第三八話 創造の確認
朝の光が石畳にやわらかく差し込むなか、ジウイたちは再び王城の奥へと案内された。
今日の目的は、ジウイの「創造の力」の確認だった。
「ジウイ、それと、ミルフィ、カイルも。おはようございます」
待っていたのは第三王子。そしてその後ろには、リューンと数人の王城付き魔導士たちの姿もあった。
「昨日はお疲れさまでした。今日は少しだけ、力を見せてもらいたい」
王子の声は穏やかだったが、その言葉にジウイの背筋は自然と伸びた。
案内されたのは、王城の中庭のさらに奥、重厚な扉の先にある円形の空間。
高い石壁で囲まれた広場で、天井はなく空が大きく広がっていた。
「この空間は、魔導師団が特別に用意した結界内です」
リューンが説明する。
「この中であれば、仮に魔力が強いアニマが出現しても影響を外に及ぼすことはありません。安心してください」
ジウイは静かに頷いた。手には、自分のスケッチブックと鉛筆が握られていた。
「絵を描いてからでないと、アニマは呼べない」という制約は変わらない。
それでも、絵を描くことはジウイにとって呼吸のようなものだった。
円の中心に立ち、ジウイは深く息を吸った。
「それでは最初のお題を。手のひらサイズのアニマを。動物系で」
リューンの声が落ち着いた空気に響く。
ジウイはしゃがみこみ、スケッチブックを開く。
ページに鉛筆を走らせる。数秒の沈黙ののち、描かれたのはふわふわの白いうさぎ。
「出てきて——ふわふわの、白いうさぎ」
絵から光が溢れ、小さなウサギが跳ねるように姿を現した。
その柔らかそうな毛並みと、愛らしい姿に、見守っていたミルフィとカイルも思わず顔を綻ばせた。
「次は、翼を持つアニマを。知性は……そうですね、子犬程度で」
王子の声が再びかかる。
ジウイはページをめくり、今度は翼を広げた獣を描き始めた。
青みがかった毛と、大きなつぶらな瞳。描き上がると、彼女は再び呼びかける。
「——出てきて」
描かれた翼獣は宙に浮かび、小さく旋回してジウイの肩に止まった。
まるで言葉を理解するような目をして、じっと彼女を見つめている。
「……素晴らしい。これは確かに、創造の力だ」
王子は小さく感嘆の息をもらした。
その後も、ジウイは描いては召喚し、戻す——を繰り返していった。
サイズの調整、知性の度合い、形の複雑さ。
王子やリューンが出すお題に、ジウイは黙々と応えていく。
けれど、数体を描いたところで、ジウイの額には汗が浮かんでいた。
「……すみません、少し、疲れてきました」
鉛筆を握る手がわずかに震えるのを、ミルフィとカイルも見逃さなかった。
「ありがとうございます。ここまでで十分です」
リューンがすぐに合図し、王子も頷いた。
「君はよくやったよ、ジウイ。想像以上の成果だ。ありがとう」
王子は少し歩み寄り、ジウイと目線を合わせて話す。
「君の力は、危険だから閉じ込めるのではなく、正しく知り、正しく扱う必要がある。……これは、君自身のためでもあるんだ」
ジウイは驚いた顔で彼を見た。
こんなふうに、自分のためだと言ってくれるとは思っていなかった。
「……ありがとうございます」
深く一礼すると、スケッチブックを抱えてその場をあとにする。
その背を見送る王子が、ぽつりと呟く。
「——あれが“芽”か」
「ええ」
リューンが静かに頷いた。
「まだ未完成ですが……間違いなく、創造の芽です」
空に昇る陽の光が、ジウイの背に柔らかく降り注いでいた。
円形の訓練場に静寂が戻った。
ジウイが退出し、ミルフィとカイルも後を追ったあと、そこに残ったのは王子とリューン、そして数名の魔導士だけだった。
第三王子はしばらく空を見上げていたが、やがて静かに口を開いた。
「……あの力。動物の姿をした“創造物”である以上、行動をコントロールする手段はどこまであるんだろうな」
「おそらく……意志を持たせる段階で、ある程度は創造主であるジウイくんの意図が反映されていると思われます」
リューンが言葉を選ぶように答える。
「ただ、思考の深さや忠誠心の程度は、まだまだ未知数です。今は完全な命令制御とは違う……いわば“方向付け”に近いものかと」
「なるほど。ならば次は——大きさ、だな。どこまで拡大できるのか。人が乗れるほどの獣も創れるのか。あるいは、空を飛ぶ大型の鳥は?」
「創造そのものは、描いた“存在”にエネルギーが注がれる形です。よって、創造主の魔力……あるいは精神力の消耗に比例するはずです」
リューンは腕を組む。
「今日のように小さく、数も限られた範囲では無事でしたが……それ以上となると、ジウイくんの負担は計り知れません」
王子は軽く頷くと、今度は結界の内側を一瞥する。
「仮にそれが“戦闘力を持つ創造物”だった場合はどうなる。命令通りに敵を討てるのか。自律判断できるのか。逆に暴走する危険は?」
リューンは黙したまま、しばし思案した。
「……正直なところ、現時点では“神の領域”に踏み込みすぎることを危惧しています。
創造の力は、知識や経験の少ない若者にとってあまりに強大です。無理に開花させようとすれば、暴走するか、心が壊れる可能性も」
第三王子は目を細め、石畳の一角に視線を落とした。
「だからこそ——我々は、ジウイの“保護”を第一とする。私は最初からそのつもりだ」
「……開放ではなく、保護。ですか」
「そうだ」
王子はゆっくりと頷く。
「この力は確かに貴重だ。国家にとっても、大陸にとっても重要な資源になる可能性はある。
だが……私は、彼女を“王の道具”にする気はない」
彼の声は、静かだが明確だった。
「神が創造の力を“人の手に戻した”のだとしたら、それは我々に与えられた“預かり物”だ。
ならば、我々にできるのは——見守り、守ることだけだ。無理に育てるのではない。自然な芽吹きを待つべきだろう」
「……はい」
リューンも深く頷いた。
「……とはいえ」
王子はふっと口元を緩める。
「もう少しだけ、あの子に絵を描かせてみたくもなるな。創造される“命”の輪郭が、あまりに温かかったから」
「ええ、まったく同感です」
リューンは微笑を浮かべた。
——力の追求よりも、彼女自身の安寧を。
二人の思いは、静かに重なっていた。
そして、その想いが、これから始まる大きな選択の指針となっていくのだった。
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