第三話 終わらない違和感
地下室の埃っぽい空気を吸い込みながら、調査はゆっくりと進んだ。
壊れた瓶、使いかけの薬草、朽ちた棚――
どれも昔の生活の名残に過ぎない。
「結局、ただの倉庫みたいなもんだな」
カイルが呆れたように言う。
アニマのリスが警戒していた割には、目に見える危険はひとつも見当たらなかった。
「もともとネズミの巣でもあるかと思ったけど、それすらいないみたいだ」
だが、床の一角に奇妙な跡があることには気づいていた。
焼け焦げたような黒ずみ、そこだけ湿った感触の石畳。
微かに魔力の残滓も感じられる。
これは何か普通ではないものを感じたので、スケッチブックを開き、黒ずみとその周囲の様子を静かに写し取る。
この黒ずみがなんなのかは、全くわからないが細いペン先を動かしながら、ただの汚れとは異なる、何か意図的に残されたかのような痕跡の存在が浮かび上がってくるようだ。
「ここで誰かが、魔法的な何かをしていたみたいだ」
声を潜めて告げると、カイルは怪訝な顔をした。
「マジかよ。見た目はただの古い倉庫なのに?」
「見た目じゃわからない。でも、普通の生活の痕跡とは違う何かが残っている」
肩の上のリスも、微動だにせずに黒ずみをじっと見つめている。
あの警戒した様子は、ただのネズミ等の気配を察したものとは絶対に違っていたと思う。
「まあ、とはいえ、結果だけ見たら何も見つかってないし、今回は大した事件じゃなかったってことで」
カイルが明るく笑った。
それでも胸の奥には、まだ解けない謎が残ったままだった。
「まだ、何かが潜んでいる気がする」
静かに呟き、地下室の薄暗さを抜けて、まぶしい陽光が差し込む地上へと戻った。
暖かな日差しに包まれ、少しだけ肩の力が抜ける。
陽光が差し込むと同時に、リスのアニマはふと、わたしの頬を一度だけ見上げた。
そして次の瞬間、光の粒子になって、静かに消えていった。
アニマは、いつも一定の時間が過ぎるとこうして消える。いつも通りのはずなのに――今回は、なぜか少し、胸の奥がざわついた。
心のどこかで、まだこの村の小さな事件は終わっていないと感じていたが、報告しなければいけないので、足早にギルドへ戻る。
ギルドに戻ると、依頼主の村長や村人たちが集まっていた。
「調査は終わりました」と報告しながら、ジウイはスケッチブックを開く。
そこには地下室の床に残された焦げ跡や不思議な模様が、黒インクで細かく描かれていた。
「これは……?」と村長が覗き込む。
「焦げ跡のように見えますが、魔法の痕跡も混ざっています。誰かがここで何かをしていた痕跡です」
村長の顔が少し曇った。
「ここ数日、あの廃屋の近くで奇妙な光が目撃されているそうじゃ。夜になると、青白い魔道具の光がふわりと漂うとか」
「光の玉の魔道具か……」とカイルが言った。
「俺が地下室で使ったのと同じようなやつかもしれない」
ジウイは窓の外の空を見上げた。
「正直、怖いは怖いけど……それよりも、これは人が絡んでいる何かだって気がしてきて。だから、放っておけない」
胸の奥で、あの“動かぬ気配”が再びざわつき始めていた。
夕暮れがゆっくりとモルン村を染めていく。
空は茜色に染まり、遠くの山並みはぼんやりとシルエットを浮かべていた。
舗装されていない砂利道は、足の裏に伝わる感触が素朴で、村の静けさをいっそう引き立てている。柔らかな風が草木を揺らし、鳥のさえずりがかすかに響く。
そんな日常の中に、わずかな異物感が確かに存在していた。
ギルドを出てカイルと別れ、ひとりで村の中を歩きながら、頭の中は先ほどの地下室の異様な空気でいっぱいだった。
あの静かな空間の中に、何かが潜んでいるという確かな感触。
アニマのリスの反応も含めて、心の奥底でそれが無視できないことだと告げている。
「ここで一体何があったのか……」
声に出さずとも、胸の中で繰り返す。
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