王城の空気が、わずかに張りつめていた。
いつもの政務とは異なる、重く静かな空気。朝から城の警備が強化され、王族の通路にも見慣れぬ顔の衛士が並んでいる。
その理由は一つ――大聖堂からの使節団が、王との謁見を求めてきたのだ。
謁見の間。天井高く伸びた石柱の間に、荘厳な緋の絨毯が敷かれている。
玉座の前、歩みを止めたのは大聖堂からの高位聖職者たち。その中に、リューンや王子も顔を知る者がいた。
謁見の中心に立ったのは、オルヴァン・カイレ大司教。
かつて穏健派とされていた男は、今や明確に“権力”をまとっていた。
その目は静かでありながら、鋭さを内に秘めている。
「陛下」
オルヴァンは、ゆるやかに頭を垂れた。
「この度、我が聖堂の観測機関にて、“創造の気配”が王城から発されたことを確認いたしました」
「その件については、王子より既に報告を受けている」
と、王は落ち着いた声で応じる。
「であればこそ……」オルヴァンの声に、わずかに力がこもる。
「大聖堂としても、これは無視できぬ事象と考えております。
本来、“創造”は神の選びし器にのみ宿る奇跡……
その力が王城より確認されたというのであれば、我々としても調査と認定の検討が必要となります」
「認定?」
王の声音が、少しだけ低くなった。
「……“聖人”あるいは“聖女”の正式認定についてです。
大聖堂としては、神の奇跡が人を介して現れた以上、それを然るべき形式で受け止める義務があると考えます」
「形式とは、枠に嵌めることでもあるがな」
王子が、わずかに前に出て、静かに言った。
オルヴァンは笑わなかった。だが、否定もしない。
「王子殿下のご懸念はもっともです。しかし……認定とは、保護の意味でもあります。
“聖なる力”を持つ者が、誤った勢力に囲われたり、暴走することを防ぐためにも」
「つまり、“監視下に置く”という意味でもあるな」
リューンが小さくつぶやいたその言葉は、玉座にまで届いていた。
謁見が終わると同時に、大聖堂の使節たちは城にとどまることなく引き上げていった。
だが王の表情は曇ったままだった。
「……ついに動いたか、大聖堂」
低くつぶやいたその声に、王子とリューンが深く頷く。
「陛下、彼らは“聖人認定”を盾に、ジウイ殿を連れ出すつもりかもしれません」
「そう簡単にはいかぬ。だが、奴らは手段を選ばぬ。……守らねばな」
王の言葉に、王子の目が鋭くなる。
(このままでは、ジウイの存在が“力の象徴”として利用される……)
だが、ジウイはまだ知らない。
自分の存在が、王国と聖堂の均衡を大きく揺るがそうとしていることを――。
王城の東棟、来客の届かない奥まった区域。
ジウイ、カイル、ミルフィの三人は、変わらぬ一室で穏やかな時間を過ごしていた。とはいえ、外の空気がどこかぴりついていることには、皆がうっすらと気付いていた。
「……なあ、さっきから、衛兵の通る回数が多くないか?」
カイルが窓際でひそひそと声を落とす。
「昼にも見たし、今ので三回目だぞ」
「うん。なんか雰囲気が落ち着かないよね」
ミルフィも不安げにうなずいた。
と、廊下から足音が聞こえてきた。
扉がノックされる前に、ジウイはピクリと反応した。
「……リューンさんだ」
ドアが静かに開かれ、いつもよりもきれいな服を身にまとったリューンが穏やかな面持ちで現れた。
「ジウイくん、皆さん。ご機嫌よう。少し、お話をしておきたくて」
その声には、いつもと変わらぬ柔らかさがあったが、ほんのわずかに含まれた緊張に三人は敏感に気づく。
「今日――大聖堂の高位使節団が、陛下に謁見いたしました」
「えっ……」
ジウイが小さく息をのむ。
「目的は、“創造の兆し”について。王城から観測された気配が、彼らの記録と一致する可能性があると。もちろん、ジウイくんのアニマのことも……含めて探りを入れてきたという感じですね。」
リューンは一拍の間を置き、真剣な目で三人を見渡した。
「この件を受け、城内の警備体制は再調整されました。君たちが王城の奥から出ることは、しばらくのあいだ、陛下からも厳に禁じられています。息苦しいとは思いますが辛抱してください」
「……そんなに危ないの?」
ミルフィが小さく尋ねる。
「可能性の話です。ですが、何かを仕掛けられる前に、備えるのは悪いことではありません」
「俺たちに、何かできることは?」
カイルが前のめりに問うと、リューンはやんわりと微笑んで首を横に振った。
「今は、何もせず、無事でいてくださること。それが、私たちの守るべき第一の使命です」
その言葉にジウイが少しだけ肩を落としかけたそのとき――。
「副官殿!」
騎士のひとりが走り寄ってきて、廊下でひざをついた。息を整えながら、声を落とす。
「王都東部のスラムにて、黒ずんだ獣が複数出現。現地では暴れ回り、けが人も出ています。衛兵隊が鎮圧に向かいましたが、数が多く、正確な状況は不明です」
「……黒ずんだ?」
リューンの目に一瞬だけ鋭い光が走る。
「獣の種類はさまざまとのこと。ですが、全ての個体に、黒いもやと、赤く光る目――という共通点が。現場の報告によれば、“どこか人の言葉を理解しているような動き”も見られたそうです」
リューンは目を伏せ、一度静かに息を吐いた。
(……黒ずみに“触れられた”獣たちか。あれを操作できる者がいる――すなわち、大聖堂側が動き出したということだ)
「ご苦労でした。王子殿下にはすでにお伝えを?」
「はい、殿下は既に部隊の派遣を指示されました。詳細は追って文書で報告いたします」
騎士が去ったあと、三人は緊張を隠せない様子だった。
「黒ずんだ獣……それって、王都に向かう途中で襲ってきた黒ずみに侵された動物よね」
ミルフィが恐る恐る尋ねる。
「はい。ジウイくんのアニマは、周囲を温かく照らす“恵み”の力。対して黒ずみの力は、“濁り”と“逸脱”――まったく異なるものです」
「でも、それが街に……?」
「ええ。……偶然では、ないでしょう」
そう告げたリューンの声は、どこまでも穏やかだった。だがその奥には、冷徹な戦略家の眼差しが光っていた。
「ですので、どうか気を緩めずに。君たちは“狙われる可能性のある存在”です」
「……わかりました」
ジウイは、小さくうなずいた。
窓の外には、もう陽が沈みかけていた。
だが、その空の片隅に、どこか黒ずんだ雲のような気配がにじんでいるように思えた――。
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