第四十話 仲間の声
夕食後の談話室には、まだほのかな夕陽が差し込んでいた。ジウイは、先ほどリューンから聞いた話を胸に抱えながら、ミルフィとカイルのもとへ向かっていた。
「ねえ、ちょっと話していい?」
声をかけると、ソファに腰かけていた二人が同時に顔を上げる。
「もちろん。なにかあったの?」とミルフィがすぐに反応し、
「もしかして、アニマのことか?」とカイルも勘が鋭い。
ジウイは少しだけ頷き、リューンとの会話の内容を丁寧に伝え始めた。囮となる鳥型アニマの召喚。その目的と、そこに込められた意図。そして、自分がその役目を引き受ける決心をしたこと。
一通り話し終えたあと、ジウイは静かに口を結んだ。話しながら、自分の中の不安や責任が、少しずつ現実味を帯びていくのを感じていた。
「……明日にでも描いてみようと思う。うまくいくかわからないけど、挑戦してみたいんだ」
しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはミルフィだった。
「すごいわ、ジウイ。本当に。怖くないって言ったら嘘になるかもしれないけど、あなたがそう思ったなら、私は応援する。」
そしてカイルも、いつもの落ち着いた口調で言葉を重ねる。
「リューンさんたちが無理させないように配慮してくれてるなら、俺も心配はしてない。……ただ、少しでも疲れたらすぐ言えよ。お前のギフトは体力も神経も使うから」
「うん、ありがとう。二人とも……」
自然と口からこぼれたその言葉に、ジウイの肩の力が少しだけ抜けていた。今抱えている緊張も、不安も、全部吐き出していいと思える場所がここにある。
二人の存在が、彼女にとってそれほどに心強かった。
二人が一緒にいてくれるなら多分頑張れる。
*
その夜、ジウイはひとりでリューンの執務室を訪ねた。軽くノックすると、奥から穏やかな声が返ってくる。
「どうぞ」
扉を開けて中に入ると、机に広げられた地図を片づけていたリューンが顔を上げた。
「ジウイくん。どうしましたか?」
「お話していた件……鳥のアニマの召喚、私やってみようと思います。明日、描かせてください」
ジウイはまっすぐにリューンを見た。迷いはあったはずなのに、口にしてみると、不思議と言葉は真っ直ぐに出てきた。
リューンは一瞬だけ目を細め、やわらかく微笑むと、うなずいた。
「……ありがとう。その覚悟に感謝します。では、こちらは人員の配置などの準備を整えます。明日のお昼ごろ、談話室にスケッチブックなども用意しておきますね」
「はい」
「もちろん、当日、描く前に不安になったり、やっぱりやめたいと思ったら、遠慮なく言ってください」
「……たぶん、大丈夫です」
そう答えたジウイの声は、ほんの少し震えていたけれど、その目には確かな決意が宿っていた。
「わかりました。それでは、また明日」
リューンがそう言って一礼すると、ジウイもぺこりと頭を下げ、部屋を後にした。
もう後には引けなくなった。でも私が描いたアニマが役に立つのだから。
ジウイはその思いを強く持ち、自分の部屋で就寝の支度にとりかかっていると、トントンと控えめにドアがノックされた。
ドアをノックする音に、ジウイは少しだけ肩をすくめた。
「……どうぞ」
静かに扉が開いて、顔を覗かせたのは、彼女の母だった。
「こんばんは。ごめんね、もう寝るところだった?」
「ううん、大丈夫」お母さんが来てくれてた、それだけで少しにやけてしまう。
部屋に入ってきた母は、ジウイの机の上に置かれたスケッチブックをちらりと見て、やわらかく笑った。
「明日、描くのね。リューンさんから聞いたわ。でも……そんなに気負わなくていいのよ」
母の言葉に、ジウイは小さくまばたきする。
「でも、大事なことだし……失敗したら……」
「失敗したっていいのよ。今回の召喚は“実験”でもあるんでしょう? 誰もあなたを責めたりしないし、誰かが傷つくようなこともないって、きちんと配慮されてるって聞いてる」
母はベッドの端に腰を下ろし、優しくジウイの手を取った。
「だからね。いつもみたいに、お手伝いアニマを描いていたときのことを思い出して。あのとき、あなたは“役に立てたらいいな”って、心から願って描いてたでしょう? その気持ちでいいのよ」
「……うん。でも今回は、もっと遠くまで飛ばすし、命令もたくさんで……」
「できるところまでやればいいの。無理に“完璧”を目指さなくていいのよ、ジウイ」
優しい声が、静かに胸に染み込んでいく。ジウイの瞳に、ほんの少しだけ涙がにじんだ。
「……ありがとう、お母さん」
「うん。がんばって、でも無理はしないようにね。あなたの心が元気でいることが、なにより大事なんだから」
母はそっとジウイの髪を撫でてから少し名残惜しそうに、立ち上がった。
「おやすみなさい。明日、あなたのアニマが空を飛ぶの、楽しみにしてるわ」
「……おやすみなさい」
静かに扉が閉まったあと、ジウイはベッドにもぐり込んだ。胸の奥にあった小さな不安が、ふっと溶けていくのを感じながら、まぶたを閉じる。
やっぱりお母さんは、お母さんだ。
明日、私は描く。
誰かのために、未来のために——でもそれだけじゃない。
“私にしかできないこと”を、自分自身の手で確かめるために。
そして、少しだけ微笑んで、ジウイは眠りについた。
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