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第四三話 成果の確認

王都の空を、一羽の鳥が静かに横切っていく。


小さな体に淡く光る魔力の気配をまといながら、羽ばたきは驚くほど自然でたまたま見上げた空を飛んでいても、そこに「特別な意味」があるとは誰も気づかないだろう。

それはまさに、ジウイが願った“普通の鳥”としての姿だった。


「高度は問題なし……南東に向けて飛行中。予定通りだ」

監視地点のひとつ、小高い塔の上で、目を凝らした兵士がつぶやく。


王都の各所――とくに大聖堂までの経路上には、数日前から“急造の監視拠点”が配置されていた。

監視といっても、目立つ兵士や魔術師ではなく、街の警備や商人に扮した者たち。

それぞれが、空を観察しながら地上の反応にも目を配っている。


目標はただひとつ。

「空を見上げ、あの鳥の存在に“気づいた者”の洗い出し」――それだけだった。


アニマは、王城の中庭を飛び立ったあと、屋根の連なる王都の中心部を避けるように弧を描いて進んでいた。

その軌道は、王子やリューンたちによってあらかじめ想定され、監視網が敷かれている。


そして、いくつかの監視拠点から、徐々に“報告”が集まり始める。


「北壁通り、薬師の店前で立ち止まり、空を見上げた男一名。飛行方向と一致。視線で追っていた可能性あり」

「大聖堂西門近く、露店の傍にいた女性が、明らかに鳥を目で追っていた。視線が上下し、数歩移動」

「第三監視地点――異常なし。鳥を確認できたのはこちらのみと思われる」


報告は、王城の作戦室に逐一集められていた。

その場にいた将校たちが記録を整理する中、指揮を執る王子はひとつひとつに静かに目を通す。


彼の隣では、リューンもまた表情を変えずに記録を読み、時折、周辺地図に印を加えていく。

大臣の拘束はすでに完了していたが、それを表に出すことはまだない。

あくまでも、“ジウイのアニマが王都を飛んだ”という、それだけの記録が今日の表の成果だった。


王子はひとつ深く息を吐いた。

「……予想通り、“鳥に気づく者”はいるな。だが」

続く言葉は、リューンが代わりに言った。


「今回は、追跡・拘束は行わない。皆の安全とジウイの心への配慮が最優先です」


王子は軽くうなずいた。


「たかが鳥が飛んでいた――それだけで、殺気立って動くような真似はさせたくない。

そんな些細なことでも、彼女はきっと“自分のせい”だと思ってしまうだろうから」


誰かが傷つくことを何よりも恐れ、誰かの痛みに最も敏感な少女。

だからこそ、彼女の力がこれほどまでに繊細で、鮮やかに世界へ届くのだと王子は思っていた。


「……その代わり、怪しい動きがあった地点、怪しい動きを見せた者はすべて記録しておく。

今後の動きの中で、再び交差すれば、その時が“次”の判断材料になる」


アニマは、もう大聖堂の塔を越えて、さらに東へと進んでいた。

青空に一筋、光の線のように残る魔力の軌跡。

だが、その魔力の軌跡に気づける者はほんの一握りしかいない。

そう、普段感じない魔力の変化を常に感じ取ろうとしていた者だけだろう。


静かで、確実な探り。

戦いではない、けれど確かに“敵を見つけ出す”ための一手が、着実に打たれていた。


そしてその一手の裏には、ジウイという少女の正しくそしてやさしい心がある。

その心が揺れぬように、傷つかぬように。

王子も、リューンも、仲間たちも、見えない盾のようにその心を守ろうと思っている。


アニマは、王都の外れ――穀倉地帯の上空へと到達し、予定通り、光の羽を一枚ふわりと残して、すっと消えた。


それを、誰が見ていたかは、まだ誰にもわからない。


――だが、記録と記憶は、確かに残った。

次に備えるために。


数日ぶりに通された王城の会議室は、前回よりも少し和やかな空気が流れていた。

ジウイが部屋に入ると、すでに王子とリューン、そして父の姿があった。


ミルフィとカイルも一緒だったが、彼らの表情にはどこか安堵と期待が混ざっている。

ジウイは少し緊張しながら、静かに席についた。


「ジウイ、まずは……本当に、よくやってくれた」


王子の穏やかな声に、ジウイは一瞬きょとんとした。

するとすぐ隣にいたリューンが、笑みを浮かべて頷く。


「昨日のアニマ飛行の監視の結果、いくつかの地点で“不審な動き”が確認されました。

目を向けた者、視線を追った者、そして――明らかに追跡しようとした者。どれも無関係とは思えません」


その言葉に、ミルフィとカイルが同時に息を呑む。


「……本当に、誰かが動いたんだ」


「うん。ジウイの力が、見事に“揺さぶり”になったということさ」


リューンは静かに続けた。


「その動きはすべて記録しています。今はまだ“確定”ではありませんが、いずれ繋がるはずです。

そして、王都だけでなく、王城の中にも、目を光らせるべき者がいたことも、確かに……」


そのとき、これまで黙っていたジウイの父が口を開いた。


「……ジウイ」


その声に、ジウイはびくりと体を強ばらせたが、顔を向けると、父はどこか照れくさそうにしていた。


「おまえの鳥、最後はちゃんと計画通りに飛んで、穀倉地帯に入った。

そしてな……俺のほうを見たんだ。梢に止まって、まっすぐこっちを。じっと、な」


ジウイの目が見開かれる。


「一瞬、首を傾げたあとで、まるで“分かった”と言うみたいに、小さくうなずいた。

それから、ふっと光に溶けるように、消えていったよ」


その光景が目に浮かぶようで、ジウイの胸がふわりと温かくなった。


「……ちゃんと、伝わったんだ」


呟いた声に、王子がうなずく。


「君の力は、確かに届いていた。そして、我々の望んだとおりに、あの鳥は動いてくれた。

ジウイ、本当にありがとう。立派な仕事だったよ」


そう言われても、まだどこか信じられない気持ちのまま、ジウイはただ小さく頷くことしかできなかった。

けれど、心の底では確かに、じんわりと安堵が広がっていた。


(……よかった。うまく、できたんだ)


心の中で、静かにリューンの姿を思い浮かべる。


あのとき、背中を押してくれた彼に――ありがとうと、そっと想いを伝えた。


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