第三一話「それぞれの三日間 ―ミルフィの散策―」
王城への移動まで、三日間の猶予ができた。
リューンは連絡や手配で忙しく、ジウイはアニマに関する準備のため部屋にこもりがち。
そんな中、ミルフィはひとり、館の外に出る準備をしていた。
「少しくらいなら、大丈夫よね」
鏡の前で、フードを深くかぶりながら小さく呟く。
彼女の手が軽く動くと、空気がふわりと揺らぎ、彼女の存在が周囲に溶け込んだようにぼやけた。
――軽い認識阻害の魔法。
特定の気配を薄め、視線を引きにくくする程度のものだが、顔を見られなければ十分だ。
「さて……退屈してる子に、何か良いものを探してあげましょうか」
ミルフィはそっと館を出る。
王都の貴族区は整然と美しく、朝の光の中で淡く輝いていた。
広い通りには馬車が行き交い、衛兵の姿もちらほら見える。活気というほどではないが、どこか優雅な日常が広がっていた。
ジウイにとって、この街はまだ未知の場所。
ずっと閉ざされた空間にいた少女が、少しでも外の世界に希望を持てるように――そんな想いが、ミルフィの足取りを軽くしていた。
「甘いもの、かな? それとも、面白い本とか……。うーん、悩むわね」
道すがら目に入った小さな菓子屋のショーウィンドウに、彼女は足を止める。
色とりどりの砂糖菓子、焼き菓子、果物を煮詰めたジャム瓶……
思わず笑みがこぼれそうになる。
(どれも、ジウイの目が輝きそう)
しばらく思案して、ミルフィはひとつの焼き菓子の詰め合わせを選んだ。
丁寧に包装されたそれは、決して高級ではないが、真心がこもっているような温もりがあった。
「ふふ、喜んでくれるといいな」
***
その頃、館の裏庭では、カイルがひとりで剣の素振りを続けていた。
「……はっ! ……くそ、まだ重い……!」
額に汗を浮かべながらも、何度も剣を振り、足を運ぶ。
守るべき者がいると、自然と力が入る。
敵と正面からぶつかる覚悟があるからこそ、こうして鍛えることをやめなかった。
(俺にできるのはこれくらいだしな……)
ふと空を見上げると、王都の空はいつになく青かった。
――それぞれの三日間が、静かに始まっていた。
***
ミルフィは小さな焼き菓子の包みを抱えたまま、街を歩き続けていた。
目的地はもうひとつ。
――本屋。
それも、年季の入った木造の看板が掲げられた、路地裏のひっそりとした店だった。
一見すると誰も寄りつかなさそうな古書店だが、長年変わらぬ佇まいが、かえって信頼を呼ぶのか、年配の紳士がゆったりと店内を見回っていた。
「……ここ、たぶん……歴史ある店ね」
ミルフィは静かに足を踏み入れると、鼻先をくすぐる古い紙の匂いに、思わずほっと息を吐いた。
店主はカウンターで帳面をつけていて、ミルフィに特別な注意を払う様子はない。
彼女は認識阻害の魔法を少しだけ強めると、本棚の隅へと移動した。
棚には、王都の過去に関する記録、貴族や王家の歴史、古い言い伝えや地誌――そういった書物が、ぎっしりと並んでいた。
(こういうのって、普段はなかなか読めないのよね)
手に取ることなく、指先で表紙の端にそっと触れ、意識を本に滑り込ませる。
――“本の記憶を、浅く見る”という技術。
ページをめくる必要はない。あくまで断片的に、目立つ語句や挿絵、年代の流れを拾っていく。
深く読みすぎると店主に気づかれてしまう可能性があるので、あくまでさわりだけ。
それでも、古い王都の地形の変遷や、かつて創造の力をもつ一族と王家が協調していた記録などが、断片的に見えてくる。
(ああ、やっぱりこの街って、特別な過去を持ってるのね……)
短い時間だったが、ミルフィは心の奥がふわっと温まるような満足感を覚えた。
そして、ふと視線を上げた先。
そこに――一冊の画集が飾られていた。
淡い金と青を基調にした装丁。
表紙には、羽根が煌めくような、美しい空想の鳥が描かれていた。
羽ばたく姿が光をまとうようで、どこかジウイが描いたアニマの雰囲気にも似ている。
「……これ、あの子……好きかも」
値札を見て、ほんの少しだけ眉をひそめた。
思ったより高かった。が、それでも――
「いいわ。今日は、特別」
意を決して購入を決める。
丁寧に紙に包まれたその画集を抱えると、胸の奥がちょっとだけ誇らしくなった。
(ジウイ、喜んでくれるといいな)
静かに店を出ると、夕陽が王都の建物を優しく染めていた。
人々は穏やかに行き交い、騎士団の巡回もどこかのどかで、危険な気配はどこにもない。
(こんな日が、ずっと続けばいいのに……)
ミルフィはふっと笑い、小さく息をついて歩き出した。
焼き菓子と画集という、小さな宝物を胸に――。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価・感想いただけますと大変励みになります。
---------------------------------------
毎日3回程度投稿しています。
最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。




